第319話:無謀だとしても その3
ランドウ先生が使用する『召喚器』――その名も『万夫伏刀』。
四字熟語で言えば万夫不当が元となった『召喚器』だが、『花コン』で知る限りその能力は大したものではない。
非常に頑丈で、切れ味が鋭い。ただそれだけである。ゲーム的な能力は攻撃力の増加、それだけである。
等級でいえば下級、高く見積もっても中級の『召喚器』だろう。俺が持つ『瞬伐悠剣』も似たような特性があるが、武器の『召喚器』なら大して珍しくもない、標準で搭載されている機能に近い。
『万夫伏刀』の能力を解放したとしてもそれは変わらず、更に頑丈で切れ味が良くなるだけだ。
誰が振るっても壊れないほど頑丈で、触れるだけで斬れるほどの切れ味を発揮するだけだ。
そう――つまりは、ランドウ先生にとって最高に強力な『召喚器』というわけだ。
『万夫伏刀』はランドウ先生が全力で振るっても折れない強度がある。切れ味はおまけだ。十の硬さしかない人間を斬るのに、百の切れ味があった刀が千の切れ味を発揮するようになっても誤差だろう。ランドウ先生ならたとえ一の切れ味しかないナマクラを振るおうとも、名刀に匹敵する切れ味で両断できるのだから。
(やべえ……雰囲気がガラッと変わった……)
『召喚器』の能力を発動したランドウ先生を前にした俺は、後方に跳んで距離を開けながら戦慄する。
俺が『瞬伐悠剣』の能力を発動するのと、ランドウ先生が『万夫伏刀』の能力を発動するのとでは意味が異なる。
俺の場合は全力以上を出すために『瞬伐悠剣』の力を借りるが、ランドウ先生は『万夫伏刀』の能力を発動してからが本番だ。それでようやく全力が、本気が出せる。
つまり、ここからが本番だ。
「どうした? 何故逃げる」
ザッ、ザッ、と足音を立てながらランドウ先生が距離を詰めてくる。先ほど正眼に構えた刀を右手一本で持ち、ダラリと下げて無造作に歩み寄ってくる。
これまでと比べれば隙だらけだ。いくらでも打ち込む隙があるし、打ち込むことができれば致命傷を負わせることもできると思う。
――本当に?
(隙がある……ように見える……でも、飛び込んだら死ぬ……そんな気がする……)
ランドウ先生の動きを見て、思考は隙だらけだと訴えてくる。だが、体が全力で逃避を叫んでいるのだ。今すぐこの場から逃げろと、留まれば死ぬぞと、かつてないほど警鐘を打ち鳴らしている。
「少しは成長したと思ったんだが……仕方のない奴だ」
そう言ってランドウ先生は小さく笑って――その姿が掻き消えた。
「っ!?」
瞬きをしたわけではない。それだというのに、いつの間にか目の前にランドウ先生が立っていた。そして振り下ろされる刀を見て、俺は咄嗟に剣を横に構えて斬撃を受け――。
(いや、まずいっ!)
これまでの経験が異常を叫ぶ。俺は剣を構えつつ体を横へと滑らせ、ランドウ先生の振り下ろしを受け止めながら回避する選択肢を選ぶ。
「正解だ」
振り下ろされた刀と、俺の剣が接触した。その瞬間、俺は剣に巨大な岩が直撃したような重さを感じ取る。
「う、おっ!?」
支え切れない。そう判断し、剣を斜めに倒して斬撃を逸らす。しかしあまりの重さに体が勝手に浮いた。足払いでもされたように、体が浮いたのだ。
俺は反射的にランドウ先生の体を蹴りつけ、ランドウ先生の体勢を崩すと同時に少しでも距離を取ろうとする。だが、巨木を蹴りつけたような感触が足裏から伝わってきた。全力で蹴ったというのに、ランドウ先生の体はピクリとも動かなかった。
「次だ」
それでも多少なり距離を開けられたと思った瞬間、横薙ぎの刃が飛んできた。俺は『瞬伐悠剣』で斬撃を受け止めるが、浮いた体では踏ん張れない。その結果、バットで野球ボールでも打ったかのように俺の体が宙を飛ぶ。
(重っ……強っ……これが、ランドウ先生の全力……っ!)
これまでランドウ先生が見せてくれていた全力は、あくまで己の『召喚器』に気を遣った範囲でのこと。折れたり欠けたりすることを気にせず刀を振るえる現状こそが、ランドウ先生にとっての本気の姿なのだ。
単純に速く、単純に重く、単純に強い。そこに卓越した技量を上乗せした、比類なき暴力こそがランドウ先生の神髄だった。
これでも『花コン』で『魔王』を単独で倒す際のランドウ先生と比べ、いくらか弱いというのだから笑えない。人間として発揮して良い強さを超越しているとしか思えなかった。
「っ……はぁ……はぁ……」
吹き飛ばされたものの、なんとか足から着地できた俺に向かってランドウ先生が歩いて向かってくる。刀をダラリと下げ、無表情で足音を立てながら。
そこに激しい殺意はない。ただ、大規模ダンジョンに挑んだ時を遥かに超える威圧感があった。『朽ちた玄帝』や『魔王の影』バリスシアと比べてもなお、恐ろしいと思えるだけの威圧感があった。
(これ、が……ランドウ先生の全力……いや、これでも、まだ……手加減している……)
本気で刀を振るってはいるが、本気で殺そうとはしていない。仮にランドウ先生が俺を殺す気なら、初手で『閃刃』を叩き込まれているだろう。その場合、こちらの防御なんて関係なく殺されているに違いない。
(俺の反応を見ている……あとはランドウ先生自身、本気を出す機会が少ないから確認している……か?)
素振りぐらいはしているだろうが、本気で戦う機会は少ないのだろう。そんなランドウ先生の本気を引き出せたことは喜ばしいが、あまりにも化け物過ぎて最早笑うしかない。
(いや……まだ……まだだっ! まだ俺は負けてねえ……勝つんだ……ランドウ先生を超えるんだ!)
萎えかけた意思を奮い立たせ、俺は剣を構え直す。攻撃が当たれば即死する? だからどうした。それは今までと一緒だ。何も条件は変わっていない。ランドウ先生が攻勢に出れば、一撃でも直撃すれば死ぬのだ。
それを強く自覚する。だからこそヒリつく。防ぐか受け流すか回避するか。これまで培ってきた技術を以てそれらを成さねば死ぬ。
「ほう……折れないか。本当に変わった……いや、成長したな」
そんな俺を見てどう思ったのか、ランドウ先生が感心したように言う。ただし威圧感はそのままだ。褒められている気がしない。
「お褒めに、預かり……光栄、ですよ」
言葉を返すだけでもきつい。今にもこちらの精神を圧し折ろうとしてくるほど、ランドウ先生の威圧感が強い。それでもなんとか俺が言葉を返すと、ランドウ先生は楽しそうに笑った。
「いいぞ……いい目をしている。その目だ。そしてその気持ちを忘れるな。そうすればお前はまだまだ強くなれる」
そう言って、ランドウ先生がゆっくりと構えを取った。基本に忠実な正眼の構えだが、ランドウ先生が刀を構えるとなると話が異なる。それだけで空気が張り詰め、呼吸をするだけで切り裂かれそうな殺意が周囲に満ちていく。
これまでの人生の中で、武器を構えられただけでここまで恐ろしいと思ったことはない。まだ構えただけで、踏み込んでもいないし斬り込んでもいない。それだというのにひしひしと死の感覚が背中を這いずり回ってくる。
今、間違いなく俺の首に死神の鎌がかかっている。これからランドウ先生が繰り出す一撃は容易く俺の命を刈り取るだろう。未来予知ができるわけではないが、そう確信させるだけの絶望感があった。
「ふうううぅ……」
だからこそ、俺は大きく息を吐く。丹田に力を込め、気圧されないよう精神を奮い立たせる。ランドウ先生の構えに応えるように、正眼に構える。
そんな俺を見て、ランドウ先生の眉が僅かに動いたのが見えた。驚きか、感心か。少しだけ予想外の行動を俺が取った時に見せる、ランドウ先生の仕草だった。
それと同時に、ランドウ先生の口元が小さく弧を描く。良い物を見た、と言わんばかりに。
「いくぞ」
「はい」
俺の体勢が整ったと見たのか、ランドウ先生が一声かけてくる。その声に合わせて構えが変化し、正眼から上段へと刀が持ち上がる。
――死だ。
そこにあるのは、間違いなく死だ。踏み込めば死ぬ。間違いなく死ぬ。頭の先から股の下まで一刀両断され、左右に分かたれて死ぬ。そう確信できるほどに濃厚な死の気配が漂っている。
そんな死の気配を前にして、思考を放棄するように頭が真っ白になった。あれこれと考えていたのに、脳味噌の端から痺れるような衝撃が走って麻痺していく。
恐怖と共に、様々なものが麻痺していく。
「――――」
その感覚が全身を支配した瞬間、俺は前に出ていた。死ぬとわかっていても、前進にこそ活路があるのだと本能が叫んでいた。
ランドウ先生を真似るように上段に剣を構え、『瞬伐悠剣』の力を解放したままで骨も砕けろと言わんばかりに踏み込み、全身全霊を込めて剣を振り下ろす。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
剣を振り下ろしたのは俺の方が先だった。
「――良い太刀筋だ」
だが、剣を振り切ったのはランドウ先生の方が先だった。
俺よりも後から刀を振り下ろしたにもかかわらず、俺よりも先に刀を振り終えたのである。
今の俺が出し得る最高の一太刀は、振り切ることなく途中で力を失っていた。ランドウ先生の肩口に僅かに食い込み、血を溢れさせてこそいる。だが、致命傷にはほど遠い。そこまでで止まっていた。
(やっぱり、勝てないかぁ……)
思わず、苦笑するようにそんなことを考える。肩口から脇腹にかけて熱した鉄棒を押し付けたような熱さが走り、じわじわと痛みが噴き出していく。
俺の手の中から『瞬伐悠剣』が零れ落ち、地面に落下した。それと同時に強化も解け、俺の体が勝手に膝を突く。
明らかに致命傷だった。いや、ランドウ先生の神業によって致命傷の一歩手前か。全身から力が抜け、即座に治療しなければ命が尽きるとわかるほどに重傷だった。
それでも、負けたけれども。俺の中には不思議な充実感があった。死力を尽くし、俺の全身全霊をかけても届かなかったことが、妙に嬉しくて。
「色々と悩んでいたようだが……安心しろ、ミナト。お前はちゃんと強くなっているし、まだまだ強くなれる」
意識が消失する直前。
いつかの夜のように、優しげなランドウ先生の声が聞こえて。
それを聞いた俺は満足の笑みを浮かべて意識を手放した。




