第261話:才能の差
オリヴィアとの協力関係を構築した俺だが、正直なところこれまでとやることは変わっていない。
自分の腕を磨きつつ、透輝を鍛えたり、他の『花コン』のメインキャラと交流させたりと、大きな変化はなかった。
なかった――のだが。
「それでは透輝。君にはこれから、スギイシ流を本格的に学んでもらう」
「うっす、了解っすししょー!」
徐々に夏の暑さが近付きつつある五月の半ば。
授業が終わって放課後になると、俺はランドウ先生と相談の上、透輝にスギイシ流を本格的に教えていくことにした。
ランドウ先生が学園に来てからすぐに教えても良かったのだが、それとなくランドウ先生に透輝の腕や才能を見てもらい、本格的に教えても大丈夫そうだな、と判断したのがこのタイミングだったのだ。
一年生の時は俺の戦い方を見せていたし、ランドウ先生が学園に来てからは下準備を進めていた。それらが全て片付いたため、本格的な指導に移るわけである。
「さて、本格的に学んでもらうと言ったが、元々君に教えていた剣術の基礎はスギイシ流に通じるものだ。そのため、これからは技を学んでもらう」
「技かぁ……それってアレか? ミナトがたまに見せてくれる、飛ぶ斬撃とか」
「そうだ。あれは『一の払い』といって、魔法や霊体といった形のないものも斬れる技でな。もちろん物理的に斬ることもできるんだが……」
そう言いつつ、俺はじっと透輝を見る。
なんだかんだで魔力の扱いにも慣れてきているし、やらせたらすぐにできるんじゃないだろうか。
「やり方は簡単だ。透輝なら魔法が使えるし、魔力を操って剣に乗せる。そして刃状にして飛ばすだけだ」
「おお! たしかに簡単そうだな!」
もしや、と思って説明してみると、透輝は早速練習に取り掛かった。簡単だ、なんて伝えたのはそっちの方がすぐに習得しそうだったからである。
「こうか? いや、こう……うーん、なんか違う……こう……ん? こうかっ!」
で、なんというか。こういう技だよ、なんて伝えたら五分と経たずに魔力の刃を飛ばすようになった透輝の姿がそこにあった。
「…………」
「いったい!? え? な、なんでゲンコツ?」
「っ……す、すまん、つい……」
気が付けば、ゴツンと音を立てて透輝の頭にゲンコツを落とす俺がいた。なんというか、無意識の行動だった。
(俺、ランドウ先生が付きっ切りで教えて一ヶ月近くかかったんだけどな……その後の実戦で完成したし……)
さすがに技が完成したとは言わないが、きちんと刃を飛ばすことが出来ている透輝を見て俺は目を細めてしまう。俺が今の透輝と同じことができるようになるまで、少なくとも二週間はかかったんだがなぁ……。
(この分なら明日には実戦で使えるレベルまで習熟しそうだな……これが才能、か……)
『二の太刀』を見て覚えた点から、そうじゃないかとは思ったが。最早天才というか、バグみたいな成長の仕方である。
もちろん明日どころかこのまま一ヶ月近く訓練したとしても、俺の『一の払い』の方が威力や精度で上回るだろう。だが三ヶ月、半年と経てば逆転されそうだ。
そんな才能の差を目の当たりにして思わずゲンコツを落としてしまったが、弟子への醜い嫉妬だと思って勘弁してほしい。才能の差を理解していても、嫉妬せずにいられるほど俺は聖人じゃないんだ。
(この分なら『三の突き』もすぐに覚えそうだな……そして三つの技を習熟させたら『閃刃』を……って、透輝の場合、強敵と戦えば勝手に『閃刃』まで到達しそうなんだよなぁ)
俺が火竜と戦って『閃刃』を使えるようになったように、透輝も強敵と戦えばすぐに『閃刃』まで身につけそうだ。もちろん正しい形で覚えさせるために『三の突き』もきちんと教えないと無理だろうが。
(透輝が『一の払い』を完璧に覚えたら、北の大規模ダンジョンに連れて行ってもいいな……死霊系モンスターばっかりっていっても俺とランドウ先生、透輝で組んで行けば闇属性魔法も斬れる。あとはメリアも連れて行けば完璧か?)
弱点を突くというか、魔法を斬れるメンバーに光属性の魔法を使えるメリアという、死霊系モンスター特効なパーティを組めば北の大規模ダンジョンは簡単に攻略できそうだ。
問題があるとすれば、教師として赴任しているランドウ先生を連れ出せるかどうかだが。
(あ、でもそれをすると『魔王の影』は寄ってこないか。そうなると難しいな……俺と透輝で魔法を斬って、ナズナの盾で魔法を防ぐ、そして火力役としてメリア……前衛が偏りすぎか。モリオンかアレクも一緒なら……)
本当は回復役としてアイリスが一緒なら最良なんだが、この国の御姫様を連れて大規模ダンジョンに行くのはさすがに無理だろう。いや、問答無用で一回だけならセーフか? アウトか。
(『魔王』対策、『魔王の影』対策って理由なら国王陛下も許可しそうだけどさ……ま、それも透輝が『一の払い』をもっと上手く使えるようになってからだな)
今はまだ、斬撃を飛ばしているだけだ。ここから下級魔法、中級魔法、上級魔法と斬れるものを増やしていく必要がある。
「見てくれよミナト! ほら! 斬撃を飛ばせた!」
そんなことを考えていたら、大喜びしている透輝から声をかけられた。今のところ射程は五メートルほどだが、飛ぶ斬撃という男の浪漫を実現できて興奮した様子である。
「うん、大したもんだ。透輝、試しにこっちに向かって撃ってみろ」
「え? わかった、いくぞっ!」
俺が指示を出せば、特に疑うことなく従う。五メートルほど距離を空けた状態で剣を振りかぶり、俺に向かって『一の払い』で斬撃を飛ばしてきた。
「――見た目だけの鈍らだな」
飛んできた斬撃を、俺は素手で掴んで握り潰す。間違っても切断されないよう魔力を乗せているが、透輝が飛ばした斬撃は本当に見た目だけだ。
「えっ!? ちょっ、指は大丈夫かよ!?」
「全然大丈夫さ。さて、見ての通りだ。『一の払い』を形だけ再現できて喜んでいるようだが、ここから先が長いぞ。今の透輝は魔力の塊を刃状にして飛ばしているだけだ。それを研ぎ澄ます必要がある」
そう言って握り潰した魔力の塊を振り払う。透輝はすぐに調子に乗るところがあるから、浮かれ始めたタイミングで叩く必要があるのだ。
「それに、今のままじゃ射程が短すぎる。五メートル程度しか飛ばせないんじゃ魔法を斬れたとしても巻き込まれるぞ? もっと遠くまで飛ばせるようにならないとな」
「うっす! 了解です!」
気合いを入れた様子で透輝が頷く。うーん、この素直さは美点なんだよなぁ。ここまで才能があるともっとねじ曲がっていてもおかしくないんだが……曲がりそうになったら即、叩いてきたからその結果かな?
「あれ? でもししょー、刃を研ぎ澄ますとか、遠くに飛ばすとか、一体どうすれば?」
「そこは慣れが大きいな。練習していく内に魔力を薄く、鋭く、それでいて硬く研ぎ澄ますことができるようになっていく。今の透輝は剣に魔力を乗せているだけだから、それを圧縮して薄い刃にしていくんだ」
当然ではあるが、ふわふわとした拳サイズの綿を投げるのと圧縮して手頃なサイズになった石を投げるのとでは飛距離が大きく異なるだろう。当たった際の威力も当然、石の方が上だ。
魔法を扱うことができ、それでいてスギイシ流も使えるというバグみたいな透輝ならその辺りの調整も上手いはずである。
「ただ、それはあくまで斬撃を飛ばす場合の話だ。剣に魔力を乗せた状態で魔法を斬ることもあるから、その時は当然、魔力の使い方が変わる。こっちの場合は乗せたまま研ぎ澄ます必要があるからな」
そう言いつつ、俺は短剣を引き抜く。バリスシアと戦った際に砕けた短剣の二代目だ。
「扱いに慣れると、魔力で刃を形成することもできる。ただ、これは武器が手元にない時の裏技みたいなもんだ。透輝の場合は『召喚器』があるからそこまで必要ないかもな」
実践として短剣を基点にショートソード程度の大きさの剣を魔力で作ってみると、透輝の瞳が大きく輝いた。
「いや、カッコいいじゃんか! すげえ! 俺も覚えてえ!」
「それなら『一の払い』を習熟していくんだな。そうすれば自然と身につくさ」
この辺りは魔力の扱いに慣れると覚えやすい。ただ、普通ならこの手の技を覚えると魔法の扱いが下手になるんだけどな。
(魔法は魔力の変化や放出で、こっちは魔力の圧縮や固定って感じだからなぁ……運用方法が違い過ぎるんだよな)
そんな感覚の違いを気にせず、魔法も剣技も両方覚えられるからこその主人公なのだろう。言葉にすれば才能の差というやつだ。
(うーん……羨ましい限りだ。最早嫉妬も起きん……いや、普通に嫉妬はするか)
それだけの才能があれば、と思わざるを得ない。透輝ほどとは言わずとも、もう少し才能があれば俺ももっと強くなれるんだが。
(……うん、ないもの強請りをしても仕方ないな)
嫉妬はほんの数秒だった。俺は現状に折り合いをつけると、一つ頷く。
「あー……ランドウ先生? 何か気になるところはありますか?」
そう言って、俺は振り返りながら尋ねる。
そう――実は俺と透輝のやり取りはずっとランドウ先生が見ていたのだ。そのため気になって尋ねると、ランドウ先生は意味深に笑う。
「俺とは方向性が違うが、きちんと師匠をやってるじゃねえか。苦労して覚えた分、教えるのに向いてるのかねぇ……」
「そうですか? 本格的に教えるのは初めてなんで、あまり自覚がないんですが」
透輝はランドウ先生にとっては孫弟子だ。『花コン』だと一番弟子だったんだけどな……でも俺の弟子として気にかけてくれているのか、こうして気が向けば指導の様子を見ている。
「技術的なことに関してはお前がこれまで教えてきた形で十分だ。孫弟子の才能に合わせて見て覚えさせつつ、基本を叩き込んでいるからな。俺が育てるとしても同じ形で育てただろうよ」
俺の不安を感じ取ったのか、ランドウ先生は小さく笑いながらそう評価してくれる。どうやら致命的なミスを犯していないどころか、それなり以上に高い評価っぽい。
(本当はランドウ先生に育成を引き継いでもらうつもりだったんだけどな……本人にその気がないんじゃ仕方がない)
ランドウ先生に強制はできないし、こういうのはやる気が物を言う。それにこうして育成に手を貸してくれている以上、文句は言えないだろう。
(つまり俺の育成で主人公の育ちぶりが決まるわけか……うっ、胃が……)
ランドウ先生がいずれ引き継ぐから、と自分に言い聞かせていたが、ここにきて重責が圧し掛かってきた。そのため抗議するように胃が痛みを発し、俺は腹部を優しくさする。
(スグリに胃薬作ってもらわないと……低品質のポーションでも良いけど、さすがに贅沢すぎるだろ)
安らぎのポーションといい、スグリに頼ることが増えてしまう。スグリ本人は俺が頼るとなんとも嬉しそうな顔をするが、立場上、ほどほどにしなければ。
「ところでランドウ大先生? 大師匠? は、初回の授業で戦ったから強いってのはわかるんだけど、どれぐらい強いんだ? いや、強いんですか?」
俺の中では最強の剣士といえばミナトなんだけど、なんてことを言いながら透輝が尋ねる。
透輝はランドウ先生との距離感を測りかねているようで、中途半端に他人行儀な様子だ。
「あん? それなりに強いぞ」
「ランドウ先生がそれなりだったら、この世界の人間はみんなそれなり未満になりますねぇ……」
謙遜なのか、本人の意識としてはその程度なのか。ランドウ先生の返答を聞いた俺は思わずツッコミを入れるように呟く。
「というと? ミナトから見たら大師匠はどんな感じなんだ?」
「人類最強」
俺は端的に答えた。『花コン』でそれだけの強さがあると知ってはいたが、実際に接して心からそう思えたのだ。
「お前はお前で俺を持ち上げ過ぎだ。人類の天井はそこまで低くねえぞ」
「いえ、俺にとってはランドウ先生こそが最強ですから」
俺は真顔で告げる。場合によっては単独で『魔王』を倒せるんだから、最強だろう。主人公でさえ周回プレイをしないと勝てないんだからさ。
「……まったく。おら、孫弟子。俺が少し見てやる。剣を構えろ」
「えっ? お、押忍っ!」
少しばかり照れたように透輝へと向き直るランドウ先生を見て、俺は内心でガッツポーズをした。狙ったわけではないし、心からの本心だったが、どうやら透輝の剣を見てくれる気になったらしい。
その調子で透輝を最強に鍛え上げてくれてもいいんですよ? なんて思いながら、俺も透輝の隣で剣を振るのだった。




