第278話:準備 その1
土曜日の夕方から小規模ダンジョンに向かい、夜をダンジョンの中で明かし。
日曜日になったらダンジョンの中で修行を行い、夜になったら再びダンジョンの中で一晩を過ごす。
月曜日になったら早朝にダンジョンを出て馬車を回収して学園へと戻り、身だしなみを整えたらそのまま授業に出席だ。
何故こんな真似をするのかというと、ダンジョン内で活動し続けるための訓練である。
小規模ダンジョンだから緊張感はそこまででもないが、常に周囲を警戒し、意識を集中させ続けるというのは困難だ。こればかりはどんな達人でも限界があるし、意識を緩ませる必要が出てくる。
しかしながらモンスターに襲われる直前で気を抜いたら致命的だろう。そのため気を抜いていいタイミングにきちんと精神を休ませ、休んだら再び意識を集中させるのだ。
そしてダンジョンの中で活動し続けることで徐々に肉体的、精神的疲労が溜まり、集中力は途切れ途切れになり、判断力も落ち始める。
今回は小規模ダンジョンだからそこまでの疲労はなかったが、これが中規模、大規模ダンジョンになると疲労の蓄積が加速度的に速くなっていく。その疲労は仮眠では完全に取ることができず、ダンジョン内だと回復ポーション等で誤魔化すぐらいしか対策が取れない。
そのため今みたいにダンジョン内で寝泊りして少しずつ体を慣らしているってわけだ。
(小規模ダンジョンだと簡単すぎるから、次回は中規模ダンジョンでやるか……まあ、透輝はちょっときつそうだけど)
授業を受けつつ、そんなことを考える。
俺やナズナ、モリオンは平然としているが、透輝は眠そうだ。隣に座るアイリスが時折声をかけ、その度に慌てて目を覚ましている。メリアはこの場にいないためわからないが、多分、透輝と比べれば元気だろう。
透輝には優れた剣の才能があるが、今回の訓練は経験や慣れが物を言う。才能云々が関係するとすれば、体の頑丈さと疲労への耐性とかだろうか?
(あとは短時間の仮眠で可能な限り回復する能力……これも慣れか……)
仮眠だから限度があるが、短時間で可能な限り深く眠って疲れを取れるようにする必要がある。
大規模ダンジョンに挑むとなると長丁場……どんなに短くても三日間、長ければ一週間以上ダンジョンに潜り続けるのだ。
この短くて三日間というのも、なるべく急いで移動して、移動した先に運良くボスモンスターがいた場合に限る。そしてその一戦でボスモンスターに勝てれば良いが、勝てずに撤退するとなったら再び時間をかけてダンジョンから出る必要があった。
まあ、一応、ダンジョンからの脱出に関しては手段があるからそれを用意するつもりだが。
(そのためにもキュラスが成長してくれないとな……肉の塊でも買ってきて与えてみようか……)
王都の商人に頼めばすぐに用意してくれるはずだ。金に関しては勲章の年金があるし、問題はない。ただ、ゲームみたいに食べ物を与えたらその分だけ大きくなる、みたいなことはさすがにあり得ないわけで。もう少し時間をかけるしかないだろう。
そうやってキュラスを成長させてどうするかというと、『花コン』ではダンジョンからの脱出アイテムとして竜笛というものがあり、それを鳴らすとキュラスが飛んできてダンジョンから連れ出してくれるのだ。
犬笛の竜バージョンみたいな代物で、鳴らしても人間には聞こえず、それでいてドラゴンには聞こえる特殊な音を出すことができるアイテムである。
王国に所属する竜騎士も使用しているアイテムで、遠く離れたところにいても音を拾い、飛んできてくれるのだ。『魔王の影』に対策される可能性を考えると、どうしてもダンジョンから脱出できそうにない、緊急事態に一度使うのが限度かもしれないが。
あとはキュラスに乗る際に必要となる鞍を用意する必要がある……のだが。
(どっちも錬金術で作れるアイテムなんだよな……王都で商人から買うって選択肢もあるんだが……)
必要となる錬金レベルもそこまで高くないし、材料が揃っているのならスグリに頼めば良い。商人から買うよりよっぽど安上りだし、アイテムの信頼性という意味でもスグリ以上のものは手に入らないだろう。
(……放課後、顔を出すか)
鞍に関してはキュラスの体がある程度成長してからになるが、竜笛に関してはすぐに作ってもらって良い。むしろ早い内から竜笛の音に慣れ、音の鳴らし方によってどんな行動を取らせるか教え込むのも手だろう。
この世界はゲームじゃないんだ。竜笛を作ったからといって、その音を聞いたキュラスがゲームと同様の行動を取ることなどあり得ないのだから。
(それに、大規模ダンジョンに挑むのならできる限り品質の良いポーションを、できる限り多く持っていきたいしな)
そのためにも放課後、スグリに会いに行こう。
俺はそう考えて、小さくため息を吐いた。
そして放課後。
俺は生徒会用の錬金工房へ足を運ぶと、扉をノックして返事を確認してから中へと入る。
「あっ、ミナト様っ」
すると、授業が終わって直行していたのか、錬金術の準備を進めるスグリが出迎えてくれた。俺の顔を見るなり表情を輝かせ、弾んだ声色で俺の名前を呼んでくる。
「……やあ、スグリ」
俺は一瞬だけ言葉を濁したものの、すぐに普段通りの挨拶をした。そして普段通りを意識して表情を作ると、錬金工房の中へと足を進めていく。
「な、何かご依頼ですか? か、回復ポーションなら先日、ようやく高品質のものが一度作れたんですけど……」
「おっ、そりゃすごいじゃないか」
スグリの言葉に俺は素で反応を返す。
高品質の回復ポーションを作成するのに必要とされる錬金レベルは十で、以前、同じ難易度の中品質のミストポーションを作ったスグリならば作れるはずの代物である。
だが、中品質と高品質の間には高い壁があるのか、作ろうとしても中々上手くいかなかったのが高品質の回復ポーションだ。それが一度とはいえ作ることに成功したらしい。
(うーん……俺からすると想像もできない世界だな……高品質の回復ポーションか……)
入手するには錬金術のアイテム系に強い商人に注文するか、大規模ダンジョンで宝箱から出るのを期待するぐらいしか方法がない。
ただし、商人に注文すると言っても在庫がなければどうしようもない。錬金術の四大家の中でも回復系アイテムの作成を得意とするホワイトレース家に足を運び、注文する方が確実だろうか。ホワイトレース家も在庫がなければ入手は不可能だが。
スグリの実家であるレッドカラント家は攻撃系アイテムの作成が得意な家系であり、スグリの師匠となる祖母も中品質の回復ポーションまでしか作れないと聞く。つまり、特定の分野だけだろうが、スグリは師匠超えを果たしたということになるのだ。
(透輝もだけど、ここにも天才がいる……すげえな)
心中で素直に感嘆する俺だが、スグリから向けられる視線の質に少しだけ戸惑う。
なんというかこう……もっと褒めてほしい、もっと言葉をかけてほしい、なんて感情が透けて見えるのだ。
「高品質の回復ポーションを作れたとなると、一分野とはいえ祖母殿を超えたか……いやはや、大したものだな」
そのため俺は当たり障りのないことを、過剰にならない程度で伝える。するとスグリはただでさえ丸まっていた背中を更に丸め、恥ずかしそうに両手の指を擦り合わせた。
「そ、そんな……わ、わたしなんかがおばあちゃんを超えただなんて……」
「弟子はいつか師匠を超えるものだろう? ま、それに超えたといっても回復ポーションに関してだけだ。慢心は禁物だぞ?」
「あ……は、はいっ」
褒めてから気を引き締めるように言うと、スグリは何故か嬉しそうに返事をする。おかしいな……今の会話的に、上げてから下げるような流れだったんだが……ま、まあ、喜んでいるのなら良しとしよう。いや、良しとしていいのか?
「それで、だ。スグリに作ってもらいたいものがあって依頼をしにきたんだが……」
「わ、わたしに作れるものでしたら、なんでも作ります……よ? で、できることなら、なんでもしますし……」
とりあえず話を振ると、やや前のめりになって承諾してくれる。多分、錬金レベルで考えると普通に作れるものではあるんだが。
「透輝が飼っている竜がいるだろ? あの子がもう少し大きくなってからなんだが、移動する時に必要となる鞍を作ってほしいんだ。あとは竜笛なんだが……サンプルが必要なら伝手を使って竜騎士のものを用意する」
伝手というのは当然、オリヴィアのことである。というかオリヴィアに頼めば竜笛自体手に入りそうだが、スグリに頼むのは彼女の『召喚器』である『禁忌弱薬』の効果を増すためだ。作れるアイテムの数によって効果が増加するため、ことあるごとにこうして依頼をしているわけである。
(そういえば、『召喚器』を発現したって聞かないな……ゲームなら作れるアイテムが十種類を達成した時点で発現してたんだが……)
会話の途中でふと、そんなことを考えた。スグリの『禁忌弱薬』は『魔王』や『魔王の影』、各大規模ダンジョンのボスモンスターといったボスキャラには通用しないが、それ以外には効果を発揮するはずである。そのため使えるようになってほしいところなのだが。
「あ、さ、サンプルがなくても、多分、大丈夫……です。く、鞍は大きさの調整ができるので、ひ、必要な時期がある程度近付いた段階で作ってもいいかな、なんて……」
スグリは声色こそ自信がなさそうにしながらも、錬金術師としての自負を覗かせながらそう答える。
『花コン』だとキュラスの鞍は錬金レベルが五、キュラスの竜笛は錬金レベルが八で作れるようになるため、それ以上の作成難易度を誇るアイテムを作れるスグリなら確実に作れるだろう。
「そうか……たしかにそうだな。その時は改めて頼むとしよう。それまでに必要となる素材があれば教えてくれ。買うなりダンジョンで集めるなりするから」
そう言って締め括ると、俺は世間話を装って話を変える。
「ところでスグリ、これはちょっとした雑談なんだが……君の『召喚器』ってどうなっているんだったっけ?」
スグリが『召喚器』を発現できるとは聞いたことがない。そのため改めて確認すると、スグリはぎょっとした顔になって視線を伏せてしまった。
「えっ、あ、そ、その……は、発現はでき……た、んですけど……ちょっと、えっと……」
スグリは言いにくそうに言葉を濁す。
はて、何かあったのだろうか? なんて疑問に思っていると、スグリは右手をかざして『召喚器』を発現する。『花コン』同様、フラスコ型の『召喚器』に液体が入った外見だ。
「こ、これなんですけど……中身をかけると、相手が弱体化……する、みたいで……」
スグリはそう言うが、どうやら効果から考えると『禁忌弱薬』で間違いないらしい。ナズナみたいに違う『召喚器』だったらどうしようかと思ったが、錬金術師であるスグリの『召喚器』となると効果が変わる程度だろう。
「わ、わたし、戦うのって苦手、だから……こ、こんなの、発現できてもって……」
「あー、そういうことか」
俺が使う『瞬伐悠剣』みたいに死者の『召喚器』なら話は別だが、『召喚器』は普通、発現した当人にしか使用できない。そのためスグリからすれば戦闘にしか使えない『召喚器』が発現できても、という思いがあるのだろう。
(……言われてみればたしかにそうだよな。錬金術師が戦闘にしか使えない『召喚器』を発現できても使いどころが……)
錬金術師も身を守る術ぐらいは身に着けても良いだろうが、戦闘は本職ではない。それなのに戦闘でしか使えない『召喚器』というのはたしかに困るだろう。
そんなことを考えながら、俺はスグリが差し出した『禁忌弱薬』をじっと見る。まだまだ錬金できるアイテム数が少ないことから効果が控えめらしく、液体の色が薄い青色になっていた。
「うーん……この『召喚器』の液体を錬金の際に混ぜて新しいアイテムを作ったりは……」
「た、試してみましたけど、それは無理で……あっ」
つるりと、スグリの指から『禁忌弱薬』が滑り落ちる。それを見た俺は反射的に空中でキャッチし――?
「…………あれ?」
なんか、普通に掴めてしまったんだが。
俺は手の中にある『禁忌弱薬』を見ながら、その場で思わず固まるのだった。




