第245話:孵化
卒業式が終わり、今度は入学式に向けて在校生は緩やかな学生生活へと移った。
その日によって異なるが午前中だけの授業で終わる日もあり、そういう日は実質的に半日休みともいえる。つまり、昼食を取ったら午後から丸々空いているってわけだ。
そういうわけで早速決闘委員会の面々に集合をかけ、訓練を始めたのだが。
「おーいミナトー、忙しいところ悪いんだけど……って、なにこの惨状……」
何やら用事があったのか、俺のところへ足を運んだ透輝がグラウンドに横たわる決闘委員会の面子を見て頬を引きつらせている。
「こういうの、死屍累々っていうんだっけ……」
「死んでないからな?」
どっちかというと死屍累々じゃなくて疲労困憊じゃないかな。ほら、中には白目を剥いている奴もいるけど、きちんと呼吸はしているし。
ちょいと限界まで追い込んで、そこから多対一で俺と模擬戦をしただけで御覧の有様である。何をやっても折れず、曲がらない透輝を見習ってほしいところだ。
「それで? 何か用事か?」
「あ、ああ……用事っていうか、ほら、ドラゴンの卵なんだけど、中から何か動くような振動がしててさ。どうしたらいいのかなって」
そう言ってリュックに入れて背負っていた卵を見せてくる透輝。試しに卵に手を当ててみると、たしかに中から硬い物を叩くような振動が伝わってくる。どうやら殻を破ってドラゴンが生まれようとしているらしい。
「へぇ……もうそんなに時間が経ったんだっけか。それはドラゴンの赤ん坊が生まれる前兆だろうよ」
『花コン』でもドラゴンの卵を入手してからすぐにドラゴンが生まれるわけではなく、二、三ヶ月ほど期間を置いてから生まれるようになっていた。
その間に主人公の光の魔力を吸収して光竜として生まれてくるのだが、そこから成長して乗騎として扱えるようになるまで更に時間がかかることもあり、『花コン』で終盤にドラゴンの卵を入手するとまったく役に立たなかったりする。
そのため一年生の今の時期にドラゴンが孵るのは丁度良いタイミングと言えた。
「えっ? もう生まれるのか? ど、どうすりゃいいんだ? う、産湯? ベビーベッド?」
透輝はといえば、慌てたように卵を抱きかかえて右往左往している。それを見た俺は思わず苦笑してしまった。
「それよりも先に殿下のところへ行ってこい。動いているってことは卵の殻を割ろうとしているんだろうし、出てくる時はあっという間だと思うぞ」
「アイリスのところに? そりゃまた、なんで?」
「なんでって、建前上は殿下が所有するドラゴンってことになるんだ。最初は透輝と一緒にいてもらわないと……って、そうか。ドラゴンの生態を知らないのか。ドラゴンはな、生まれた時に刷り込みをするんだよ」
俺がそう言うと、透輝は視線を彷徨わせる。
「刷り込み……刷り込み? えっと、なんだっけ? 聞き覚えはあるんだけど……」
「最初に見たものを親だと思う習性のことさ。だから殿下や君を親だと刷り込ませて、きちんと上下関係を構築して言うことを聞くようにするんだ」
これはこの国に所属している竜騎士がドラゴンを育てる際の手法で、最初に刷り込みを行うことでスムーズに扱えるようになるらしい。
ただしその代わりに、刷り込んだ相手以外だと言うことを聞かないこともよくあるそうだ。教育次第の部分もあるが、強さ的な意味で格上以外の相手だと親以外には従いにくい性格をしているのがドラゴン系モンスターの特徴といえるだろう。
ちなみにだが、生まれたドラゴンに関して食事関係は既に手を打ってある。
体が小さい内は食堂で専用の食事を用意してもらえるし、体が大きくなって量を必要とするようになってからは食堂で朝昼晩に毎回大量に出る残飯――というと聞こえが悪いが、料理の残りを提供してもらう予定だ。
食堂ではバイキング形式で食事をする関係上、食べられない学生が出ないように多めに料理を作る。そのためどうしても余りが出てしまうのだ。
本来は学校の使用人が食べるか捨てるしかないそれを、安い値段で譲ってもらおうって考えである。使用人が食べるにしても量が多いため、捨てるぐらいなら、と歓迎してもらえた提案だ。
なお、ドラゴンは雑食で何でも食べる。肉でも魚でも野菜でも、何でも食べる。人間が食べられる物なら食べられるし、お腹を壊すようなこともない。
犬や猫のように食べさせるとまずい物もない、というのは『花コン』での描写でもあったが、一応図書館でも調べておいた。そういう点では食べる量にさえ目を瞑れば育てやすいとすら言えるだろう。
問題があるとすれば、食堂の料理ばかり食べているとグルメになって後々困る可能性があるってぐらいだが……そんな問題で頭を悩ませられるってことは『魔王』をどうにかできた証でもあるし、未来でたっぷり悩むとしよう。最悪、俺が躾けるともさ。
「刷り込みか……えぇ? そ、それってまさか、俺とアイリスを両親だって刷り込ませろって話?」
「殿下が所有し、君が乗って操るんだからもちろんそうなるとも。そうじゃないと竜騎士になるのは難しいだろうしな」
透輝が今のペースで強くなれば、将来的に飛竜だろうと他の種類のドラゴンだろうと言うことを聞かせられるようになるかもしれないが……最初から刷り込んで育てた方が早いし楽だろう。
「い、いや、ほら……それをするとさ、俺とアイリスが生まれたドラゴンの両親になるし……な? わかるだろ?」
どうやらアイリスと一緒にドラゴンの両親扱いされるのが恥ずかしいらしい。それを聞いた俺は仕方ない、と肩を竦める。
「それじゃあ俺が引き受けようか? 竜騎士は国で管理しているけど、俺なら許してもらえるかもしれないし」
「それはちょっと……いや、ちょっとじゃないな。いくらミナトが相手でも駄目だ」
俺がからかうように言うと、存外、真剣な表情になって透輝が断る。独占欲か嫉妬かはわからないが、さすがに俺が父親役、アイリスが母親役というのは許容できないようだ。
「そうか。それなら照れてないでさっさと行って、殿下に頼んでこい。俺と一緒にこの子の両親になってくれってな」
「事実だけど言い方ぁっ!?」
透輝がツッコミを入れるが、お前さんの将来の身分保障も兼ねているんだから素直に行ってきなさいって。多分、アイリスもそろそろじゃないかってソワソワしている頃だろうよ。
「生まれたドラゴンの食事については食堂に話を通しているから、お腹を空かせたなら連れて行くといい。準備してくれるはずだ」
「うぅ……至れり尽くせりだなぁ……ししょー、なんでそんなに手回しがいいんすか……」
「貴族ってのはそういう生き物なのさ。ほら、行ってこい。生まれるまで帰ってくるなよ?」
あの様子なら今日中に生まれるだろう。いやでも、二人きりで大丈夫か? 卵が割れる段階になって慌てている姿しか想像できないぞ。
「……いや、やっぱり俺もついていこう。各員、体力が戻ったら自主訓練に移れ。どれぐらい訓練したかは明日確認する」
俺は地面を転がる決闘委員会の面々に声をかけると、グラウンドを後にする。
申し訳なく思ったが、こっちの方が俺としては重要なのだ。
「あら、ミナト様……透輝さんと一緒に生徒会室に来られるなんて、何かありましたか?」
透輝と共に生徒会室に行くと、仕事をしていたアイリスが手を止めてこちらを見てくる。その隣にはカトレアの姿もあり、来年度に向けて色々と書類仕事を片づけているようだ。
「ドラゴンの卵が孵りそうなので様子を見るべく同行しました。殿下と透輝だけでは手が回らない部分もあるか、と思いまして」
二人だけだと慌てるだけで大変そうだから、なんて言葉を幾重にもオブラートに包む。カトレアが一緒だから大丈夫かと思ったが、二人だけだと本当に慌てるだけで終わりそうな気がした。
「そ、そんなことはない……ですよ?」
アイリスは思い当たる節があったのか、そっと視線を逸らす。透輝を見れば透輝も俺から目を逸らしていた。似たもの主従だなぁ。
ただ、俺としてもドラゴンの卵の孵化に立ち会うのは初めてである。卵が硬くて割れないなら手伝ってやればいいかな、という認識程度しか持ち合わせていないが。最悪、斬って割ろう。
「ドラゴンの卵、か……さすがにわたしも孵化するところを見るのは初めてだわ。というか、一緒に見ていて良いのかしら?」
「刷り込みがあるんで、割れるタイミングになったら俺と一緒に退避しましょう」
カトレアが興味深そうに卵を見詰めて呟いたため、すぐに説明を行う。これで透輝やアイリス以外に刷り込みが起きたら洒落にならないしな。
(さて、きちんと光竜が生まれてくるとは思うんだが……)
そんなことを考えつつ、ゴトゴトと動き始めた卵を机の上に置き、転がらないようリュックや近くにあった布地でしっかりと保持する。
そうして卵を眺めることしばし。ビシッ、と硬質な音がしたかと思うと卵にヒビが入り、そのヒビを狙うように何度も音が連続する。
透輝もアイリスもひび割れていく卵に意識を取られ、じっと見つめている。そのため俺は頃合いだと判断して気配を消し、間違っても割れた卵から視線が通らないようそっと物陰に隠れた。するとそんな俺に倣ったようにカトレアも物陰に身をひそめる。
「…………」
卵が完全に割れるまでの僅かな間の、緊張感。ひび割れていく音を聞きつつ、ついでに乱入者がいないか生徒会室の扉に意識を向ける。近付いてくる気配は……うん、ないな。
「おっ!?」
「まあ……」
そうやって俺が警戒していると、とうとう卵が割れたのか透輝とアイリスが驚いたような声を上げる。
『クキュゥ……』
続いて聞こえてきた、なんとも言えない小さな声。おそらくは生まれたドラゴンの産声だろう。どうやら無事に卵から出てくることができたらしい。
「み、ミナト! 生まれてきたぞっていねぇっ!?」
「あ、あれ? ミナト様? カトレア様?」
焦ったような声が聞こえたが、まだ油断はしない。俺は隠れたままで口を開く。
「刷り込みは終わったか?」
「うわっ!? えっ!? ど、どこに隠れてるんだよ……というかいつの間に……っと、ああ、多分終わった……のか? なんかめっちゃ抱き着いてくるし」
意識を集中して卵を見ていたとはいえ、俺とカトレアが隠れたことに気付いていないとは……最近、訓練が甘かったかな? もう少し厳しくした方がいいかな? なんて考えながら俺は物陰から姿を見せる。
『……クキュル?』
すると、透輝にしがみつく白い毛玉……じゃない、小さなドラゴンがこちらを見て首を傾げていた。生えているのは鱗で毛は生えてなかったわ。
(白色……良かった、ちゃんと光竜だ……)
『花コン』での描写通りの肌色だ。そう思って安堵していると、光竜と思しきドラゴンはアイリスの方へと飛び移る。
「きゃっ……もう、驚くから突然飛びついては駄目ですよ?」
『キュルルル……』
アイリスがなだめる様にいうと、光竜は甘えるようにしてアイリスに頭をこすりつけた。どうやらきちんと刷り込みが完了しているらしい。
光竜は卵から孵ったばかりだからか、頭から尻尾の先までで三十センチ程度しかない。
純白の、光を放つような鱗で覆われた四肢はか細く、短い。背中に生えた翼も同様で、今はまだ自分を持ち上げて飛ぶことすらできないようだ。
それでもきちんと食事を与えて運動もさせていけば、ドラゴンらしい外見と体格に成長するのだろう。ある程度まで育てば自分で空を飛び、人間を乗せて飛ぶこともできるようになるはずだ。
(『花コン』だと生まれてから三ヶ月程度で乗り物として使えるようになったけど、現実だとどうかな……倍の半年程度は見ておくべきか?)
すぐに必要となるわけではないが、ずっと使えないとそれはそれで困る。そのため早く育ってくれよ、なんて願いつつ俺は透輝へ視線を向けた。
「無事に産まれてなによりだ。それで? 名前はどうするんだ?」
「…………あ」
俺が尋ねると、透輝は小さく声を上げて固まってしまう。どうやら考えていなかったらしい。
これがゲームなら『名前を入力してください』と表示され、好きな名前を入力できるんだが……現実では名前の入力欄など表示されないのだ。自分達で名前を考え、何度も呼んで覚え込ませるしかない。
(そういう意味でいうとこんな可愛らしい外見でもドラゴンだからな。人間に攻撃しないよう、しっかりと躾けないとまずいのか)
透輝の場合とは若干異なるが、光竜の所持者はアイリスになる。そのため問題が起きればアイリスの責任になるのだが、そもそも問題が起きないようにするのが前提だろう。
「それでは殿下。透輝は何も考えていなかったようなので……何か良い名前はありませんか?」
「そう、ですね……それではラナンキュラス……いえ、長すぎるのでキュラスと名付けましょうか」
俺が尋ねると、アイリスはあっさりと名前をつけてくれる。どうやら透輝と異なり、しっかりと考えていたらしい。
(ラナンキュラスって花の名前か。『花コン』らしい……って、花の名前? え? この子メスなの?)
『花コン』だと性別に関して特に言及されていたわけではないが、アイリスの言葉からメスだったのか、と軽く驚く。いや、花から名前を取っただけで、実際はオスかもしれないけどさ。
「良い名前かと……ん?」
俺はアイリスの命名を素直に賞賛する……が、その途中で少しだけ引っかかるものがあった。
(キュラス……文字数と響きから考えるとアイリスに似ているな……それに透輝のきの字が頭に……い、いや、偶然だよな、うん)
何か特別な意図を感じてしまったが、気のせいだろう。多分。
――こうして、学園にキュラスという名のドラゴンが住むことになったのだった。




