第307話:二年目の武闘祭 その2
二年目の武闘祭。
学園における一年に一度のお祭りだが、それに特別試合の一戦だけとはいえ参加できるということで、俺は普段以上に自主訓練に熱を入れていた。
学年不問条件不問部門で優勝すると俺との特別試合が行われると事前に告知もされ、その結果、参加する生徒が激減――なんてことはなく、むしろ例年より増えたらしい。
優勝したら『百花勲章』が授与される上、たとえ負けるとしても俺との特別試合は話題を呼び、名前が売れると判断する生徒が多かったようだ。
相手次第では俺も加減し、上手いこと接戦を演じる必要があるだろうが……まあ、そういう手合いが勝ち上がってくるとは思えない。透輝か『花コン』のメインキャラに負けるだろう。
そんなわけで、今年の武闘祭は開催前から普段以上のお祭り騒ぎとして熱を帯びつつあった。
「いいなぁ、わたしも参加してみたいなー」
寮の俺の部屋。ベッドの上に寝転びながらそんなことを言うのは、俺の夜間の自主訓練が終わったタイミングで遊びにきたリリィである。遊びに来た、というには夜中すぎるが、立場が立場だけに仕方がない。
部屋に来るなりベッドに飛び込み、満足そうに寝転んで『お父さんの匂いがする』なんて言っていたが……大丈夫? 肉体は若いから大丈夫だと思うけど、加齢臭とかしない? まだ大丈夫か。
「所属はオレア教になっているし、さすがに難しいだろうな。オレア教の強権を使えばねじ込めないこともないだろうが……」
「あ、そこまでするつもりはないから。わたしは大人しくお母さんと一緒に観戦でもしてるね?」
そう言いつつ、うつ伏せになってバタバタと両足をばたつかせるリリィ……って、はしたないからやめなさい。お父さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ?
(そりゃ育ててないからそんな覚えはないわな……)
自分でボケて自分で突っ込みを入れると、俺は楽しそうにベッドに顔を押し付けているリリィをじっと見る。
「それで? 当面は大規模ダンジョンの攻略もなさそうだけど、リリィは学園にいるのか?」
「うん。ここまでくれば見つかりにくいダンジョンを破壊して回るのも誤差かな、なんて思えるし……できればお父さんやお母さんと一緒にいたいし……」
そう言ってチラ、と視線を向けてくるリリィ。『朽ちた玄帝のダンジョン』でもそうだったが、メリアが何故か甘えさせてくれるため図書館では甘え倒しているらしい。今日は俺に甘えたい気分のようだ。
「メリアとはどうだ?」
「オリヴィアさんの計らいで一緒に住んでるけど、すごく……うん、すごく、嬉しいし楽しい。お母さんの若い頃ってこんな感じなんだーって……正直なところ、見た目は全然変わってないけどね?」
そう言って嬉しそうにリリィが笑う。しかし、俺としては思うところもあるわけで。
(メリア、あのままの外見なのか……多分、メリアルートの特殊ノーマルエンド、『二人の旅路』エンドみたいな感じになったんだろうけど、俺、あの姿のメリアと結ばれるのか……マジか……)
女性の容姿に関して強いこだわりがあるわけではないが、外見や行動から幼さすら感じてしまうメリア相手にそういう関係に発展するとは、なんて思う気持ちがある。
ただし、『二人の旅路』エンドを迎えると存在が削られ過ぎて世間に認識されなくなり、メリアと二人でお互いを支えにしながら生きていくことになるし、情が湧くのも不思議ではないが。
「って、見た目は? 性格は違うのか?」
俺はリリィの言葉の中で引っかかりを覚えたため尋ねる。まあ、あくまで興味本位での質問だ。
「んー……もうちょっとはきはきしているっていうか、わたしがいたずらとかしたらしっかり怒るし……ちゃんとお母さんだーって感じ……かな?」
どうやらメリアはリリィを産んだら母親としての自覚を持ち、リリィに対してしっかりと向き合っていたらしい。
(あのメリアがねぇ……)
そうなのか、という驚きと、母親になればメリアもそうなるのか、という納得。メリアが亡くなったのはリリィが七歳ぐらいの頃だったって話だし、しっかりと記憶に残るぐらいには母親をやっていたのだろう。
俺もこうして慕われるぐらいには父親をやれていたんだろうけど、リリィが十歳になったらラレーテの町の孤児院に置き去りにしたみたいだし……。
(うっ……そう考えると胃が……い、いや、別ルートの俺の考えも理解はできるんだけどさ……)
なにせ自分を認識できるメリアが没し、唯一自分を認識できる存在なのだ。娘という点を差し引いても大切だし、手元に置きたいと考えても不思議ではない。
だが、別ルートの俺は自らリリィを手放し、一人でいることを選んだ。それは娘の未来を思ってのことであり、それ以上一緒にいれば離れられなくなると判断してのことだろう。
リリィの話ではその後、人目につきにくいダンジョンを破壊して回っていたとのことだが……最終的にはメリアの墓の傍で死んでいたらしいが、肉体はともかく、精神が耐えられなかったんだと思う。
誰にも認識されない孤独な世界で、たった一人でダンジョンを破壊して回る日々。たとえ負傷しても助けてくれる者はなく、徐々に精神が擦り切れていったのだろう。
町や村などの人がいる場所にいれば孤独がまぎれたかもしれないが、話しかけても反応がない、透明人間みたいな状態なのだ。しばらくすれば逆に辛くなったんじゃないか。
(それでもリリィを探し出して会いに行こうとはしなかったんだよな……)
そして最後はメリアの墓の傍で死んだ、と。そんな別ルートの自分自身の行動に納得と理解ができた。同時に、リリィのおかげでそんな未来が回避できたということがどれだけありがたいことかも。
「……リリィ、何か俺にしてほしいことはあるか?」
そのため、俺はリリィにそう尋ねていた。するとリリィは目を瞬かせ、あれこれと考えを巡らせたように視線を彷徨わせた後、恥ずかしそうに言う。
「じゃ、じゃあ……また一緒に寝てほしい……かな」
「おう、そうか。それじゃあ今日は一緒に寝るか」
リリィの可愛らしいお願いに破顔すると、寝る準備を整えてからリリィと一緒にベッドに入る。するとリリィが嬉しそうに、それでいて少しだけ切なそうな顔をした。
「本当はね、お父さんとお母さん、二人一緒に寝たいんだけど……それは無理だよね?」
「……すまんな」
別ルートの俺ならまだしも、今の俺はメリアと男女の関係ではない。『契約』を結んでいるため多少なり深い関係ではあるが、そんなことをして周囲にバレたらどうなるか。
それでもリリィが望むのなら叶えてやっても、と俺が悩んでいると、リリィは慌てたように言う。
「あっ、ううん! 無理はしなくていいの! それじゃあ……えっとね? 別のお願いなんだけど……」
「うん、なんだ?」
何かお願いがあるらしい。俺が首を傾げて促すと、リリィは隣からじっと、真剣な眼差しを向けてくる。
「一試合だけでも武闘祭に出るんだよね? それなら勝ってほしいなって……お父さんのカッコいいところ、見てみたいなーって」
「…………」
それは、なんとも俺のやる気を掻き立てるお願いだった。それを聞いた俺はリリィに笑いかけ――多分、獰猛に笑っていた。
「可愛い娘の頼みだ。任せとけ」
「……っ、うんっ!」
俺の言葉を聞き、リリィは嬉しそうに頷く。
透輝に負けるつもりはなかったが、負けられない理由が増えたな、と俺は決意を新たにするのだった。
そして二週間後。
武闘祭の当日を迎え、開催場所である闘技場でクラスごとに整列していたが、朝からやる気満々の俺を見た透輝が少しばかり引いたような顔を向けてくる。
「えー……師匠、なんでそんなにやる気なんすか……ここ最近の訓練も気合いが入っているっていうか、ランドウ大師匠相手に滅茶苦茶挑んでましたよね?」
本気で引いているのか、敬語で話しかけてくる透輝。それを聞いた俺は口の端を吊り上げて透輝に笑いかける。
「一戦だけとはいえ、条件不問部門を勝ち抜いてきた相手と戦うんだ。準備不足で負けました、なんてことがあったら申し訳が立たないだろう?」
「それにしたって限度があるような……」
首を傾げる透輝だが、そんな透輝もここ最近の訓練では非常に熱が入っていた。条件不問部門で優勝して俺と戦い、師匠越えをしてみせろって発破をかけた影響だろう。
もちろん、やる気に溢れているのは俺や透輝だけじゃない。普段は冷静なモリオンも毎日自主訓練に顔を出していたし、去年と比べると放課後に自主訓練を行う生徒の数がかなり増えていた。
武闘祭に出場する全員がそうだというわけではないが、去年と比べると熱の入り方が違う感じがする。事前の予想では近年にないほど、いや、過去に開催された武闘祭と比べても一番盛況になるのではないか、と噂されるほどだ。
その証拠に、というべきか。事前に行われた予選は去年と比べて派手なぶつかり合いが多く、武闘祭の本戦に出場できる上位十六人を決定付けるだけでも様々な戦いがあった。
俺が特別試合を行う学年不問条件不問部門は去年と同じくカトレアやジェイド、エリカが出場を決めており、そこに透輝やナズナ、モリオンといった『花コン』の主人公やメインキャラが大勢参加する形になっている。
なお、実力はあっても能力の傾向からサポート向きなアレクは相変わらず出場していないし、『召喚器』の扱いを覚えたカリンも出場を見送っている。カリンの場合、手加減しても攻撃方法が『召喚器』で燃やす一択だから相手を殺しかねないというのも理由の一つだ。
他にも東部の派閥からバリーが本戦出場を決めており、学年不問条件不問部門の本戦の半数以上を二年生が占めるという状況にもなっている。
あとは一年生からコハクとモモカが出場を決めていたりもする。どうやら俺が一年生で優勝したのを真似ようとしているらしい。
(うーん……特別試合だけじゃなく、俺も最初から戦いたかったなぁ)
出場メンバーの豪華さを確認した俺は思わずそんなことを考えてしまった。運が悪ければ――いや、運が良ければ初戦から決勝戦まで『花コン』のメインキャラ達とだけ当たる、なんてこともあり得たのだが。
(ま、特別試合だけでも参加できるんだから文句は言わないでおくか)
最終的にそう結論付け、武闘祭の開催を今か今かと待つ俺だった。




