第304話:原作サブイベント その2
エリカに声をかけられて貴族科の校舎裏に呼び出され、技術科の生徒に告白される――それは『花コン』においてアイリス関連で発生することがあるイベントである。
アイリスからの好感度が一定値を超えており、なおかつ武闘祭の学年不問条件不問戦で優勝する、大規模ダンジョンを破壊するなどの目立った功績を上げるとフラグが立つイベントだ。
ただし、条件を満たしたからと必ず発生するイベントではなく、ランダムイベントに近い。メインストーリー以外の、キャラクターを掘り下げるために発生するサブストーリーみたいなものだ。
初めてこのイベントに遭遇した時はエリカ関連のイベントだと思ったのだが、エリカはあくまで主人公に告白する生徒を連れてくるだけである。主人公の性別によって告白してくる相手の性別も変わるが、まあ、それは些事だろう。さすがに主人公に対して男子生徒が告白してくることはないが。
(って……エリカが呼び出したから思わず『花コン』のイベントを連想しちゃったけど、普通に告白じゃないか? ……俺、婚約者候補がいるって有名だと思うんだがな……)
一年生の時の舞踏会でも真っ先にカリンと踊ったし、割と知られていると思うんだが。
そう思いながら困ったように頬を掻くと、女子生徒はラブレターと思しき封筒を差し出したままで更に頭を下げる。
「きょ、去年の武闘祭で戦うところを見て……そのっ、一目惚れですっ! それからずっと好きです! 気持ちだけでいいので受け取ってくださいっ!」
「……そう言うってことは、俺に婚約者候補がいると知ってのことかい?」
「はいっ!」
俺の言葉を聞いて顔を上げ、まっすぐに見つめてくる。うーん……なんというか、ど真ん中ストレートって感じの告白だなぁ。受ける受けないは別として、その姿勢には好感を抱く。
「先に聞いておこうか。君の名前は?」
「ティナです! 苗字はありません!」
エリカと同じく平民の子らしい。そしてその名前を聞いて、やっぱりか、なんて思う。
(やっぱり男性主人公の時に告白してくる子じゃん……えぇ……なんで俺に?)
そこは俺じゃなくて透輝に告白してくれよ、と思ったが、それは女子生徒――ティナの気持ちに泥を塗ることになるため思考から追い出す。
(『花コン』だと透輝が告白されて、それを知ったアイリスが嫉妬したり焦ったりするサブイベントなんだよな……つまり、透輝の方では発生しないか?)
ティナは『花コン』で名前こそ表示されたが、立ち絵はなかった。そのため本当にランダムイベントで透輝に告白する人物と同一かは保証できないが……サブキャラとも言えない登場頻度なのに、声が妙に可愛らしくて人気投票で投票されていたっけ。
プレイヤー達から『名もなき英雄』と呼ばれたウィリアムもそうだが、そういうちょっとしたキャラが人気投票で名を連ねるのってゲームあるあるだろう。ちなみに順位はナズナの一つ上だった。端役のキャラがメインヒロインの一人に人気投票で勝ったのだ。
(……うん、現実逃避はこれぐらいにしておくか)
こんな直球での告白は今世で初めてである。そのためその姿勢に敬意を表し、しっかりと断るとしよう。
「ティナ嬢、君の気持ち嬉しく思うが俺は婚約者候補がいる身だ。いや、仮に婚約者候補がいなくとも君の気持に応えることはできない。気持ちだけ受け取らせてくれ」
そう言って俺は差し出されたラブレターを受け取る。断るが、受け取るところまでは礼儀だと思ったからだ。
「……はい」
ティナは俺がラブレターを受け取ったのを見て、少しだけ嬉しそうに、それでいて切なげに微笑む。
「ありがとう……ございますっ。では、これでっ!」
大きく一礼し、背中を向けて走り去るティナ。それを見送った俺は手の中にあるラブレターへ視線を落とすと、開封せずにポケットに入れた。
(去年から、ねぇ……視線は感じなかったんだがな)
武闘祭はともかく、その後はそれらしい視線は感じなかった。ただ、敵意や殺意がこもった視線なら多少距離があっても気付くが、ただ見られているだけ、あるいは好意の視線となると気付くのは難しい。近距離からなら話は別だが、遠くから見ていただけとなるとさすがに気付けなかった。
「……わぁ……なんというか、ミナト君、大人だねー……」
告白を断った俺を見てどう思ったのか、エリカがそう言う。しかしすぐさま我に返った様子で、俺に手を振って駆け出した。
「ティナちゃんを追いかけてくる! それじゃあミナトくん、またねっ!」
「ああ」
エリカに言葉を返し、踵も返す。そうして教室に帰ると、寮に帰らず待っていたと思しきカリンが近付いてきた。
「告白でしたか?」
「…………」
そして予想外の剛速球が飛んできたため思わず沈黙してしまう。あれ? 気配はなかったけど見られていたんだろうか?
「そうだが……見ていたのかい?」
「いえ、勘です」
勘らしい。女の勘というものはげに恐ろしきものよ、なんて思いつつ、俺はポケットに入れていたラブレターを取り出した。
「気持ちだけでも伝えたかったそうだ。なんとも真っすぐな子だったよ。でもまあ……」
俺は今まで教室で待っていたカリンに対し、柔らかく微笑む。
「俺には君がいるからね」
「もう……ミナト様ったら。やきもちを焼かせてくれてもいいんですよ?」
「おっと、そりゃあもったいないことをしたな。やきもちを焼く君を見てみたかったよ。さぞ可愛らしいだろうに」
俺がそう言うと、カリンは照れたように頬を赤らめる。うーん……勘は怖いけど、こういうところは何とも可愛らしいものだ。やきもちを焼くカリンを見てみたい気もするが……『花コン』みたいに謀殺されたらまずいし、やめておこう。
「……ミナト様ってからかうのがお好きですよね?」
「そうかい? いや、そうなのかな……カリンが嫌なら改めるが」
からかっているんじゃなくて本音のつもりだったんだが。カリンが不快に思うのなら改善しよう、なんて思いながら尋ねると、カリンは表情を誤魔化すように目を伏せる。
「わたしは嫌ではない……ですよ?」
「そうか……それならほどほどにからかうかな」
それもカリンとのコミュニケーションの一つだろう。そう思って俺が言うと、カリンはどこか嬉しそうに微笑むのだった。
さて、そんなことがあった次の日のことである。
相変わらず廊下に見物客がいるなぁ、なんて思っていながら放課後を迎えると、何やらぴょんぴょんと跳ねるエリカの姿があった。
「おーい! 透輝くーん! おーい!」
「え? 俺?」
エリカの呼びかけに透輝が首を傾げる。なんだろう、昨日ぶりのデジャヴを感じるんだが。
「うんっ! えっとね、透輝くんにお話があるーって子がいるんだけど、ちょっといい?」
「あ、ああ……それは構わないけど」
透輝は不思議そうに、それでいてまさか、と言いたげな表情を浮かべた。放課後に話があると呼び出されるなんて、用件の種類はそこまで多くないだろう。
(おっとぉ……)
俺はチラ、とアイリスの顔を見て内心で呟く。無意識のものだろうが、アイリスの表情が真顔になっていたからだ。
(昨日のティナ嬢じゃないだろうけど、エリカが貴族科の面々に顔が通っているってわかったから頼まれたのかね? あまり負担にならなければいいが……)
技術科の生徒にとって、貴族科の生徒は中々に声をかけにくい相手だろう。なにせ貴族科と呼ばれるだけあり、貴族の子女なのだ。
そこにエリカみたいに物怖じせず、なおかつ多くの友人がいる者がいれば頼るのも道理だろう。俺との関係もあり、たとえモリオンなんかの本来は気難しい相手でもエリカなら話しかけることができるのだから。
(それは良いとして、アイリスの反応がちょっと……つまり、好感度がある程度高くなっているってことか?)
本来は主人公に告白するはずのティナが俺に告白をしてきたため、サブイベントは発生しないのかな、なんて思ったが似たような流れになってきたようだ。
『花コン』を基準にして考えすぎると痛い目を見そうだが、仮に同じ基準で今回のことが起きたのだとすれば、アイリスの好感度は『親友』を超えていることになる。
『花コン』だと好感度によって『他人』、『知人』、『友人』、『親友』、『絆』と関係性が変わる。
『絆』状態になると透輝の『召喚器』、『鋭業廻器』の『絆石』が光り輝くため一目でわかるのだが、透輝への告白イベントはその一歩手前、『親友』以上になってから発生することになる。
この『親友』という関係性だが、数字で言うと好感度が百を超える必要があった。『絆』は百五十以上で、最大値は二百である。
そして『絆』状態で個別イベントを最後まで進めると『恋慕』もしくは『相棒』という関係性に変化する。異性なら『恋慕』、同性なら『相棒』ってわけだ。
(つまり、『花コン』通りならアイリスは好感度が百を超えているはず……『絆石』が光るまであとどれぐらいだ? もう少しか?)
好感度の増加等の周回特典がない一周目プレイにしては良いペースである。透輝がアイリスの個別イベントを進め終わればそのままアイリスルートに突入するはずだ。そうすれば最低でも『魔王』の長期間の『封印』が可能となる。
(ゲームなら……だけどな)
この現実たる世界でもその通りになる保証はない。なってくれると嬉しいが、盲信して行動するのは馬鹿のすることだろう。
それでも、透輝とアイリスの関係性が非常に良いものだと信じたい俺がいるのもたしかだった。
「……なあ、ミナト。ちょっと相談に乗ってほしいことがあるんだけどさ……」
だから、次の日になって透輝からこんなことを言われるのは正直、勘弁してほしかった。
「なんだ?」
師匠ではなく名前を呼んだということは、剣に関することではないのだろう。そう思いながら話の先を促すと、透輝はどこか気まずそうな顔をする。
「その……アイリスと喧嘩しちゃって。いや、喧嘩っていうのもおかしい感じなんだけど、なんかアイリスを怒らせちゃったみたいで……俺、どうしたらいいと思う?」
「と、言われてもな……なんでそんなことになったのかがわからないと、アドバイスのしようもないが」
表面上は平静を装って受け答えをする俺だが、これってアレか? 『花コン』の通りなのか? なんて思考が脳内で飛び交う。
「いやぁ……それがさ、昨日、技術科の子にいきなり告白されちゃって。去年の武闘祭で優勝しただろ? その時から好きだったー、なんて言われたんだ」
「…………」
おかしいな……なんか、同じ話を先日聞いたばっかりなんだが。偶然か?
「告白というわけか……相手の名前を聞くのも無粋だが、一応確認しておきたい。その生徒、ティナって名前じゃないよな?」
「え? いや……違うけど?」
透輝は不思議そうな顔をして首を傾げる。告白を断った以上、どうするかはティナ次第だが、フラれた翌日に別の男に告白した、なんてことはなかったらしい。俺がどうこう言う筋合いはないけどさ。
「それでそのあと、アイリスに何の用件だったのか聞かれたから答えたら不機嫌になっちゃって……なあ、俺はどうすればいいと思う?」
そう言ってすがるような目を向けてくる透輝に、どう答えたものかなぁ、と俺は頭を悩ませるのだった。




