第305話:原作サブイベント その3
透輝の相談を受けた結果、どうやら『花コン』でのサブイベントが発生したらしい、と判断するに至った。
透輝に告白するはずのティナが俺に告白してきたのは予想外だったが、『技術科の生徒が主人公に告白する』という面で見ればゲームと同じだろう。
透輝が告白されたということで、アイリスの反応も『花コン』でのものと大差ないようだし……ただまあ、現実でアイリスが嫉妬するというのはかなりの大事件なわけで。
(下手に感情を見せないよう、それこそ辺境伯家の俺よりもしっかりと教育を受けているはずのアイリスが嫉妬して不機嫌になった、か……それが答えみたいなもんだけど、俺から伝えるのは無粋だよな)
どうでも良い相手が誰かから告白されようと、普通は嫉妬などしないのだ。それなのに嫉妬して不機嫌になるということは、アイリスから透輝へと向けられる感情が相応に育っていると判断できるわけで。
(少しじれったくもあるけど、ここで打つ手を間違えると話がこじれる可能性もある。せっかく透輝の方から相談してきたんだし、深掘りしてみるか……)
良い機会だ、と判断した俺は透輝を誘い、人通りが少ない中庭のベンチへと移動する。教室だと誰が聞いているかわからないし、ここなら人が通れば気配でわかるだろう。アイリスが不機嫌になった云々が誰かに聞かれたら洒落にならないし。
「それで? まずは確認しておくけど、その告白を受けたのか?」
「え? いや、保留……です、はい……」
保留と言った瞬間、俺が表情を変えたからだろう。透輝はベンチの上に正座したかと思うと、肩身が狭そうにしながら言葉を続けた。
「そのぉ……同級生の女の子に告白されるのって初めてなんで、舞い上がっちゃって……でもその場で判断するとまずそうだから少し考えさせてくれ、って……」
「それで保留にした、と……で? それを、よりにもよって、俺よりも先にアイリス殿下に相談した、なんてことはさすがに言わないよな?」
「そ、相談はしてないって! ただ、何かあったのかって聞かれたから、つい答えちゃって……何かあったんですか? って言われたから、さっき告白されちゃって、なんて……はい、答えました、はい……」
ますます身を縮こまらせる透輝。そんな話をして不機嫌になった、なんて時点で答えは出ているようなもんだが……いや、アイリスも自分自身の感情をきちんと把握していない可能性があるか。アイリスは恋愛してどうこうって許される立場じゃなかったしな。
(しかしそれを伝えるわけにもいかんし……なんでアイリス殿下が嫉妬していると思う? なんて尋ねたら答えみたいなもんだし……答えになるかな? ゲームでの透輝、割と恋愛感情クソボケだったしな……)
内心で暴言に近いことを考えてしまうが、他に表現のしようがなかった。ゲームだから仕方ない面があるんだろうけど、鈍いというか、人の感情が読めないというか、なんというか。透輝と接してきた身としては、ごく普通の男子学生って感じなんだが。
それでも直球で伝えるとまずいため、遠回しに助言するしかないだろう。そう判断した俺は自分自身を直近の例として出すことにする。
「……立場や境遇が違うから参考にはならないかもしれないが、俺も昨日、技術科の生徒に告白をされてな」
「え!? ま、マジか!? それで? どうしたんだ?」
即座に食いつく透輝。興味津々と言わんばかりに目を輝かせている。身近な友人の恋愛事情となると気になるのも当然か。
「もちろん、その場で断ったとも。俺には婚約者候補であるカリンがいるし、俺の立場的にも、俺の感情的にも受けられる話じゃないからな。ただ、差し出されたラブレターは、その気持ちは受け取った。その上で断った。それで終わりだ」
「マジかー……師匠と弟子じゃなくて友達として尋ねるけどさ、そういうのってもったいないとか思わないのか?」
正座を崩して普通に座りながら透輝が言う。そのため俺もベンチに背中を預けつつ、崩した態度で答えた。
「いや、すっぱり断るのが礼儀だろ。あー……ただ、相手の態度が露骨でも、言葉にしていないから断るのが難しい、みたいなパターンもあるが……」
そう言って俺の脳裏にとある顔が浮かびそうになる――が、今は透輝の話だ、と頭を振って掻き消した。
「普段から接していて、仲が良い……そんな相手から告白されたのならしっかりと悩んでいいさ。ただ、告白されたのが嬉しいってのもわかるけど、告白されるまでろくに話したことがないような相手となるとなぁ……」
特に、俺の場合は辺境伯家の嫡男ということもあってそういうのは警戒する必要がある。ハニートラップとまでは言わないが、情を利用してアレコレと画策するのは貴族の手管としては基本の内だ。
ただ、カリンと仲が良いと広まっているからか、現状だと告白までしてきたのはティナが初めてだった。『野盗百人斬り』なんてあだ名が広まっているし、怖がられて告白を足踏みしている、なんて可能性もあり得るが。
(玉の輿狙いで告白、なんてこともあると思ったんだけどなぁ……意外とみんな現実的なのかね?)
告白しても断られるから最初から告白しないってわけだ。俺の場合カリンと仲が良い自覚があるし、告白されてもその場で断るという自信がある。
そういう意味だと、昨日のティナは例外というか……本当に惚れて告白してきた、と考えるべきか。断った俺が言うのはおかしいけれど、尊敬に値する勇気の持ち主だ。
「……うん。告白する気持ちは嬉しいし、光栄ではあるな。ただ、こちらにも事情があったり、想う人がいたり……だからやっぱり、もったいないって考えるのは違うんじゃないか?」
「そんなもんかぁ……でも、うん、そうだよな。そんな風に考えるのは失礼だよな」
納得したように頷く透輝だが、そんな透輝の様子を見た俺は口の端を吊り上げるようにして薄く笑う。
「ああ、もちろん君がその告白してきた子をもったいないからキープしておきたい、なんて考えるのも個人の自由ではあるが……剣の師匠としては、歪んだ性根は叩き直さなくては、と思うよ」
「は、はは、やだなぁ! そんなこと考えるわけないじゃないですかししょー!」
本当かな? 少し目が泳いでいるけど……俺はこういうところで嘘は吐かないからな? 駄目だと思ったら徹底的に叩き直すからな?
そう思ってじっと見つめてみると、透輝は数秒間あたふたと慌ててから居住まいを正す。そして咳払いをしたかと思うと、俺の目を見返してきた。
「とりあえず、参考になる話をしてくれてありがとな。でもそっか……一昨日のエリカの呼び出しも告白だったのか」
「むしろ、エリカが俺を呼び出せるってわかったから透輝の呼び出しも頼んだんじゃないか、と思うんだが。技術科の生徒にとって貴族科の生徒は立場が違うから、声をかけにくいだろうしな」
「そんなもんか……いやまあ、俺もこの世界に召喚されて一年半ぐらい経つし、その辺りは頭ではわかってるつもりだけどさ。俺の場合、こうしてミナトとも話せるからいまいち感情での納得が……ほら、アイリスとも話せるし」
そう言って透輝は困ったように笑う。
そうだよな、アイリスはこの国のトップ、王族の一人だし、俺も貴族の中では上から数えた方が早い辺境伯家の嫡男だ。そんな俺達と普通に話せるんだから、貴族だ平民だっていうのはいまいち納得できないか。
「そうだな……俺達貴族や王族は小さい頃から様々な教育を受けてきているし、平民とは根本的に違う部分がある。同じ人間だろうって言われたらそうなんだけど、その立場に見合った努力をしてきているわけだ」
「へぇ……具体的にはどれぐらい?」
「俺の場合は三歳になる前後から教育が始まったな。勉強、訓練、ダンスやテーブルマナー、立ち居振る舞いといった礼儀作法全般……それらを毎日、朝から晩までみっちりと、って感じか」
昔を思い出してそう説明すると、透輝は頬を引きつらせる。
「さ、三歳? 三歳って……え? 三歳? マジで?」
「俺は辺境伯家の嫡男だし、そんなもんだ。俺の弟のコハク、妹のモモカはもう少し楽でな。本格的な教育は五歳ぐらいからだったか」
「えぇ……教育虐待……いや、この世界だとそれが普通なのか……」
透輝は頬を引きつらせたままでそう呟く。残念ながら教育虐待なんて概念すらないぞ。
「その中には感情の制御なんかも含まれていてな。どんな状況でも感情を乱さないよう、制御できるよう、大声で怒鳴られたり、笑わせようとしたり……ちょっとした感情の表現一つで人が死にかねないからそういった教育も受けるわけだ」
ここで俺は遠回しに、アイリスが不機嫌になったという部分に触れる。それがおかしなことだと、幼少の頃から受けてきた教育を上回る何かがあったのだと、それとなく伝える。
「へぇ……そういう教育を受けたからミナトはそんなに大人っぽいのか。いや、ミナトの性格が元々そんな感じなのか?」
だが、透輝は感心したように頷くだけで俺が伝えたいことに気付いていないようだ。お前……アレクだったら今の一言でこっちが言いたいこと全部察してくれるぞ。まあ、それはアレクだからか。いや、アレクじゃなくても察してくれる……よな?
(いかんな……貴族的な言い回しだと通じないか。かといって直球で、透輝のことを意識しているからやきもちを焼いて不機嫌になってるんだよ、なんて伝えるのは……)
こういうのは当人同士で気付くから良いのであって、外部の者が賢しらに指摘するのは無粋が過ぎるだろう。指摘した結果、ギクシャクとして関係が破綻する可能性もあるしな。
そう思った俺は、透輝がなんとか気付くよう遠回しに色々と話をしていく。アレクなら一度の会話で透輝が察してくれるのかもしれないが、俺には無理だ。そのまましばらく話を続けるが、透輝は感心するばかりでこちらの意図に気付いた様子がない。
(この鈍感め……いや、もしかして『花コン』の主人公らしく鈍感な性格になっているとか? さすがに鈍すぎるが……その可能性は否定できないか)
俺はまさか、と現状の不可解さにアタリを付ける。そうでなければここまで鈍いことに説明がつかないのだ。
平和な現代日本でのほほんと生きてきた透輝だから、遠回しに伝えようとしても伝わらないだけかもしれないが。
「……そういうわけで、色々気を付けろって話さ」
俺はここまでだな、と判断して話を切り上げる。これ以上は直球で伝えるしかないと判断してのことだ。
「ああ、サンキュな。参考になったよ……って、あれ? な、なあ、ミナト? それで結局、俺はどうやってアイリスの機嫌を取れば……?」
透輝は俺に向かって礼を言うが、やっぱりこちらの意図が伝わっていないのだろう。そのため俺はため息を吐くと、透輝でもできる簡単な方法を教えることにした。
「とりあえず受けた告白について答えを返して、それを殿下にも伝えれば勝手に機嫌が直るんじゃないか?」
「なんか投げやりっ!? えぇ……そんなことで直る? 本当にぃ?」
俺の話を聞いて透輝が猜疑的な視線を向けてくるが、他に方法はないよ、マジで。
(こうして考えてみると、透輝にグランドエンドを目指してもらうのは最初から無理だったのかもしれんな……アイリスルートを選択して正解だったか)
ここまで鈍いとなると、『花コン』のメインキャラ全員と『絆』状態まで仲を深めるのは困難を極めただろう。あるいは、鈍いからこそ何の迷いもなく複数人相手にコナをかけることができるのかもしれないが――。
(うん……アイリスルートで良かったと思おう……そうしよう)
良いところ探しをした俺は、自分を納得させるようにそう思った。
そして翌日。
透輝が告白を断ったとわかったのか、どこかご機嫌な様子のアイリスを教室で見かけることになり、俺は密かにため息を吐くのだった。




