第244話:見送り
三月を迎え、予定通りに卒業式が執り行われることとなった。
といっても、俺がやることはほとんどない。生徒会の人間として卒業式の準備を手伝い、あとは卒業式当日に他の生徒と一緒に三年生を見送るだけである。
アイリスは生徒会長としてコーラル学園長と一緒に壇上に立ち、カトレアと共に卒業生に渡す卒業証書を準備したり手渡したりと忙しそうだ。
他にもアイリスは在校生代表として答辞を贈る役割も任されており、在校生の中では一番忙しいといえるだろう。まあ、それもこれも王女という立場に在るため仕方ないといえば仕方ないんだが。
(卒業、か……こうして見ているとさすがに思うところがあるな……)
当然ではあるが、こういう卒業式を自分のこととして体験できるのは学生だけである。前世だと社会人になっていたため、再び卒業式に参加することがあるとは思いもしなかった。
それが何の因果か輪廻転生し、こうして卒業式に立ち会っている。自分もあと二年すれば送り出される側として参加し、この王立ペオノール学園を巣立っていくのだろう。
――そして、その頃に発生するであろう『魔王』との戦いを乗り越える必要がある。
(ッ……)
ぶるり、と体が震えた。それは武者震いか、恐怖によるものか。なんとも情けないことだが、ここ最近は未来のことを考えると平静ではいられなくなってしまうのだ。
『花コン』と比べた場合、悪役にしては格落ちも良いところな噛ませ犬、あるいは主人公の踏み台でしかないミナトにしては、ずいぶんと強くなったと思う。
周囲との関係も良好……うん、まあ、良好ということにしておこう。少なくとも主人公との仲は良いし、他の面子とも仲良くできている。仲が悪いのではなく、悪役に向けるには強く、重い感情を抱いている子がいるのが予定外かつ予想外だったが……。
兎にも角にも、『花コン』のミナトとは比べ物にならないぐらい上手くいっているわけだ。リリィが語った別ルートの俺と比べても良い状況だと断言できる。
断言できる――のだが。
(まだ二年ある……そう、二年あるんだ……でも、二年しかない……たった二年しか残されていないのか……)
別ルートの俺と比べても良い状況のはずだというのに、不安が拭えない。常にべったりと、背中に貼り付いて両肩に圧し掛かって俺をプレッシャーで押し潰そうとしてくる。
それもこれも、俺が『魔王の影』であるバリスシアに負けてしまったからだ。別ルートの俺と比べても良い状況だと断言出来るのに、失敗したルートと同じ結果だったからだ。
たとえ俺がどんなに良い状況を構築できたとしても、俺は『花コン』の主人公ではない。
だから、もしかしたら、俺が何をしても未来に影響を与えられない可能性も――。
(ちっ……卒業式っていうめでたい席で考える話じゃねえな)
脳裏に浮かんだ思考を打ち切る。あるいはそれは、不安から逃れるための逃避だったのかもしれない。それでも俺は意識を眼前の卒業式に向けると、何も考えないよう頭を空っぽにするのだった。
卒業式が終わると、在校生が仲の良かった卒業生の元へ群がって話しかけたり、制服のボタンをもらったりし始める。
どうやらボタンをもらう文化はこの世界でもあるらしい……って、元々のゲームは日本人が作ったものだし、その辺の設定もゲームで出てきたから当然あるのか。
ただ、制服はブレザーだし、学ランみたいに第二ボタンがどうこうって話はさすがにない。正面を閉じるためのボタンや袖口のボタンなどそれなりに数があるが、それら全てのボタンがなくなるような人気者はほとんどいないようだった。
「ずいぶんと人気者じゃないか。いや、ここは後輩らしく卒業を祝う方が先か。ゲラルド先輩、ご卒業おめでとうございます」
俺は数少ない例外にして、制服のボタンというボタン全てがなくなっているゲラルドにからかうような声をかけた。
「若様……ありがとうございます。それと、この卒業式を境に今後は決闘委員会を託しますが、後輩達を鍛えるとしても手加減はしてくださいね? ほどほどに、ですよ?」
「ずいぶん強引に話題を逸らすじゃないか……」
からかわれたのが恥ずかしかったのか、ゲラルドがなんとも強引に話題を変えた。俺に何度も釘を刺したかっただけ、なんてわけじゃないだろう、多分。
「ま、わかってるさ。ほどほどに追い込むよ」
「絶対わかってない……」
失礼な。ちゃんとわかってるって。透輝みたいな才能オバケはいないんだし、俺みたいな凡才ばっかりってことは俺を基準とした加減の仕方もよくわかっているってことだ。
もちろん、ランドウ先生に師事したり、大規模ダンジョンで修行をしたりした俺と決闘委員会の面々では基礎の能力が大きく異なる。そのため各人の能力に注意しつつ、限界を見極めてしっかりほどほどに追い込むつもりだ。
鍛える上で、意味もなく追い込むのはただの下策だ。当人の能力や才能に合わせて追い込まないと意味はない。追い込めば追い込むだけ伸びるのは透輝みたいな天才だけで、普通は伸びる前に折れる。
これも何かの縁だから少しでも強くなってほしいが、こういうのは当人の意思が大事だ。嫌々だろうとそれなりに強くなれるよう、適度に追い込むさ。
「お兄様。ご卒業、おめでとうございます」
俺がゲラルドと話をしていると、会話の隙間を見つけてナズナも声をかけてくる。実の兄妹だし、当然の行いだろう。
「ああ、ありがとうナズナ。俺は卒業して一足先に実家に戻る。若様の傍付きとして重責を自覚し、きちんと勤め上げるように。いいな?」
「はいっ! 若様のことはお任せください!」
ナズナはどこか嬉しそうに笑い、大きく頷く。
「それと、そろそろお前も良い歳だ。若様に頼んで婚約者候補を見つけてもらわないとな。若様のことだからその辺りもきちんと考えてくださっているとは思うが……」
「お兄様……」
すごい。さっきまで笑顔でゲラルドを祝福していたナズナが一瞬で真顔になったぞ。
それとごめんな、ゲラルド。俺、『花コン』と『魔王』関係のことばっかり考えていたからナズナの婚約者候補がどうとか全く考えていなかったよ。
(い、いや、でも、ゲラルドの発言も当然っちゃ当然なんだよな。強い希望がないのなら主君が見繕うものだし……)
この世界では負の感情がなるべく溜まらないようにするべく、そういった恋愛方面に関する強制が多少なり緩いものになっている。
それでも主君が家臣同士のパワーバランスを考慮して結婚相手を決めることもあるし、あるいは他家とのつながりを求めて家臣同士の結婚を世話することもある。
家臣同士の結婚だからそれなりに緩いつながりになるが、裏切られたら困るような寵臣、重臣同士での結婚なら何かあると自分達にもダメージが入るため、相応の拘束力が発生するのだ。
そしてナズナの場合、『魔王』関係がなければ辺境伯を継ぐであろう俺の幼馴染みにして乳兄弟、傍付き兼学友という、将来の出世コース間違いなしの立場である。
ナズナが強く望む相手がいないのなら、将来の主君である俺が結婚相手を選ぶというのもこの世界では当然のことなのだ。
「ゲラルドは騎士団長の座を継いでから結婚するんだったか?」
俺はナズナの話題からゲラルドの方へとボールを投げる。するとゲラルドは少しだけ照れ臭そうに笑った。
「ええ。父上から騎士団長として様々なことを学び、一人前になったら、と考えています。若様が卒業される頃には形になっているとは思いますが……」
ゲラルドはサンデューク辺境伯家の騎士団長の家系だが、パストリス子爵家を継ぐ立場でもある。
代々のことではあるが、パストリス子爵家は騎士団長の座を次代に譲ったら先代は領地の運営に回り、騎士団長の職務に極力集中できる環境を作る。そうしてサンデューク辺境伯家の重臣として活躍してきた。
当代でいえば、ウィリアムが騎士団長としての教育を施し、ゲラルドが一人前になったと判断したら騎士団長の座を譲る。
そこからはゲラルドが新たな騎士団長として騎士団を率い、ウィリアムはパストリス子爵家が領有するブルサの町で政務に励んでバックアップに務める、という形になるのだ。
そういうわけで、パストリス子爵家にとって長女であるナズナの扱いは二択になる。
主家を重視するか、実家を重視するかだ。
アンヌさんのように主家の嫡男の乳母という立場にもなれるし、他家に嫁いで実家の影響力や権益を強化する、ということもできる。
しかしパストリス子爵家からの忠誠心というか、あまり影響力を持ち過ぎてもまずいという自衛なのか、その辺りの選択権を主家であるこちらへ投げているのが現状だ。
(ナズナをどうするか、か……)
その辺りも考えなくてはいけないのだが、『魔王』を倒すことに意識を取られていまいち良い考えが浮かばない。
『魔王』をどうにかしなければ、考えても意味がないという話ではあるが。ナズナの嫁ぎ先を見つけるよりも、世界が滅ばないための対策に邁進する方を優先してしまうのだ。
(……いや、『魔王』をどうにかできた未来のことを考えるのは良いことじゃないか? 別ルートの俺が辿った未来のことを考えると、それも無意味かもしれないけどさ)
メリアと『契約』して戦って『魔王』をどうにかできても、存在が消滅したらと考えたらナズナの嫁ぎ先がどうとか言っている場合じゃない。
それでも、未来のことを考えて不安になって落ち込むよりはよっぽど建設的に思えた。
(あと二年、か……)
繰り返しの考えになるが、『魔王』の発生まで残り時間は二年程度。あと二年しかないと見るか、まだ二年あると見るかは気の持ちようで変わるんだろうが、俺としてはあと二年しかない、としか考えられなかった。
(ただ、『花コン』だと発生していない出来事がいくつも発生しているからな)
俺が原因で起きたものもあれば、別の要因が存在して発生した出来事もいくつかある。
(リリィの話だと、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で火竜がボスモンスターで被害が甚大なものになっても、『魔王』の発生は一ヶ月ちょい前倒しになった程度だった。今のルートなら一ヶ月近い前倒しは起きない……はず……)
だから、まだ二年間の余裕があるはずだ。リリィもダンジョンで間引きをしてくると言っていたし、前倒しは起きないはずである。
「若様? どうかされましたか?」
「ん? ああ、いや……ゲラルドが一人前になって、騎士団長の座を継いだらどうこき使おうか、なんて思ってな」
考え込んだ俺を訝しく思ったのか、ゲラルドが不思議そうに聞いてきたため誤魔化すように言う。するとゲラルドは盛大に頬を引きつらせた。
「……決闘委員会の委員長を継がせたこと、根に持ってます?」
「さあて、それはどうかな? 将来の君の主君としては、優秀な人材には頑張って働いてもらいたいな、なんて思うがね?」
「うわ、プレッシャーをかけてきますねぇ……」
そんな会話をして、俺はゲラルドと笑い合う。そして右手を差し出すと、ゲラルドもしっかりと右手を握り返してくれた。
「改めて、卒業おめでとう」
「ありがとうございます。若様の残りの学生生活がより良いものであることを祈っておきますね」
「ハハハ。決闘委員会の委員長を継がせた君がそれを言うかね?」
そう言って俺は笑みを深める。
――会話の途中から無言になり、じっと俺を見詰めてくるナズナから目を逸らして。




