第283話:段階を踏んで その4
パエオニア王国北部の辺境伯――ラドフォード辺境伯家はサンデューク辺境伯家と同様に、大規模ダンジョンに接する土地を領有する家である。
サンデューク辺境伯家と同様ということは町や村も複数領有しているということで、今回、大規模ダンジョンに挑む前に降り立ったノーサムという城塞都市もラドフォード辺境伯家が領有する町となる。
大規模ダンジョンに何かあった際に防衛の拠点となるだけあり、都市を囲む壁は高く、分厚く、それでいて石材で壁を築いているため非常に頑丈だ。
特に大規模ダンジョンに面した方角の壁は分厚く造ってあり、仮に『致死暗澹』などを撃たれても貫通するのは困難だろう。貫通するよりも先に石壁の中に詰まった土が衝撃を吸収し、崩壊することで貫通を防ぐに違いない。
(他所の辺境伯家の町に来るのは初めてだけど、これは中々……)
同じ辺境伯家の人間として、キュラスの背中から見下ろしたノーサムの町を見ながらそんなことを思う。
防衛に特化している造りのため住民はそれほど多くないだろうが、それでも数千人は住んでいるだろう。駐屯する兵士の数は多く、町というより砦というべきかもしれない。
そんなノーサムの町の外れ、竜騎士が降り立つために設けられている空き地にキュラスを誘導して着陸させると、すぐさま兵士が駆けてくる。それぞれ隙が少なく、練度の高さをうかがわせる動きだった。
「職務により誰何いたす! 何用でこの町に参られたのか!?」
「竜の上より失礼する! 私はミナト=ラレーテ=サンデューク! オレア教の要請により、北の大規模ダンジョンの調査に参った!」
怒鳴るように尋ねられたためこちらも怒鳴るように返す。互いに怒っているわけではなく、聞き間違えがないようにするためだ。
ついでにオリヴィアに書いてもらった依頼状を渡すと、すぐに兵士が確認を行う。その間も周囲の兵士は警戒した様子を解かず、手綱を握る透輝から緊張したような気配が感じ取れた。
「……なるほど、たしかにオレア教からの書状のようだ」
指揮官らしき兵士がそう言うと、周囲にいた兵士からの警戒が僅かに和らぐ。僅かに、というところがミソだ。さすがに国境付近の防衛を任されているだけあって良い練度をしているわ。
「しかし、サンデューク? それも王国東部の若き英雄殿が、何故自領ではなく北の大規模ダンジョンの調査に?」
「色々とありましてね。今回は実家は関係なく、一人の剣士としてオレア教から依頼を受けました」
そう言いつつ、俺は手綱を握ったままで固まっている透輝へ視線を向ける。
「噂ぐらいは届いているでしょう? こちらはアイリス殿下が『召喚器』から召喚した者でして、私の弟子でもあります」
「ああ……なるほど、そういうことですか」
アイリスのお気に入りの箔を付けにきた、とでも思ったのだろう。指揮官の兵士が納得したような顔をしたが、それを敢えて指摘することもなく俺は頷く。
北の大規模ダンジョンを破壊する云々といった情報はまだ下りてきていないようだ。それぐらいの立場の人間ということだろう。
「これから何度もこちらにお邪魔すると思いますが、その際はよろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。竜への騎乗が許されるほどの強者がモンスターの間引きに参加してくれるのなら助かります」
お互い握手をして笑顔で別れる。そのついでに北の大規模ダンジョンとノーサムの町を行き来している馬車を紹介してもらい、ダンジョン近くに造られている兵舎への紹介状も書いてもらった。オレア教からの紹介状があるが、こういうのはいくらあっても良いのだ。
本来はラドフォード辺境伯家にも挨拶もするべきだが、今回はこちらも一人の剣士として来た面が大きい。先ほどの兵士にもそう伝えたし、後々こちらの意図が伝わってくれるだろう。
「いや……さっきはビビったぁ……なにあの大声。ミナト、よく平然と対応できるよな」
キュラスを竜用の厩舎に預け、透輝やメリアと馬車に乗り込むと透輝が小声で呟く。口数が少なくなっていたが、どうやら現役の兵士達の気迫に押されていたらしい。これはちょっと修行が足りなかったかな? もっと増やさないと駄目かな?
「疚しいところがないなら堂々としていればいいさ。向こうは仕事だし、こっちもこっちで仕事みたいなもんだからな。ビビる必要はないよ」
まあ、どちらかというと社会経験の有無が左右する場面だったし、透輝の修行を増やすのはやめておこう。どうせこれから大規模ダンジョンに挑むんだし、嫌でも修行になる。
「年上の社会人に怒鳴られてるって考えるとビビるって……メリアはどう思う?」
「……? 平気」
何が怖いのかわからない、とでも言いたげに首を傾げるメリア。そこでメリアに話を振るのは悪手だろう。この子が並の人間相手にビビるものかよ。
そんな会話をしつつ、ガタゴトと馬車に揺られて大規模ダンジョンに向かうことしばし。
東の大規模ダンジョンと同様にダンジョン近くに兵舎が建てられており、今夜はそこで一泊させてもらう予定だ。そのため荷物も最小限でここまで来たし、持ってきたものはダンジョン内で使う可能性があるポーション類や携行食料、あとは水筒ぐらいだ。
「おお……空の上から見てもすごかったけど、地上でも近付くとなんか迫力があるな……というかなんか暗くない?」
遠目に見えてきた大規模ダンジョンの光景に、透輝がそんなことを呟く。
他のダンジョンと同様で太陽の光が遮られているわけでもないのに、どこか鬱蒼としているように感じられるのは気のせいか。木々が生えて森のようになっているのはたしかだが、ダンジョンの中がやけに薄暗くなっているように感じられる。
死霊系モンスターばかりしか出ないというし、ホラーゲームのように視界が制限されているのだろうか。『花コン』でもダンジョン特有の威圧感とば別に、空気が重苦しい、みたいな表現はされていたが……。
「うーん……今のところ特にそういうのはないが……怖いと思うから怖い、暗いと思うから暗い、みたいな思い込みじゃないか?」
まだ夕方前ということもあり、太陽の光は燦燦と降り注いでいる。そのため軽く潜ってみてモンスターがどんな感じか確認してみるつもりなのだが。
「あー……なるほど。死霊系モンスターしか出ないし、ホラーゲームみたいな感じ? いや、ホラーゲームじゃミナトには通じないのか……」
いや、通じるよ? しかし俺と全く同じことを考えているな。案外似た思考回路をしているんだろうか……それともみんな考えることは一緒ってやつか?
そんなことを考えつつメリアを見てみるが、こちらは普段通りの無表情である。うん、見る相手が悪かったな。
そうやって透輝と会話していると、馬車がダンジョン傍の兵舎に到着する。礼を言ってから馬車を降りると、先に兵舎に顔を出して今晩の利用を申請しておく。後回しにすると面倒だからだ。
「透輝もメリアも準備はいいな? それじゃあ行ってみようか」
準備を終えた俺はそう声をかけると、大規模ダンジョンへと足を踏み入れるのだった。
北の大規模ダンジョン――『花コン』だと『朽ちた玄帝のダンジョン』と呼ばれるその場所に足を踏み入れた俺は、思わず眉を寄せていた。
(威圧感は東の大規模ダンジョンと大差ない……けど、なんだこの臭いは? 薄っすらと変な……死臭?)
鼻をひくつかせて確認するが、妙な臭いが漂っているように感じられる。それは俺だけではなかったようで、透輝もメリアも眉を寄せて嫌そうな顔をしていた。
「うっわ……威圧感がすげえ……でもそれ以上に、この……なに? 何の臭い? なんか嫌な臭いがするんだけど……」
「……くさい」
どうやら俺の嗅覚がおかしくなったわけではないようだ。強烈とまでは言わないが、無視するには少し厳しい程度には臭う。何時間かいれば慣れるだろうが――。
(おかしいな……こういった臭いがするって話は聞いたことがなかったんだが……)
何か異常事態でも起きているのか、それとも北の大規模ダンジョンを訪れた者は鼻が慣れてしまって臭いに鈍感になるのか。あるいは不快なだけで害はないから無視されているのか。
とりあえず口呼吸を意識すれば臭いは防げる……が、体の中に死臭が染み込むようで嫌な気分になる。
(スグリに頼んで臭いを誤魔化す塗り薬でも作ってもらうか……そうすればだいぶマシだろ)
鼻の下にでも塗って臭いを軽減する軟膏みたいな代物なら割と簡単に作れそうである。学園に戻ったら絶対に頼もう、なんて思いながら俺は周囲を見回す。すると、何やら遠目にデカい人影が見えた。
「あれ? ミナト、向こうに人が……ってデカくね?」
「ああ、デカいな」
そう言って注視すると、何やら巨大な人影がこちらへと向かってくる。身長は三メートルほどだろうか? 高い身長に加えて肉体も発達しており、筋骨隆々といった感じだ。
ただし、目が虚ろで体のあちらこちらが欠損している。これまでのダンジョンで見たことがない、巨体のゾンビ――ジャイアントゾンビだ。
『花コン』だと中級モンスターに分類されるが、中級の中でもトップクラスのHPと防御力を誇り、それでいて下級にも劣る素早さと魔法関係の弱さが特徴的なモンスターだ。
ゾンビだけど硬いしタフ……そう思えば間違いはない。普通のゾンビ同様魔法は使えず、肉弾戦オンリーというのも特徴の一つだろう。
「なるほど……死臭の原因はアレか。たしかにあの大きさなら」
「くさい」
臭うだろうな、なんて言葉を上書きするようにメリアが呟き、右手を向けて『光弾』を放つ。死霊系モンスターにとって特効であり、優れた魔法使いであるメリアの『光弾』だ。直撃したジャイアントゾンビは断末魔を上げることもなく即死し、体を消滅させる。
(死霊系モンスターが相手だと二十パーセントの確率で即死だったか……いや、普通に死んだか?)
思わずそんなことを考えてしまうほどの速攻だった。ジャイアントゾンビを一撃で消し去ったメリアは胸を張り、ふんす、と大きく息を吐いている。
(本当は透輝に戦わせたかったが……あー、まあ、メリアも女の子だもんな。臭いのは嫌だよな)
だから仕方ない、と納得する。なにせここは大規模ダンジョンだ。透輝に戦わせるための相手ならいくらでも現れるだろう。
(それに、死臭がしたら近くにジャイアントゾンビがいるかもしれないって教訓も得られた。まあ、このダンジョン自体が死臭で包まれているのかもしれないけどさ)
その辺りはこれからダンジョンに潜って確認するしかない。そう判断した俺は透輝とメリアを促し、木々が生い茂るダンジョンの奥へと足を踏み入れる。
(外観というか、木が生えて遠くまで見えないのは東の大規模ダンジョンと一緒か……こっちのダンジョンだと木の陰からホラー映画みたいにゾンビが飛び出してきそうだな。普通のゾンビは下級だからこのダンジョンにはいないはずだけどさ)
ゾンビの代わりにリッチやデュラハンが飛び出してくる可能性はある。そのため普段以上に気を張り、周囲を索敵しながら進む。
隊列は先頭に俺、真ん中に透輝、殿にメリアと実力を考慮した形を取る。初めての場所だし、さすがに透輝に先頭を進ませるのは危険だろうという判断からだ。
そうやってダンジョンを進むこと二十分ほど。先ほどのジャイアントゾンビ以外、中々モンスターと遭遇しないな、なんて思った矢先に再び人影を見付けることとなった。
ただし、今度はジャイアントゾンビのように大きくない。身長は俺と大して変わらず、それでいて普通の人間のように衣服を……それも何故かタキシードに似た服を身に着けている。
外見だけを見れば普通の人間というか、貴族の男性っぽい。だが、その身に纏う雰囲気、威圧感は並の人間のものではなかった。それもそのはず、その人影は人間ではなかった。
「お……運が良いな、透輝。ヴァンパイアだ」
「……ししょー? ヴァンパイアって上級のモンスターじゃなかったっけ? 運が良い?」
相手を遠目に視認した俺が言えば、透輝は戦慄したように返事をする。この浅さで上級モンスターに遭遇するなんて、東の大規模ダンジョンでも滅多になかった。まあ、逆にいえばたまにあることではあるんだが。
「おう、そうだぞ。こんなに浅い場所で遭遇するなんてな……珍しすぎて運が良いって話さ。上級だから『致死暗澹』って魔法を撃ってくるし、注意しろ。命中すると三分の一の確率で即死するぞ」
「えげつねぇ!? いや、それ確率高すぎだろ!? なんだそのクソゲー!」
敵に気付かれないよう、声を抑えながらも叫ぶという器用な真似を披露する透輝。
(こいつは運が良い……ボスモンスターを除いた死霊系モンスターの中ならコイツがトップだ。コイツの強さがわかればダンジョン攻略の筋道も立てやすいってもんだ)
そんなことを思いながら、俺は『瞬伐悠剣』を抜く。するとその段階で相手もこちらに気付いたのか、一気に殺気を解放して敵対してくる。
『――――』
そして、こちらとの距離があるからか、あるいは最初の一撃で仕留めようと思ったのか。
ヴァンパイアが初手で『致死暗澹』を撃ってきたのを見て、俺は大規模ダンジョンでの本格的な戦いが始まったことを実感したのだった。




