第313話:特別試合 その2
『花コン』における男性主人公の『召喚器』――『鋭業廻器』。
女性主人公の場合は違う『召喚器』になるが、主人公が扱う『召喚器』には十個の『絆石』と三個の『宝玉』が存在する。
『宝玉』はダンジョンなどで主人公のHPがゼロになって死亡した際、復活できる回数を示す。
『絆石』は『花コン』のメインキャラ……サブヒロイン、サブヒーローを除いた十人が『絆』状態になった際、輝きを放つ。
そして『絆石』はただ輝いて『絆』状態になったことを報せるだけではない。光る『絆石』が増えるにつれて、主人公の能力が強化されていくのだ。
「いくぞ!」
その効果が今、目の前に展開されていた。
『花コン』において、『絆石』が一つ輝く度に主人公のステータスが永続的に一割強化される。二個輝けば二割、五個輝けば五割と、仲間との絆が増えるにつれて強化されていくのだ。
つまり、『絆石』が一個輝いた場合は『光活唱』を使ったのと変わらない――はずなのだが。
「っ!?」
振るわれた刃を受け止めた俺は、勢いに押されるようにして後ろに下がる。踏ん張った両足が地面を擦って砂煙を上げ、衝撃を逃がしたはずの両手が僅かに痺れるような感覚を伝えてきた。
(おかしい……明らかにさっきまでと違う……)
一割の強化なら『光活唱』を使った時と同じ程度のはずだ。それだというのに明らかに剣が速く、重くなっている。
魔法での強化と『召喚器』での強化では効果量が違うのだろうか。あるいは、ゲームと現実の違いか。
(それなら俺の『召喚器』も、もっと強化してくれても良さそうなものなんだがな……)
俺の『召喚器』もページ数が増える度に身体能力を強化してくれるが、一ページ当たりの強化量は高が知れている。透輝と比べると条件を満たす難易度の違いだろうか。まあ、俺の『召喚器』は未だに詳細が不明なんだが。
「おぉう……」
剣を振るった透輝は透輝で、自分の感覚の変化に目を丸くしている。身体能力が強化されるというのは剣士にとってありがたいことだが、それまでとの感覚の違いに慣れなければ足を引っ張るだけだ。
魔法での強化の場合は己の感覚はそのままに、力や速さだけが上がる感じである。しかし身体能力が強化されると出力自体が上がるため、感覚がズレてしまうのだ。
俺も本の『召喚器』のページが増えた後は自主訓練を行い、ズレた感覚を矯正する作業を必ず行う。そうでなければ万全に力が振るえないほど、感覚のズレというのは大きいのだ。
――だが、透輝は天才である。
「なるほど……そういうことか」
握った剣に視線を落とし、透輝が呟く。そして体の調子を確かめるように二度、三度と剣を振ると、ニッと笑みを浮かべた。
「こりゃいいや。今までよりも強く、速い……これなら!」
透輝が姿を掻き消す速度で踏み込んでくる。開いていた距離をほんの一歩で踏破する。
その動きを見て俺は確信した。たった一度剣を交えただけで、己の身体能力を完全に把握しているのだと。感覚のズレをほんの数秒で把握したのだと。
(少し追い込んだだけで本当に覚醒しやがって。主人公かお前……主人公だったわ)
これまでに何度か思ったようなことを心中で思い、俺は苦笑を浮かべる。それと同時に透輝が振るう剣を受け止めるが、これまでと比べてズシリと重い。
(これまで足りなかった身体能力を『召喚器』が埋めてきた、か……必要な時に必要な能力を得られる。まさに主人公ってわけだ)
力、速度、反射神経、その他諸々。おおよそ身体能力と呼べるものが向上しているのを確認しつつ、俺は斬撃を捌いていく。
(『絆石』一個でコレか。いや、アイリスの声援もあるからか? ヒロインの声援があればパワーアップの一つもするってもんか)
だからこその主人公なのだろう。それでこそ、と思いながら斬撃を弾き、逸らす。
「っ!」
僅かに受け損ねた切っ先が左腕をかすめ、鮮血を散らせる。戦闘に支障はない。しかし今回の戦いで初めて負った、明確な傷だ。いや、そもそも透輝とのこれまでの模擬戦込みで、初めて負ったと言えるかもしれない。
(ちっ、見誤ったか……身体能力が上昇したのもあるけど、その上で更に学習してやがる……本当に大したもんだ)
傷に構わず剣を振るうが、これまでと比べて余裕を持って受け止められる。俺の斬撃を受け止めた透輝自身、その手応えが軽くなっていることに驚いているほどだ。
(こっちの『召喚器』も一応、身体能力を底上げするタイプなんだけどな)
そうは思うが、俺が持つ本の『召喚器』ではどうしようもない。この状況にあってもなお、沈黙しているのだ。頼りようがない。身体能力を上げてくれるだけありがたいと思うことにする。
「ふぅ……一気に強くなったじゃないか、透輝」
俺は剣を弾いて距離を取ると、仕切り直すように息を吐く。観客席は急に強くなった透輝の姿に大興奮だ。小さな傷とはいえ、俺に一太刀入れたというのも大きいだろう。
「素直に喜べないけどな……ミナトには自力で勝ちたいというか……」
「なに、使えるものは使うのが実戦だし、スギイシ流もそうだ。恥じることはない」
そう言いつつ、俺は剣の構え方を変える。それまでのどっしりとした防御主体の構えから、攻撃主体の前傾姿勢へと。
「これならもう、加減はいらんだろ。こちらも全力だ」
透輝には『鋭業廻器』という優れた相棒がいる。だが、俺にも相棒がいるのだ。これまで苦楽を共にしてきた、唯一無二の相棒が。
「剣よ。悠い敵を瞬く間に伐る力をもたらせ――『瞬伐悠剣』」
透輝に対抗するように、こちらも『召喚器』の力を解放する。これで五分……いや、振り出しに戻す。
「いくぞ」
そう言って俺は姿が消える速度で駆ける。透輝が目を見開くが、遅い。
スギイシ流――『二の太刀』。
これまで使ってこなかったスギイシ流の技を繰り出せば、僅かに遅れて透輝が『二の太刀』を繰り出してくる。
剣同士が衝突し、その重量からはあり得ないほどの轟音が響き渡った。それと同時に手の中に衝撃が伝わってくるが、剣を手放すことなく次の攻撃へと移る。
再びの『二の太刀』。それも連撃だ。一撃でも防御し損なえば勝負が決まる威力で、急所を正確に狙いながら次から次へと刃を繰り出していく。
追い込んだら透輝が覚醒した? だからなんだ。まだその程度で敗れてやれるほど、俺は弱くないぞ。
「くっ……『生新光明』ぉっ!」
だが、透輝はそれまで近接戦闘をしている最中に使えなかった『生新光明』を発現する。『生新光明』は回復に加えて身体能力の向上、それも三ターンの間二割の向上をもたらす魔法だ。
それによってもたらされるのは――『召喚器』を使った俺と互角の強化。
互いに『二の太刀』を放ち、距離が空けば『一の払い』で斬撃を飛ばす。そうして幾度も刃を交え、開いた距離を詰めるように『三の突き』を繰り出しては切っ先が衝突する。
「ぐっ!?」
「ちぃっ!?」
俺も透輝も剣を手放すことはなかったが、『三の突き』同士が激突した衝撃で互いに後ろへと弾かれる。ほぼ同時、鏡映しのように体勢を崩し、たたらを踏んで、体勢を立て直して。
「――――」
「――――」
そこからの踏み込みも、同時だった。互いに姿が消える速度で踏み込み、剣を振り上げて駆け抜ける勢いで交差する。
これが試合だとか、手加減だとか、そういったものは意識から消失していた。勝負を決める、勝つんだという思いだけを胸に剣を振り切る。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
互いに放つは、スギイシ流の奥義。直撃すれば一撃必殺すらあり得る斬撃をぶつけ合う。
力は――互角。
速度も――互角。
違いがあるとすれば、それは技の習熟度。
「っ!?」
轟音を上げながらぶつかり合った剣と剣。その片方が、透輝の『鋭業廻器』が衝突に耐えきれずに手から弾き飛ばされる。
「――そこまでっ! 勝者! ミナト=ラレーテ=サンデューク君!」
それを見た審判の教師が大きな声で俺の勝利を宣言した。それと同時に宙を舞った『鋭業廻器』が地面へと突き刺さり、決着を悟った観客席から爆発的な歓声が上がる。
「あー……届かなかった、かぁ……」
地面に刺さった『鋭業廻器』を見て、剣を手放してしまった己の右手を見て。透輝が絞り出すように、心底悔しそうに声を出す。
そんな透輝を見た俺は、残心の構えを取ってから剣を鞘に納め、大きく息を吐いた。
「いや……大したもんだった。勝ったからこそ言えるが、ここまで追い込まれるとは思わなかったよ」
それは紛れもない、俺の本心だ。技量の差から負けることはないと思っていたが、ここまで追い込まれるというのは考えていなかった。
(『絆石』と光属性魔法で身体能力の差がなくなったからな……あとは技量の差で押し切るしかなかったが……)
俺は悔しそうに顔を歪める透輝を見て、思わず破顔する。きっと、傍から見れば満足そうに笑っているように見えるだろう。
「――強くなったな、透輝」
思わず、そんな言葉をかけていた。本来は勝者が敗者にかける言葉などないが、俺は透輝の師匠である。そのため奮起させるための言葉をかける。
「だが、今回は俺の勝ちだ。今感じている悔しさをバネに、もっと強くなれ。いいな?」
「……うっす」
悔しそうにしたまま、透輝は頷きを返してくる。それを見た俺は観客席から向けられる歓声に応えるよう、右手を掲げて見せた。
(来年の半ばぐらいまでは負けないと思ったが……思ったよりも早く、師匠越えをされるかもしれんなぁ)
俺は『閃刃』同士がぶつかった際の、右手に残った衝撃を確かめるように握り締める。透輝の『閃刃』はまだ未熟だったが、それはあくまで俺と比較してのことだ。
そんな未熟な『閃刃』でも、たしかに届いた。透輝がもう少し成長すれば、今度こそ負けるかもしれない。
(いや、まだだ……まだ負けてはやれねえ。俺ももっと強くなる……)
可能な限り、透輝の壁で在り続けよう。俺はそう思い、右手をより強く握り締める。
こうして、学園生活二年目に行われた武闘祭の特別試合は、ギリギリのところで俺の勝利で終わったのだった。




