第320話:まだまだ
ランドウ先生に対して師匠越えを目指して挑んだ日の翌日。
あれから死にかけていた俺は手当を施され、無事に生き永らえることができていた。そう、手当しなければ死んでいたのである。さすがランドウ先生だ。容赦がない。
高品質の回復ポーションをふりかけて傷口を塞ぎ、これまた高品質の回復ポーションを飲ませてくれたおかげでなんとか無事だった。高品質の回復ポーションがなければ死んでいただろう。
ランドウ先生には勝てなかったが、俺の中には大きな手応えがあった。僅かとはいえランドウ先生に傷をつけることができ、自信がついたというのもあるだろう。
それになにより、ランドウ先生が放つ濃厚な死の気配の中で剣を振るったこと、すなわち死線を潜り抜けたことで一段階強くなれたような気がした。
(潜り抜けたというか、飛んできた死線で斬られて死にかけたんだが……)
潜り抜けようとしたらざっくりと斬られた気分である。まあ、それは仕方ない。なにせ相手がランドウ先生だったのだから。
(本のページも増えたし、良しとするか)
そんなことを思う俺の手の中には、発現した本の『召喚器』があった。ランドウ先生の治療を受け、寝て起きてもしかしたら、と思って確認したらページが増えていたのである。
(しかも二ページか……以前の分も載ってるんだけど、これって昨日追加で書いたんだろうか……)
俺は新しく追加された二ページ――両方ともランドウ先生が描かれたページを見ながらそんなことを思う。
増えた一ページ目は以前、俺が『魔王の影』バリスシアに殺されかけた後、学園に来たランドウ先生と戦った夜の光景が描かれている。
そしてもう一ページは昨晩、俺が師匠越えを挑んだ時のページだ。ランドウ先生が『万夫伏刀』の力を解放し、俺と『閃刃』を打ち合った時の光景が描かれている。
(昨日の分はともかく、以前の分が今になって描かれるとは……どういうことだ?)
俺の『召喚器』に何か描かれる際、未来のことだろうと描かれるなら勝手に表示されていた。たとえば『王国北部ダンジョン異常成長事件』が起きた際、本を確認したタイミングでは『想書』に書かれていないことだろうと勝手に先取りし、『召喚器』が描き出していたのだ。
その未来を観測するという事象を逆手に取って過去に移動してきたのがリリィになるのだが、今回増えたページはこれまで表示されていなかった。
その点から考えると、以前ランドウ先生と戦った際の出来事が今になって描かれているのはおかしい。昨日のことと併せてランドウ先生が『想書』に記入したんだろうけど、これまでのことから考えると書くという未来があるのなら勝手に『召喚器』に表示されていたはずなのだ。
それが遅れて表示された。そこに何か意味があるのか、『召喚器』の気まぐれか。
(気まぐれじゃない、と断言できないのがなぁ……俺の『召喚器』、何がしたいのかまったくわからないし……)
俺は自室のベッドに腰かけたままで本の『召喚器』を見下ろし、ため息を吐く。
身体能力を強化する、光るページが出現した者の『召喚器』が使えるようになる等、俺が確認してようやくわかったことだ。それ以外の働きかけがあっても良さそうなものだが、本の『召喚器』は沈黙するばかりで何も教えてくれない。
『瞬伐悠剣』の力を解放した時は、使い方が勝手にわかったんだが……。
(うーん……遅れて表示された理由……推測するなら、本来は表示されない絵だった……とか?)
俺はアレコレと思考をこねくり回し、一つの推測を導き出す。
『花コン』のメインキャラが『想書』に書き込んだ内容――それも何かしらの影響を与えた事柄を書き込むと俺の『召喚器』に表示されるのではないか、と推測してきたが、昨晩のランドウ先生との戦いにより、以前の戦いに関しても『想書』に書くつもりになった、なんて考えはどうだろうか。
本来は描かれるはずがなかったものが俺の選択……師匠越えに挑戦するという選択によって表示されるようになった。そう考えれば昨日の戦いにも更なる意義があったように思える。
(まあ、単に先生が筆不精で今になって『想書』に書き込んだだけ、なんてオチもありそうだけどさ)
俺の推測が外れていて、そんな可能性もある。ただしその場合、リリィが語っていたように俺の『召喚器』が未来の情報まで表示する、なんて部分が間違いになってしまうが――。
「その辺、どうなんだ? なあ、教えてくれよ」
俺は自分の『召喚器』に問いかけるが、答えが返ってくることはなかった。
本の『召喚器』が何かしらの答えを返してくれることを諦めた俺は、今日が日曜日ということもあって午前中から第一訓練場に足を運んでいた。
昨晩死にかけたものの、既に傷は塞がっている。多量の出血があったため気を抜くとふらつきそうになるが、これはこれで出血時に戦う際の訓練になるだろう。普段訓練することができない、特殊な状況での訓練だ。貴重な機会である。
そのため普段通り訓練しようと思ったのだが、さすがにいつもより遅い起床になったからか、第一訓練場には既に透輝の姿があった。ただし訓練はしておらず、何やら戦慄した様子で地面を見詰めている。
「おはよう、透輝。地面を見詰めてどうしたんだ?」
「あっ、ミナト! ちょっとこれ、見てくれよ。なんかさ、大量の血痕? っぽいのが地面にあるんだけど……」
「ん? ああ、それ俺の血だわ」
「俺の血!? いや、軽いな!?」
冗談だと思ったのか、透輝がすかさずツッコミを入れてくる。いやいや、昨晩ランドウ先生にばっさりと斬られた時の血の痕だよ、それ。
「昨晩、ランドウ先生に挑んでな。本気は引き出せたんだが、ばっさり斬られた。その時の血だな。そのせいでふらつくが……あとで隠しとくか」
後始末をする余裕なんてなかったし、ランドウ先生もこれぐらいなら別に構わないと思って放置したんだろう。でも先生? 普通は透輝みたいに殺人事件でもあったのかって騒ぐもんですよ?
「大師匠の……本気を……? え? なんでそんなことに……」
透輝はランドウ先生の実力を肌で感じ取っているからか、疑問と戦慄を交えた様子で尋ねてくる。なんでってお前、そりゃあ……。
「先日の武闘祭でお前が師匠越えに挑んだからな。それを煽った俺が師匠越えを挑まないわけにはいかないだろ?」
まあ、結果は御覧の有様なんだが。本気を引き出せたところまでは良かったが、まさかあれほどまでに化け物染みた強さだとは思わなかった。いや、化け物染みた、なんて言ったら失礼だな。どっちに失礼かは秘密だ。
「そっか……それで……大師匠はどうだったんだ? あの人の本気っていまいち想像ができないんだけど……」
「やばかった。死ぬかと思った。というかポーションなかったら死んでたわ」
「語彙力が死んでる……」
誰が上手いことをいえと言った。透輝がツッコミを入れてくるが、他に言い様がないんだよ。
「お前もいつか挑んでみるといい。ただ、挑むなら俺を超えてからにしろよ?」
俺に勝てないようじゃあどうしようもないだろう。訓練の一環として挑むのはアリだが、ランドウ先生が受けてくれるかはわからない。
「そうは言うけど、さすがに昨日の今日で挑むのはなぁ……待てよ? 体調が悪いのなら、今挑めば勝てる……?」
透輝が良いことを思いついた、と言わんばかりに呟く。俺としては別に構わないが。
「別に構わんぞ。体調が悪いのは俺のミスでもあるし、相手が万全になるのを待ってから挑むなんてルールもない。まあ、それで勝って納得ができるかは別だが」
「だよなぁ……勝つなら相手が万全じゃないとな」
透輝は苦笑しながら頷くが、戦闘である以上、相手が弱っている時に叩くのも全然アリだ。あくまで師匠越えにこだわるから納得が優先するのであって、実際の戦闘なら勝った者が正義である。弱っている方が悪いのだ。
たとえば、『魔王の影』が弱っていたら迷わず叩く。確実に仕留める好機だと判断し、他の何を差し置いても殺すだろう。
「――と、普段の俺なら言うところなんだけどさ」
そう言って、俺は剣の柄を軽く叩く。
「今日の俺は調子が悪い……が、昨晩、一段階強くなった気がしててな。丁度良いハンデだ。挑んでみないか?」
ただの錯覚かもしれないが、ランドウ先生との死闘で強くなれた感覚があった。そのため透輝に勝負を吹っ掛けると、透輝は目を瞬かせる。
「マジで? 顔色が真っ白なんだけど……いや、ミナトがそう言うってことは自信があるってことか」
さすが我が弟子。俺のことをよく理解している。
透輝は俺の言葉と様子から虚勢ではないと判断したのか、『鋭業廻器』を発現して両手で握る。どうやら挑む気になったようだ。
「よしっ! それなら今日こそは師匠越えだ! いくぜミナト!」
「――こい」
俺も応えるように剣を抜き、流れるようにして試合が始まった。
その上で先手は透輝に譲る。血がなくてフラフラだし、こちらから攻め込むのがきつかったのだ。
「おおおおぉっ!」
試合となれば迷いを振り切ったのか、透輝が一直線に突っ込んでくる。そして上段から剣を振り下ろしてくるが――。
(……遅い?)
先日試合をした時と比べ、透輝の剣が遅く見えた。そのため今の俺でも十分に余裕を持って受け流すことができる。
「っ!?」
思った以上に透輝の体勢が崩れた。隙だらけに見えるが……敢えて俺は踏み込まない。
「どうした? 遠慮はいらんぞ」
「あ、ああっ! いくぜっ!」
体勢を整えた透輝が再び斬りかかってくる。その太刀筋は鋭く、直撃すれば一撃で命を落とすだろう。
――だが、遅い。
次から次へと繰り出される斬撃の全てが、妙に遅く感じた。脅威は感じるが、ランドウ先生の斬撃と比べれば児戯に見える。
「…………」
これまでと比べて余裕を持って、紙一重のところまで引き付けた上で斬撃を捌き切る。透輝の猛攻を全て受け流し、傷一つ負うことなく構えを維持し続ける。
「どうした?」
この程度ではないだろう? なんて意思を込めて尋ねると、透輝は仕切り直すように大きく息を吸った。
「それなら――ッ!」
スギイシ流奥義――『閃刃』。
透輝が『閃刃』を繰り出してくる。ほんの数日で磨きをかけたのか、武闘祭の時に見たものよりも速く、鋭い一撃だった。
スギイシ流――『二の太刀』。
対する俺は、『二の太刀』を使って『閃刃』を迎え撃つ。剣と剣が衝突し、力での押し合いになる――その瞬間に剣を捻り、透輝の『閃刃』を受け流して巻き上げる。
「え?」
透輝の胴体が空いた。それを見た俺はするりと、失血でふらつく体で水のように動いて踏み込み、透輝の胴体に斬撃を叩き込む――。
「俺の勝ち、だな」
その直前で寸止めし、そう宣言した。透輝はそんな俺を呆然と見ており、巻き上げられた剣を下ろしながら口を開く。
「なんか、一気に強くなってるような……え? なんで?」
「死にかけたから……かな?」
ランドウ先生の本気に触れ、死にかけた影響だろうか。これまでにないほど透輝の剣がはっきりと見えて、自分の体から無駄な力が抜けているのがわかる。
(もしかすると、ランドウ先生はこれを見越して……)
死にかけた甲斐が、挑んだ甲斐があったというものだ。
「も、もう一回だ! 今のはその、ミナトが万全じゃないからって遠慮があったんだ!」
俺の戦い方を見てどう思ったのか、透輝が悔しそうにしながら再戦を申し出る。それを聞いた俺は笑うと、ゆっくりと剣を構えた。
「いいぞ。俺もまだまだ試してみたいと思ってたんだ」
透輝の申し出を渡りに船と思いながら、俺は承諾する。今のこの感覚を、しっかりと体に馴染ませたかったのだ。
(もう、これ以上の成長は無理かと思ったんだがな……)
俺はまだまだ強くなれる――まだまだ、透輝の壁で在れる。
そんな確信を抱き、俺は小さく拳を握り締めるのだった。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて12章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが13章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。




