第254話:モモカインパクト その3
「若様、派閥の者達に調べさせたところ、ここ数日モモカ様に関する噂が非常に多く飛び交っているようです」
「……そうか」
モモカとジェイドの決闘から、三日の時が過ぎた。
入学から一ヶ月の時が過ぎ、五月へと突入したその日。俺は教室でナズナからの報告を神妙な顔をしながら聞く。お兄ちゃん、胃が痛いです。
「相手がネフライト先輩というのも大きいですね。なにせこの国でも最強の座を争う、あのネフライト男爵の御子息です。強さを信条とする騎士科のウケは非常に良いようですね」
「うん……」
「それに、モモカ様の同級生の反応も良いようです。あの明るい性格ですからね。モモカ様が三年生の男子生徒を決闘で破ったと聞いて、驚きと賞賛をもって迎えた、と」
「そっか……」
良いことなのか、悪いことなのか。モモカの大暴れは思ったよりも好意的に受け止められているらしい。ただし、さすがに同じ境遇の生徒――貴族科の生徒のウケは微妙なところだが。
「武闘派の貴族には非常にウケが良いみたいですよ? それに、ネフライト先輩からの告白をその場で断った姿を見て格好良いという意見も出ているようでして」
「なんで?」
いや、なんで? どういうことなの? 俺、父さんにどんな顔して報告の手紙を書けば良いのか悩んでたんだよ? サンデューク辺境伯家に仕える騎士の中から嫁ぎ先を見付けないと駄目かな、なんて思ってたんだよ?
多分、入学から一ヶ月近く経っていて、モモカの性格が広く知られていたっていうのが大きいんだとは思う。モモカなら今回みたいなことをやりかねない、やってもおかしくないって思われたんじゃないだろうか。
兄としては非常に複雑だが、今回の一件が原因で周囲から爪弾きにされたり、無視されたり、拒絶されたりといったことが起きないのなら僥倖というものだ。
(しかし、まさかジェイド先輩がモモカに告白するとはねぇ……)
惚れたからとその場で告白し、玉砕したわけだが、その度胸は多少なり認めざるを得ない。もちろん、モモカの伴侶として受け入れるかは別の話だが。
(モモカにはもっとこう、大らかというか、あの子がやることを笑って受け止められる度量を持った男じゃないと身がもたないだろうから……あと、俺より弱い男には任せられんぞ)
兄として、あの子には幸せになってほしい。モモカの方から普通の令嬢らしい幸せを得る機会を放り投げてしまった気がするけどさ。
「若様、あまりご心配をされずとも、モモカ様なら自分の伴侶を自分で捕まえてくるぐらいのことはします。今回のネフライト先輩は別として、です」
「兄としてはそれはそれで複雑だな……ナズナの目から見て、モモカはそういうタイプか?」
「はい。若様の背中を見てお育ちになられましたから」
「どういうことだ……」
俺の目から見ても納得できる意見ではあるが、それはそれとして納得したくない、なんて兄心が邪魔をする。
赤ちゃんの頃から面倒を見てきた、可愛い妹なのだ。コハクも可愛いが、モモカはなんというかこう、馬鹿な子ほど可愛いというか、手のかかる子ほど可愛いというか……そういう感じの可愛さがある。
以前も考えた気がするが、これがコハクだったなら、きっとお似合いの相手を連れてくるだろうという確信がある。跡取りがいないどこぞの貴族の元に婿入りしてもおかしくないだろう。それを求められるだけの能力、人格があると太鼓判を捺せる。
(でもなぁ……モモカはこう、なんか心配なんだよなぁ)
こうやって心配させるのもモモカの魅力の一つなのかもしれないが、兄としては本当に心配だ。今回の件を客観的に見るなら、三年生の男子生徒と決闘をして殴り勝ったとしか言い様がないからだ。
(これ以上、変なことにならなきゃいいけど……)
『花コン』での性格と全然違う感じで成長したからか、いまいち行動が読めない妹の顔を思い浮かべながらそう思うのだった、
その日の夜。
普段通り第一訓練場で自主訓練を行う俺だったが、今日は普段見ない人物――ジェイドの姿があった。
先日の一件以来、色々と噂になっている渦中の人物の登場に、さすがの俺も表情が悪くなる。具体的に言うと、すっぱい梅干しでも食べたように顔をしかめてしまう。
「おいおい、そんな顔をすんなよ。さすがに傷つくじゃねえか」
「妹と決闘をして、負けたその場で告白をした相手に向ける顔としては穏当だと思うんですけど」
これまでと違ってだいぶ気さくに話しかけてくるが、俺としては反応に困る。妹と決闘をしたこともそうだが、妹に告白してフラれた相手にどんな顔をすれば良いのか、さすがに貴族教育の中でも習わなかった。
「そう邪険にするなよ。俺はよ、お前さんの妹と戦う際、たしかに油断していたさ。女性……それも年下の子が相手となるとそれも仕方ないだろ? だが、そんな油断ごとあの子は殴り飛ばしてくれた」
そう言って、ジェイドは遠い目をする。
「すげえ一撃だった……あの子の拳はまさに俺の心臓を貫く一撃だったんだよ」
それ、殴られた衝撃で心臓が一時的に止まっていただけじゃない?
そんな否定するような言葉が口から出かけたが、ギリギリのところで飲み下す。俺の立場とこれまでのやり取りから、打ち解けるのが難しかったジェイドがこうして態度を軟化させたのだ。
透輝のグランドエンドを目指すにあたり、透輝とよく一緒にいる俺がメインキャラと不仲というのは問題である。そのため今回の一件も歓迎するべき――なんだが。
(それが妹の決闘……はまだしも、告白がきっかけって……)
兄として複雑に過ぎる。そのため素直に喜べない自分がいた。
そんな俺の反応をどう思ったのか、ジェイドはその大柄な体を窮屈そうに縮め、俺に対して頭を下げる。
「これまでの無礼を詫びる。色々と……そう、色々と思うところがあってな。一方的に絡んで悪かった。謝罪する」
「……その謝罪は受け取りましょう」
どうやらモモカの一撃と言葉が良い方向へ作用したようだ。ただし、俺としてはやっぱり、謝罪だけしか受け取れないが。妹と付き合いたいなら真面目になって、俺に勝てるぐらい強くなってもらわないと。
「お兄様ー! 今夜はわたしも特訓を……うわっ」
そうやってジェイドと話をしていると、どうやら自主訓練に参加しようと思ったのかモモカが駆けてきた。そして、ジェイドの顔を見て思わず、といった様子で動きを止める。うわって……。
「よお、モモカ。お邪魔してるぜ」
ジェイドはそんなモモカの反応にも凹まず、軽く笑って右手を上げて応える。その態度だけを見れば、まあ、悪くはないんだが。
「むう……お兄様、なんでこの人がいるんですの? わたし、告白は断りましたよ?」
「そうつれないこと言うなよ。一度断られても、次の告白で承諾してもらえればそれで良いだろ?」
「良くないですわっ! わたし、お兄様より弱い男性に興味はありませんもの!」
ジェイドの気持ちを断るためなのか、それとも本気の発言なのか。俺よりも弱い男はお断りらしい。やったぜ。
(あれ? 待てよ? つまり、俺より強い男ならオッケーってことか?)
たとえばランドウ先生とか……。
「それならランドウ先生とか……」
いかん、思わず口に出してしまった。するとモモカはキョトンとした顔になり、小さく首を傾げる。
「ランドウ先生は……うーん……お兄様より強いですけど、あり寄りのなし、ですわね。あの人は既に一人の女性のことで頭がいっぱいみたいですし……」
「あ、そ、そうなのか……」
印象は悪くないようだが、ランドウ先生がオウカ姫に対する強い未練を抱いていることを見抜いているらしい。それがなければ、といった様子だが、年齢差もあるしあくまで良い印象を持っているだけかな?
(というか今、ランドウ先生って呼んだな……まさか……)
俺はふと、気になることがあったためモモカへと視線を向ける。
「ところでモモカ、この前のジェイド先輩との決闘で見せた動きだが……ランドウ先生に師事したのか?」
ある程度の確証を込めて尋ねると、モモカは特に隠す様子もなく大きく頷く。
「ええ、そうですわ! お兄様が学園に通い出してからも時折屋敷を訪れていたのですけど、その際に手解きしてくださいましたの!」
(……ランドウ先生……なんてことを……)
おそらく、俺がいなくて暇だったから手解きをしたのだろう。昔、俺を鍛えているところを見たモモカが、『お兄様をいじめるな!』と殴りかかったことがあったが……あの時に体術の才能を見ていたし、少し育ててみたかったのか。
「おや? たまにはと思って顔を出してみましたが、普段見ない顔の方が増えていらっしゃいますね?」
そうやってジェイドやモモカを交えて話をしていると、珍しいことにルチルが姿を見せた。放課後に行う透輝の訓練の時は差し入れを持って顔を出すことがあるが、夜の自主訓練に顔を出すのは本当に珍しい。
クッキーなどの軽食と飲料を詰めたバスケットを片手にやってきたルチルは、俺に会釈をしたかと思うとその視線をジェイドやモモカへと向ける。
(根っこは商人だからな。今話題のモモカに関して情報を集めに来たか?)
状況からそう推察するが、止めるようなことはしない。透輝のおかげで打ち解けたというのもあるが、別段、隠すほどのことでもないと思ったのだ。
ルチルは友好的な笑みを浮かべると、モモカの元へと歩み寄って一礼する。
「どうも、お初にお目にかかります。シトリン商会の跡取り、ルチル=シトリンと申します。サンデューク殿……では混同してしまいますね。ミナト殿のご兄妹でお間違いなかったでしょうか?」
柔らかい物腰でモモカに話しかけるルチルだが、当のモモカはすぐには答えない。じっと、ルチルを覗き込むようにしてその瞳を見詰めている。
「えっと……私の顔に何か?」
「なんでもありませんわ。モモカ=ラレーテ=サンデュークと申します」
モモカは先日の暴れぶりが嘘のように、スカートの裾を摘まみながら綺麗な一礼を返す。うんうん、普段からそうやって令嬢っぽくしてくれれば俺も助かるよ。
「それでそれでっ? ルチル先輩ってどんな人ですの?」
「えっ? い、いや、今、言いましたよね? シトリン商会の跡取りですって」
あ、駄目だ、挨拶だけ真面目で後はぐいぐい距離を詰め始めた。えぐい距離の詰め方だ。
モモカはルチルの返答に首を傾げると、不思議そうに言う。
「ううん、違いますの。シトリン商会がどうとか跡取りがどうかではなく、あなた自身がどんな人なのかを教えてほしいんですの」
「――――」
それは多分……いや、『花コン』でルチル=シトリンという人間を知る俺から見れば、間違いなく急所に抉り込むような問いかけだった。
モモカが何を思って尋ねたのか、それはわからない。あるいは何も考えていないのかもしれない。だが、実家のシトリン商会に対して隔意があり、自らが拠って立つものを求めているルチルにとって、その質問は――。
「私が……どんな人、なのか……」
ルチルは茫然とした様子で、囁くような大きさの声で呟く。そんなルチルに対し、モモカは心配そうな顔をしながら自身の頬に手を当てた。
「ええ。なんだかとっても窮屈そうですもの。たまには肩の荷を下ろして遊ぶのもいいのでは? わたしも、小さい時は退屈な授業から何度も逃げてお兄様に遊んでもらいましたもの」
楽しかったですわ、と笑うモモカだが、授業が嫌で俺のところに逃げてきて、俺が先生代わりに勉強を教えたのは今でも覚えている。兄としては妹に甘えてもらえて嬉しかったが、教師の人からすれば気が気じゃなかっただろう。下手すると失職のピンチだ。
「話がズレましたわ! わたし、あなたの話を聞きたいと思いましたの! 是非聞かせてほしいですわ!」
「私、は……っ……いや、申し訳ない……急用を思い出したので、今日のところは失礼します」
「あら? それは残念ですわ。それなら次っ! 次に会った時、是非聞かせてくださいませ!」
何か、大きな棘でも刺さったように胸を押さえるルチル。そんなルチルにあどけない笑顔を向けながら、モモカは言う。
「――なんでもない、あなたのお話を」
そんなモモカの言葉を受け、ルチルが去ってしまう。それを見送った俺は、胃がキリキリと痛むのを感じた。
(なんでこの子、最短距離で心の傷を抉るようなことを言うんだ……)
ある意味真っすぐすぎるというか、遠慮がなさすぎるというか。ジェイド相手に殴って応えたように、ルチルを言葉で刺すその姿に俺は密かに戦慄する。
(うーん……追いかけて……いや、明日になったら様子を見に行くか。気に病まなきゃいいんだけど……)
足早に去るルチルの背中を見送りながら、そんなことを思った。
なお、翌日ルチルに会いに行ったら。
「サンデューク殿……あなたの妹殿、好きな食べ物はなんでしょうか? 王都で流行の……いや、ここは私が好きな食べ物を持参した方が……」
悩ましげにそう呟いていたが、俺にできることは曖昧に笑うことだけだった。




