第282話:段階を踏んで その3
週末、土曜日の放課後になったら学園から遠くない場所にある中規模ダンジョンに向かい、戦っては休み、休んでは戦ってを繰り返して夜を明かし。
日が昇ったら修行を兼ねてダンジョン内を駆け回ってモンスターを探し、狩っては移動し、移動しては狩ってと繰り返し。
再び夜が来たら戦って移動することを繰り返し、月曜日の明け方前になったらダンジョンから脱出して学園に戻る。
当然ながらそれ以外の平日は学園で可能な限り訓練を行い、少しでも強くなれるよう努める。
そうすることで何が起きたか? 答えは簡単だ。
(…………やっべえ、定期テストの結果が……)
七月の下旬になると行われる定期テストだが、今回、俺の名前はギリギリで十位のところに書かれていた。多分、あと一問間違えていたら名前が載っていなかっただろう。
前回は四位だったが、今回は勉強に割く時間を減らし過ぎた。それでも十位に入ったのだから上等かもしれないが、モリオンは俺と似たような生活を送っているのに相変わらず一位を維持している。それを思えば言い訳の部類だろう。
これまた相変わらずというべきか、二位にアレク、三位にアイリスと定位置に名前が記され、それ以下は俺が順位を落とした分、上位にスライドしたような形になっている。
自主訓練やダンジョンでの訓練に連れ出し続けていたからか、さすがの透輝も今回ばかりは点数が伸び悩み、前回と似たような点数になっていた。それでも点数が落ちていないだけすごいんだが。
「ミナト様……もしかして調子が悪かったのですか?」
そんな俺の順位を見てカリンが心配そうに尋ねてくるが、俺としては苦笑を返すしかない。
「いや……単純に勉強に割く時間が少なかっただけさ」
学園のテストと『魔王』に備えること。そのどちらが大事かといえば『魔王』に備えることだ。失敗すれば世界が滅ぶ以上、それは当然だろう。
だが、ダンジョンに連れ出しているモリオンが成績を維持しているのを見ると、俺のこの考えは言い訳に過ぎないわけで……いや、モリオンの頭の出来が良いからじゃない? そういう結論じゃ駄目? 俺、これ以上はどう頑張っても無理だよ……。
(ぜ、前回は眠ろうにも眠れなくて、その時間を勉強に使ってたしな……使った時間がモロに成績に出ているあたり、睡眠時間を削ればもう少し上位を目指せるだろうけど……)
同年代の中では体力、精神力共に鍛えられているという自負があるが、そんな俺でもまったく休まずに行動し続けるのはさすがに無理だ。眠れないからその時間を勉強に宛てるのと、眠る時間を削って勉強をするのとでは肉体的精神的な負荷も異なる。
ただまあ、そこまでやって透輝達を鍛えた甲斐はあったというか。
回数を重ねる度に透輝もダンジョンでの行動に慣れてきたのか、学園に戻ってから授業を受けている際の態度が変わってきている。回数を重ねるごとに余裕を持ち始め、今では居眠りせずに授業を受けられるようになっていた。
(この分なら平日も授業が終わったらダンジョンに行ってもいいかもしれんな……いや、別にダンジョンに行く必要はないか。徹夜で訓練をすれば肉体的には追い込める。金曜日の夜に徹夜して、土曜日は普通に授業を受けて、疲れた状態でダンジョンに行けば負担も大きいか?)
そうすれば更に追い込むことができるだろう。そこまで考えた俺だったが、いや待て、と思考を止める。
(訓練にはなるけど、それだと疲れた状態で中規模ダンジョンに挑むってシチュエーションに慣れるだけになる……か? 本番は大規模ダンジョンだし、慣れるならそっちに慣れてほしい……ん、あー……待てよ、もう行けるな。行くか)
色々と考えたが、ふと、思いつくことがあった。
現時点のキュラスでは本番に挑む際の五人を運ぶことはできないが、今の育ち具合でも二人から三人程度なら乗せて飛ぶことができる。
つまり、予定よりも少ない人数でなら大規模ダンジョンに挑むことができるのだ。中規模ダンジョンでの訓練も良いが、本番である大規模ダンジョンの空気に慣れさせる時間はいくらあっても良い。
そう判断した俺は貼り出された成績を眺める生徒達の中から透輝の顔を見つけ、そちらへ足を向けた。
「透輝」
「あ、ミナト。いやぁ、さすがに今回は勉強する時間が足りなくてさ。返ってきた成績を見たら二十番台で」
「テストも終わったし、大規模ダンジョン行こうか」
「前振りも脈絡もなくない!? え? なんでいきなり!? どうして!?」
俺が笑顔で肩に手を置くと、仰天したように透輝が叫ぶ。どうしても何も、元々の予定では大規模ダンジョンに行くつもりだっただろ? それが少し早まっただけさ。
「もう少しキュラスの成長を待とうと思ったんだが、今の時点でも二、三人なら乗せて飛べるだろ? それなら大規模ダンジョンの空気に慣れておこうと思ってな」
「えぇ……いや、二、三人っていっても俺とアイリスが二人で相乗りできるぐらいで……あ、やべっ……」
透輝がまずいことを言った、といわんばかりに焦った表情を浮かべる。どうやらアイリスと二人きりでキュラスに乗り、イチャついていたらしい。焦る必要はないぞ? どんどんイチャついてくれ。そして個別ルートに入ってくれ。
「荷物は最低限、乗るのは俺と透輝とあと一人。それならどうだ?」
「えー……俺とミナトが乗るならあと一人は体重が軽くないとやばくないか? 大規模ダンジョンってことは長距離を飛ばせるんだろ? キュラスもまだ慣れてないだろうし……」
「それなら一番小柄だし、メリアに同行してもらうか。しかしキュラスが慣れているかどうかは考えていなかったな」
同行するメンバーに関してはメリアを選ぶ。実力的にも俺との相性的にも他に選択肢はないだろう。ただし、透輝が言うようにキュラスが長距離飛行を可能とするかは想定していなかった。
(いかんな……ゲームじゃないと思いつつも、ある程度育ったら普通に飛べると思ってたわ)
たまに透輝が背中に乗って空を飛んでいるのを見ることがあるが、飛行訓練が必要になるかは確認していなかった。さすがにぶっつけ本番で複数人乗せて飛ばせるのは危険だろう。
(テストも終わったし、丁度良い。スグリに鞍と竜笛を作ってもらう必要があるし、今週はキュラスの訓練にするか……)
そう結論付け、今後の予定を立てるのだった。
そして翌週。
とうとう八月になり、夏の暑さも真っ盛りとなった土曜日の早朝。
この日は学園に申請して休みを取り、透輝やメリアと共に北の大規模ダンジョンまで試験飛行を行うこととした。キュラスを訓練した結果、大丈夫だと判断できたからだ。
正確には大規模ダンジョンに一番近い場所にある町までとなるが、距離的には大して変わらない。
複数人乗せた状態でキュラスが大規模ダンジョン近くまで飛べるのか、それとも途中で休憩を挟む必要があるのか。休憩が必要ないとしても到着まで何時間かかるのか。最高速度はどの程度なのか。
色々と確認しておきたいことがあるため、時間がかかっても問題ないよう考慮しての休業である。
一応、平均的な竜騎士の移動速度から割り出した計算では午後には目的地に到着できるとは思うのだが。
「ほらキュラス、まだ慣れないと思うけど鞍はしっかりとつけないとな」
『キュルルル……キャウ』
準備を整えていると、キュラスに声をかけながら透輝が竜用の鞍をしっかりと装着させていくのが見えた。
スグリに頼んで作ってもらったのだが、最大で五人乗れるよう座席となる鞍、足をかける鐙が連なる形となっている。鞍には何かあった際に掴まるための持ち手もついており、キュラスが曲芸飛行でもしない限りは落下することはないだろう。
竜笛に関しても素材を買い集めたらスグリがあっさりと作ってくれた。完成品は透輝に持たせると伝えたら、何故かしょんぼりとしていたが。
そんなわけで出発の準備は万全なのだが、問題は俺である。以前からキュラスに怖がられていたため、背中に乗せてもらうのも難しいと思われた――。
「ほーらキュラスー、美味しいお肉だぞー」
『キャウッ! キャーウッ!』
思われたんだけど、餌付けしたら割とあっさり懐いてくれた。やっぱり美味しいものって強いわ。
オリヴィアに聞き、竜騎士が自分の相棒にご褒美として与えるといわれている高級な肉を食堂経由で注文し、何かある度に与えていたら懐いてくれたのだ。
ただ、まずは俺が直接与える物を食べてくれるようになるまで、それなりに時間がかかったけどな……まさかその段階から躓くとは思わなかったよ。
「ミナト……あんまりキュラスにおやつを与えないでくれよ。成長期っぽいけど、少し太り気味になってるからさ」
「なあに、成長期なら多少太っていてもすぐに痩せるって。な、キュラス?」
『キャーウッ!』
俺が差し出した骨付き肉を大喜びで食べるキュラスに、俺は笑顔を向ける。
ふふふ……馬も良いけど竜も良いな……俺も一匹欲しくなってきた。『飛竜の塒』は破壊されているからドラゴンの卵の入手が以前よりも困難だけどさ。
「…………」
そうやってキュラスと戯れていると、同行予定のメリアが無言で俺を見上げてくる。俺とキュラスの間に体を滑り込ませ、じっと、見上げてくる。
「ん? メリア、どうした?」
「…………」
首を傾げるとメリアが真顔かつ無言のままで俺の腰をポコポコと叩いてきた。どうやら俺がキュラスと遊んでいることに不満を表明しているらしい。
それでも出発の時間になり、運転手として手綱を握る透輝、小柄なメリア、そして俺の順番でキュラスの背中に設置された鞍に跨り、後ろからメリアを支えるように腕を伸ばすとどこか満足そうにご機嫌な顔になる。
「アイリスを乗せて飛んだことがあるから大丈夫だと思うけど、しっかり掴まっててくれよ? それじゃあ……キュラス!」
『キュルゥッ!』
透輝の声掛けに返事をして、キュラスが翼を大きく羽ばたかせる。バサリ、バサリと音を立てて羽ばたかせ、そのまま数回羽ばたかせるとキュラスの体が地面から浮き上がった。
(……どう考えても飛べるだけの揚力は発生してないよな? 魔法による補助かな?)
そんなことを考えつつ、鞍の持ち手を強く握る。すると前の座席に座ったメリアが俺に体を預けてきたため、メリアが落ちないよう更に力を強く込めた。
「……おおっ!」
そうしてキュラスの体が完全に浮き上がり、風を切りながら空へと飛び立つ。その浮遊感と衝撃に思わず声を上げたが、空を飛んでいる割にキュラスからはどっしりとした安定感が伝わってくる。
なんというか、感覚的には大型二輪の安定性に近い感じだ。動いている最中、よっぽど路面が荒れていないか、運転者が変な動きをしない限り転ばないのと似たような感じである。
「ははっ! やっぱり空を飛ぶのってすげえよな! この景色が見られただけでもこっちの世界に召喚された甲斐があったってもんだよ!」
手綱を握る透輝は透輝で、普段よりも高いテンションで叫んでいる。それを聞いた俺は口元に笑みを浮かべつつ、懐から簡易的な地図を取り出した。
「楽しくても安全運転で頼むぞ。それじゃあまずは北の方角に進んでくれ」
「了解! いくぞキュラス!」
透輝がそう叫べば、キュラスはそれだけで意図を汲み取ったのか北の方向へと進路を切る。そして羽ばたいて一気に加速するが……。
(思ったよりも風が弱い……それなのに周囲の景色を見た感じ、かなり速い……やっぱり魔法的な何かが働いているのか?)
ナズナの盾の『召喚器』みたいにバリアでも張ってあるのか、あるいは光竜なのに風を操っているのか。
キュラスが叩き出している速度に反して体にかかる風の抵抗は少なく、思った以上に快適な空の旅を送ることができている。
そうして飛ぶこと四時間少々。進路上にあるダンジョンを避けつつ、陸路を歩いて進めば二十日間以上かかる道程をあっさり飛び越えると、目的地が見えてくる。
「……アレ、が……大規模ダンジョン……」
戦慄したように透輝が呟くのが聞こえた。それもそうだろう。なにせ見える範囲が全て森になっており、異様な雰囲気を放っているのだから。
「予定よりも早く到着できそうだし、一休みしたら挑んでみるぞ。ああ、まずはダンジョン手前の町に降りてくれ。降りる際は旋回して無害をアピールするのを忘れるなよ?」
「あ、ああ……わかった。キュラス」
俺がそう指示を出せば、透輝は動揺した声でキュラスへと声をかける。
(とりあえず北の大規模ダンジョンだろうと対応できる面子で来たけど、どうなるかねぇ……)
徐々に町に向かって降下していくのを肌で感じながら、俺はそんなことを考えるのだった。




