第255話:確認
モモカのアレコレに胃を痛める日々を送っていた、五月の頭。
明日は日曜日だが、疲労も溜まってきていたため早めに夜間の自主訓練を切り上げた俺は、寮の自室へと戻ってドアノブに手をかける。
「――――」
そして、部屋の中に気配を感じ取って思わず警戒し、すぐに警戒を解いて苦笑しながら扉を開ける。
「あっ、お父さん! おかえりなさい!」
部屋の中にいたのは、予想通りというべきかリリィだった。俺を見るなりぱっと花咲くような笑顔を浮かべ、駆け寄ってきたかと思うと飛びついてくる。
一応、寮の鍵は閉めてあったんだがなぁ……まあ、リリィの『召喚器』を使えば施錠を曖昧にする、なんてこともできそうだけど。
「おっとっと……ただいま、リリィ。四ヶ月ちょっとぶり……か? 顔を見せに来てくれたのか?」
「うんっ! ダンジョン破壊の息抜きにお父さんの顔を見に来たの! えへへ……」
心底嬉しそうに笑顔を浮かべるリリィに対し、俺もまた笑顔を返す。色々と頭を悩ませる存在ではあるが、自分自身の娘だと認識しているし、そのこと自体は既に割り切ったつもりだった。
(息抜き以外の意図は……なさそう、だな)
それでも何か裏があるのでは、と疑ってしまうのは、リリィが未来のことを知っているからか。
本来は俺が『魔王の影』であるバリスシアに殺され、透輝の『宝玉』を消耗してしまうはずだったが、リリィはそれを回避することを目的とし、なおかつ達成したことで俺に色々と打ち明けてくれた。
つまり、俺が死ぬという爆弾みたいな秘密を明かした以上、これ以上はない……と、思いたいのだが。実はとんでもない用件を抱えているのではないか、と少しだけ疑ってしまった。
(次に会ったら聞きたいこともあったし、丁度良かったといえば丁度良かったな)
今は『魔王』の発生が前倒しにならないよう、人目に付きにくい場所にあるダンジョンを破壊して回っているのがリリィだが、本当に息抜きだけなのか。
(ま、仮に何かあるとしても、悪いようにはしないだろ。今はただ、父親の手助けをしてくれているだけだな)
一瞬だけ疑ったが、すぐにその疑念を消し去る。そして抱き着いたままのリリィに対して苦笑を向けると、頭を撫でてから優しく引き剥がした。
「リリィ、以前は聞けなかったことを聞きたいんだが……いや、その前にお茶を淹れようか」
「あっ、わたしが淹れるね? お父さんは座ってて!」
夜は長いし、時間はある。明日は日曜日だから多少夜更かししても大丈夫だ。まあ、俺は良いとしてもリリィの成長には良くないか。
「ふんふふーん……」
リリィはご機嫌な様子で鼻歌を歌いつつ、部屋に用意してあった魔法瓶タイプのポットを使い、紅茶を淹れてくれる。どうやらその辺りの作法も習っているらしい。あとは小腹が空いた時用のクッキーでも並べればささやかなお茶会になるだろう。
「はい、どうぞー」
「ああ、ありがとう」
リリィに礼を言って、淹れてくれた紅茶に口をつける。するとリリィがニコニコと、これ以上ないほど満面の笑みを浮かべていることに気付いて首を傾げた。
「どうかしたか?」
「んーん。こうして、お父さんと一緒にお茶を飲めるのが嬉しかっただけ。もう……二度とないことだと思っていたから」
「……そうか」
それはきっと、リリィの心からの言葉だった。そのため俺は何も言わず、静かに紅茶を飲む。夜中に紅茶を飲むと眠れなくなりそうだったが、どの道、寝付きが悪いから気にしない。それにリリィとこうして話をするのなら、眠気がない方が都合が良かった。
「ふぅ……それで? ダンジョンを潰して回るって言ってたけど、無茶はしてないか? 怪我は?」
俺が心配して尋ねると、リリィはキョトンとした顔になってから口元に手を当てて笑う。
「ふふっ……心配してくれるんだ?」
「そりゃあするだろう。なにせ俺の娘なんだからな」
自分自身に言い聞かせるようにして言う。リリィが娘だと疑う気持ちは最早ないが、完全に納得して心から娘だと思えるかは別問題なわけで。そのため敢えて口に出して言うと、リリィは嬉しそうに、それでいてどこか切なそうに目を細めた。
「うん……大丈夫だよ。オレア教の人達が優秀だから、人目につかない場所にあるダンジョンも割と壊してくれるしね。わたしが壊しているのは小規模のダンジョンが多いから、そこまで危険じゃないよ」
「それならいいが……あまり無理はするなよ? 無理だと思えば退いて、オレア教に情報を渡すだけでもいいんだからな?」
小規模のダンジョンなら俺も単独で破壊できるし、リリィならそこまで危険ではないだろう。これが中規模になるとダンジョンの広さや出現するモンスターの強さから、危険度が大きく上がってしまうのだが。
(ボスモンスターか基点の破壊かによるけど、基点の破壊なら余裕でいける。でもボスモンスターは相性次第で危険度が変わるしな)
俺やリリィなら相性によっては単独で中規模ダンジョンを破壊できるだろう。ボスモンスターがドラゴンや死霊系の強いモンスターなど、運が悪くなければ比較的低リスクで勝てる。
それでも、まあ、なんだ。娘が一人で、誰の助けもない状態でダンジョンに挑んでいると聞くとやっぱり思うところが出てしまう。
「あー……ポーションの予備はきちんと持っているか?」
「うん、持ってるよ」
「お金はどうだ? 足りないなら……いや、小遣いをやろう。とりあえず手持ちの金貨が……」
「お小遣いで金貨はさすがに多いよ、お父さん」
なんか急に心配になってきた。その心配に押されて小遣いを渡そうとするが、リリィは嬉しそうにしながらも苦笑を浮かべている。
さすがに手持ちの金貨二、三十枚は多かったかな? 日本円だと二、三百万程度だからダンジョンを破壊して回る活動費としては妥当だと思うんだが。町や村で泊まる際、どうしてもお金が必要になるし。
そうやって親子としてのコミュニケーションを行うことしばし。まるで一人暮らしをする娘を心配する父親みたいな構図になってしまったが、俺は咳払いをして意識を切り替える。
「それじゃあ、そろそろ聞きたいことを聞かせてもらおうかな」
「うん、なんでも聞いて。前回は事情を説明するだけでバタバタしちゃったもんね」
そう言って笑うリリィだが、それならすぐに立ち去らず、ずっとここにいれば良かったのに――とは、言えない。
リリィだって、そうしたいだろう。俺が逆の立場ならそうしたいと思うに決まっている。だが、それをしてしまえば、そのままズルズルと居付いてしまう危険性があった。
だからこそリリィはすぐに俺の元を去ったのだろう。今回だって、本当は来るつもりはなかったのかもしれない。伝えるべきことは前回伝えたと、そう判断して。
(俺としては、ここにいてもらってもいいんだがな……)
必要ならオリヴィアに頭を下げて、リリィの学籍を用意してもらうこともできる。さすがに表で親子として振る舞うと大騒動になるから無理だが、裏では今のように、父と娘として触れ合うこともできただろう。
リリィとしても、俺がバリスシアに殺される未来を回避できたことで目的は達したはずだ。
だが、それでもこの世界に残り、孤独にダンジョンを破壊し続けるという選択を選んだのは何故か。
それはきっと、今度こそ俺が『魔王』を『消滅』なり長期間の『封印』なりをできるよう、支えようとしているからだ。そのために『魔王』が発生する日を一日でも、一時間でも良いから後ろ倒しにできるよう頑張ってくれている。
(……それに恥じない日々を送らないとな)
ランドウ先生も学園に来たし、もっと強くならなければ。
密かにそんな決意を固める。
「それじゃあ質問なんだが、リリィの『召喚器』を使って特定のダンジョンを出現させることってできるか? 人類に有益なダンジョン……それこそこの間バリスシアに破壊された、『飛竜の塒』みたいな感じで。以前聞いた感じだと、限定的に可能そうだったが……」
そして、それはそれとして気になっていたことを尋ねる。この質問は本命の質問に関する前振りみたいなものだが、その可否がわかるだけでも大きな収穫となるだろう。
「うん。ダンジョンが発生する瞬間に立ち会えればなんとか可能かも……って感じかな? 時間的余裕がどれぐらいあるかによるけど、大まかには……曖昧にして出現するモンスターを変えたり、ダンジョンの大きさを調節したり……」
「じゃあ、特定の『召喚器』を出現させることは?」
俺は勢い込んで尋ねる。
そう――これこそがリリィに確認したかった情報だ。
具体的に言うと、『花コン』におけるランドウ先生の個別イベントである『桜花のダンジョン』を出現させられるかどうか、そしてダンジョンで命を落としたオウカ姫――正確にいうと彼女の『召喚器』を出現させることができるかの確認だ。
『桜花のダンジョン』は『花コン』の主人公の性別が女性かつ好感度が一定以上になると出現するが、この世界での主人公は透輝だし、条件を満たせない。そのためどうにか条件を満たすか、あるいは裏技的に出現させられないかの確認だ。
さすがに透輝の性別を曖昧にして女性主人公にする、なんて荒業は無理だろうしな。仮に可能でも、そこからランドウ先生からの好感度を一定以上にするっていうのは無理だろうし。
(全部が全部、『花コン』の通りじゃない。でも、『花コン』の通りに進んでいる部分もある……オウカ姫の『召喚器』が手に入れば、ランドウ先生の強化ができるんだが)
『魔王』を相手にして一対一で倒せる可能性がランドウ先生にはある。しかしそれを実現するために必須の『召喚器』が現状ではない。
それならリリィの『相埋模個』でどうにかできないか、という確認だった。あとは、そんなことが可能なら『魔王』の発生場所もどうにか誘導できるのではないか、なんて。
「……そう、だね……うーん……」
そんな俺の様子から、大事な確認だと判断したのだろう。リリィは真剣な表情で考え込む。
「モンスターなら、出現する種類に限度があるからどうにかできるの……出したいモンスター以外が出現する確率を曖昧にすれば、残った出したいモンスターだけが出現するから……百種類いれば、九十九種類のモンスターを弾くと残り一種類が出せる……そんな感じなの」
リリィの説明に俺は頷く。以前火竜を呼び出したことがあったが、そういった手法で出現させたらしい。
「ダンジョンの規模に関しても、大きさを曖昧にすればどうにかできる……さすがに大規模は広すぎるから無理だけど、小規模のダンジョンをちょっと成長させるぐらいならなんとか……」
「それは……すごいな」
え? 以前も聞いたけどうちの娘の『召喚器』、やばすぎじゃない? 曖昧にする能力ってそこまで何でもできるの?
リリィの話を聞くと期待が高まるが、当人の様子は表情を引き締め、眉を寄せている。
「特定の『召喚器』をダンジョンに出現させる……えっとね、多分、可能だけど無理……かな? さっきのモンスターの話でいえば、ダンジョンに出現する可能性がある全ての『召喚器』から一つ以外弾く形になるから、全ての『召喚器』がわからないと……無理、だと思う」
そう言われて、俺は浮き上がりかけていた腰を椅子へと下ろす。
まあ、そうだよな……『花コン』で出現するモンスターの種類は上限があるが、ダンジョンで命を落とした人間が持っていた『召喚器』の数はわからない。モンスター同様上限があるとしても、数自体が不明なのだ。
オレア教なら、と思ったが、さすがにオレア教もそこまでの情報は握っていないだろう。
勝手にダンジョンに入って死んだ者、『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいに不意に発生したダンジョン、あるいはダンジョンの成長に飲み込まれて死んだ者など、情報を得られない場合も多かったはずだ。
(そう、か……それなら他の情報……『魔王』の発生場所は東西南北のランダムだし、特定は無理だろうな。未来のことは聞くとそれに縛られかねん……こうして考えると、未来の情報ってアテになるようでいまいちアテにならんな……)
『魔王』の発生云々に関しても、リリィは当事者ではない。あくまで両親である俺やメリアから情報を聞いたのであって、直接見た情報ではないのだ。
そのため情報に何かしらの誤差があった場合、いざという時に致命的になりかねない。
(……ランドウ先生の強化方法が使えそうにないってわかっただけ、十分な収穫か)
それに、未来の情報は欲しいがそればかりを求めていたら、リリィが自分の価値はそれだけなんて思うかもしれない。
差し迫って確認しなければならない情報がないのなら、一人で頑張っているリリィを甘やかし、労うのも父親の役目ではないだろうか。
「無理なものは仕方ないな……それじゃあリリィ、未来のことというか、君のことを教えてくれないか? 色々と聞いたけど、俺とどんな生活を送っていたとか、未来の様子とか、そういうのを聞かせてくれ」
「えっ……そ、それはいいけど、『魔王』に関することとかじゃなくていいの?」
「ああ、もちろんだ。娘である君のことをもっと知りたいからね」
そう言って、俺は本心からの微笑みを浮かべる。
「せっかく、未来の娘がこうして訪ねてきてくれたんだ。俺が君の父親だって胸を張って言えるだけの積み重ねはないけど、君を甘やかすことぐらいは新人パパでもできるからね」
「っ……うんっ!」
俺の言葉を聞き、嬉しそうに破顔するリリィ。それを見た俺も笑みを深め、とりあえず今日のところは親子としての仲を深めるのだった。




