第246話:夜に その1
光竜――キュラスが無事に孵化し、透輝とアイリスに育てられることとなった。
これから数ヶ月という時間をかけて成長し、いずれは複数人を乗せても空を飛んで移動できるほどに大きくなるだろう。
いや、数ヶ月でそれだけ成長すると考えるとすごいな。あくまで『花コン』というゲーム上だからこそ数ヶ月で成長したのであって、現実だとそこまでの成長速度は望めないかもしれないが。
それでも『花コン』通りドラゴンの卵を入手し、『花コン』通り光竜が生まれてきた。そのこと自体は喜ぶとしよう。
入学式までの間、午後の空いた時間は透輝も一緒に決闘委員会の面々を指導して、それが終わったら自分の訓練をして。物足りないと思ったら夜中もずっと剣を振り続ける日々だ。
今もまた、深夜に差し掛かったが剣を振り続けている。スグリが作ってくれた安らぎのポーションのおかげで眠ろうと思えば眠れるが、『魔王』が発生するまでの残り時間を考えると呑気に眠る気になれなかった。
もちろん、ほんの数時間眠った、眠らなかった程度で『魔王』をどうこうするための結果が変わるとは思わない。そんな影響力も実力もないと、わかっている。
わかってはいるが、安らぎのポーションがなければ眠れないぐらいにはプレッシャーが大きく、重い。
薬漬けになるのもまずいと思って限界がくるまで飲まないようにしているが、安らぎのポーションで気絶するように眠らなければ、ベッドに入ってもずっと眠れないのだ。
頭の中には不安が過ぎり、体全体が重く感じる。それらは気の迷い、錯覚の一種だと思うものの、こうして振り払うために無心になって剣を振り続けても頭の片隅でチラチラと顔を覗かせてくる。
敵は斬れば良いが、不安やプレッシャーといった姿のない存在は斬ることができない。自分でどうにか抑え込み、振り切るしかないのだ。
「ふぅー……」
大きく息を吸い、大きく、長く吐き出す。既に何時間剣を振ってきたのか、体中から蒸気のように湯気が立ち昇るのが見えた。
春が近づいても夜は寒いが、体を動かし続ければさすがに暑い。ポタポタと汗が地面に落ちるのを感じながらも一心不乱に剣を振り続ける。
自分でも、度を越していると思う。以前も自主訓練は欠かさなかったが、ここ二、三ヶ月ほどは無理をしているな、とも思う。
それもこれも、剣を振らずにはいられないからだ。じっと眠ることができない。今の状況で安穏と眠れるほど、俺は強くないのだから。
そんな俺の様子を気にかけているのか、カリンやアレクからはよく心配されてしまう。それを少しだけ嬉しく、同時に申し訳なくも思う。
「――シィッ!」
何度も斬撃を繰り出す。見えない敵を、不安を斬るように、ただひたすらに。
そうして剣を振って、振って、振り続けて。
「――――」
それは、ほぼ無意識の行動だった。考えるよりも先に体が反応し、手に握った『瞬伐悠剣』を背後へと一閃する。足の位置を組み替え、体を捻り、遠心力と腕力をしっかりと乗せた一撃だ。
刃を繰り出した後になってその事実に気付き、やべっ、と焦る。反射的に繰り出した一閃は自分でもビックリするぐらい綺麗に弧を描き、止める間もなく背後の存在の首を刎ね飛ばす――そのはずだった。
「……ふむ」
軽い声と共に金属音が鳴り、放った刃が弾かれる。昔ならいざ知らず、今の俺の斬撃が簡単に、あっさりと弾かれたのだ。
その事実に驚いたものの、同時に、それが可能な人物が脳裏に思い浮かぶ。そして慌てて振り向いてみれば、そこには予想通りというべきか、旅装のランドウ先生が刀を抜いた状態で立っていた。
「ランドウ、先生……」
その名を呼び、ハッとしながら剣を構え直す。
『花コン』を基準とすれば、来年度から学園で臨時講師として辣腕を振るうことになるランドウ先生がこの場にいるのはおかしくない。少し早めに学園に来たと思えば不自然ではないだろう。
だが、俺は『魔王の影』の中で他者に化けられる者を――アスターの存在を知っている。
ランドウ先生に化けて俺の前に表れて何をするのか、という問題はあるが、警戒せずにいるのはただの間抜けだろう。
オリヴィアが根城にしている図書館が近くにあるのに『魔王の影』が姿を見せるかと言われれば微妙なところだが、『花コン』ではミナトを殺して外見を真似て学園に潜り込み、主人公に関する情報収集を行っていた。可能性はゼロではない。
(ほぼ確実にランドウ先生だろうけどな……)
俺が放った一撃をあっさりと弾いたその動きは、間違いなくランドウ先生だと思う。握っている刀もランドウ先生の『召喚器』、『万夫伏刀』だから間違いはないだろう。
そう思うのだが、俺が構えを解かない理由はアスターであることを疑う以外に、もう一つあった。
ランドウ先生が、刀を抜いたままだからだ。それだけで俺も剣を構え続けるに足る理由になる。
「なるほど、な……」
そんな俺を見て、ランドウ先生は小さく声を漏らした。いきなり斬りかかってきて訓練が始まっても大丈夫なように警戒する俺だったが、ランドウ先生は俺の構えや剣を弾いた己の刀へ視線を向け、意外なほどあっさりと刀を鞘に納める。
「久しぶりだな、ミナト」
「ええ。お久しぶりです、先生」
ランドウ先生の闘気が霧散する。その段階になってようやく俺も剣を下ろし、鞘に納めてランドウ先生へ一礼した。さすがにこのタイミングで斬りかかってくるほどランドウ先生も暴虐無人ではない。
「驚かないのか? なんで俺がここにいるのかってな」
「知り合いからランドウ先生を学園に招くと聞いておりまして……俺の方からも是非に、と」
少しばかり怪訝そうな顔をされたため、俺は苦笑しながら答える。こうして予定通り、無事にランドウ先生が学園に来てくれて嬉しい限りだ。来てくれないと『魔王』対策が詰んでしまう。
「先生こそ、よろしかったのですか? 俺が言うのもなんですが、多くの学生に指導するというのは……その、苦手なのでは?」
今となってはランドウ先生に剣を教わったことについて何の後悔もないが、それが他の学園生全員に当てはまるかといえば答えはノーだ。
試験と称して肉刺が潰れて手の平から血が流れ出すまで木剣を振らせたり、腕を折ったり、初陣で野盗の首領と戦わせたり……そんなことをやって乗り越えられる生徒はごく僅かだろう。
それを乗り越えられた俺が特別だった、なんて自惚れることはない。俺の場合は乗り越えないと死亡フラグが立つと思い、文字通り必死になっただけだ。乗り越えないと後々死ぬ、と思えば大抵の人間は乗り越えられるだろう。
そんなランドウ先生が行う授業となると……うん、俺が決闘委員会の面々に施した訓練よりも酷いことになりそうだ。
(いや、でも、俺を鍛えることで手加減は学んでいるはず……だから大丈夫……だよな?)
ランドウ先生は剣に対して真摯な人だ。生徒に戦い方を教えるとなれば、加減こそするが手は抜かないはずである。死人はさすがに出さないと思うが、怪我人ぐらいなら大量に出てもおかしくはない。
「なあに、お前みたいに鍛えればいいんだろう? それなら問題はない」
「いえ、自分で言うのもなんですが、俺みたいに鍛えると潰れる生徒が続出すると思います」
「冗談だ。さすがにその辺は弁えているから安心しろ」
本当かな……本当かな?
ランドウ先生は平然とした様子で語るが、俺としては授業初日に大惨事が巻き起こる気がしてならない。俺の時みたいに腕の一本でも折られた日には大騒ぎになるだろう。
ま、まあ、でも、あのランドウ先生がここまで言うんだし、大丈夫だろう……多分、きっと。
「……それで、大規模ダンジョンはどうでした? 何か変わったことは……」
俺は未来の惨事から目を逸らすように尋ねる。コイントスして表が十回連続で出るぐらいの確率で生徒達は無事だろうから、きっと大丈夫だ。
「修行には手頃なんだがな……コレといって異常はなかったぞ」
俺の質問に対し、ランドウ先生は渋い顔をして答える。どうやらオウカ姫の『召喚器』は見つかっていないようだ。
「……今回の依頼を受けたのも、この国全体で見つかった『召喚器』に関する情報を提供するという約束があるからだ。あとはまあ、お前の顔を見にくるためだな」
「ランドウ先生……」
付け足された言葉に俺は感動したような声を漏らす。なんだかんだで気にかけてくれるのが、心から嬉しかった。
「お前が日頃の訓練で手を抜いていたら徹底的に鍛え直すっていうのもあるが」
「ランドウ先生……」
やばい、俺が知っているランドウ先生すぎて思わず繰り返すように名前を呼んでしまった。もちろん、そこに込められた感情は雲泥の差があるが。もう少し弟子を信じてくださいよ。
そう――俺は思ったのだが。
「それで?」
「……それで、とは?」
意図の見えぬ問いかけに、俺は思わず首を傾げる。こちらの近況報告をしろってことだろうか? 学園に入学してからの一年間、色々とあったから話題には困らないんだが。
俺がそんなことを考えている間に、ランドウ先生は何故かゆっくりと距離を取り始める。わざと足音を立てるようにして、ゆっくりと。
「訓練は欠かしていないようだが……なんだ、そのザマは?」
背負っていた荷袋を地面に放り、じろりと、鋭い視線を向けてくる。少しだけ苛立たしそうなランドウ先生の様子に、俺は困惑することしかできない。
「……先生から見て、今の俺は何かおかしいですか?」
そうでなければこんなことは言い出さないだろうが、それでも聞いてしまう。するとランドウ先生は刀の柄を軽く叩きながら、険しい表情を浮かべた。
「その質問が出ること自体おかしいだろうが。お前は俺がそんな無駄な質問をしないと知っている……そうだな?」
「っ……たしかに。ごもっともです」
おかしいと思ったからこうして疑問を投げかけているわけだ。寝ぼけていたのは俺の方だった。
俺が後悔するように俯いていると、ランドウ先生がゆっくりとした動作で刀の柄に右手を這わせる。ゆっくり動いているというのもあるだろうが、一切の淀みがない綺麗な動作だった。俺には真似できないような、動作だった。
するりと、音を立てることもなく刀を抜くランドウ先生。その切っ先を俺へと向けて、正眼に構えを取る。
「構えろ、ミナト。剣の師として受け止めてやる。思うところがあるなら剣に乗せて吐き出せ」
そして、それが当然といわんばかりにそう言い放つのだった。




