第277話:ダンジョンでの野営 その2
学園で普段通り授業と修行を繰り返す日々を送り、週末である土曜日がやってきた。
この日は普通に授業を受けて放課後になると、用意してあった馬車に乗り込んで近場の小規模ダンジョンへと向かう。
今回のメンバーは俺、透輝、メリア、ナズナ、モリオンと戦闘向きのメンバーである。
透輝は将来の主力ということで言わずもがな。ナズナは俺と同じでダンジョンでの行動に慣れているし、モリオンはその多彩な魔法に期待してのことだ。
メリアに関しては『魔王の影』対策というのもあるが、出発の準備をしていたら当然のように馬車に乗り込んできた。多分、オリヴィアから聞いたのだろう。
そうしてガタゴトと馬車に揺られ、日が落ちる前までに目的の小規模ダンジョンに到着したら馬車を近隣の村に預け、色々と荷物が入ったリュックを背負ってダンジョンに潜る。
既に日が暮れかけているため時間がない。ひとまずダンジョンの奥に進み、野営に適した場所を見つけるとそこをキャンプ地とする。
俺がキャンプ地に選んだのは多少なり木々があり、それでいて周囲に視線が通りやすい程度の林の中だ。そこでモリオンに頼んで『土槍』を使わせ、周りを囲む土の壁を作り上げる。直径で五メートルほどの円形の壁だ。
周囲の木々を柱とし、その間を土で埋める形になる。初回ということもあり、まずは野営の初心者コースだ。
ダンジョン内の土を使って壁を作るため、俺達の体臭も土や枯葉の匂いに隠れ、モンスターから察知されにくいのだ。それでいて壁を作っていると飛び越えた先に何があるかわからないため、モンスターに気付かれても襲撃を躊躇させる可能性が高くなる。
「いつも思うけど、魔法ってすごいよなぁ……いや、モリオンがすごいのか」
透輝が感心したように言うが、お前も覚えようと思えば覚えられるだろうに。今は剣術と光属性の魔法を集中的に覚えているが、余裕ができたらこういう小細工に使える魔法を覚えさせようか。
「褒めても何も出ないぞ? ミナト様、焚き火はどうしますか?」
「ああ、それはこっちが指定する形で竈を作ってくれ。外に火の明るさが漏れにくいように作るんだ」
そう言って俺が竈の形を伝えると、モリオンは『土槍』を上手くアレンジして土の竈を作ってくれる。空気穴がいくつかあるが、周囲や屋根を設けた半球型の竈だ。そして竈の前に壁を作ることで灯りが漏れにくいようにしてある。
「冬だと違う形の竈になるが、夏だと暖を取る必要がないし、壁の中が薄っすら照らされるだけでも十分だからな」
「たしかに……薄手の毛布も持ってきていますし、この程度で十分でしょうね」
この世界の夏は前世の日本ほど暑くない分、夜になると若干肌寒くなる。そのため薄い毛布を持ってきたが、これを羽織るか服を着込むだけで十分温かい。
「もうじき完全に日が暮れるが、あまり焚き火の光を見ないようにしろよ。そっちに目が慣れるとこの陣地から飛び出した時に何も見えなくなるぞ」
そう言いつつ、俺は頭上を見上げる。今夜は幸いにも天候に恵まれ、月が昇り始めていた。もう少しすれば月明りで地表が照らされることだろう。
だが、さすがに火の光と比べれば心許ない。そのため焚き火の方を注視するとそちらに目が慣れてしまい、暗闇の中が何も見えなくなってしまう。
「あとはこのまま夜を明かすってわけだ。で、居眠りを防止するために見張りは二人起きて、順番に仮眠を取っていく。ただ、寝る時は熟睡するなよ? 何かあれば起きられる程度に寝るんだ」
「あの、ししょー? それってどうやれば……」
「寝ていても脳の一部を起こしておく感じだ。まあ、慣れだな、慣れ」
「すげえ、わからねえ」
透輝が絶望したように言うけど、やろうと思えば案外あっさりとできたりする。仕事で夜勤をする時に仮眠するような感じだ。あ、透輝は学生だから夜勤なんてしたことないか。
「で、当然だけど仮眠を取る時は横になるな。すぐに動ける体勢で眠るんだ。今回は良い感じに木が生えてるから、これを背もたれにして寝ると楽かもな」
その辺りも見越して陣地を作る場所を選んだのだ。背中に木があれば基本的に背中からの攻撃はない。あるとすれば木ごと両断してくるような場合だが、それほどの一撃となるとさすがに直前で気付けるだろう。
「仮眠の取り方はわかったけど、起きて見張りをする方はどうすればいいんだ? 二人で起きているとしてもうっかり両方寝ちゃいそうだけど……」
「眠い場合はこれを噛め。俺も昔、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で世話になった眠気覚ましの葉っぱだ」
そう言って小袋を取り出して透輝に渡す。今しがた言った通り、『王国北部ダンジョン異常成長事件』でも使った眠気覚ましのための葉っぱだ。嚙んで使うとスーッとする、ハーブみたいなものである。
「交代前は噛むなよ? 噛んだら今度は寝付けなくなるぞ」
「へえ……なんか意外だな。ミナトってこういうのに頼らず、自力で起きていると思ったんだけど」
小袋を受け取った透輝が言葉通り意外そうな顔をするが、俺は使えるものは使うぞ。それこそスグリに頼んで色々と作ってもらっているぐらいだしな。
「最初の一日、二日は大丈夫でも、それ以上となると自分の意思に関係なく脳味噌が寝ようとするからな……あれはいくら注意してても回避が難しいんだ」
「ああ……ありましたね。防衛戦はともかく、アレはもう体験したくないですよ」
俺の説明に心底同意するようにモリオンが呟く。俺と一緒に『王国北部ダンジョン異常成長事件』を乗り切ったからか、その声色にはこれ以上ないほど苦労と共感が滲んでいた。お互い、今よりも遥かに未熟な頃だったのによくあんな事件を乗り切ったよな……。
「『王国北部ダンジョン異常成長事件』ってやつだよな? アイリスからも聞いたけど、せっかくの機会だし詳しく聞かせてくれよ」
「別に構わんぞ。仮眠を取り始めるまでまだまだ時間があるし、小規模ダンジョンだと喋っていても大丈夫なぐらいモンスターも寄ってこないしな」
匂いは誤魔化しているし、大声で喋らなければモンスターが寄ってくることもない。それでも襲ってくるモンスターがいるなら素早く仕留め、血の臭いが広がらないようモリオンに凍らせてもらった上で地中深くに埋めてもらう予定だ。
その工程でわかるように、ダンジョン内でのキャンプはモリオンが重要である。魔法抜きの場合は今回みたいに陣地を作るのではなく、移動して安全を確保しては仮眠を取り、モンスターに襲われたらその場で仕留めてまた移動して、と移動と休息を一晩中繰り返す羽目になるのだ。
そのため、今回は本当に楽である。それもこれも、あくまでダンジョンでの過ごし方の入門編というか、透輝を慣らすために段階を踏んでいるからだ。
実際に試してみないとわからないが、北の大規模ダンジョンを攻略する際は移動して休憩を取る、というのを繰り返すことになるだろう。
今回みたいに陣地を築く余裕があればだいぶ楽なのだが、上級モンスターに魔法を撃たれると薙ぎ払われる危険性があるため楽観はできない。
ちなみにトイレ等は臭いが発生するため極力しないが、する時は地面に穴を開けて行い、しっかりと埋めて臭いが漏れないようにする。この辺もモリオンみたいな手練れの魔法使いがいると滅茶苦茶楽だ。なにせ地面に穴を掘れるし水を出せるし凍らせることさえもできるのだから。
(実のところ、小規模ダンジョンなら出現するモンスターも弱いし、襲ってきたとしてもナズナに陣地の上部分を覆う形でバリアを張らせたら襲撃を防げるんだよな……透輝の気が緩みそうだから言わないけどさ)
モリオンが築いた土壁を貫いて攻撃を仕掛けられるようなモンスターはこのダンジョンにいないため、今回は本当に楽だ。それでも今後のダンジョンでのキャンプの第一歩……初めての練習としてはうってつけだから緊張感を持たせておきたい。
(でも、戦力的に考えたら小規模ダンジョンには過剰なメンバーを連れてきているから、緊張感は薄れるかも……透輝にとってはダンジョンでの初めての野営だからトントンかな?)
透輝本人はもちろんのこと、俺、メリア、モリオン、ナズナとこのまま大規模ダンジョンに挑戦してみても問題がないメンバーで揃えてあるのだ。
これらのメンバーは実際に大規模ダンジョンに挑む際のことを考えての選出だが、小規模ダンジョンだと戦力過多も良いところだろう。
ここにランドウ先生を加えることができれば盤石の布陣になるのだが、その場合は大規模ダンジョンだろうとランドウ先生に頼りすぎてしまい、俺達の成長につながりにくくなるかもしれない。
(ランドウ先生を連れて行くと、『魔王の影』も警戒して手を出さずに逃げる可能性がある、か……ある意味俺達だけだと丁度良い強さかもな)
俺はバリスシアに名前を知られていたが、何かをするにも過度に警戒されるほどではないはずだ。北の大規模ダンジョンに挑むにしても放置してくれるかもしれない。
(というか、『魔王』の発生まで既に二年を切っているんだ。『魔王の影』も今更余計なことはしないというか、する必要がないかもしれないな)
既に前回の『魔王』の発生から三百年以上経過しており、負の感情も溜まっているのだ。ここから僅かな期間を短縮するために『魔王の影』が動くことはない――なんて考えるのは楽観視だろうか。
(出てきてくれたら好都合……ではあるんだが)
仮に『魔王の影』が襲ってきたら、大規模ダンジョンよりも優先して倒す。大規模ダンジョンは『魔王』が発生するまでに破壊すれば良いが、『魔王の影』を倒せる機会は早々には巡ってこないだろうからだ。
ただやっぱり、その場合でも『魔王の影』を釣り上げるための餌が必要になるだろうが、俺では食いつきがそこまで良くないだろう。そうなると、だ。
(北の大規模ダンジョンを破壊して更に知名度を上げて、『魔王の影』から見ても脅威だと思われるようになる……そうすれば他の大規模ダンジョンを破壊しに出かけたら何かしら仕掛けてくるだろ)
今回のキャンプは後々につながる第一歩だ。透輝にとっては修行の一環だが、俺にとっては『魔王の影』を意識しての行動になる。
(……まあ、これで『魔王の影』が全然こっちを意識しない、自意識過剰な結果で終わったら笑い話なんだけどな)
さすがに大規模ダンジョンを破壊すれば興味ぐらいは惹けると思うんだが。
俺はそんなことを考えつつも、声が大きくなり過ぎないよう気をつけながら先ほどの透輝のリクエストに応えることにする。
「さて、それじゃあ『王国北部ダンジョン異常成長事件』についてだが、どこから話をするか……」
そう言って語り出し、小規模ダンジョンでの夜を明かしていくのだった。




