第314話:武闘祭が終わって
武闘祭が無事に終わり、国王陛下からのありがたいお言葉や勲章を賜る表彰式も終わり。
コーラル学園長に聞いた話だが、今年の武闘祭は例年と比べても大盛り上がりだったらしい。特に俺と透輝の特別試合が大好評だったらしく、来賓である国王陛下や他の重臣方にもウケが良かったそうだ。
表彰式でお褒めの言葉はもらったけど、試合中にどれだけ盛り上がっていたかはさすがに気にする余裕がなかった。この分だと来年も同じ感じで特別試合を行うことになるかもしれない、とのことだ。
(その頃になると透輝には勝てなくなってそうだけどな……)
多分、いや、今回の戦いぶりを見ると確実に俺を超えているだろう。俺も負けないよう努力を続けるが、特別試合をするとなれば今度はこちらが挑む側になりそうだ。
そんなわけで武闘祭および特別試合は大好評で終わった――のだが。
「……………………」
翌日、学園に登校すると教室に暗い顔の透輝がいた。しょぼんと、へこんだ顔で椅子に座っている。
「……透輝? どうした?」
昨日の負けがそんなに悔しかったのか、なんて思いながら尋ねると、透輝は無言のままでこちらを向く。首がグリンと、人形のように回転して少し怖い。
「いやぁ……師匠に負けるのはまあ、いつものことだからダメージは少ないんだけどさ……テンション上がって、負けるわけにはいかなくなったぜ! とか叫んで負けたから精神的にダメージが……ね? あと、そのせいでアイリスに顔を合わせ辛くてぇ……」
「お、おう、そうか」
たしかにそんなことを叫んでたな。だからといって負けてやるわけにはいかなかったが……まあ、それも一つの経験ということで。
「なんか、あのタイミングで体も軽くなってさ。これなら勝てる! と思って叫んだから負けて余計にへこんでるんだ、うん……」
なるほど。ま、そうは言うけど、口に出せるんだからショックは浅いと見るべきか。本当に悔しいならこんな風には言えないだろうし。
(大なり小なり悔しさを覚えたのなら、それは強くなるための糧だからな。良いことだ……『召喚器』の『絆石』が光ったことに関しては気付いてないっぽいけど)
俺の場合、剣を習った相手がランドウ先生だったから悔しさは覚えなかった。それでも強くなりたいと一心に願って剣を振り続けて今に至るため、悔しさなどの感情によるきっかけは大事だと思う。
「くっそぉ……放課後になったら特訓だ。次は勝てるよう、頑張るしかねえ」
透輝もそれがわかっているのか、自分自身に気合いを入れるよう握り拳を作っている。アイリスに良いところを見せるためにも、是非頑張ってほしいところだ。
(負けたから、か……)
透輝の様子を見て苦笑した俺だったが、ふと、もう一人心配な相手の顔が思い浮かんだ。それはカトレア先輩に負けたコハクで、昨日は敢えて声をかけなかったがどうしているだろうか、と心配になる。
(放課後になったら探してみるか)
可愛い弟が敗戦をどう思っているか。兄として、そして剣士としてそれが気になった俺は、後で声をかけに行こうと決心するのだった。
そして放課後。
授業が終わって自由になった俺は、コハクを探すべく一年生の教室へと足を向ける。放課後になった直後なら捕まるだろ、と思ってのことだ。
「あっ! お兄様ー!」
「おっとっと……」
だが、捕まったのはコハクではなくモモカだった。いや、突撃するように抱き着いてきたから捕まったのは俺か? ある意味普段通りだが、モモカは昨日の武闘祭の影響を感じさせない笑顔である。
(モモカは……まあ、負けたからといって悔しがる性格でもないか。戦った相手もモリオンだったしな)
モモカも学生の中では強いが、モリオンは学生という括りで見ればトップクラスに強い。モモカには悪いが、順当に敗北した形になる。だから悔しがらなくて良いというわけではないが、モモカの性格的に悔しがることはないだろう。
(それでも強くなれるんだから、ランドウ先生が言う通り才能があるんだろうな)
うちの兄妹で最も才能があるのはモモカだろう。ただ、貴族の令嬢が戦いの才能があってどうするんだ、という問題があるが……しかもモモカの場合徒手空拳、格闘の才能だし。将来の旦那を殴って矯正する? モモカの場合、言葉と行動だけで矯正できそうだ。
「モモカ、コハクはいるか?」
俺は頭に浮かんだモモカの未来に関して思考から追い出すと、本題を口にする。そのついでに視線を教室内に向けてみるが、一年生達の多くがこちらを見て何事かを話し合っているのが見えた。
「あれ? ミナト先輩じゃない?」
「うわぁ、本当だ……」
「昨日の試合、すごかったけど……近くで見るとやっぱり怖い……」
どうやら俺に対して色々と反応があるみたいだが……うん、なんというか、怖がっている子が多い。女子生徒の半数近くが怖がっている目をしている。逆に男子生徒はなんかキラキラとした目を向けてくる子が多いが。
「……あ、兄上」
そんな中、俺を見て気まずそうな顔をするコハクがいた。そのため俺は苦笑し、軽く手を振る。
「少し話をしたいと思ってな。時間はあるか?」
「……もちろんです」
そう言いながらも視線を彷徨わせるコハク。まさか怒られるとでも思っているのだろうか。
「そうか。それじゃあ向こうで話そう。モモカ」
「はーい。お兄様、コハクをよろしくお願いしますわ」
俺が離れるよう言うと、珍しく素直に従ってくれた。それどころか淑女らしく一礼してコハクに関してお願いしてくる。どうやらモモカはモモカなりに、コハクのことを気にかけていたらしい。
その事実に苦笑を浮かべると、コハクを連れ立って歩き出す。目指すは中庭だ。以前も利用したが、人気が少ないしベンチもあるし、話をするにはうってつけの場所なのだ。
「さて……まずはコハク、昨日はお疲れ様」
俺はベンチに座るようコハクを促すと、昨日の武闘祭について軽く労う。するとコハクの肩が震え、申し訳なさそうに体を縮めてしまった。
「優勝を逃すどころか、二回戦での敗退……兄上の弟として、情けない限りです……すみません……」
そう言って頭を下げるコハクだが、俺はその途中で肩を掴んで止めさせる。そりゃあ優勝するに越したことはないが、謝ることではないだろう。
「コハク、お前が頑張っているのは俺なりにわかっているつもりだ。俺の弟として、サンデューク辺境伯家の男児として、相応しい振る舞いを心がけているのもわかっている。だが、お前は俺じゃないんだ。まずはそこをしっかりと自覚しろ」
少しばかり厳しい口調で言えば、コハクの体が大きく震える。お兄ちゃんとしては頑張った、偉かった、と褒め倒したいところだが、それではコハクも成長しないし喜ばないだろう。この辺りはモモカとの違いが顕著な部分だ。
そしてコハクの場合、どうにも俺が去年優勝したから自分も優勝を目指す、といったように主体性がいまいち感じられない面があった。目標にしてもらえるのは兄としても嬉しいが、それがコハクにとって良いことなのかは別の話である。
「もちろん、優勝を逃したことは悔しいだろう。カトレア先輩に勝てなかったことも悔しいだろう。だが、お前は何を思って優勝を目指していたんだ?」
武門の家柄であるサンデューク辺境伯家の男児として、より難しい部門で優勝を目指すというのもアリである。俺としてもコハクがそう思って参加したのならこうは言わない。
学年不問条件不問という厳しい条件で、今よりも強くなるために強い相手と戦いたいと心から願ったというのなら、俺が止める筋合いもない。しかしコハクには別の思惑があるように思えた。
「僕は……」
コハクは何かを言おうと口を開いたものの、途中で言葉を失って目線を彷徨わせ、最後には口を閉ざしてしまう。
やはりというべきか、確固たる明確な目標はなかったのだろう。俺が去年優勝したから、俺の弟として恥ずかしくない成績を、なんて思ったのだろう。
(その点は多分、モモカも一緒なんだろうけどな)
モモカもコハクと大差ない理由で学年不問条件不問部門に参加したんだろうけど、あの子の場合、そこに迷いはないだろう。
俺の妹として強さを証明し、並み居る強豪を打ち倒し、優勝する。貴族の令嬢が強さを証明してどうするんだ、なんて気持ちもあるけれど、モモカの場合は真っすぐ目標を定め、なおかつ強固に思うはずだ。それなら俺も何も言わない。
その点、コハクは曖昧な目標で挑んだ。それでも本戦の二回戦まで勝ち進んだのはさすが俺の弟だと賞賛するところだが、コハクにとっては満足できない結果だろう。
もっとも、目標を強く定めていたからといって、コハクがカトレア先輩に勝てたか言われると微妙なところだが……もう少し勝ち目のある勝負になったんじゃないか、とは思う。
(透輝みたいに実戦の中で急成長する方がおかしいんだよな……)
内心で話をそう着地させた俺は、コハクの頭に手を乗せてガシガシと撫で回す。子どもの頃、コハクが拗ねたらそうしたように、だ。
「今回の件、俺からは敢えて何も言わん。お前が何をどう思っているかも、敢えて聞かん。ただ、お前が俺の弟として頑張っているっていうのはよくわかっている」
コハクは俺と違って賢い子だ。同時に俺やモモカと違って常識的な部分が強い。だからこそ、敢えて何も言わずに自らで答えを導き出し、成長してくれることを促す。
俺は撫でていた手をコハクの肩に乗せ、労わるように軽く、ポンポンと叩く。
「……正直に言えば、兄さんの弟であるというプレッシャーがありました」
すると、コハクがポツリと呟く。兄上ではなく、昔みたいに兄さんと呼んで。
「学園に入ってからというもの、兄さんの弟だから、あのミナト=ラレーテ=サンデュークの弟だから、という目で見られたことも数えきれません」
「……そうか」
俺はコハクの言葉に頷きを返す。俺も俺でサンデューク辺境伯家の嫡男として行動した部分が大きいし、この点に関して謝罪するわけにはいかない。
「だから、僕もサンデューク辺境伯家の人間として強く在らねば、と思っていました。兄さんみたいに武闘祭で優勝できればそれも叶うんじゃないか、と。でも……」
そこまで言って、コハクは困ったように笑う。
「負けたことで少しすっきりしました。僕じゃあ兄さんみたいにはなれない、できないってわかって、肩の荷が下りたような気がします。もっと自分に合った方法で自分を伸ばしていけたら、と」
「……そうか」
俺は同じ言葉を繰り返し、コハクの言葉を受け止める。
それなら後は、軽くなった体で何をするかだ。それが気になるところだが、コハクの顔を見る限り悪いことにはならないだろうと思えた。
俺はコハクの様子に安堵する。負けたことで悪い方向に向かうんじゃないかと思ったが、自分で反省し、進むべき道を定めていたようだ。これでは余計なお節介だったかもしれない。でもお兄ちゃんとしては放っておけなかった。
そうやって俺が兄として葛藤していると、言葉を吐き出して気が楽になったと思しきコハクが、どこか気まずそうに言う。
「それで、その、兄さん……この流れで聞くと怒られそうですが……知っていたら教えてほしいんですが、そ、その……カトレア先輩って婚約者候補はいるのでしょうか?」
「…………ん?」
あれ? 思わぬ方向に話が転んだ? え? どういうこと?
コハクの突然の質問に、俺は盛大に困惑するのだった。




