第321話:情報共有
武闘祭が終わり、ランドウ先生へ師匠越えを挑むという一大事も終わり。
季節は秋が深まり、昼が短く、夜が長くなりつつある。もうじき十月も終わって十一月になり、そこから一ヶ月もすれば本格的な冬が到来するだろう。
十一月になれば今度は文化祭が行われるが、俺は去年と同様に絵の一つでも描き、あとは文化祭巡りをする予定だ。
錬金術でアイテムを作るのは相変わらず無理だし、モリオンみたいに論文を執筆するほど造詣が深い分野も持ち合わせていない。そのためカリンでも誘い、一人の客として見て回るつもりだ。
数日後に迫った文化祭のことを考えながら、俺は寒さが増しつつある深夜に図書館へと足を向ける。オリヴィアから手紙での呼び出しがあり、それに応えるためだ。
(大規模ダンジョンを破壊して一ヶ月以上経ったし、情勢が落ち着いてきたからかな?)
北の大規模ダンジョンを破壊したことで王城は北部諸国連合と会談を持ち、色々と話し合いをしているらしい。そこにオレア教の教主としてオリヴィアも同席していたらしいが、何かあったのだろうか。
(いや、何かあったとしても俺に伝える必要はないか……そうなると、今後の大規模ダンジョンの破壊に関してかな?)
北部諸国連合との交渉に関して、俺が出る幕はない。大規模ダンジョンを破壊したメンバーの一人ではあるが、他国との交渉に関しては口を挟む権利も理由もないのだ。
破壊したのが東の大規模ダンジョンで、なおかつ俺がサンデューク辺境伯を継いでいるのなら交渉の窓口にもなったんだろうが……北部諸国連合に関しては縁も伝手もないし、別件だろう。
そんなことを考えつつ、慣れ親しんだ図書館の奥へと進んでいく。すると今日は真面目な話なのかオリヴィアしかおらず、メリアやリリィは席を外しているようだった。
「お待たせしました、オリヴィアさん」
「構わないわ」
声をかけるとオリヴィアが視線を向けてくる――が、その表情は優れない。化粧で隠してはいるが、濃い疲労の色が透けて見えた。
ただ、疲れてはいても充実もしているように見える。表情は疲れているのに目だけが輝いているように感じられた。
「……北部諸国連合との交渉はどうでしたか?」
とりあえず会話のきっかけとして話を振ってみる。俺に伝える必要がないことならオリヴィアも何も言わないだろう。
「事前にある程度話がまとまっていたのが大きいわ。大規模ダンジョンを破壊したのはこちらだし、オレア教からの技術供与もある。領地の取り分は七対三で仮の国境線を引くことになりそうよ」
「それはまた……ずいぶんと上手くやりましたね」
国力差が大きく、なおかつオレア教からの技術供与という餌があるからだろう。北部諸国連合としてもこちら側が大規模ダンジョンを破壊してくれて、なおかつ空いた土地の三割を得られるのだ。それ以上の欲はかくまいと思ったのか、あるいは別の思惑があるのか。
「あくまで仮の国境線だから、今後の交渉次第ではこじれることもあると思うわ。ただ、現状だと感触は悪くない……『魔王』の件があるし、こちら側としてもある程度は妥協するつもりだったんだけどね」
そう言って薄く笑うオリヴィアだが、土地というものは手に入ったからといってすぐさま何かしらの利益をもたらすわけではない。
元々は大規模ダンジョンと化した土地で、木々が生い茂った森なのだ。木を伐採して切り拓き、平地を確保したら人を呼んで村を造り、村人が生活できるよう畑を作り、道を敷き、他の町や村と交易できるようにする必要がある。
何年、何十年とかけて入植を進め、安定した運営ができるまで面倒を見てようやく初めて利益が出る。
北部諸国連合は複数の国家の集まりで、国の一つ一つはそこまで大きくない。領地を大量に得ても活用のしようがなく、それならパエオニア王国に恩を売りつつ、オレア教からの技術供与で発展に努める方が無難だと判断したのだろう。
逆に、パエオニア王国としてはなるべく多くの土地を確保したいが、まずは徐々に迫りつつある『魔王』の発生をどうにかする方が優先だ。
当然の話ではあるが、『魔王』をどうにかできなければ人類が滅ぶ。仮に滅ばずとも大きな痛手を負う。それを思えば目先の土地に食いついている暇はないだろう。
もちろん、国としては最大限利益を確保するべく動いている。そのため国力差やオレア教からの技術供与という餌を活かした結果、七対三という割合で土地を得ることになった。
ただし、『魔王』が上手く片付けられたなら、その後はどうなるかわからない。事前の取り決め通りで進めるのか、話を反故にして土地を更に確保するのか。
(その辺りは『魔王』をどうするかの結果次第、か。『消滅』なら領土を広げるだろうし、『封印』なら負の感情を増やさないよう、そのままだろ)
現状、確保できた土地だけでもかなり広い。入植させる手間暇があるためすぐには無理だが、土地の広さだけで考えると増やそうと思えば新しく貴族を数十人は増やせる。
まあ、実際にはラドフォード辺境伯家を更に北部へ移動させるか、新たに辺境伯を任じてラドフォード辺境伯を普通の伯爵にするか侯爵に昇爵し、その上で北部諸国連合に対する貴族の壁を築いていく必要があるだろう。
(……あれ? そうなると東部は大規模ダンジョンがそのままで良かったのか? サンデューク辺境伯家がこれまで築いてきた町や村をそのままに、開拓込みで新しい土地に出向く可能性があったわけだし……)
これから長い時間をかけ、パエオニア王国の北部は色々とごたつくだろう。もちろん『魔王』をどうにかできたという前提があるが、土地を開拓し、新たな町や村を造り、新たに貴族を任じる必要がある。
その引き金を引いたのが俺達なわけだが――。
(大規模ダンジョンの破壊はオレア教からの依頼だし、その辺りのことで何か言われても困る。王城側でなんとかしてもらわないとな)
首を突っ込むと王国北部の派閥と敵対することにもなりかねないため、基本的にノータッチを貫くつもりだ。必要があるならば、今頃レオンさんがアレコレと手を打っているだろう。俺は上の指示に従うだけである。
「王国北部はしばらく荒れそうですね……ダンジョン跡はどうですか? モンスターの掃討が進んでいるならいいですが」
「そちらは順調よ。オレア教も協力しているけど、近隣の貴族が魔法に長けた部隊を出してね。モンスターを発見したら遠距離から撃たれる前に撃つことで対処しているわ」
「闇属性魔法を撃たれたら被害がでかいですからね」
どうやら残敵の掃討も進んでいるらしい。大規模ダンジョンに接していた貴族の対処方法が本気過ぎて何も言えないわ。当然といえば当然だけど、相手に撃たれる前に火力を投射して仕留めているらしい。それなら被害は土地だけだろう。
「それで……そちらはってことは順調じゃないところもあるってことですか?」
俺はオリヴィアの言葉尻を捕まえてそう尋ねる。何か含むところがあるように感じられたのだ。
「鋭いわね。といっても、順調だ不調だどうこうって話じゃないわ。王国各地に配置しているオレア教の教徒から、気になる報告が上がってきているのよ」
「と、仰いますと?」
一体何があったのか、と首を傾げる。するとオリヴィアは俺の目をじっと見つめてきた。
「北の大規模ダンジョンを破壊してからというもの、他の大規模ダンジョンのモンスターが強くなっているように感じる……そんな報告が上がってきているの」
「あー……」
それは『花コン』でも発生する、大規模ダンジョンを破壊した際の難易度上昇イベントだ。大規模ダンジョンを一つ破壊するごとに出現するモンスターの強さが五レベル上昇するというもので、大規模ダンジョンの攻略が容易に進まないよう調整されているのである。
一応、以前北の大規模ダンジョンを破壊する云々で話し合った際にオリヴィアにも伝えてはあったのだが――。
「話には聞いていたけど、一体どういう理屈でそうなっているのかがわからないのよね。既に出現しているモンスターが一律で強くなる……つまり、ダンジョンか『魔王の影』にそんな能力がある? ただ、大規模ダンジョン限定なのよね」
「理屈としては、破壊された大規模ダンジョンの負の感情が別の大規模ダンジョンに流れ込んだから、みたいな感じだったはずですが……」
そのため、大規模ダンジョンを破壊しても『魔王』の発生が遅くなるということはないのである。
ただし、北の大規模ダンジョンは死霊系モンスターしか出現しないため、他の大規模ダンジョンを破壊して強化されたり、『魔王』が発生する際の出現地点に選択されるとまずかったりと、真っ先に破壊するに足る理由があった。
「理屈は通るわね……ただ、そうなると北の大規模ダンジョンが攻略できたから他の大規模ダンジョンも攻略できる、なんてことにはならないわけね」
「北の大規模ダンジョンと比べると他のダンジョンの方がマシな気もしますが……モンスターの強さから考えるとそうなりますね」
他のダンジョンでは確率で即死する闇属性魔法が飛んでこないのだ。出現するモンスターのレベルが上がっているのは面倒だが、即死しないというだけで大助かりである。
それでも、強化されているのは普通のモンスターだけではない。ボスモンスターに関しても五レベル分強化されており、ただでさえ手強いボスが更に手強くなっているのだ。
「北部を安定させる必要があるし、次に大規模ダンジョンを破壊するとしてもまだ先になるわ。それまでは味方の強化に努めてちょうだい」
「わかりました」
どうやら今日のところは情報共有が目的だったらしい。オリヴィアも忙しいだろうに、わざわざ対面で情報を伝えてくれるのはそれなりに重用されているってことで良いのだろうか。
「それと……」
そんなことを考えていると、オリヴィアが少しだけ視線を逸らし、言いにくそうな雰囲気を作る。一体何事かと思って俺が首を傾げると、オリヴィアは明後日の方向を見たままで言った。
「時折リリィが寂しそうにしているわ。もう少し構ってあげなさい……いいわね?」
「え? あ、はい……今日は時間が遅いですし、明日にでも構います……?」
そして、なんとも反応に困ることを言われてしまった。いや、リリィに構うというのは別に構わないのだが、それをオリヴィアから言われるとは思わなかったのだ。
どことなく気恥ずかしそうな様子のオリヴィアと、困惑しながら頷く俺。なんとも微妙な空気の中、俺は一礼してから図書館を後にするのだった。




