第276話:ダンジョンでの野営 その1
透輝に戦う理由を固めさせようと思い、少しばかり空回りをしてしまった日から幾日が過ぎ。
とうとう夏と呼ぶに相応しい、七月に突入した。
「お前もだいぶ大きくなったなぁ。そろそろ複数人乗せて飛べるんじゃないか? ん?」
『ク、クキュウ……』
放課後になり、自由に動き回れるようになった俺は、透輝の乗騎となる光竜キュラスに絡んでいた……って、こう言うと人聞きが悪いか。平和的な会話である。
キュラスはどんどん体が成長するため、既に寮での生活は不可能になっている。そのため寮の傍に簡素ながら突貫でキュラス用の小屋が作られ、そこで寝泊りするようになっていた。
馬車や馬を管理している厩舎もあるのだが、ドラゴンを連れて行くと馬が怯えてしまうため、わざわざ離れた貴族寮の空きスペースに小屋を建てたのだ。
住居は小屋。食事は食堂の余った料理の数々。ドラゴンだから服はなしと衣食住の衣服なし状態だが、キュラスは日に日に育って体が大きくなっている。
そのためそろそろ二人ぐらいなら乗せて飛べるんじゃないかな、なんて思って様子を見に来たのだ。
ただ、俺が様子を見に来たらキュラスは怯えたように小屋の奥に引っ込み、首だけを出してこっちを窺うように見てくる。ランドウ先生もそうだけど、なんで俺までこんなに怯えられているんだろうか。
「そう怯えるな……取って食いやしないさ。なあ、キュラス?」
『クキュルル……』
嘘だ、騙すつもりなんだ、とでも言いたげに怯えた目で俺を見てくる。嘘じゃないよ、本当だよ? ドラゴンは斬ることはあっても食べることはしないよ。
「ほーら、おいでおいで。こっちだよこっち」
『キュウウゥ……』
手招きをすると余計に怯えた様子で小屋の奥に引っ込んでしまう。小屋といっても将来を見越して縦横十メートルほどの大きさで作ってあるため、小さくはないんだけどね。木の柱に屋根に土壁っていう、本当に簡素な造りだけど。
(うーん……なんでこんなに怯えるのかねぇ。ランドウ先生だったら素人目にもヤバい空気を感じ取れるだろうけど、俺はそこまでじゃないはずなんだが……)
雰囲気ではなく、モンスターだけあって彼我の実力差に敏感なのだろうか。たしかに今のキュラスだったら十匹いようが相手にもならないけど、こっちは殺気も何も抱かずに接しているのにここまで怯えられるのは何故なのか。
「おーい、キュラスー。良い子にしてたかー?」
『ッ! クルゥッ! キャウッ!』
そうやって俺がキュラスとコミュニケーションを図っていると、様子を見に来たのか透輝が姿を見せる。するとキュラスは目を輝かせ、明らかに大喜びした様子で透輝のもとへと駆けて行った。
「おわっ!? ちょ、体がでかくなったんだからタックルはやめてくれ……って、ミナト? どうしたんだ?」
「…………いや、ちょっと悲しいなって」
甘えたような声を出し、透輝に顔を擦り付けるキュラスを見ながらそう答える。う、羨ましくなんてないんだからね? いや、やっぱりちょっと羨ましいわ。
(おかしいなぁ……馬だったら怯えられることはないんだが……)
まあ、キュラスは馬よりも賢いだろうから仕方がないと思おう。慣れれば怯えることもなくなるかもしれないし。
(でももう孵化してから四ヶ月近く経つんだよな。ずっとこのままかもしれん。そうなると少しまずい、か?)
移動手段としてきちんと乗せてくれるならいくら怯えていようが構わないが、乗車拒否でもされたらたまったものではない。
(今度から餌付けでもしてみるか? とりあえず背中に乗せてくれるぐらいには仲良くならないとな)
透輝が言い聞かせても駄目かもしれないし、今の内に矯正できる部分は矯正しておくべきだろう。今後、キュラスには移動手段として頑張ってもらう予定なのだから。
「キュラスのことは横に置いておくとして、だ。ちょうど良いから話しておきたいことがあってな。今後の訓練に関してなんだが……」
そこまで言葉にして、俺は僅かに迷う。これから口にする内容は、剣の修行とは別物だからだ。
(でも伏せておく方が不義理か……伝えてしまおう)
剣の師弟という関係だが、伝えるべきことはきちんと伝えるべきだ。そう判断した俺は透輝にもわかりやすいよう説明を行っていく。
「最初に説明しておくが、これから先、依頼という形でデカいダンジョンを破壊する機会が回ってくる予定だ。そこで質問だが、デカいダンジョンを破壊するにあたって問題となるのはなんでしょう? はい、透輝君」
「えっ!? えーっと……デカいダンジョンってことは中規模か大規模? も、モンスターが強い!」
「正解だけど他にも答えがあるなぁ。はい、次」
先日中規模ダンジョンに挑んだからか、強いモンスターが出てくるっていうのはきちんと理解しているようだ。ただ、中規模ダンジョンは破壊しようと思えば一日かからずに破壊できるから、透輝の中ではデカいダンジョンだろうとそこまで広いイメージがないのかもしれない。
「も、モンスターの種類が多い? あ、でもそれってダンジョンによるんだっけ? えー……っと、なんだ? 破壊にするにあたって問題となる…………あっ! 広さが問題?」
「正解」
クイズ形式で考えさせたらなんとか答えを捻り出せたようだ。俺が拍手をすると、やったー、と素直に喜んでいる。
「実際に行ったことがないと想像ができないだろうけど、デカいダンジョン……大規模ダンジョンになると本当に広いんだ。面積は計算できてないし、下手な国よりも大きい。つまり、破壊するためにボスモンスターを狙おうにも到着するまでに時間がかかるってわけさ」
「へぇ……そんなに広いのか。って、あれ? 基点じゃなくてボスモンスターを倒さなきゃいけないってことはわかってるんだな?」
「ああ。昔からこれ以上大きくならないよう、近隣の諸侯が維持管理してきたからな。出現するモンスターや破壊方法は調査済みってわけさ」
そのために投入する兵力や物資や資金がどれだけ大きいことか……辺境伯家の人間としては頭が痛い問題だったりする。
ダンジョンの調査等には冒険者を活用してもいるけど、さすがに実力的に大規模ダンジョンに挑める冒険者は多くないし、死人を増やすと負の感情が溜まるため大規模ダンジョンの間引きは正規兵の仕事だ。
サンデューク辺境伯家の場合、騎士団長であるウィリアムが精鋭を率いてダンジョンに潜り、比較的危険度が少ない中級モンスターを中心に仕留めていた。
ランドウ先生が東の大規模ダンジョンを修行場所にしてからは、中級上級問わず頻繁にモンスターが狩られていたため、間引きにかかる経費もかなり圧縮されていたんだが……今は学園にいるし、元に戻っているはずだ。
実力的に、卒業して領地に帰ったゲラルドも駆り出されていることだろう。未来の騎士団長として厳しく鍛えられているはずである。
それらの面から見ると、オリヴィアと協議している北の大規模ダンジョンの破壊は割と急務だ。なにせ死霊系モンスターばかりということは、間引きの人手も命を落としやすいということなのだから。
一応、遠距離から魔法で薙ぎ払っては撤退する、という安全第一で間引きをしているらしいが、事故というのはいつでも起こり得る。それらの危険性から、北の大規模ダンジョンがなくなることに関しては北部諸国連合も賛成多数だろう。
「……あれ? そんなに広いってことは……ダンジョンを破壊しようと思ったら大変じゃないか?」
「うん、大変だな。なにせダンジョンの中で寝泊りしないといけないからな」
透輝が浮かべた疑問に笑顔で頷く。うん、そうなんだよ。それが俺が今回提示したかった主題なんだよ。
「ダンジョンで……寝泊り? えっ? ごめん、意味がわからないんだけど……」
「なあに、そのままの意味さ。何日もダンジョンに潜らないといけないのに、一度も寝ないなんてことは無理だろ? だから寝るのさ」
さすがに熟睡はできないが、見張りを立てて軽く眠ることはできる。もちろん攻略にかかる時間が二日程度なら徹夜して挑むという選択肢もあるのだが――。
(東の大規模ダンジョンは二日じゃボスモンスターのところまで行けないしなぁ。それに徹夜するとどうしても集中力が鈍るし……)
他の大規模ダンジョンがどうかはわからないが、修行で利用した東の大規模ダンジョンは一日二日程度では到底ボスモンスターのところまで行けなかった。
俺はダンジョンの浅い場所で寝泊りして修行していたが、ボスモンスターのところまで行くのに感覚としてはどんなに急いでも三日、下手すると五日はかかるんじゃないかと思っている。
ゲームみたいにショートカットはないし、日を跨ぐことなく一回の冒険でボスモンスターのところまで行ける、なんてご都合主義はあり得ないのだ。
(一応、キュラスを使えばそれも可能ではあるけど……)
さすがに今の段階では無理だが、もう少し成長して体が大きくなり、光属性の魔力をもっと蓄えたら直通でボスモンスターのところまで行ける……かもしれない。
ただ、光竜はモンスター側にとっても脅威かつ異物だろうし、下手すると集中攻撃を浴びる危険性もある。また、一回目は大丈夫だとしても二回目以降、『魔王の影』が手を打ってきそうだ。
『花コン』ではそういうイベントはなかったが、現実的に考えるなら学園に侵入してキュラスを暗殺する、ダンジョンに突入してきたところで魔法で撃ち落とす等、俺でさえ対抗策が思いつくのだから。
(特に、『魔王の影』には暗殺向きの個体がいるからな)
他者に化けるのを得意とするアスターが学園生に化けて侵入してきた場合、対処はほぼ不可能だろう。
逆に一回ダンジョンに侵入した後、アスターが学園に侵入してくることを期待してランドウ先生に迎撃してもらう、なんて手も打てるといえば打てるが……。
(ランドウ先生が待ち構えているのを見たら近付かずに逃げ出すか。先生をずっとキュラスの傍に置いておくわけにもいかないしな)
ランドウ先生は授業もあるし、どうしてもキュラスから離れるタイミングができてしまう。その合間を狙われたら防ぎきれないだろう。
(……やっぱり、キュラスでダンジョン破壊に挑めるのは一回だな。『魔王の影』がキュラスを危険視しない可能性もゼロじゃないが……相手の失策を頼りにするのは馬鹿のやることか)
なにせ相手はオリヴィアと同様に何百年と生きている相手だ。オリヴィアと同等の権謀術数は行えると思っておく方が無難だろう。
そう結論付けた俺は、大規模ダンジョンの広さに戦慄してる透輝に向かってニッコリと微笑む。
「この流れなら俺が何を言うか、わかるよな?」
「実際にダンジョンで寝泊りするんですね、ししょー……」
さすがにいきなり大規模ダンジョンで寝泊りするわけではない。最初は小規模ダンジョンで、慣れたら中規模ダンジョンで、と段階を踏んでいくつもりだ。だから透輝? そんなに不安そうな顔をしなくてもいいんだよ?
(追々慣れていくとして、まずは近いところにあるダンジョンで週末にキャンプでもするか)
小規模や中規模のダンジョンで夜を明かすことに慣れたら、今度は大規模ダンジョンに体を慣らしていく。そして体や感覚が慣れたら大規模ダンジョンで寝泊りをしてみて、それにも慣れたらボスモンスターの討伐だ。
大規模ダンジョンに挑む頃になればキュラスも体が大きくなり、複数人を短時間で運ぶことができるようになっているだろう。そうすれば現地まで何十日とかけて移動する必要もなくなる。
そう結論付けて今後の予定を話すと、透輝は頬を引きつらせながら『ハイ、ワカリマシタ』とロボットみたいな返事をするのだった。




