第280話:段階を踏んで その1
思わぬ謎が生まれたスグリの『召喚器』だが、結局、コレだという結論は出なかった。
もしかしたら、という推測こそできるが、それが正しいと保証してくれる者はいないのである。そのため一時的に棚上げし、『禁忌弱薬』を持ち運べることを喜ぶに留めた俺だった。
そんなこんなで思わぬ出来事もあったが、次の週末が来ると再びダンジョンへと赴いて訓練を行うこととする。
小規模ダンジョンはさすがに簡単すぎたため、今度は中規模ダンジョンでの訓練だ。それも陣地を作って夜を明かすのではなく、モンスターを撃退したら移動して休憩、再びモンスターに襲われたら撃退して移動と、より実戦に即した形で夜を明かすことにした。
もっとも、それでも大規模ダンジョンで実際に行動することと比べればかなり楽である。だが、何事も段階を踏む必要がある。特に透輝は他のメンバーと違ってダンジョンでの行動に慣れていないため、少しずつ慣らしていく必要があるだろう。
剣や魔法を使った単純な強さに関して、透輝は中規模ダンジョンでも問題なく活動できるぐらいに強くなった。だが、ダンジョン内で昼夜を過ごすには強さ以外の部分も必要となるのだ。
その点に関して透輝はまだまだ素人の域を出ない。しかしながら実力的に小規模ダンジョンでは練習にならない。敵モンスターの強さ、狡猾さが足りないからだ。
そんなわけで、前回と同じく俺、透輝、ナズナ、モリオン、メリアの五人で近場の中規模ダンジョンに赴いたのだが――。
「こ、これ……けっこう、きつくないか?」
時刻は体感で深夜の二時前後。
襲ってきたゴブリンの集団を仕留め終えてその場を離脱し、安全が確保できてから休息を取り始めるなり透輝がそんなことを呟く。
今回挑んでいるのは獣系モンスターや亜人系モンスターが多く出現する中規模ダンジョンで、広さは十五キロメートル程度。戦っては離脱して休み、戦っては離脱して休み、と大規模ダンジョンで行うことを想定した実戦訓練ができることに満足していた俺は、透輝の言葉に苦笑を返す。
「慣れだよ、慣れ。逆にいうと慣れるまではしんどいけどな」
そう言いつつ、周囲の気配を探る。今夜は空に浮かんだ三日月に薄曇りがかかっており、視界があまり良くない。地上に降り注ぐ月光がかなり少ないため、闇夜に目を慣らしても薄っすらとしか見えなかった。
視界がいまいち見えないため、気を付けなければ移動する際に躓き、転ぶこともある。月が隠れるタイミングによっては本当に真っ暗になるため、躓くどころか木にぶつかる危険性すらあった。
(これが大規模ダンジョンだったら死霊系モンスターに襲われて、下手すると闇属性魔法が飛んでくるのか……ちょっとしたホラーゲームみたいだな)
今の状況でさえ、ホラー系が苦手だと一歩も動けなくなるかもしれない。いや、今回襲ってくるのは獣系モンスターの割合が多いし、ホラーというよりスプラッタ系というべきかもしれないが。獣が襲ってくるのもホラー系でいいのかね? 亜人系モンスターも出るからホラー系か。
そんなことを呑気に考えつつ、俺は今回同行しているメンバーを見る。
ナズナは俺と同じく余裕の表情だ。
モリオンは透輝と比べると余裕があるが、俺やナズナと比べるとやや疲れ気味。
メリアは……わからん。普段通りの無表情で、何を考えているのかわからない。ただ、呼吸も乱れていないし余裕があると思う。
「とりあえず、次にモンスターが襲ってくるまでは休憩……でいいんだよな?」
「おう、いいぞ……って言ってやりたいんだがな」
そう言いつつ、風切り音を耳が捉えたため剣を一閃した。すると剣先が飛来した矢を両断し、地面に落下させる。
「ゴブリンの矢か。さっきもそうだったけど、思ったより亜人系に遭遇するなぁ」
日中なら透輝も気付いたのだろうが、暗闇の中ということもあって気付けなかったらしい。おそらくだがこちらの会話の音を頼りに矢を撃ってみたのだろう。
「モリオン、七時の方向、距離は四十」
「お任せを」
俺の指示を聞いたモリオンが『風刃』を使い、遠く離れた場所にいたゴブリンの首を刎ね飛ばした。すると粗末な槍や剣を持ったゴブリンがこちらへと駆けてくる。
「数は仕留めた分を抜いて三匹か……透輝、丁度良いから斬ってこい」
「……うっす」
弓矢での狙撃に気付けなかったからか、透輝の表情が硬い。さすがにここまで視界が悪いと厳しいか? なんて思ったが、『鋭業廻器』を抜いた透輝は瞬く間にゴブリン三匹を仕留める。
「すまねえ、師匠。油断したわけじゃないんだが、さっきの矢には気付けなかった」
「距離があったからな。あと、相手の殺気も薄かった。音がする方向を雑に狙って撃った感じだったからな」
明確に殺すつもりだったのなら殺気が漏れるし、透輝も気付けたのだろう。だが、あくまで音がする方向に向かって闇雲に撃っただけっぽいから気付けなかったらしい。この辺りも慣れが関係するから仕方ない。
「いや、でも、師匠は気付いたじゃんか。そこを慣れで流したら成長しないというか……何かコツはあるのか?」
透輝が不思議そうに聞いてくる。そのため俺は移動をしつつ、周囲の気配を探りつつ、透輝の疑問に答えることにした。
「割と簡単だぞ。今みたいな場合は自然界にない音を聞き漏らさないようにするんだ」
「……かん……たん……?」
俺の返答は透輝にとって難しかったらしい。
「なるほど……そういうことですか」
だが、俺の隣を走るモリオンは納得した様子で頷いている。見れば前方を走るナズナも俺の意見に同意するように頷いていた。メリアは……あ、小さく頷いている。
「今の場合、矢が飛んでくる音がしただろ? 台風とかで物が飛んでくる場合を除き、今みたいな速度で物が飛んでくることってないんだよ。だから矢の音に気付けたわけさ」
「え? あー……なるほど?」
理屈はわかる、と言いたげな透輝の顔。それを見た俺は苦笑を浮かべ、腰の剣を軽く抜いた。
「ほら、剣を鞘から少し抜いた状態で走るとカチャカチャって音がするだろ? こういう金属音って普通は自然界にない音なんだ。もしもこんな音が暗闇の中から聞こえたらどう思う?」
「……金属製の武器か防具を身に着けた奴が移動している?」
「正解」
普通は音が鳴りにくいよう、鞘は丁度良い大きさの物を選ぶし、鎧も緩みがないよう調整する。しかしながら完全に音を消すのは難しいため、その音を聞き漏らさないようにすれば不意打ちは防げるという話だ。
「で、だ。今みたいに移動していると足音がするし、喋っていると音がするだろ? この音を消すと――」
そう言いつつ、俺は足音を消して口を閉ざす。そして数秒経ってから再び口を開いた。
「どうだ?」
「……ミナトがそこからいなくなったみたいな、そんな感じ?」
「だろう? でも、今はなるべく足音を消さないように走っている。なんでかわかるか?」
そんな問いかけをしつつ、気持ち強めに足音を立てる。もちろん、強すぎると遠くのモンスターを引き寄せてしまうため、あくまで気持ち強めに、だ。
「えーっと……なんで?」
「視界が悪いからだ。ナズナ、俺の位置をどうやって把握している?」
「足音です。わたしの左斜め後方、三メートルの位置に若様がいらっしゃいます」
ナズナに問いかけるとすぐに返答があった。うん、さすがだ。
「透輝も周囲の気配を探って移動をしていたから今まで何も言わなかったが、意識してみるとだいぶ変わるだろう? どうだ?」
「……情報が増えて、頭が混乱しそうだよ」
「そうだろ。でも、それも慣れだ。意識していればいつか自然とできるようになるさ」
俺でもできるんだし、なんて言葉は飲み込む。透輝は才能の塊みたいな人間だが、そういった発言はプレッシャーになるからだ。
まあ、プレッシャーを与えても平然と会得するかもしれないが。
(スギイシ流を教える時にそれなりに仕込んだけど、実践となると話は別だしな)
スギイシ流は周囲が闇夜だろうと足場が悪かろうと天候が崩れていようと戦えるよう、己を鍛え上げる。そのため敢えて闇の中、雨の中などに訓練をするし、模擬戦もする。
透輝もそうやって鍛えてきたが、さすがに実戦で実演するにはまだ早かったようだ。本格的にスギイシ流を学び始めて三ヶ月程度と思えば、それも仕方ないのだが。
「若様。前方に気配が」
「ん……数は……一匹か。ゴブリンじゃないな。四足……音が重たいし、グリフォンか」
俺はこちらに迫ってくる気配から敵モンスターの種類にアタリをつける。足音の重さから考えるとワイルドベアの可能性もあるが、走り方が違うからグリフォンだろうという判断だ。
「ししょー、足音だけでモンスターの種類を判別するの、ちょっと怖いっす……」
「これも慣れさ。というわけで透輝、斬ってこい」
「ですよね。そう言うと思った」
闇夜の中、中級モンスターが相手なら透輝にとっても丁度良い訓練になる。暗い分、普段よりも相手との間合いの取り方が難しくなるのだ。あとは単純に相手の攻撃が見えにくくなる。
そうして透輝が戦う間、俺は周囲の索敵に努める。さすがに透輝だけに戦わせてそれを見るだけ、なんてことはしない。戦っている音を聞きつけ、別のモンスターが寄ってくるのは十分にあり得ることだからだ。
(なんだかんだ言いながら、戦うとなったら普通に戦えるんだよな……うーん、これもまた才能ってやつかねぇ)
予想通り襲ってきたグリフォンに対し、『鋭業廻器』を振るって真っ向から立ち向かう透輝を横目で見ながらそんなことを思う。
大規模ダンジョンで本番を行う際は極力時間をかけずに敵を仕留めるつもりだが、今回は視界が利かない中で戦う練習を兼ねている。そのため助太刀は控えて透輝に任せているが、中級モンスターであるグリフォンが相手でも有利に戦いを進めていく。
その戦いぶりはたしかに昼間のものと比べると拙いが、戦いを繰り返す度にどんどん成長していくのが見て取れた。
(たしかに事前に訓練をしていたし、自主訓練をする時も時間帯によっては真っ暗だったけど……すごいな。俺が東の大規模ダンジョンで夜間に戦えるようになったのは、何日経ってからだったか……)
自分の経験と比較し、ううむ、と唸るような声を漏らす。俺の場合、ランドウ先生の指導のもとで何日も時間をかけた上で暗闇の中、モンスターと戦えるようになったもんだが。
(一応、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で夜中に戦ってはいたけどさ……日中と比べて動きがぎこちないし、相手の攻撃も大きく避けているけど、十分戦いになっているな)
透輝と違ってグリフォンはモンスターだからか、夜間にもかかわらず動きによどみがない。野生の獣じみた動きで透輝を撲殺しようと前肢を繰り出してくる。
透輝は透輝で鉤爪がついたグリフォンの前肢をやや大袈裟ながらもきちんと回避し、反撃として刃を繰り出していた。ただ、さすがに日中と比べて踏み込みが浅い。普段なら既に勝負がついているだろうが、踏み込みが浅い分グリフォンに致命傷を与えることができていない。
「っ!」
さて、どうするか、と考えていたら、透輝は踏み込みもそのままに刃を繰り出した。ただし剣に魔力をしっかりと乗せ、『一の払い』を使って足りない分の間合いを伸ばす。
『ギャッ!?』
まだまだ魔力の収束が甘いのか、一刀両断とはいかなかった。だが、それでも間合いが伸びた分、グリフォンの体に深い傷を与えて悲鳴を上げさせる。
「――今っ!」
それをチャンスと見た透輝は大きく踏み込み、『鋭業廻器』を振るう。真っ向から、グリフォンを袈裟懸けに切り裂く。
『ギュウアアアアアアアアアァァァァッ!?』
「あっ」
透輝が与えた傷は、致命傷だった。だが、即死はさせていない。そのためかグリフォンが苦悶の声を上げ、それを聞いた透輝は『やべ、ミスった』とでも言いたげに表情を焦らせる。
普段ならそこまで気にすることでもないが、今は別だ。この断末魔は周辺の魔物を引き寄せる結果となるだろう。
「減点だな」
「ご、ごめん! わざとじゃねえんだけど、つい!」
隙があったから斬ってしまった、と透輝は言う。それを聞いた俺は苦笑を浮かべ、周囲の気配を探る。
「即死させられないなら敢えて斬らないのも手だぞ? 首を刎ねるか心臓を潰すか……ま、今回は良い勉強になったってことで」
俺は剣を構え、こちらに向かってくるモンスターの迎撃に移る。
何事もないのが一番だが、こうして問題が起きるとそれはそれで訓練になる。特に、透輝なら二度とないよう注意することだろう。
(時間が限られているし、可能な限り詰め込んで育てないとなぁ)
透輝本人には言わないが、これも一つの経験である。俺は音に釣られて飛び掛かってきたファングウルフを真横に両断しつつ、そんなことを考えるのだった。




