第318話:無謀だとしても その2
ランドウ先生相手の師匠越え。
挑むと言ったものの、本当に勝てるとは思っていない。ただ、自分よりも遥かに強い相手との真剣勝負は大きな経験値になると判断したのだ。
もちろん、戦うだけ戦ってすぐに負けるつもりはない。できるなら有効打を、それが無理でも毛ほどでも良いから傷をつけたい。
そして、可能性としては極僅かだと理解してはいるが――ランドウ先生に勝ちたい。
透輝に対し、特別試合であれほど師匠ぶったことを言ったのだ。それなら俺も挑まなければならないだろう。そうでなければ透輝の師匠として顔向けできない。
「正直に言えば、俺に挑むような真似はしないと思ったぞ」
そうやって意気込む俺を見てどう思ったのか、ランドウ先生が興味深そうに言う。たしかに、以前の俺なら逃げ一択だった。だが、更なる強さを求める以上、これまでにない危険を負うべきだろう。
「俺もそう思います。ランドウ先生に挑むなんてとんでもない……ですが、透輝に対して師匠越えをしろと言った身ですからね。それなら俺も挑戦してみないと」
ランドウ先生が学園に赴任した直後、授業の一環として透輝達と一緒に挑んでボコボコにされたが、今日は誰もいない。助けになる者も――指示を出す相手も、庇う相手も、守る相手もいないのだ。
ランドウ先生と一対一で、他の誰かに気を払うこともなく、思う存分戦うことができる。
――自分の全力を出し切って挑める。
(ランドウ先生が相手なら魔法が飛んでくることもない……これまで積み重ねてきた剣術だけで、スギイシ流の技だけで戦うことができる)
普通の戦闘では中々起こり得ないことだが、俺が最も力を出せる条件が揃っていた。
正直なところ、俺が一番戦いやすいのは単独での戦闘である。他の誰かに指示を出し、弱い者を守り、援護を頼み、逆に援護を受ける……それらを省き、一人で剣を振るう方が向いているのだ。
正確にいえば俺が向いているというよりも、スギイシ流がそういう流派だって話である。だからこそ、一対一でランドウ先生と全力で戦える機会は貴重かつありがたい。
挑もうと思えば挑む機会はいくらでもあったが、頻繁に挑むのは違うだろう。少ない機会、節目と思えるタイミングで挑むからこそ成長につながると思うのだ。頻繁に挑んではただの訓練になってしまう。
そんなことを考えつつ、俺は頭上を見上げる。満月に近い、ほぼ丸くなっている月が地上を照らしており、昼間ほどではないが視界をそれなりに確保してくれている。これだけの月光が降り注いでいればスギイシ流の剣士なら問題はないだろう。
俺のそんな仕草を見て、どう思ったのか。ランドウ先生は苦笑するように、納得するように笑う。
「なるほど……昔のお前と比べて変わったな。弟子を育てさせて正解だったようだ」
「そう仰られるランドウ先生も、昔と比べると変わられましたよ。丸くなったように感じます」
「ハッ、言うようになったじゃねえか」
俺の言葉にランドウ先生が楽しそうに笑う。俺もそれに笑って返し――同時に表情から笑みを消した。
そして五メートルほどの距離を取り、互いに向き合う。これから行うのは殺し合いではないが、実戦に限りなく近い模擬戦だ。ちょっとの傷ではランドウ先生も止めないし、俺としても止まるつもりはない。
ランドウ先生もそれをわかっている。なんだかんだ言ってランドウ先生と戦うことを恐れていた俺だが、ここまでくれば腹を括る。
(あの夜、ランドウ先生と一対一で戦ったが……あの時はコンディションも最悪に近かった。だが、今は違う。体力も気力も充実している)
バリスシアに殺されかけ、リリィに助けられ、別ルートの俺の話を聞いて。色々と追い詰められていたあの時と違い、今は万全と言える。
あれから半年近い時が経ったが、俺は透輝と違って劇的に強くなったわけではない。しかし訓練を重ね、大規模ダンジョンを攻略するなど、確実に強くなっている。体調や精神状態の良し悪しを考えると前回よりも勝負になるはずだ。
そう自分に言い聞かせる。戦うと決めたが、やっぱり怖いものは怖いのだ。ランドウ先生と一対一で戦うぐらいなら、ボスモンスター化した火竜と戦う方が断然マシだろう。それぐらい怖い。
(……その怖さを乗り越えてこそ至れる強さがある、か)
俺にとって、ランドウ先生は強さの象徴だ。『花コン』でそういう人物だとわかっていたのもあるが、幼い頃、ランドウ先生が振るう剣の綺麗さに憧れて今に至るのだ。
バリスシアに殺されかけたことへの思いは薄れるとしても、幼い頃に抱いたあの憧れはいつになっても色褪せない。あの剣に近付きたいと、そう願い続けてきた。
そんなランドウ先生と一対一で向き合うこの状況。恐怖もあるが、一人の剣士として滾るものがあった。
「それでは先生」
「先手は譲ってやる。好きなようにかかってこい」
「はいっ! ミナト=ラレーテ=サンデューク、参ります!」
名乗りを上げ、戦いの幕開けとする。大きく息を吸い込んでは吐き出し、気息を整える。
「剣よ! 悠い敵を瞬く間に伐る力をこの身に宿せ! 『瞬伐悠剣』!」
そして最初から全力だ。ランドウ先生相手に手加減や様子見なんて必要ない。透輝の時みたいに俺が挑まれる側ではない。挑む側なのだ。
『瞬伐悠剣』の力を解放し、地を蹴る。並の相手なら瞬時に視界から消え、正面からの不意打ちすら可能となる速度で駆けていく。
ランドウ先生の視線を振り切るよう、ジグザグに。時に大きく、時に小さく。歩法にフェイントを入れてランドウ先生の視界を幻惑する。
「――それで?」
まあ、もちろん効果はないんだが。
あっさりと俺の姿を捕捉したランドウ先生に最初の一撃を防がれる。不意を突くように地面スレスレを駆け、すくい上げるようにして繰り出した奇襲の斬撃は片手で持った刀に容易く受け止められた。
(さすが先生、それでこそっ!)
そこに落胆はない。むしろ簡単に防がれたからこそ、俺の心は燃え上がる。
もしも相手が透輝だったなら、今の一撃で勝負が決まっていただろう。武闘祭では見せなかった不意打ちで殺すための技だ。
先手を譲ると言うから試してみたが、俺にできる最高の不意打ちは意味を成さなかった。この程度、児戯に過ぎないとランドウ先生の目が語っている。
――だからこそ燃える。
「おおおおおおおぉぉっ!」
今度は正攻法だ。正面から、次から次へと斬撃を繰り出してランドウ先生を攻め立てていく。
上段から振り下ろし、袈裟懸けに斬り、逆に下から斬り上げ、時に突き。瞬きする暇すら惜しいといわんばかりに攻め立て、剣と刀を交差させる。
『瞬伐悠剣』の力を最初に使ったように、攻撃は常に全力だ。模擬戦の範疇を超え、寸止めなんて意識しない、殺し合いのつもりで剣を振るっていく。
だが、遠い。一撃が遠く、届かない。致命傷なんて贅沢は言わない、ほんの毛ほどの傷をつけようにもランドウ先生の防御が崩せない。
それでも、俺の猛攻はランドウ先生に反撃を許していない。正確にいえば、反撃に移る隙を作っていない。
限界まで目を見開き、脳味噌を最大限まで稼働させ、体を限界まで動かし、俺が持てる能力を限界以上に発揮し、次から次へと斬撃を繰り出していく。
俺が繰り出している斬撃は全てが一撃必殺の意思を込めている。だが、ランドウ先生にとっては防げば問題ない威力でしかない。逆にいえば、防がなければ危険な威力に到達していた。
その上で、回避すればランドウ先生の体勢が徐々に崩れていくように攻め立てる。一撃で勝負を決する必要はないし、そんな技量は俺にはない。だからこそ詰将棋のように少しずつランドウ先生を追い込んでいく。
ランドウ先生なら俺の防御なんて紙のように切り裂き、一撃で勝負を決めることができるだろう。だからこそ、その一撃を繰り出せないよう次から次へと攻めていく。
『瞬伐悠剣』の能力を解放したことで実現した、ランドウ先生が相手でも通じる速度と威力の両立。間違ってもランドウ先生と互角に並んだわけではない。ランドウ先生に通じる最低限の技量に到達したというだけの話だ。
『瞬伐悠剣』の力を使い、俺の能力の最高値がランドウ先生の能力の最低値に届くようになった。その上で先手を譲られたため、こちらが一方的に攻撃をすることができている。
(全然崩せねえ……っ!)
だが、斬撃が百を超えてもランドウ先生の防御は崩れない。俺が押し付けている攻撃の選択も、全て正解して一度たりとも回避しない。全てを防御し、その場から一歩も動かないのだ。
それでも未だにランドウ先生の反撃を許していない。もしかすると俺の成長を見るために防御に徹しているだけなのかもしれないが……俺の攻撃が反撃を抑え込んでいるのだと、そう判断する。
(まだまだっ!)
百の斬撃で崩せないのなら、二百、三百と重ねていく。それでも無理なら千回、万回だ。俺の腕が千切れてしまうまで剣を振り続け、ランドウ先生の隙を作り出す。
そうして斬撃を繰り出すこと、四百回あまり。
普通の実戦なら当の昔に決着がついているであろう時間をかけ、俺はようやく針の穴を通す。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
斬撃を重ね続けてようやく作り上げた、僅かな隙。それを強引に、それでいて精緻な技巧を以て通す。これまで動き続けたことで悲鳴を上げそうになっている体を気合いで動かし、奥義を繰り出す。
「……むっ?」
これまでの打ち合いと異なり、俺は駆け抜けるようにして『閃刃』を繰り出した。
その結果、ランドウ先生の左肩に僅かに切っ先が触れ、小さく、しかしたしかな傷を刻んで血を噴き出させる。
「ッ……ハッ……ハァ、ハァ……」
駆け抜けたついでに五メートルほど距離を取り、剣を構え直しながら呼吸を整える。無呼吸というわけではなかったが、体を動かし続けたせいでさすがに疲労が溜まりつつあった。
――それでもたしかに、僅かとはいえ届いた。
俺はランドウ先生の左肩についた傷を見て、内心で狂喜乱舞する。
俺がつけた傷はほんの僅かな傷だ。低品質の回復ポーションを使う必要もなく、薬を塗って手当をすればそれで治るような傷である。戦闘に支障もない、痛みもほとんどないような傷だ。
四百近い斬撃を繰り出し続け、ようやく作り出した隙を突いたにしては小さい傷である。かけた労力に見合わぬ、痛手にもならない傷だ。
だが、俺が初めてランドウ先生に一太刀届かせた証だ。致命傷には遠くとも、たしかに傷を負わせることができたのだ。
その事実に俺は喜びと興奮を覚える。凡才の身でもランドウ先生に傷をつけられたのだと、あるいはランドウ先生がかつて言ったように、凡才だろうと凡人の枠を超えることができるのだと、歓喜の情が押し寄せて心中をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
(いかん、いかん……まだ喜ぶには早い……まだ一太刀だ……)
ふぅー、と大きく息を吐き、己を戒める。一太刀届いたが、勝負は終わっていない。ここから再びランドウ先生を攻め立て、勝たなければ師匠越えにはならないのだ。
俺がそう思った――その瞬間だった。
「ハ――ハハハハハハハハハハハハッ!」
ランドウ先生が、笑った。まるで思わぬ冗談を聞いたように、不意を突かれたように笑い出した。
「そうか、届いたか。ほんの僅かとはいえ、この俺に一太刀……そうか……そうか!」
珍しく喜びの感情を露わにしながら、己の左肩を叩くランドウ先生。心底愉快なことがあったと言わんばかりのその姿に、ランドウ先生の笑い声に俺は気圧される。
「ミナト」
そして不意に、感情を抑えつけた様子でランドウ先生が声をかけてきた。そのため俺が小さく頷くと、ランドウ先生は俺をじっと見つめてくる。
「お前を侮っていたわけではない。手を抜いたわけでもない。それは保証しよう。だが、まだ届かないと思っていた。お前はそんな俺の予想を超えてきたわけだ」
そう言ってランドウ先生は左肩を叩いた拍子に右手についた、己の血をじっと見る。
「師匠冥利に尽きる、と言うべきだろうなぁ……」
嬉しそうで、寂しそうな声だった。俺の実力を見誤ったと、ここまで成長したとは思わなかったと、ランドウ先生は深い感情を込めて呟く。
「で、あるならば……こちらも全力を尽くすのが礼儀というものだろう。剣の師として、お前に俺の全力を見せてやる。その上で超えられるなら超えてみろ」
「っ……」
その宣言に、俺は大きく息を飲んだ。ランドウ先生が全力を出すと宣言したのだ。
ランドウ先生は己の刀を、『召喚器』を両手で握ると、ゆっくりと正眼に構え直す。
「万夫よ。我が刀の前にひれ伏せ――『万夫伏刀』」
そして、己の『召喚器』の能力を解放したのだった。




