第356話:新たなメンバー その3
アレクを仲間に加え、パーティを再編し直してから初めて迎える週末。
アレクに慣れさせる意味も込め、俺達は再び西の大規模ダンジョンへと足を運んでいた。
「まあ……これはこれは……危険だとは聞いていたけど、ここまで空気が重いだなんてねぇ」
西の大規模ダンジョンに足を踏み入れると、アレクが苦笑するようにして呟く。平静を装ってはいるが、さすがのアレクでも初見の大規模ダンジョンは相応にプレッシャーを感じるらしい。隠しているが、その声が僅かに震えているのが感じ取れた。
アレクは素手での格闘戦もできるが、大規模ダンジョンに出現するモンスターを相手に素手で立ち向かうというのは容易ではない。つまり、俺達への援護は可能でもアレク個人で見ればモンスターへの抵抗は難しいのが現状なのだ。
仮に俺達が全滅すれば、アレク自身も命を落とす可能性が高い。一応、魔法で速度を上げて逃げるという手段は残っているが、MPが切れたらそれも不可能になる。ダンジョンの浅い場所からなら脱出は可能でも、本番でダンジョンの奥まで進んでいれば脱出は困難を極めるだろう。
ただまあ、アレクだけが生き残るような事態――俺や透輝、ナズナやモリオン、メリアやリリィがまとめて命を落とすようなことは早々あり得ないはずだ。
これから挑むのが北の大規模ダンジョンで、相手が闇属性魔法ばっかり使ってくるというのなら話は別だが……六人全員が死亡するとなると、それぐらいしかあり得ないだろう。つまり、心配するには杞憂というものだ。
「安心してくれ、アレク。慣れるまでは大変だと思うが、君のところには一匹たりともモンスターを通したりはしないとも」
俺一人で守るのなら限度もあるが、他にも頼れる仲間達がいるのだ。それらの防御を抜いてアレクのところまで接近できるものがいるとすれば、ランドウ先生のようなイレギュラーな存在が敵として現れた時ぐらいだろう。
さすがのランドウ先生といえど、この攻略メンバー七人で戦えば互角に渡り合えるはずである。勝てると断言できず、互角に渡り合えるはずという部分が弱気に感じるが、これでも客観的に戦力差を見極めての結論だ。
そんなこんなで、アレクに慣れさせるためにも西の大規模ダンジョンに潜っていく。まだ夜を通しての寝泊りはしないが、数時間に渡ってダンジョン内に滞在し、一匹でも多くのモンスターを仕留めていく。
出現するのは中級以上の獣系モンスターばかりで、ワイルドベアやグリフォン、バジリスクやキマイラといった東の大規模ダンジョンでも遭遇するお馴染みの面子だ。今日のところは上級モンスターと遭遇していないが、コカトリスやケルベロスが出てくるぐらいである。
そもそも、ダンジョンの浅い場所で上級モンスターと遭遇する方が珍しいのであって、先日のようにケルベロスと戦ったのはレアケースだ。一応、仕留めたモンスターは素材を回収し、帰る際に最寄りの町で換金するようにしているが――。
「……ん?」
パーティの先頭を進んでいたら、何やら視線を感じた。距離があるのか非常に弱い、本当に視線かどうかもわからない感覚である。
「敵か?」
俺と一緒に前衛を担当している透輝が周囲を警戒しながら尋ねてくる。どうやら透輝は感じ取れていないようだ。殿で後衛の防御を任せているリリィにも視線を向けてみるが、首を横に振って返す。
(他のメンバーも反応なし、と……俺の気のせいか?)
アレクがいるし、守らないといけないと考えて過敏になっているのだろうか。そう考え、とりあえず移動を再開する。
大規模ダンジョンの中は平地もあれば木々が生い茂っている場所もあり、視線が遮られることも多々あった。そのため、獣系モンスターに潜伏されると気配を探るのも一苦労になる。
風景の変化だけでなく、音や臭い、空気の感触から何かが潜んでいないかを探るのだ。最早慣れの領域だが、五感を駆使して敵の位置を探っていく。
(んー……やっぱり何かがいる、ような……)
開けた場所に出たため、とりあえず軽い休憩を指示する。こちらが足を止めたら動くかもしれないと思ったのだ。
「お父さん、何かいるの? わたしだと感じ取れないんだけど……」
そうやって気を抜いた素振りを見せていたら、リリィがこっそりと声をかけてきた。
「気のせいかも……って感じだけどな。なんか薄っすらと感じるんだよな」
すぐには襲ってこない、こちらを観察するような気配だ。ただ、気配が薄すぎて俺の勘違いって線も十分にあり得るが。
(メリアが反応してないんだ。俺の気のせいか?)
パーティメンバーの中でも一番強いであろう、メリアが無反応というのも大きかった。ただ、メリアは剣士ってわけじゃないし、俺よりも気配を探るのが苦手な可能性もあるが。
「お父さんが気になるっていうなら、わたしの『召喚器』を使う? そうすれば安全に離脱できると思うけど……」
「いや、俺の気のせいって可能性もあるしな。リリィの『召喚器』はとっておこう」
『相埋模個』は便利だが、使えば相応に疲労も溜まる。能力の破格さに対してデメリットが疲労だけという規格外な『召喚器』だが、温存できるなら温存しておいた方が良いだろう。
「気を遣ってくれてありがとうな、リリィ」
「うんっ! えへへ……」
俺が笑顔で礼を言うと、リリィもまた、笑顔で大きく頷く。そしてさりげなく前傾姿勢になり、撫でてくれ、もっと褒めてくれと言わんばかりに頭を突き出してくる。
「こらこら、甘えてくれるのは嬉しいけど、さすがに今の状況だと駄目だからな? メリアやアレクは良いとして、他にバレる」
「ちぇっ、残念」
その行動を見て苦笑しながら咎めれば、リリィは残念そうに唇を尖らせる。うん、甘えてくるのは別に構わないけど、時と場合がね?
俺がそんな感じでリリィと話をしていると、更に視線が強くなったように感じる……って、これ、俺の勘違いじゃないな。
(なんか視線を感じるんだよな……って、アレは……まさか!?)
遠く、生い茂る草木に潜むようにしてこちらを見ていたのは、一匹のモンスターである。大きさは一メートルほどで、その形状はまんまるとした球体だ。それでいて全身が赤色――警告色一色だった。
明らかに獣系モンスターではない。この西の大規模ダンジョンで遭遇する可能性がある、獣系以外のモンスター……それは。
「っ!? 破軍スライムだ! 総員警戒っ!」
あんなに目立つ色だったのに今まで気付けなかったとは、と思いながら剣を抜く。するとこちらが気付いたことに気付いたのか、破軍スライムがぼよん、と音が立ちそうな動きで跳ねた――次の瞬間だった。
(――は、やっ!?)
破軍スライムが眼前に迫り、俺はリリィを背中に庇いつつ咄嗟に振り抜いた剣で迎撃する。単純に距離を詰めてきたわけではなく、生えていた木々を足場に、跳ね回るようにしながら接近してきたのだ。
それだというのに、滅茶苦茶速い。速すぎて気味が悪いぐらいだ。あと、動きが滑らかすぎる。
「ぐっ!?」
斬りつけた剣が破軍スライムの体にめり込んだが、刃が通らない。両断することができず、剣が弾き返されて体が強引に後ろへと弾かれた。
「ミナトッ!」
隙を晒した俺をカバーするように、即座に透輝が割って入る。どこに目があるのかわからないが、破軍スライムは『鋭業廻器』の切れ味を警戒したようにその場から離脱し、ほんの一秒で数十メートル近い距離を開けて木々の中に紛れた。
(チィッ……油断したわけじゃないんだがな)
俺は手の中に残る痺れにも似た感覚を確認するよう、二度、三度と左手を開閉する。『魔王の影』みたいに理不尽な硬さではなく、硬質なゴムと金属を足したような粘りのある硬さで簡単には斬れなかった。
「後衛を中心に置いて円陣だ! 透輝、ナズナ、リリィはモリオン達を囲め!」
俺は指示を出しつつ、後衛に背中を向ける形で円陣を組む。円陣といっても前衛が四人しかいないため、十字に囲むだけだが。
そして木々の中に消えた破軍スライムはといえば、木々を足場にして飛び跳ねるようにして移動している。前世の縁日で見たゴムボールのように、当たった場所からバウンドして次の場所へ移動し、バウンドし続けることでどんどん加速しているようだ。
「『疾風迅雷』を使うわ。相手への妨害は……アレじゃあ厳しそうねぇ」
そう言って味方全体の速度を上げる『疾風迅雷』を使うアレク。できれば破軍スライムの速度を下げてもらいたいところだが、速すぎて魔法をかける暇がないのだろう。というか、あの速度なら仮に最上級魔法を撃っても効果範囲外に避難できそうだ。
「くるぞっ!」
破軍スライムの動きが僅かに変化した。それを見て取った俺が叫ぶが、声を上げた瞬間には眼前に敵が迫っている。
スギイシ流――『二の太刀』。
奥義を撃つ余裕はなく、『二の太刀』で迎撃した。だが、一体如何なる物理法則をしているのか、こちらへと飛んできた破軍スライムは途中で空気抵抗を利用したように上昇し、こちらの斬撃を回避して再び木々の中へと姿を消す。
「なんだ今の……野球の変化球か?」
破軍スライムの軌道を見ていた透輝が呆れたように呟く。いくら変化球でもあそこまで上昇することはないだろうさ。揚力が働くような形状でもないんだが。
「なんとか一撃で仕留めるか、動きを止めてアレクに魔法を使ってもらうか……モリオン、魔法で薙ぎ払えるか?」
「あの速度だと命中させるのは難しく……いえ、私の腕では無理です。最上級魔法を使っても逃げられるのではないか、と……」
途中で訂正し、無理だと告げるモリオン。俺の予想通り、最上級魔法でも薙ぎ払うのは無理なようだ。
(くそ……下手したらドラゴンより強いかもしれん……)
木々の中を跳ね回る破軍スライムを見ながらそんなことを思い、俺は冷や汗を流すのだった。




