第357話:新たなメンバー その4
破軍スライム――その名の通り、軍を破るほどの能力を持つと言われるそのスライムは、たしかな厄介さを見せつけるようにしてこちらを翻弄していた。
周囲の木々に紛れて跳ね回るその速度もそうだが、時折、こちらに向かって『風食轟雷』や『水操天流』といった上級魔法を撃ってくるのだ。
それも移動しながらのため、魔法が帯を引くようにして飛んでくる。通常ではありえない軌道で動き回る破軍スライム同様、魔法までもが通常では見られないような軌道で飛んでくるのだ。正面から見ると魔法が空中で何度も屈折して飛んできているように見えた。
ただまあ、魔法はなんとかなる。なにせこちらには俺、透輝、リリィとスギイシ流の剣士が三人もいるのだ。それに俺達三人を回避したとしても、『汝佐優守』を発現したナズナがいる。後衛全員をバリアで覆い、魔法を防ぎきることができるだろう。たとえ上級魔法が相手でも十分に防げる強度がある。
(ナズナのバリアで動きを止めて……って、バウンドして跳ね返るだけか。それでも少しでも動きが止まるなら隙になるか?)
破軍スライムの動きを止める方法を考えるが、さすがにナズナのバリアを体当たりで貫通するのは困難だろう。かといってバリアで止めようにも、バウンドするかバリアに沿って転がるかで終わりそうだ。
「まさか破軍スライムなんてレアなモンスターと遭遇するなんてね……『疾風迅雷』をかけ直すわ」
そう言って再度『疾風迅雷』を使うアレクだが、俺としても破軍スライムに遭遇するのは想定外だった。いや、ダンジョンを破壊する本番の最中に遭遇しなかっただけ運が良いと言うべきかもしれないが。
出現確率が百分の一か、千分の一か、なんて言われる存在と遭遇したのだ。別のところで運を使いたかった。
(破軍スライムと遭遇している時点で運が悪いか……っと!)
飛んできた破軍スライムに向かって剣を振るが、先ほどと同じように途中で上昇してこちらの剣を回避されてしまう。今度はそれを見越して上段から振り下ろしたというのに、それを超える軌道で回避されてしまった。
「一応、『重逆風』を使ったけど……」
僅かに失速した隙を突いてアレクが『重逆風』――相手の速度を半減させる魔法を使ったようだが、元々が速すぎるためか、破軍スライムの動きはそこまで鈍っていないように見える。
「あんまり変わったようには見えないんだけど! どうなんだよししょー!」
「確実に速度は落ちてる! ただ、落ちても速いだけだ!」
透輝の叫びに叫んで返すが、それで状況が好転するわけでもなく。木から木へと跳ね回る破軍スライムを警戒しながら、どうしたものかと思考する。
(目で追える速度にはなったが……それでも十分速い。上に逃げても大丈夫なよう、『一の払い』で斬撃を飛ばすか? いや、向こうの速度から考えると、振れて一度だ。軌道が変化しなければ体当たりが直撃しかねん)
こちらが対策を打つと判断し、今度はそのまま直進してくる可能性がある。その場合、あれほどの速度で硬質な物体が直撃することになるが。
(一発で即死もあり得る、か……ナズナやジェイドみたいな防御重視でギリギリか?)
巨大な鉄球が時速数百キロで直撃するようなものだ。普通は死ぬだろう。ただ、最初に剣を合わせて迎撃できたように、重さ自体はそこまででもないようだが。
「剣よ、悠い敵を瞬く間に伐る力をこの身に宿せ――『瞬伐悠剣』!」
俺は大きく息を吸い、呼吸を整えながら剣を上段へと構える。それと同時に能力を解放し、敵の攻撃に備える。
当たれば即死するというのなら、当たる前に一刀両断にするしかないだろう。実戦において、急所を斬られたら一撃で死ぬのと大差ないのだ。
(真っ向から斬り伏せる……それが一番勝てる確率が高いだろ)
そう決断し、破軍スライムの攻撃を誘うよう敢えて円陣を崩して一歩、二歩、と前に出る。仮に別の方向から攻撃されてもナズナがいるからこそできる博打だ。
「――来い」
俺は挑発するように呟く。俺以外を狙うな、俺を狙えと言わんばかりに大きく構え、これ見よがしに剣の柄を握り直す。
はたして、そんな挑発に効果があったのか。
跳ね回っていた破軍スライムが、俺の視界の中に映るようになった。跳ねながらも俺の正面へと移動し、木々を足場に加速しているのだ。背後や側面には透輝達がいるため、正面以外は選べなかったのだろう。
「『疾風迅雷』……合わせるわ」
俺の意図を汲んだのか、アレクが俺の背後に立ち、『疾風迅雷』をかけ直してくれる。『瞬伐悠剣』の力に加え、更に加速する。
その間、破軍スライムが一際大きな木の幹に着地した。その衝撃によって木が大きく曲がり、元に戻る勢いを利用して破軍スライムが射出される。
それは最早弾丸か、いや、砲弾か。真正面から俺をぶち抜く、とでも言わんばかりに空気の壁を打ち抜きながら接近してくる。発射から着弾までにかかる時間は一秒もない。コンマ数秒だろう。
「――『重逆風』」
その、ほんのコンマ数秒のタイミングを見切り、アレクが魔法を使った。それによって破軍スライムの速度が半減し、俺の視界にしっかりと映る。こちらが百の速度で移動しているところ、相手は千の速度で移動し、それが半減して五百になった程度だったがそれで十分だった。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
剣に魔力を込めながら踏み込み、上段から真っ向に刃を振り下ろす。相手の軌道は変化しない。俺がこれまでの行動に釣られ、破軍スライムが途中で上昇する軌道で斬ると判断しての動きだった。
「『猛火』」
剣の切っ先が、破軍スライムにめり込んだ。その瞬間、背後から更なる援護が飛んでくる。アレクがこの短時間、瞬きをするような時間で魔法を二連続で使い、俺を援護したのだ。
切っ先から伝わってくる感触は硬い。速度が乗っているため触れた切っ先が弾かれそうだ。だが、それでも構わず剣を振り下ろす。
アレクの援護が乗った、今の俺に出せる最大の威力の一撃だ。これで駄目なら潔く死ぬ。そんな心持ちで刃を振り下ろし――硬質な手応えが真っ二つに両断される。
「おわっ!?」
「っ!?」
そして、真っ二つになった破軍スライムが勢いもそのままに飛んでいき、透輝とリリィの傍を通過して木々の中へと飛び込んでいく。危うく二次災害が起こるところだったが、さすがに斬った後の軌道までは制御できなかった。
「透輝、死体を確認するぞ」
「えっ? お、おう!」
申し訳ないとは思ったが、謝るよりも先に俺は破軍スライムが飛んで行った方向へと駆けていく。ないと思うが、斬った破軍スライムが分裂して二匹になった、なんてことがあれば手に負えないからだ。
破軍スライムの破片が突っ込んだことで圧し折れた木々の痕を追い、森の中へと足を踏み入れる。他のモンスターがいないかを警戒しながら、そして破軍スライムが復活している可能性すら考慮しながらゆっくりと進み、死体を確認しようとする。
(……さすがに分裂はしなかった、か)
そうやって進むことしばし。破軍スライムの肉片を発見した俺はほっと息を吐いた。真っ二つに両断した破軍スライムの片割れが地面に転がり、ひしゃげたスイカのように中身をぶちまけていたからだ。
「透輝、そっちはどうだ?」
「見付けたぜししょー! ちゃんと死んでる! って……ん?」
何やら気になる声を漏らす透輝。もしや死んだと思った破軍スライムが生き返ったか、なんて警戒の視線を向けると、透輝は何やらしゃがみ込み、破軍スライムの肉片に手を突っ込んでいる。
「えーっと……『水弾』、っと。うっし、綺麗になった。なあししょー、スライムの体からなんか出てきたんだけど」
そう言って透輝が何やら放り投げてくる。それを受け取った俺は目を見開き、思わず動きを止めてしまった。
(腕輪……『召喚器』じゃない……装備アイテムか)
透輝が投げてきたのは金属製の腕輪である。金色で装飾が彫り込まれており、ところどころに宝石が嵌った高級そうな外見だ。
破軍スライムは倒すと高確率で装備アイテムを落とすらしいが、きちんと落としてくれたらしい。ゲームだと落とさなかったんだけどな、なんて思いながらまじまじと手の中の腕輪を見る。
装備アイテムは指輪、首飾り、腕輪の順番で効果が強く、レアリティが高くなり、出現率も低くなるのだ。宝箱からも出現するが、装備アイテム自体が滅多に出ないし、その中でも腕輪は希少である。
『花コン』だと確実に手に入れるなら錬金術のレベルを上げて作るか、店売りのものを買った方が良い。ただ、この世界では店売りされているのを見たことがないため、希少すぎて売りに出されていない可能性があった。
以前、東の大規模ダンジョンで修行をしている時に宝箱から『俊足の指輪』が出てきたことがあり、ナズナにプレゼントしたことがあったが……あの時の指輪は青色で装飾もない地味なものだったが、今回の腕輪は金色で派手である。
(これ……まさか、『万能の腕輪』か?)
装備アイテムの中でも特に珍しく、なおかつ強力なアイテムじゃないだろうか、なんてアタリを付ける。その名の通り万能――全種類のステータスを上昇させる効果があるのだ。
(あ、でも、『俊足の指輪』は効果を感じられなかったしな。『万能の腕輪』でも効果はないか?)
装備アイテムはステータスが指輪で5、首飾りで10、腕輪で20上昇するが、俺は『召喚器』が身体強化系のためか、以前は効果が感じられなかった。それに、仮に効果があるとしても感覚がズレるとランドウ先生が言っていたし、とりあえずは使わずに持ち帰る方が良いだろう。
(しかし……)
『万能の腕輪』は一度横に置くとして、俺は仕留めることができた破軍スライムの死体へと視線を向ける。一芸特化というべきか、速度に物を言わせて動き回った難敵を前にして深く息を吐く。
「……アレクを仲間にして、本当に良かったな」
援護なしでは負けていたかもしれない。そう思い、俺は心底からの安堵と共に言葉を吐き出したのだった。




