第284話:段階を踏んで その5
闇属性の上級魔法――『致死暗澹』。
『花コン』では命中すると大ダメージを与えつつ、三分の一の確率で即死するという透輝の言う通りクソゲーみたいな魔法である。
これが最上級魔法になると大ダメージに加えて五割の確率で即死、さらに命中率を八割下げるから、まだ良心的な魔法だろう。比較対象が悪すぎるだけとも言えるが。
そんな闇属性魔法の対策だが、一番簡単なのは撃たれる前に倒すことだ。次に、宝箱から出てきたり、錬金術で作ったりできる身代わり人形……闇属性魔法の即死を肩代わりしてくれるアイテムを装備することである。
あとはこちらも範囲攻撃を可能とする魔法で相殺する、相手の魔法が貫通しないことを祈りながら物陰に隠れる、魔法を斬るといった、難易度が高い、あるいは運頼みの対策しかない。
それぐらい闇属性魔法というのは厄介で、特に物理的な破壊すら伴う上級、最上級の魔法は防御が困難な魔法なのだ。
――もっとも、この場には対抗策を打てる者が揃っているのだが。
「メリア!」
「うん」
俺が名前を呼べば、即座にメリアが応じる。こちらに向かって迫りくる『致死暗澹』に向かって、白く輝く両手を突き出す。
放たれるのは、光属性の中級魔法である『光活唱』だ。味方に使えば全体回復、敵に使えば全体攻撃を可能とする魔法である。
魔法の位階は中級と上級。普通なら『光活唱』が押し切られるが、そこはオレア教の決戦兵器と呼ばれるメリアだ。能力差を存分に発揮し、僅かに押し込まれながらも格上の魔法相手に互角の押し合いを演じている。
スギイシ流――『一の払い』。
そこに俺が飛び込み、拮抗していた『致死暗澹』を切り裂いた。そしてそのままヴァンパイアに向かって斬りかかる。
『ッ!』
だが、相手は上級……それも死霊系モンスターの中ではトップを張るモンスターだ。俺が繰り出した斬撃に対し、鋭く伸ばした爪を叩きつけて迎撃してくる。
「っ……大した馬鹿力だなっ!」
初めてヴァンパイアと戦うが、『瞬伐悠剣』とぶつかり合った爪の感触を剣越しに確認してそう叫ぶ。
ヴァンパイアの爪は硬く、鋭く、名剣と呼んで差し支えない『瞬伐悠剣』でも斬れなかった。その上で、爪を繰り出すヴァンパイアの膂力はこちらを遥かに上回る。
「シイィッ!」
鋭く呼気を発し、幾度となく斬撃を繰り出す。一撃一撃に必殺の意思を込め、直撃すれば即死させると言わんばかりに。
だが、ヴァンパイアはこちらの斬撃を全て目で追い、なおかつ爪を合わせてくる。間合いの長さはこちらが遥かに有利で、加速した剣先に爪を合わせるのは最早曲芸の域に達しているだろう。そう賞賛するほどに的確に剣を弾いてくる。
(技術はそれほどでもない……が、身体能力がやばいタイプか)
ヴァンパイアが優れているのは全体的な身体能力の高さだ。『花コン』でも物理と魔法の両方が高く、ステータスの数値も上級らしい高水準にまとまっていたはずである。
他のモンスターの種類でいえば、火竜などの上級モンスターと同等の強さを持つとされるのがヴァンパイアだ。人型のドラゴンと思えばその身体能力の高さも納得できるだろう。
「透輝は周囲の警戒を頼む! コイツは時間がかかる! メリアは透輝を見ながら俺を援護!」
「お、おう!」
「うん」
俺が叫ぶなり、メリアが『光弾』を撃ってくる。援護と言ったから威力を抑えて相手の体勢を崩すべく、『光弾』を選んだのだろう。
ヴァンパイアは先ほどの『光活唱』との打ち合いで警戒したのか、メリアの『光弾』を大きく避ける。死霊系モンスターにとっては命中すれば即死する可能性があるため、それも当然か。
「剣よ! 悠敵を瞬く間に伐るための力をこの身に宿せ!」
そうして距離を取ったヴァンパイアを見た瞬間、俺は両手で握る相棒に力を込めた。
「――『瞬伐悠剣』!」
相手の強さを確認し、一気に勝負に出る。
『瞬伐悠剣』の力で加速した俺は瞬く間にヴァンパイアとの距離を詰め、大きく踏み込むと同時に切っ先を繰り出す。
スギイシ流――『三の突き』。
生半可な防御なら貫く一撃を、心臓目掛けて繰り出す。相手が吸血鬼ということもあり、首を刎ねるよりは心臓を貫く方が良いと思ったのだ。
『ギィッ!?』
こちらが急に速度を増したこともあり、虚を突かれたのか。ヴァンパイアは慌てた様子で爪を交差し、こちらの突きを受け止める――が、その程度で止まるほど『三の突き』は甘くない。
ヴァンパイアの爪を穿ち、そのまま胸部へと突き刺さり――。
「なにっ!?」
当たれば死ぬとわかったからか、人間ならば回避不可能なこの状況でヴァンパイアは上体を捻る。そうすることで胸部や胸骨を削られつつも心臓への攻撃を回避し、俺への攻撃よりも距離を取ることを優先して地を蹴った。
『ギッ……ガァッ……』
俺から十メートルほど距離を取ったヴァンパイアは傷口に手を当て、憎々しげに俺を睨んでくる。そして数秒としない内に胸部の傷が塞がり始めた。どうやら高い再生能力があるらしい。
「えい」
だが、俺と睨み合っている隙をついてメリアが再び『光弾』を放つ。俺の攻撃を警戒するヴァンパイアの隙を突いた、完全な奇襲だった。
『ッ!?』
傷が完治していない状態だが、回避しないわけにはいけないという判断か。ヴァンパイアは慌てたように『光弾』を回避する。迎撃を選択しなかったのは格上の魔法でも止められないと思ったからだろう。
「――――」
その隙に、俺は気配も殺気も消してヴァンパイアとの距離を詰めていた。そしてヴァンパイアが気付くほんの刹那、早く踏み込む。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
今度は心臓を狙わなかった。ヴァンパイアが俺へと視線を戻した瞬間には既に駆け抜けており、一瞬遅れてヴァンパイアの首が飛ぶ。
だが、俺はそこで止まらない。振り向きざまに切っ先を繰り出し、背後からヴァンパイアの心臓を貫き、更に刃を捻って傷口を広げた。
そうして剣を引き抜くが、油断はせずに残心を取る。音を立てて倒れたヴァンパイアの体は……動かなかった。
「ふぅ……」
さすがに首を刎ねた上で心臓を破壊すれば死ぬらしい。油断を誘うように残心を解いた振りをしてみても動かないヴァンパイアの体を見て、大きく息を吐く。
「終わったのか?」
「おう。警戒ありがとうな。とりあえず移動するぞ」
透輝が周囲を警戒しながら聞いてきたため、最後の確認としてヴァンパイアの死体を剣で刺しながら答える。
今の戦闘音を聞き、追加でモンスターが襲ってくる可能性がある。そのため休むとしても安全が確保できてからだ。
討伐の証としてヴァンパイアの尖った耳を切り取った俺は剣を鞘に納めると、この場を後にするのだった。
「いや……ビックリした。思ったより強かったわ」
そして先ほどの場所から距離を取り、水筒を傾けて喉を潤した俺はそんなことを言う。
上級魔法を使えるだけでなく、優れた身体能力と動体視力、更には再生能力まであるときた。致命傷を避けるために多少の傷を許容するなんて、中々できることじゃないだろう。
「さっきの戦い、そこまで危ないところはなかったと思うんだけど……」
「ああ。後々のことを考えて全力は出してない。それでも本気で戦ったからな」
俺がそう言うと、透輝は不思議そうな顔をする。
先ほどの戦い、俺は全力の八割程度までしか力は出していなかった。それは長期間に及ぶダンジョンでの行動を想定してのことだったが、それでも『瞬伐悠剣』の力を使ったし、奥義である『閃刃』まで使う羽目になった。だから本気で戦ったと言ったのだ。
それを説明すると、透輝は納得がいったように頷く。
「それなら全力で戦えば良かったんじゃないか?」
「そうだな、それならもっと早い段階で勝負がついただろうし、時間だけで見ると正解だよ。ただ、今回はヴァンパイアがどの程度の強さか見てみたいって気持ちもあったからな」
その感想としては、以前戦った火竜よりは弱いが、コカトリスなどの弱めの上級モンスターよりは強い、といった感じだ。ケルベロスと同格程度、といったところか。
「透輝の練習相手に丁度良いと思ってたんだけどな……アレはまだ少し早い。我慢してくれ」
「あの、ししょー? その言い方だと俺がヴァンパイアと戦いたくて仕方ない、みたいに聞こえるから勘弁してくれませんかね?」
俺、バトルジャンキーじゃないっす、なんて言いながら首を横に振る透輝。
そうは言うけど、死闘を経験させるには丁度良い強さなんだよなぁ……俺の見立てだと勝率三割……いや、もうちょい低いか?
俺が『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時にボスモンスター化したデュラハンと戦った時みたいな、ギリギリの戦いになりそう。でも、透輝なら途中で覚醒して引っ繰り返すだろうし……。
「ふむ……」
「あ、待って、待ってししょー、『さっきはああ言ったけど、やっぱり手頃な相手かもしれん』みたいな顔するのやめて!」
すごいな、こちらの心中を正確に予測してきたぞ。さすがは我が弟子ってところか?
「冗談だよ。さすがに今回はやらないって」
「今回は、なんだ……マジかよししょー……」
今回はあくまで威力偵察というか、透輝に大規模ダンジョンがどんなところなのかを体験させ、なおかつ実地でどの程度モンスターが強いかを確認するのが目的だ。
そういう意味ではこんなダンジョンの浅い場所でヴァンパイアに遭遇できたのはラッキーである。
(一体なら問題ない。二体でも片方をナズナに任せて相手をさせればどうとでもなる。三体だと……モリオンの援護込みで透輝も駆り出して、なんとかなる……か?)
メリアは周囲の警戒兼、本当に危ないところを援護させるとして、だ。今の俺達ではヴァンパイアが三体同時に出てくれば危険だろうか。
(ヴァンパイア三体となると倒すまで時間がかかるし、追加で他のモンスターが襲ってきてもおかしくない……うーん……ヴァンパイアが出たら全力で速攻かまして短時間で勝負を決めるか?)
そんなことを考えつつ、俺は平然とした様子のメリアに横目を向けた。
「メリア、もう一度確認だけど光属性の上級魔法って」
「使える」
「最上級は?」
「まだ無理」
俺の質問に端的に答えてくれるメリア。光属性の上級魔法である『生新光明』が使えるのなら、同時にヴァンパイアが出てきたら一気に薙ぎ払ってもらうのも手だろう。ただ、MPの消耗が激しいから頻繁には使えない手だが。
「透輝、『光活唱』は」
「あと少しって感じなんだけど……」
透輝にも確認してみるが、『光活唱』の習得まであと少しかかるらしい。透輝の言うことだから本当にあと少しで覚えるんだろう。北の大規模ダンジョンを破壊しにいく時までに覚えていてくれれば良しとしようか。
「よし……休めたから調査に戻ろうか。夕暮れで撤退するまでにもう少しモンスターの強さを確認しておきたい。相手次第だが、次は透輝の番だ」
「うっす。頑張るわ」
そう言って『鋭業廻器』の柄を軽く叩いて笑う透輝に、俺も笑って返すのだった。




