第306話:二年目の武闘祭 その1
九月の中旬。
『朽ちた玄帝のダンジョン』を破壊して二週間近い時間が流れたその日、放課後になると俺は学園長室へと足を運んでいた。担任の教師から放課後になったらコーラル学園長の元へ行くよう、事前に言われていたのだ。
(何の用事だろ……時期的に武闘祭のことか?)
去年学年不問、条件不問戦で優勝したし、出場禁止になった今年と来年はのんびりカリンと観戦でもしようと思っていたんだが。
そんなことを思いつつ、到着した学園長室の扉をノックして返事を待ち、入室した。すると相変わらず学生にしか見えない若々しさを発揮するコーラル学園長がこちらへと視線を向けてくる。
「おお、わざわざすまんのうミナト君。よく来てくれたのう」
「いえ、学園長もお忙しいでしょうし、この程度は」
外見は若いのに好々爺と形容できそうな笑みを浮かべるコーラル学園長に、俺は本心で答える。
「君は放課後も忙しそうじゃし、早速本題に入ろうかの。今年の武闘祭についてじゃ」
「何かありましたか? 私は去年優勝しましたし、今年と来年は出場禁止だという認識でいたのですが」
「うむ。そうだったんじゃが……」
ここで初めてコーラル学園長は表情を崩す。どこか気まずそうというか、申し訳なさそうな顔だ。
「ほれ、先日北の大規模ダンジョンを破壊したじゃろう? それに参加したメンバーであるモリオン君達は出場するが、君だけ出場禁止というのはどうか、と王城で話題になったらしくての」
「そうは言いますが……こう言っては自惚れに聞こえるかもしれませんが、私が出場すると他の生徒が大変では?」
客観的に己の実力を評価した場合、学園の生徒で俺に勝てる可能性がある者は非常に限られている。それこそ遠慮なし、俺を殺す気のモリオンでも連れてこないと厳しいだろう。正式な生徒以外ならメリアやリリィがいるが、こちらは参加できないし。
「ワシもそう思う。じゃが、かの大規模ダンジョンを破壊した英雄が戦うところを一目で良いから見てみたい、と思う者も多いらしくてなぁ。王都の民も楽しみにしているじゃろうし」
「それはそれは……光栄です、と答えるべきでしょうか?」
有名になったことを喜ぶ趣味はないため、思わず苦笑を浮かべてしまう。
「そうやって謙虚なのは良いことじゃよ。自惚れは人を殺すからのう」
「私の場合、師匠が師匠ですので……自惚れる暇も余裕もありませんよ」
相応の自負を持つのは構わないし、むしろ持っていて当然なのだが、自惚れるのは無理だ。なにせランドウ先生という、『花コン』でも最強クラスの存在が身近なところにいるのだから。
「それで、じゃが……学年不問、条件不問部門で優勝した者との特別試合を行うのはどうか、という提案が出てきたんじゃ。君はどう思う?」
「それは……まあ、妥当なところですか」
俺も考えたことだが、どうやら妥当な結論に達したらしい。
学生の中で一番の強者を決定する、学年不問条件不問部門。去年俺が優勝したこの部門で勝ち残った者と俺が戦う。俺も一応は学生だし、優勝者が相手ならそれなりに戦いになるという算段なのだろう。
「一応聞いておきますが、強者という点でならランドウ先生もいますが……」
「いや、アレは駄目じゃろ。特別試合が公開処刑になるだけじゃろ」
ランドウ先生をアレ呼ばわり……弟子としては何か言うべきだけど、真っ当な感想すぎて何も言えないわ。
「ランドウ君はワシの目から見ても傑物じゃよ。ワシもそれなりに腕が立つという自信があるが、ランドウ君が相手では勝ち目はあるまい。そんなランドウ君と生徒を戦わせるのはのう……」
そう言って自身の顎を撫でるコーラル学園長。髭でも生えているのなら映える仕草だが、顎髭は一本も生えていない。ツルツルの肌だ。
「まあ、君がランドウ君と戦うのなら止めはしないが……」
「やめてください。公開処刑になりますよ?」
昔と比べれば強くなった自信があるが、さすがにランドウ先生と一対一で勝負になると思えるほど自惚れてはいない。北の大規模ダンジョンに挑んだ六人で勝負を挑めば、勝てる可能性も生まれるかもしれないが……。
(それでも普通に薙ぎ倒してきそう……前衛に立った俺とリリィと透輝は瞬殺、盾役のナズナも斬られて、モリオンとメリアが魔法を撃ちまくっても全部斬られて接近されて終わり……い、いや、もう少し善戦できるだろ……できるよな? できるかな?)
作戦次第だが、三分程度生き残れれば良い方な気がしてきた。実際に戦えばもっと良い勝負になると思うが、幼少の頃からの上下関係が俺に悲観的な想像をさせてくる。
(でも、こういうのって師匠相手に勝ってみせるのが最大の恩返しだろうし……挑むとしても来年かな?)
その頃なら透輝も俺を超えているだろうし、俺も師匠越えにチャレンジする頃合いじゃないだろうか。今年はさすがにまだ負けてやれないが……。
(透輝のことだし、追い込んだら変な覚醒しそうだな。逆境であればあるほど、ビカビカ輝きそう……そう考えると負ける可能性もある、か?)
北の大規模ダンジョンでも大きく成長したし、そろそろ油断すると負けるかもしれない。もちろん油断するつもりはないが、透輝なら武闘祭の最中にも成長するだろう。そして優勝し、テンションが上がった状態で師匠との戦いなんてことになったら――。
(……いや、負けるとしても今じゃない。まだだ、まだ負けてやれねえ……俺はまだ、あいつの壁でいなきゃいけないんだ)
ないとは思うが、俺に勝って透輝が満足し、成長が鈍る可能性もあるのだ。それなら負けてなどいられない。透輝には可能な限り強くなってもらわないといけないのだ。
「ひとまず事情はわかりました。多くの人から参加を熱望されているというのなら、私も否やはありません。今回の話、お受けいたします」
「そうか……うむ。仮に優勝者が負けようとも優勝した事実が消えるわけではないし、『百花勲章』が取り消されるわけでもない。君にとっても良い経験になることを祈っておるよ」
「はい。それでは早速訓練を行いたいので失礼いたします」
こうしてはいられない。武闘祭まであと二週間もないのだ。今から少しでも強くなれるよう、訓練をしなければ……。
(あ、あと透輝に学年不問、条件不問部門に出場するよう師匠命令を出しとこう)
そのために俺も戦うのだ。透輝が負けてしまえば残念極まりないが、今の透輝なら早々負けないし、良い経験を積めるだろう。
そう思った俺は、早速師匠命令を出しに透輝を探しに行くのだった。
「――と、いうわけで。透輝、今年の武闘祭は学年不問、条件不問部門に出場しろ。これは師匠命令だ」
「いきなりっ!? ええっ!? ま、マジかよ!? 去年師匠が優勝した部門だろ!? 一番難しいやつじゃんか!」
俺は第一訓練場で自主訓練に励んでいた透輝を発見すると、早速師匠命令を下す。そんな俺の言葉に透輝は目を見開いて驚くが、俺としても取り下げるつもりはない。
「そうは言うがな。大規模ダンジョンに挑んでボスモンスターとも戦えるような奴が他の部門に出てみろ。そっちの方がまずいだろ」
「そうは言うけど……ほら、去年のモリオンみたいに学年不問の剣術部門とか」
「――条件不問部門の優勝者は、俺との試合が行われることになった」
俺が透輝の言葉にかぶせて言うと、透輝の表情が一変する。驚き、戸惑ったような顔だ。
「っ……師匠との試合? 去年優勝したから参加禁止って言ってなかったっけ?」
「ああ。だが、大規模ダンジョンを破壊して更に名前が売れちまったからな。有名人見たさに、生徒に変わりないのに出場禁止はどうか、なんて話題が王城で出たらしい。ただ、学生の中で戦う腕じゃないって評価もされてな。条件不問部門で優勝した者との特別試合を行うことになった」
妥当といえば妥当な判断だろう。勝ち上がってくるのは透輝か『花コン』のメインキャラだろうし、相手にとって不足はない。
「あくまで試合の範疇だが、俺も本気で戦う。だから透輝、お前には是非とも挑んできてほしいんだ。武闘祭で優勝し、俺にも勝って師匠越えを果たし、弟子としての恩返しをしてくれ」
「師匠に勝って、恩返し……」
「ああ、そうだ。ただ、もちろんだけど俺も手は抜かない。全力で勝ちに行く。透輝が勝てないなら今回はそれまでだ」
正直なところ、来年ならまだしも、今年は負けるつもりはない。だが、主人公が相手なら万が一があり得る。いや、万が一どころか百が一、覚醒したら十が一程度に負けそうだが。
(透輝なら覚醒! 覚醒! 覚醒! 勝利! みたいな感じになる可能性も……い、いや、さすがにそこまではない……よな?)
俺は脳裏に浮かんだ光景を振り払う。いくら主人公でもそこまで理不尽な成長はしないだろう。
「――興味深い話をされていますね」
そうやって俺が透輝と話をしていると、いつから話を聞いていたのか、モリオンが姿を見せる。どうやら自主訓練に来たようだが、その瞳には普段見られないような熱意が滾っているのが見えた。
「今年は学年不問、条件不問部門に参加しようと思っていたところです。つまりテンカワ、君とはライバルになるな」
「げっ……嘘だろ? モリオンも出るのかよ……」
透輝が明らかに嫌そうな顔をする。学生の中では明確に強者側の人間だからな。『花コン』のモリオンと比べてもこっちのモリオンの方が強いし、油断もないし。
「ほう……モリオン、君も出るのか」
「はい。ミナト様と本気で戦える機会と聞き、僭越ながら挑みたいという気持ちが湧きました。それに、テンカワにとっての壁も必要でしょう?」
俺の確認に対し、モリオンは意味深な言葉を投げかけてくる。どうやらモリオンが透輝の覚醒を手伝ってくれるらしい。
(モリオンなら透輝を成長させるのに申し分ない……透輝が負ける可能性もあるけど、だからこそ成長できる面もある、か)
実際の戦闘ならともかく、武闘祭は十メートル程度の距離を挟んだ状態から始まる。その程度の距離なら透輝は一息で詰められるようになったし、モリオンが相手でも良い勝負ができるだろう。
ただ、モリオンが素直に負けるかと言われると首を横に振るしかない。モリオンはモリオンで魔法使いとして腕を磨き続けてきたのだ。距離を詰められても透輝相手に上手く立ち回ることだろう。
(透輝と戦いたいけど、モリオンが相手でも面白そうだな……)
剣士として疼くものを感じた俺が小さく笑うと、それを見た透輝が焦ったように指さしてくる。
「あっ! 今、モリオン相手に戦うのも面白そうだ、みたいなこと考えただろ!」
「うん」
「うん!? 弟子として師匠を超えろって言ったじゃんか! 俺が勝つからな!」
そう言って叫ぶ透輝。どうやら余所見をしては駄目らしい。
そんな透輝を見た俺は、今度ばかりは大きな声で笑い声を上げるのだった。




