第247話:夜に その2
――久しぶりに再開したランドウ先生は、驚くぐらいランドウ先生だった。
「…………」
構えろと言われたからには、そうするしかない。背中を向けることなんてできるはずもないし、何よりもランドウ先生が剣の師として発言したのだ。弟子である俺に拒否権などあろうはずもない。
それに、だ。
(俺も少しは強くなった……はず……でも、ランドウ先生に僅かでも通じるのか?)
学園に来てからの一年間、俺も遊んでいたわけではない。以前はできなかったことができるようになったし、一年前の俺よりも強くなったと断言できる。
だが、同時に思うことがあった。
(思うところがあるのなら剣に乗せて吐き出せって……ランドウ先生から見て、何か抱えているように見えるのか? 久しぶりに会って、ほんの数分話をしただけで?)
あるいは、久しぶりに会ったからこそ以前との差異がよくわかるのかもしれない。親戚の子どもと一年ぶりに会って、背が伸びたなぁと感じるようなものだろうか。記憶の中にある相手の姿との差異を敏感に感じ取っているのかもしれない。
剣を、『瞬伐悠剣』を構えたままでランドウ先生と相対する。互いに同流、刀と剣という得物の違いこそあれど、鏡映しのように構え方がそっくりだ。
「では……いきます」
そう宣言し、前へと踏み込む。ランドウ先生が受け止めると言ったのもあるが、格上相手に守勢に回るのは危険すぎるからだ。それも『花コン』でトップクラスならぬ、トップの物理攻撃力を持つランドウ先生が相手だと尚更である。
呑気に防御を固めていたら、一撃で崩される。だからこそ自分から動き、攻めるのだ。
「シィッ!」
繰り出す刃は全力で、殺気すら込めている。というか、殺す気で挑まなければランドウ先生相手に剣を交わすことなどできない。ただでさえ技量差があるというのに、不殺を心がけて挑めばその分だけ劣ってしまうのだ。
「…………」
一瞬の間に繰り出した斬撃の数は七つ。並の相手ならバラバラになっているであろう連撃をランドウ先生は無言のままに弾き、逸らしていく。
まるでなんでもないことのように対応しているが……うん、あっさり弾かれると自信をなくしそうだ。
(全力なんだけどなぁっ!)
相手が学園の生徒なら一撃で仕留められると断言できるほど、こちらも本気だ。それだというのに、金属の塊にでもぶつけているかのような重い手応えと共に剣が弾かれ、攻撃を仕掛けたはずの俺の方が体勢を崩されそうになる。
実際、斬撃を弾くと同時にこちらの体勢を崩そうとしているのだろう。なんとかそれに対応し、体勢が崩れないようにしているが、気を抜けば隙を晒しそうだ。
「…………」
相変わらず無言でこちらを見ながら、事も無げに斬撃を捌いていくランドウ先生。戦う相手にとって絶望的なほどに防御が硬く、毛ほどの傷を負わせることさえできそうにない。強くなればなるほど、そのでたらめさがよくわかってしまう。
(この強さ……やっぱりランドウ先生はすげえよ。ランドウ先生なら『魔王の影』が相手でも勝てるだろうな)
バリスシアと戦った時よりも絶望的な差がある。
時に駆け回るようにして、時に足を止めて。少しでも、僅かでもいいからと隙を見つけようとして、結局は見つからなくて。
こちらが繰り出す斬撃の全てに対応されてしまうが……この点は仕方ないだろう。なにせ俺の剣の師なのだ。俺ができることはランドウ先生も全て知っている。
そういった既知の部分を抜きにしても、ランドウ先生の方がバリスシアよりも強いだろう。
――逆にいえば、ランドウ先生ぐらい強くなければ『魔王の影』には勝てないということか。
「う――おおおおおおぉぉっ!」
沸き上がる何かに背中を押されて、これまで以上に斬撃を繰り出していく。速く、鋭く、強く、ひたすらに。弾かれることさえ考慮して、一秒という時間の中で繰り出す斬撃の数をドンドン増やして加速していく。
刃金同士がぶつかり合い、金属音を鳴らし、どれだけの時間が過ぎたか。ランドウ先生は俺が繰り出す斬撃を受け止めるだけでそれ以上は動かず、俺は一息入れるために少しだけ距離を取る。
「ミナト。お前の剣に以前にはなかったものが見える」
すると、それを見計らったようにランドウ先生が呟いた。俺が知る普段のランドウ先生と比べて静かな、淡々とした言葉に俺は出鼻をくじかれたように目を瞬かせる。
「それは……一体何が……?」
以前よりも強くなった、というのならまだ納得も出来た。だが、以前にはなかったもの、という曖昧な表現に俺は困ってしまう。
それが何なのか、答えを求めるように見ると、ランドウ先生はそれまで俺の剣と打ち合っていた刀へチラリと視線を向け、一度鼻を鳴らしてから俺を見た。
「――負けたか?」
「…………」
俺の何を見てそう判断したのかはわからない。だが、核心を突くようにしてランドウ先生が言う。
「以前のお前の剣にはなかった重みが増えているぞ。不安、焦燥、恐怖……そういった負の感情が剣に乗っているな。ただ負けたんじゃない。死にかけたか」
「それ、は……」
何かを言おうとして、急速に口の中がカラカラに乾いていく感触に襲われた。それをランドウ先生に指摘されたことが、どうしてなのか、強いプレッシャーに感じられる。
「俺を相手にして模擬戦で負けた、同級生に手加減をして負けた、相手に花を持たせるために負けた……そういう負けても構わない戦いじゃねえ。実戦で、強敵と戦って負けたな?」
「…………は、い」
何故か、肯定するだけでも大きな迷いがあった。負けたと認めることが、不思議なほど重かった。
普段の模擬戦ならあり得ないことだが、つい、剣の切っ先を下げてしまう。しかしランドウ先生はそれに対して何も言わず、じっと俺を見てくる。
「なら話せ。何が起きて、どう負けたかをな」
そう言われて、俺は途切れ途切れに何が起きたのかを語っていく。
依頼を受けて『飛竜の塒』へと行き、『魔王の影』であるバリスシアと遭遇し、仲間を逃がすために殿に残って戦い、そして敗れたことを。
リリィに関しては伏せたが、満身創痍で命辛々逃げ出し、なんとか生き延びた。そのことに偽りはなく、俺は手短にまとめて話す。
「そうか……」
話を聞いたランドウ先生は情報を噛み砕くように頷き、そして、俺を見て呆れたように言う。
「昔から思っていたんだが……お前、なんだかんだで真面目だな。それも馬鹿真面目ってやつだ。いや、愚直って言った方がいいか?」
「……そう、なんですかね?」
そんなことは初めて言われた気がする。俺がそう思っていると、ランドウ先生は刀を担ぐようにして持ち上げ、肩を竦めた。
「たしかに一人の剣士としては負けと言ってもいいだろう。だが、お前は仲間を逃がし切った。その点では目標を達成しているし、生きて逃げ切ったから勝ちと言えるだろ。たとえ誰かの助けがあったとしてもだ」
リリィのことを伏せて話したはずだというのに、何者かの助けがあったと見抜かれている。まあ、『魔王の影』相手に殿を務めて逃げ切る実力があるかどうかは、ランドウ先生が一番わかっているだろうしな。
「剣士にとって、死ぬまでは本当の敗北じゃねえ……が、まあ、なんだ。守りたいと思ったものを守り切れずに死なせちまったら、そいつは敗北だろうよ。だが、守り切って自分も生きているのなら負けじゃねえだろ」
おそらくは、自分の体験と照らし合わせての言葉なのだろう。
オウカ姫を守り切れずに死なせてしまったことを悔い、敗北だと捉えるランドウ先生にとって、仲間を逃がして自分自身も生きているなど勝利以外の何物でもない。
俺は本当ならあの場で死んでいた。そして透輝の『宝玉』で蘇生され、人類が『魔王』に勝つ手段を失わせるという人類史上最大級のミスをするのだ。
それを救ってくれたのはリリィで。あの時、助けてくれなければどうなっていたか。そんな仮定が棘のようにずっと、俺の中に刺さっていて。
「なあ、ミナト――負けて悔しかったか?」
ランドウ先生の言葉を受けて、俺の中でストンと納得ができた。
(……ああ……そうか……)
バリスシアに負けて、俺はきっと悔しかったのだ。自分が凡才だとわかっていても、悔しかった。同時に、リリィが助けてくれなければ死んでいたという事実に恐怖を抱いていた。
だから不安で、不安で、不安で。怖くて悔しくて夜も眠れなくて、ただひたすらに剣を振っていたのだ。
敗北への恐怖と悔しさ、未来へのプレッシャー、リリィというイレギュラー。それらに対する恐怖と不安があって、それでも負けるものかと反発して。しかしそれでも体は正直なのか眠れなくなって。
きっと、悔しいという感情自体は抱いていた。だが、ランドウ先生が言葉にしたことで、それが俺の中で巨大な岩のような存在感と共に圧し掛かってきた。
「……悔しい……です……あと一歩……いや、二歩も三歩も足りなかった……」
俺には最強を目指しているだとか、誰にも負けない剣士になるだとか、そういった目標はない。
――だが、それでもだ。
両手に勝手に力が入って、剣の柄を潰さんばかりに握り締めて、歯も割れんばかりに噛み締めて。僅かに浮かんだ涙さえ蒸発しそうな激情が、腹の奥底から沸々とわき上がってくる。
負けた悔しさ、弱い自分への怒り、望むほどの力を得られない非才の身への嘆き。それらが同時に、際限なく出てきて。
「俺がアイツを守れなくて亡くしちまった後は、そんな感じだった」
そう言いつつ、ランドウ先生は肩に担いでいた刀を構え直す。
「良かったなミナト。悔しいと思えたのなら、お前はもっと強くなれる」
先ほどの焼き直しのように正眼に刀を構えるランドウ先生。それを見た俺は、わき上がる激情のままに剣を構える。
ランドウ先生は受け止めてやる、と言っていた。きっと、今の俺が抱えているものを見透かした上でそう言ったのだ。
(……まったく、勝てねえわ)
透輝に剣を教えて一年近く経つが、ランドウ先生みたいに弟子のことを見抜いて尻を蹴り飛ばして立ち直らせて、なんてことはできそうにもない。
それでも今は、言葉に甘えて俺の全力を受け止めてもらうとしよう。そうして吐き出せば、きっと、前に進むことができる。
「――――」
言葉はなかった。ただ、無言のままに地を蹴って前へと駆け出す。
相手の迎撃は考慮しない。俺にとって最高の一撃をランドウ先生に見せる。その一心で踏み込み、間合いを潰す。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
ランドウ先生には一度も見せたことがない、学園に通い始めてから習得した奥義を繰り出す。いくらランドウ先生が相手でもこの一撃は通じると、そう確信して。
「ッ!」
僅かにランドウ先生が目を見開くのが見えた。俺の踏み込み、剣の振り、繰り出す斬撃の鋭さを目の当たりにして、間違いなく『閃刃』だと確信して。
しかし、驚いた時間はほんの刹那。ランドウ先生は後出しでこちらの『閃刃』を迎撃する。
スギイシ流――『二の太刀』。
繰り出した横薙ぎの一閃に合わせ、刃が衝突する。空気どころか空間すら切り裂かんばかりの衝突に、甲高い金属音が鳴り響く。
威力は――ほぼ互角。
奥義たる『閃刃』を繰り出したはずの俺の方が若干押し返されてしまったが、ほぼ互角の範疇に収まっていた。
「ハ――ハハッ」
思わず、笑うような声が漏れた。ランドウ先生から距離を取りながら、口が開いて勝手に笑い声を上げてしまう。
だって……だって、そうだろう? あのランドウ先生に技を使わせたのだ。奥義に対して『二の太刀』という、いわば格下の技ながらも。ランドウ先生がそうしなければならないと判断し、技を使ったのだ。
その事実がどうしようもなく嬉しく、誇らしい。己の成長を強く実感できた。ああ、最高の気分だ。
「なるほど……至っていたか。お前というやつは、まったく……」
ランドウ先生は苦笑を浮かべていた。だが、そこには俺の成長を喜ぶ感情がたしかにあった。
きっと、だからだろう。
「お前が辿り着ける、将来の到達点を見せてやろう」
ランドウ先生の雰囲気が、一気に真剣さを増す。俺が見て真似て全ての技を混ぜ込んで磨き上げた『閃刃』ではない、本家本元、あのランドウ先生の必殺技。
ランドウ先生が踏み込んでくる。その動きは俺が理想として思い描いたもので、俺の動きに似ていて、より洗練されていた。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
踏み込むと同時、袈裟懸けに刃が降ってくる。その太刀筋があまりに綺麗で。俺は防御をすることすら忘れて思わず見とれてしまった。
肩から脇腹にかけて刃が奔る。加減はされていたのか傷は浅いが、あまりにも切れ味が鮮やかすぎて痛みを感じず、それでいて衝撃で真後ろへと吹き飛び。
「――強くなったな」
そんな、ランドウ先生のどこか優しげな声が聞こえた気がして。
(ああ……なんか、安心した。敵わねえや……)
王立ペオノール学園に入学して、一年生最後の月の夜。
俺はグラウンドに大の字になって転がりながら、久しぶりに心から安心して意識を手放すのだった。
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
拙作をお読みいただきありがとうございます。
これにて9章は終了となります。
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それでは、こんな拙作ではありますが10章以降もお付き合いいただければ幸いに思います。




