82 男のからだに女のこころ
LGBTQについての話題があります
「皇帝になりたいなんてのはね、男が考えることだからだよ」
「どういうことですか? 綜芳は男です。まして皇帝の従兄という続柄だ」
紫蓮はやわらかく唇の端を持ちあげる。
「いいや、綜芳は男ではないよ。少なくとも、自身を男だとは認知していなかった」
「どういうことですか」
櫛を欲しがる。愛するひとからもらった櫛をたいせつに持ち続け、死後にも持っていきたいと遺書に書き残す――どちらかといえば、それは女の思考だ。
「からだは男だが、こころは女だったということさ」
絳が理解できないとばかりに息を洩らす。
「そんなことが」
「意外かな。でもそういうひともいるんだよ。たまにね。男のからだに女のこころ。綜芳はそうとうに苦しんできたとおもうよ」
だから、紫蓮はそれを察したときから、一度たりとも綜芳を「彼」とは呼んでいない。
「柴 綜芳は担がれていただけじゃないかな。紫がかった眼に皇族という身分、輦輿として担ぐのには、都合がよかった。綜芳は自身が争いの火種になることを嘆き、身分を棄てて隠遁することを望んでいたが、それもかなわず刺客に殺害された――」
時期から考えても、刺客は確実に宮廷が差しむけたものだろう。
皇太妃が絡んでいるかまではわからない。皇帝は暗殺を謀るには幼すぎる。
「宮廷の闇は、底が知れませんね」
落ちた紫薇の花群は紫という割には赤すぎて、血溜まりが拡がっているようにもみえる。宮廷の威光がおよぶところは何処を踏んでも血の海だ。地獄からは抜けだせない、ここに産まれてしまったかぎりは。
「せめて、男でなければ」
柴 綜芳を想って、紫蓮は視線を遠くに馳せる。
満ちた月が、満天の星をかすませていた。夏の空を飾る赤星も陰っている。
「最後くらいは、きみらしく葬ってあげるからね」
お読みいただき、ありがとうございます。
皆様の応援がたいへん励みになっております。いただいた「感想」「レビュー」は時々読みかえしては執筆の力とさせていただいております。今後ともよろしくお願いいたします。