第317話:無謀だとしても その1
武闘祭の特別試合で透輝と戦って以来、俺はどうにか今まで以上に強くなる方法がないかと模索している。
しかし日々の鍛錬以上に強くなる方法は見つからず、毎日剣を振ってはほんの少しずつ強くなるだけだ。それでも、ほんの少しずつとはいえ強くなれているだけマシなのかもしれない。
休日は一日中、平日は放課後になったら深夜になるまで剣を振っているが、ランドウ先生の指導もあってようやく、ほんの少しずつ強くなっている。
そんな俺と比べ、透輝を筆頭に『花コン』のメインキャラ達の成長力は異常の一言だ。特に、透輝は成長に関して大きな鈍化が見られず、日に日に目に見えて強くなっている。
指導する俺もそれに釣られて強くなっているが、俺が一つ強くなる間に二つ、三つと強くなるのが透輝だ。『魔王』を倒すためと思えばその成長力は頼もしい――が、一人の剣士として見れば悔しくもあるわけで。
「透輝、最近良い調子じゃないか。何かきっかけでもあったか?」
放課後の訓練中、俺は思わずそんなことを透輝に尋ねていた。すると透輝は眉を寄せて悔しそうな表情を作る。
「ミナトがそれを言うか? この前の武闘祭で負けたからだよ! ちくしょう! 次は俺が勝つからな!」
そう叫んで剣を振り始める透輝。それを聞いた俺は、なるほどと思う。
(俺に負けたから、悔しいから、か……)
剣士が強くなるには納得の理由だ。俺も『魔王の影』であるバリスシアに殺されかけてから、怒りやら怯えやら悔しさやらで奮起したものである。
もちろん、今もその感情は胸の中にあるのだが――。
(いかんな、自分の中で消化しかけている感じがする……次は負けねえ、なんて思ってるけど、時間が経つにつれて感情が薄れてる感じがするな)
バリスシアと戦って半年以上が過ぎ、自分の中で気持ちの整理がついたのだろう。訓練でやる気を出すための燃料が枯渇しかけていることに俺は気付いた。
(むう……悔しさも残っているけど、今はどちらかというともう一度戦いたいって気持ちになってるな。これはこれでやる気が出るんだが……)
そんなことを思いつつ、俺は視線を動かしてランドウ先生の姿を探す。指導してくれることもあれば、自分一人で剣を振っていることもあるのがランドウ先生だ。今日は指導する気分だったらしく、離れた場所からこちらを見ている。
(その点、ランドウ先生はすごいよな……オウカ姫を亡くしてから今まで、ずっと剣を振り続けて強くなってるんだ。それだけ大きなことだったっていうのもあるんだろうけどさ……)
それだけ長い間、心の中で熱を燃やし続けてきたのだ。あるいはそれも才能の一つなのかもしれない。そういう面でみると、殺されかけた熱が半年少々で消えかけている俺はやはり才能が乏しいのだろう。
(殺されかけたっていっても、リリィが助けにきてくれたからな……うーん……)
目を閉じてバリスシアと戦った時の苦痛や絶望感を思い出そうとするが、時間が経った影響か、かなり薄れている。それでもと激情を剣に込めて振ってみるが、いまいちピンとこない。あの時の感情が掴めないのだ。
(あの時の俺よりも強くなった……仮にバリスシアともう一度戦うってなったら、あの時よりもマシな戦いになる……だからか?)
以前よりも強くなったからこそ、あの時の悔しさを忘れてしまったのか。いや、悔しさはある。あるけれど、以前ほど強くない。ランドウ先生に叩きのめされたあの夜と比べると、落ち着いている。
ここ最近はずっと、こんなことばかり考えてしまう。武闘祭で見た透輝の成長ぶりと自分を比較し、ぐだぐだと考えてしまうのだ。
強くなりたい。だが、強くなる方法がわからない。今のまま、毎日剣を振ってほんの少しずつ強くなる方法では足りないのだ。
そうは思うが、俺の才能ではこれ以外の方法がないというのも事実で。ダンジョンに挑んで実戦で磨くにも限度があるし、それはついこの間、北の大規模ダンジョンでやってきた。
そうなると、俺としては最早選択肢は一つしかない。
「ランドウ先生」
透輝達を交えた訓練が終わった深夜。
俺は第一訓練場に残っていたランドウ先生の傍へと歩み寄り、その名前を呼ぶ。俺の強さの原点であるランドウ先生に頼るしか、思いつく手段はなかった。
「なんだ? さっきからずっと、ずいぶんと思い詰めた顔をしていたが……」
どうやら俺の話に付き合ってくれるらしい。怪訝そうな顔をするランドウ先生に対し、俺は表情を暗いものにしながら言う。
「ランドウ先生……正直に言って、俺は今、自分自身の成長に関して悩んでいます。剣を振っても思った以上に伸びなくなっている……その現状に焦っています」
「ふむ……それで?」
「伸びにくくなっているだけで、少しずつ強くなっている……そんな状況で尋ねるべきではないとわかってはいます。少しずつとはいえ前進していて、停滞しているわけじゃない……ですが、もっと強くなりたいんです」
そうやって言葉にして、はて、何故こんなに自分は焦っているんだろうか、と疑問を覚える。
今しがた言葉にした通り、少しずつとはいえ強くなっているのだ。成長が止まったのならまだしも、まだ伸びている最中なのだ。
――それだというのに、今以上の強さを求める理由は何なのか。
「透輝の成長ぶりを見て焦りを覚えました。いつかは追い抜かれるかもしれません。ですが、それは今じゃない……弟子に負けたくない、弟子を少しでも強くするために俺自身も強くなりたい。そんな感情を持っています」
それが答えだった。バリスシアに負けた時の悔しさよりも、武闘祭での透輝の成長を見て、このままでは追い抜かれるという焦りが湧いてきたのだ。
もちろん、元々はそれを想定していた。透輝は天才で、いつの日か自分を追い抜くだろうと。
ある意味で俺は、透輝に追い抜かれるために存在するのだ。だが、それは今じゃない。武闘祭で戦った時も思ったが、今じゃないのだ。
まだ負けてやれない。負けたくない。そんな感情が焦りとなって俺を満たしている。
「…………」
そう話す俺を、ランドウ先生がじっと見てくる。真意を探るように、嘘偽りがないかを確認するように、じっと。
「そうか……負けたくない、か」
そして何かに納得したのか、そんなことを呟く。ランドウ先生は苦笑を浮かべると、腕を組んで唸るように言う。
「こう言うと増長するかもしれんと思って黙っていたが、今のお前なら大丈夫か……最初にお前の懸念に答えるが、お前は十分に強くなっている。成長が鈍っているように感じるのは完成に近づいているだけだ」
「完成に……近付く?」
どういうことだろうか。俺が首を傾げていると、ランドウ先生は顎に手を当て、どう説明したもんか、と呟く。
「性別や年齢、体格や才能によって到達できる強さに違いがあるだろう? たとえば俺の場合、年齢から考えると肉体のピークは既に過ぎている。だが、技術を磨くことで総合的な強さは若い頃よりも上になっているだろう」
「それは……そうでしょうね」
たしかに、と俺は頷く。
「逆に、お前の場合はこれから肉体のピークを迎えるわけだ。するとどうなる?」
「え? どうなると言われましても……」
ランドウ先生からの問いかけに対し、俺は再度首を傾げた。
「肉体の成長が止まる分、技術の成長が大きくなる……とかですか?」
ランドウ先生の話から考えるとそうなるわけだ。実際には筋肉などは鍛えれば増やすこともできるし、体力も鍛えれば増えるのだろうが、肉体のピークは十代後半だと前世で聞いた気がする。
「たしか、成長期だったか……お前の身長や腕の長さなんかはそろそろ成長が止まる頃だろ。これまでは体の成長に合わせて剣の振りを微調整していたわけだが、それが必要なくなるってわけだ」
「なるほど……調整の必要がなくなった分、単純に技量を磨くことができるってわけですか」
今までは鍛えれば鍛えるだけ肉体が応えてくれた。しかし肉体が成長するピークを超えると今までのようにはいかないだろう。
加齢による身体能力の低下が発生するまでは時間があると思うが、肉体を維持することはできても成長させるのは困難になるってわけだ。
(そう考えてみると完成するって表現は言い得て妙かもしれないな……肉体が完成した結果、あとは技術を高めていく形になる。いや、技術だけじゃなくて精神もか)
心技体の体がピークを迎えるため、今後は心と技の鍛錬に注力するべきか。そう考えると、自分自身の成長が鈍っているように感じるのも当然の話である。
(肉体の成長がピークを迎えるんだ……そりゃ成長も鈍化したように感じるわな。そうなると今度は技術を磨いていくことになるけど、その辺は凡才なわけで……)
幼い頃から剣を振っていたし、運動神経や運動能力に関しては相応に自信がある。だが、剣の才能に関しては凡才だとランドウ先生からも言われているのだ。
体の成長が止まったらどうなるのか。それが少し不安である。成長に伴う誤差の修正がなくなる分、強くなれるのか。あるいは技術の成長もピークを迎え、これ以上強くなれないのか。
(ランドウ先生の口振りから考えると、技術が磨けなくなるってことはなさそうだが……)
肉体のピークを迎え、そこから実際に鍛えてみないとわからないのだろう。それでも、これまで抱えていた不安がだいぶ軽減されていることに気付く。ランドウ先生のおかげだろう。
「あとは、そうだな……」
と、そこまで考えた時だった。不意にランドウ先生が小さな笑みを浮かべ――それを見た俺はすぐさま逃げられるよう体勢を変える。嫌な予感しかしなかった。
「逃げるんじゃねえよ。お前だって孫弟子に対してやったことだろう?」
「……と、仰いますと?」
俺、透輝に対して何かしたっけ? 色々とやってるわ。
「自分より強い相手と戦い、成長を促すだけだ。俺はやったことがねえが、師匠越えってやつだよ。それができれば強くなったって実感も湧くだろ?」
そう言ってランドウ先生は笑うが……それ、透輝が俺を超えるのと、俺がランドウ先生を超えるのとでは大きな差があるんですが。
(ランドウ先生相手に実戦……師匠越え、か。正直に言って、無理難題もいいところだが……)
勝てはせずとも、傷の一つでもつけられたらどうだろうか? 自分が成長したと実感できるんじゃないだろうか。
(授業で透輝達の助力があっても勝てなかったんだ。あの頃より強くなっているとしても、一対一で勝てる相手じゃない……いや、でも……)
俺の脳裏に、透輝の顔が思い浮かぶ。武闘祭の特別試合であれだけ輝いてみせた透輝のことを思えば、あいつの師匠として逃げるのもどうかと思ってしまう。
「……わかりました。挑ませていただきます」
「ほう……」
俺が承諾すると思っていなかったのか。
俺の返答を聞いたランドウ先生は意外そうに、それでいてどこか楽しげに笑うのだった。




