第316話:比較
コハクが生徒会に入り、アイリスやカトレア先輩の補佐として政務を手伝い始めた。
それによってコハクとカトレア先輩の距離が少しずつ、ほんの少しずつ近付いていっているらしい。
らしい、というのは二人と接する機会が多いアイリスの反応からの推測だ。俺も生徒会室に顔を出す機会が多いが、俺がいると二人とも真面目な顔をして畏まってしまうのである。
そのためアイリスの、大量の砂糖を噛み締めて口の中がジャリジャリになったような顔からの推測だ。
(表情をなるべく崩さないよう訓練されているアイリスをあそこまで……俺がいない時はどうなってるんだろ……)
そんなことを思うが、二人の関係が良い方向に進んでいるのならそれを詳しく詮索するほど野暮でもない。今はまだ仲を深める段階なのだ。
俺にできるのは、現状を記した手紙を父親であるレオンさんへ竜騎士を利用した速達で送ることだけである。ないとは思うが、レオンさんが他の婚約者候補をコハクに宛がうという判断をした場合、引き離すのも俺の役目になるが。
(そう考えると、二人を引き合わせるのが早かったかな? いや、父さんならオッケーを出すはず……)
自分で言うのもなんだが、レオンさんなら俺がサンデューク辺境伯を継ぐことを望むはずだ。それだけの能力と実績を示してきたつもりだし、なにより嫡男が継ぐ方がおさまりも良い。
ウィリアムをはじめとした家臣のウケも悪くないはずだ。俺を頭にしたら苦労するとか、大変だからって理由で拒否される可能性は否定できないが。
(そういう意味だとゲラルドあたりは反対しそうだな……ま、さすがに大丈夫か?)
問題があるとすれば、『魔王』をどうにかしないと後を継ぐことさえできないってことぐらいか。別ルートの俺みたいに存在が消滅してしまえば継ぎようがないし、『魔王』をどうにかできても死んでしまったら意味がないわけで。
(でも、『魔王』をどうにかしようって考えてきたけど、上手くいった後のことは全然考えてないんだよな……)
『魔王』をどうにかしなければ未来のことを考えても仕方がない、と思ってきた。極力死ぬつもりはないが、道半ばで命を落とす可能性が高いとも思っている。というか、別ルートの俺は実際に一度死んでいたって話だし、いつ、どうなるかわかったもんじゃない。
それでもコハクとカトレア先輩の関係のように、死ねない理由を増やしていくのは俺にとっても良いことだろう。俺自身の死にたくないという感情以外にも、責任感でもなんでもいいから理由を作るのだ。それが土壇場で命をつないでくれる……かもしれない。
(まずは死なないことが第一だけどな。で、死なないためには強くなるしかないんだが……)
そこまで考えて、俺は困ってしまう。透輝みたいに土壇場で覚醒したり、追い込んだら覚醒したり、なんてのは常人には無理だ。俺の場合、日頃の鍛錬の積み重ねが強さにつながる以上、何かきっかけがあったからといって劇的に強くなることはあり得ない。
それがあり得るとすれば、本の『召喚器』が『掌握』以上の段階に至ることぐらいか。ただ、仮に『掌握』に至ったとしてもそこまで有用な能力じゃない可能性もあるが。
(今の段階でも身体能力の強化に、ページが輝いた相手の『召喚器』を使用できるようになる、なんて二つの能力がある。名前がわかっていないから『活性』段階だとは思うけど、もしかして既に『掌握』に至っているのか?)
身体能力の強化はありがたいが、他者の『召喚器』を使えるという能力に関しては微妙なところだ。スグリの『禁忌弱薬』は持ち歩けるが、カリンの『尖片万火』を借りてもどうしようもないのである。
それに身体能力の強化に関しても、その強化の割合はそこまで強くない。透輝が『絆石』を一つ輝かせたら追いつかれる程度の強化だ。
ただし、『花コン』において主人公と比べた場合、悪役はステータスや才能値が低いし、その低さを補った上で今の透輝と互角と考えるとそれなりに有用なのだが。
(ページもだいぶ埋まってきたしな……これから先、どうなるんだろ?)
夜の自室にて、俺は『召喚器』を発現してページをめくっていく。
先日の武闘祭で特別試合を行った結果、新たにページが増えているのだ。
増えたページは五ページ分で、そのどれもが俺が透輝と戦う姿を見ていると思しき絵である。
コハク、アレク、ジェイド、ルチル、コーラル学園長の五人に関して、新たにページが出現した。おそらく、俺と透輝の戦いで何かしらの影響を与えたのだろう。
(五ページ増えたから、全部で九十ページか……だいぶ増えたな。白紙のページは……残り十ページ分あるが……)
『召喚器』をパラパラとめくりつつ、俺は思考する。
最大で百ページなのか、到達すれば更にページが増えるのか。こればかりはわからない。実際に到達してみないとわからないだろう――と、そこまで考えた時だった。
(……いや、答えはあるのか。リリィに別ルートの俺が持ってた『召喚器』を見せてもらえばいいんだし……)
俺は今更ながらにそんなことに思い至る。リリィにとっての形見だからあまり触れたくなかったが、自分が強くなるきっかけになるかもしれない、と思えば見てみたいという気持ちがあった。
ただ、時刻は既に深夜である。良い子は寝ている時間だ。そうなるとリリィは既に寝ているはずである。ただでさえメリアと一緒に生活できるってことで、甘えているはずだし……うん、明日にしよう。
そう考えた俺は就寝の準備をすると、眠りにつくのだった。
そして翌日。
普段と比べて早めに自主訓練を切り上げた俺は、図書館へと足を運んでいた。そしていつも通り図書館の奥へと歩を進めていくと、何やら人が話し合う気配を感じ取る。
「メリアさんの髪、サラサラだよね。ちょっと髪型変えてみてもいい?」
「構わない」
「やったっ! それじゃあじっとしててね?」
普段、メリアが座っている休憩用のスペース。そこで椅子に座ったメリアと、そんなメリアの髪を楽しそうにいじっているリリィの姿がそこにはあった。
(メリアと生活できて楽しい、嬉しいとは言っていたが……まあ、良いことか?)
良く言えば甘えている、悪く言えばおもちゃにしているような状況だが、リリィがあまりにも楽しそうにしているため俺は何も言わない。ただ、少し間、二人が戯れる姿をじっと見る。
「……?」
だが、一応気配を消していたがメリアに気付かれてしまった。こちらに視線を向け、不思議そうな顔をしてくる。
「メリアさん、どうしたの……って、あっ! おと……ミナトさん!」
やばい、普通にお父さんって呼ばれるところだった。いや、やばいのか? メリアが聞いたとしてもそのままスルーしそうだ。でもまあ、まずいのか。
リリィは俺に気付くと嬉しそうに破顔し、パタパタと足音を立てながら駆け寄ってくる。
「邪魔して悪いな、リリィ。用事があったんだが……」
俺はそう言って、声を潜める。
「少し確認したいことがあってな。リリィが持っている俺の『召喚器』、もう一度見せてくれないか?」
「別に構わないけど……」
そう言いつつ、借りている部屋へと向かうリリィ。そして一分と経たない内に本型の『召喚器』を持ってきてくれる。
(以前見た時は、わたしは未来から来た娘です、本当は貴方はあの場で死んでいました、なんて衝撃的なことを聞かされてたからな……確認する余裕もなかったが……)
俺は今更ながら、別ルートの俺が辿った人生を確認する。一度死んだって話だし、そもそも『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時点から違うし、『召喚器』に描かれている内容も別物だろう。
それでも何かしらのヒントになるのでは、という思いを込め、一度だけ深呼吸をしてから『召喚器』を開く。
「…………?」
とりあえず百ページ目から、と思って開いたが、何も記されていない。別ルートの俺は百ページ目まで到達しなかったのだろうか?
そんな疑問を抱きながらページをめくり、他のページを確認していく。
(あれ……おかしいな……)
見落とさないよう一ページずつ確認していくが、白紙のページが連続している。後ろの方から確認していくが何もなく、白紙のページだけしかない。
(ええ? 別ルートの俺、全然『召喚器』が埋まってないじゃん……もしかしてこれが普通なのか? 俺がおかしいだけ?)
今の俺のペースなら百ページが埋まることもそう遠くないと思っている。そのため別ルートの俺もそうで、百ページ以降がどうなっているかわかると思ったのだが。
(全然ないな……え? なんで? リリィは俺の『召喚器』の内容を知ってたし、俺だと読めないとか? って、あった)
ページをめくり続けることしばし。ようやく絵が記されたページを見付けることができた。ただし、そのページ数は予想よりも遥かに少ない。全部で六十ページを少し超えた程度だ。
(俺の『召喚器』と同じようなページもあるけど、少ないな……なんでこんなに少ないんだ? 違う人生を辿ったから?)
リリィの話を聞いた限りでは、『王国北部ダンジョン異常成長事件』が発生するまでは同じような人生を送っていたはずだ。
そのため初陣で野盗の首領と一対一で戦った点などは変わらず、ページにもそれらしいものが描かれている。しかしながら『王国北部ダンジョン異常成長事件』以降のページは見たことのないようなものばかりだ。
(光っているページも……ないな。一番多いのは……カリンとスグリか。二人とも八ページあるが……うーん……)
別ルートの俺は十ページまでページを進めた相手がいないようで、光っているページは皆無だった。これならばたしかに、リリィも本の『召喚器』にどんな能力があるかわからないだろう。
今度は頭のページから内容を確認していくが、ページが増えたり、内容が変わったりすることはない。俺は最後までページをめくって本を閉じると、深々とため息を吐いた。
「おと……ミナトさん? どうしたの? 何かあった?」
リリィが心配そうに尋ねてくるが、俺としては苦笑を浮かべるしかない。いやもう、どうすればいいんだよ、コレ。
(別ルートの俺、今以上に大変だったんだな……しかしこの有様じゃあ『召喚器』を使って強くなるってのは無理か。地道に一歩ずつ強くなるしかないな……)
全く参考にならなかったが、別ルートの自分自身よりも良いルートを進めている。
それだけはわかったから良しとしよう、なんて自分に言い聞かせながら、俺はリリィに礼を言って図書館を後にするのだった。




