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ハッピーエンドの未来を目指して  作者: 池崎数也
第10章

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第262話:義理の

 学園だというのに授業よりも放課後以降の訓練が本命となっていそうな、五月の下旬。


 じわじわと暑さが増しつつあるが、前世の日本と比べると緩やかな気候のため真夏でも()()()()の暑さで済むのが幸いと言えるだろう。


 さて、放課後になって普段通り訓練を始めたわけだが、今日は『召喚器』の練習としてカリンが顔を出していた。それに加えて、モモカも顔を出したのだが――。


「カリンお姉様っ! わたし、お姉様が欲しかったんですのっ!」


 モモカがすごい勢いでカリンに懐いた。いやまあ、初めて会ったわけじゃないし、俺の婚約者候補ということで事前に会わせていたんだけど、カリンと顔を合わせる度にモモカは笑顔で抱き着きに行く。


 言葉の通り、姉という存在に憧れていたのか。でもモモカのことだし、弟や妹という存在にも憧れていそうだ。


 そんなモモカの抱擁ハグに対し、カリンは困惑しつつも真っ向から受け止めてくれる。モモカの勢いが強すぎてうっかり押し倒されてしまいそうだが、さすがのモモカもその辺りは弁えているのか、カリンはギリギリのところで持ち堪えているようだった。


(大型犬に飛び掛かられて倒れそうになっている飼い主っぽい……)


 女性への形容としては間違っているだろうが、モモカの様子を見ているとそんなことを考えてしまう。貴族の令嬢としては論外と言われそうなモモカの行動だが、それが微笑ましく、おかしく見えないのはモモカの人柄がなせる業だろうか。


「も、モモカ様? 姉というならわたしが……」

「ナズナはお姉様ではなくナズナですのっ!」


 そしてナズナが顔を引きつらせながら声をかけるが、モモカが笑顔で一刀両断する。そっかぁ、ナズナは姉ではなくナズナって評価なのかぁ……昔から俺と一緒に面倒を見てくれていたんだけどな。たしかに立場上、姉というより家臣ではあったけどさ。


「そんな……」


 ガクッ、と崩れて膝を突くナズナ。うん……これはモモカが悪いか。いやでも、個人の認識の話だし、モモカを責めるわけにもいかないのか? ナズナが姉っぽい立ち回りをしなかった、できなかったって話でもあるし……。


「あー……僕はナズナさんのこと、姉のように思っていますからね?」


 そんなナズナを慰めるのは、モモカ同様自主訓練に顔を出していたコハクだ。


 コハクもモモカと同じで小さい頃からナズナの世話になっていたし、こちらは姉のように思っているらしい。ただ、表情が苦笑混じりだから本音かはわからないな。


(ま、まあ、モモカもモモカでナズナのことは大切に思っているだろうし……)


 姉ではなくとも親しい人間として扱っているのだろう。そうでなければなんだかんだで最低限の礼節を弁えるモモカが()()()()()()()()とは思えない。


 雑に扱うわけではないが、気安く接することができる相手と認識しているのではないだろうか。


「カリン、妹がすまないな」


 そんなナズナのことはコハクに任せ、俺はモモカに抱き着かれているカリンへと声をかける。同性同士だから問題はないだろうが、カリンが大変そうだから引き離そうと思ったのだ。いや待て、同性でもセクハラって成立するんだっけ?


「いえ……わたし、末っ子なのでモモカさんに姉と呼んでもらえるのは嬉しいです。本当に妹ができたみたいで……」

「本当も何も、俺と結婚すれば義理の姉妹になるんだけどな……っと」


 思わず苦笑を浮かべながら零れ出た自分の言葉に、数瞬遅れて気付く。何も考えずに言ってしまったが、言うべき言葉ではなかったと僅かに後悔した。


「そ、そうでしたね……わたしがミナト様と結婚すれば、そうなります……よね」

「……ああ。モモカは他所に嫁ぐことになるだろうけど、関係性でいえばそうなるよ」


 ()()()言っても問題はなく、何もおかしくない発言なのだが。自分で言ったことに対して後ろめたく思うのは、カリンとの婚約者候補という関係がいずれ破綻すると認識しているからか。


(俺が死ぬことなく、存在を消滅させることもなく、『魔王』をどうにかできるなら何も問題はないんだが……こればっかりは挑んでみないことにはわからん……)


 先日のオリヴィアとの話ではないが、『魔王』の発生に備えても上手くいく保証はどこにもない。もちろん、()()()()()()()()こうして少しでも強くなれるよう、日々努力を重ねているわけだが。


「お兄様? どうかしたんですの?」


 そんな俺の僅かな変化を見抜いたのか、モモカが不思議そうに首を傾げる。大した観察眼というべきか、あるいは長年の付き合いがそうさせたのか、すぐに気付かれてしまったようだ。


「いや、今言った通り、モモカはどこかしらに嫁ぐことになるだろうからカリンを実際に姉と呼ぶ機会はそう多くないよな、なんて思ってね」

「それならわたし、嫁がずにおうちにいますわっ! そうすればお兄様やカリンお姉様と一緒ですし、お二人の子どもも可愛がることができますものっ!」

「ハハハハハ……いいかい、モモカ? それをやったら俺はともかく、父上と母上が卒倒するからな?」


 この世界の感覚でいえば、生まれつき体が弱いとか、そういった正当な理由もなしに嫁がずにいるのは()()()()()()()()()()と言っているようなものだ。


 貴族なら学園を卒業すれば大体は結婚する。しないのは婚約者候補の年齢が下でまだ学園に通っているとか、就職先に慣れるまでは結婚を控えているだとか、家督をすぐに継ぐ必要があるからせめて多少なり安定するまでは待ってもらっているだとか、聞けば納得するような理由の者ばかりだ。


 あとは姉妹ばかりしかいない貴族の家で長女に生まれたため婿を取る必要があるが、家柄に見合う能力の婿が見当たらないという切実なパターンもあるが……『花コン』のカトレアがこのパターンだった。


「えー……だって、お兄様の子どもって絶対可愛いと思うんですの! わたし、一生懸命可愛がりますわよ?」

「うーん、可愛がってくれるのは嬉しいけど、そのためだけに嫁がず実家にいられたら周囲からの評判がね?」


 貴族というのはこういった評判も大事だ。そのためモモカの提案に苦笑を浮かべてしまう。


(これでモモカの結婚相手が見つからないっていうのなら考えないでもないんだが……ジェイド先輩やルチル以外にも、かなり()()が入ってるんだよな……)


 モモカが学園に入って二ヶ月弱。


 既にサンデューク辺境伯家の長男である俺に対し、それとなくモモカの結婚相手、あるいは婚約者候補に関して接触がある。


 それはジェイドみたいに直接的なものもあれば、派閥の人間に接触してモモカの婚約者候補の有無、俺の考えなどを確認する動きがあるのだ。


 そしてそれはコハクも同様で、一年生の女子だけでなく上の学年からもそれとなく探りが入っている。


(いやぁ、弟と妹が大人気でお兄ちゃん、困っちゃうなぁ……ハハハ)


 コハクについてはその誠実な人柄が知られ始めており、なおかつサンデューク辺境伯家という大家の次男にして何かと学園を騒がせている俺の弟というのが大きいのだろう。うん、自分で言うのもなんだけど、俺の弟っていうだけで割と注目されているようなのだ。


 俺との兄弟仲も有名だし、コハクに対しては自分の家への婿入り、あるいは俺との関係の良さから一家を立てるだろうからそこに嫁ぐ、みたいな感じで期待されている。


 そんな貴族的な打算が入り乱れたコハクと異なり、モモカへの()()()()()は……なんというか、言葉通りの意味でラブコールを送っている生徒がチラホラと散見されるのは気のせいか。


 モモカは裏表のない明るい性格をしているが、その上で相手が誰だろうと、どんな身分だろうと自らを偽らずに接する。それでいて相手がやることを素直に、真っすぐに褒めるものだから、モモカに対して惹かれている者が複数出始めているようなのだ。


 たとえば、同級生ではあるが別の科である技術科の生徒が相手だろうと、直接顔を合わせた際に笑顔で褒めちぎったらしい。

 モモカは俺ほどではないが錬金術が苦手なため、錬金術が得意な生徒に対して真っすぐに、『わたし、錬金術が全然できないんですのっ! すごいですわっ!』と褒めているのだ。


 これが騎士科の生徒なら『剣術がお上手ですのねっ! すごいですわっ!』と褒める。それも笑顔で心からの本音で褒める。


 貴族科の同級生に対しては、実家のことや本人の資質に絡めて褒める。とにかく褒める。『すごいですわっ!』が口癖かな、なんて思うほどに褒める。


 これをモモカに確認してみるとわざとではなく、狙ったことでもなく、すごいものはすごい、良いものは良い、悪いものは悪い、とストレートに表現しているだけらしい。


 貴族だからもう少しオブラートに包んでほしいものだが、それがまたモモカの魅力なのだろう。


 そんなモモカが傍にいるからこそ、今度はコハクの常識人ぶりが輝くというか……別にモモカのことを悪く言うわけではないが、そういう真っすぐな人を苦手と思う人は苦手に感じるわけで。


 モモカだけでなくコハクの評価も伸び、一年生の中ではトップクラスに名前が売れているのがコハクとモモカの二人というわけだ。


 そんなモモカだが、カリンとの相性は悪くないらしい。カリンの方が困惑しているが、モモカは持ち前の明るさでグイグイと距離を詰めていく。まだ正式な関係ではないが、義理の姉妹として考えると良好と言えるだろう。


「兄上、僕もカリン先輩のことを姉と呼んだ方がいいですか?」


 コハクはといえば、俺の耳元でこっそりと尋ねてくる。カリンが義理の姉であることを嫌がっているわけではなく、()()()()()()()()()()()()()を気にしているようだ。


「将来的には……まあ、そうなるんだが……今の状況だと、コハクの好きなように呼んで構わないさ」


 姉と呼んでも良いし、先輩呼びでも良い。誰もがモモカみたいに距離を詰められるわけではないのだ。


「……では、今は先輩とお呼びします」


 どうやらコハクは姉呼びは控えるつもりらしい。気恥ずかしいのか、あるいは何か思うところがあってのことか。


「おーす、モモカ。会いに来たぜ」

「私は差し入れに来ました」


 そうやって俺がコハクと言葉を交わしていると、ジェイドとルチルが連れ立ってやってきた。どうやらモモカが目的らしく、二人とも真っ先にモモカへと声をかけている。


(うーん……二人が訓練に顔を出すようになったのは良いとして、モモカ目当てっていうのは……どうにか透輝とも交流をさせないとな……)


 モモカを利用するわけではないが、接する機会が増えれば透輝との関係も深まるだろう。ただし、グランドエンドに到達できるほど『花コン』のメインキャラ達と仲を深められるかというと微妙なところだ。


(ま、それでもできることはやらないとな……)


 将来、義理の家族になるかもしれない面々の顔を見ながら、俺はそんなことを思うのだった。

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