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83 復讐の葬礼

 柴《サイ》 綜芳《スオウ》の葬礼がはじまった。

 琴《きん》が哀しげな音を奏で、磬鐘《けいしょう》が打ち鳴らされる。

 祭祀《さいし》を想わせる厳かさだ。さすがに妓女《ぎじょ》が舞を披露することはないが、飾りたてられた会場は賑々しく、錦の刺繍が施された白い緞帳がはためいている。参列者は宮廷の重鎮や上級士族、地方豪族といった錚々(そうそう)たる顔触れで、華やかな軒車《けんしゃ》が続々と着いた。


 嵐が過ぎてからは酷暑《こくしょ》がやわらいでいたが、今朝から夏がもどってきた。真昼は蟬《せみ》でも暑さに参っていたらしく、黄昏せまる時刻になり、息を吹きかえしたように鳴きだす。


 納棺を終えた紫蓮《シレン》は院子《なかにわ》で風にあたっていた。嵐にたたかれたのか、秋を待たずして咲きはじめた竜胆《りんどう》が倒れていた。莟《つぼみ》がまだ残っている。

 咲いた花は散るものだが、咲かずに散る花は哀しかった。

 紫蓮《シレン》は器にでも挿してやろうと、桔梗《ききょう》を摘む。


 衛官《えいかん》たちがいっせいに動きだし、紫蓮がふと視線をあげた。


「皇帝陛下、御成《おな》り」


 鳴り物が響きだし、紫蓮《シレン》はあからさまに頬をひきつらせる。

 だが、いまさらこの場を離れることもできず、紫蓮は観念して跪き、袖を掲げる。通り過ぎていくだろうとおもっていたが、銀糸が施された靴は紫蓮の前でとまった。


「綏《スイ》 紫蓮《シレン》ではないか。おもてをあげよ」


 免礼された紫蓮は袖を掲げながら、視線をあげる。

 錦の孝服《もふく》をまとった女がたたずんでいた。睫《まつげ》に縁どられた眼。華やかな唇の端にはほくろ。華の女帝といった風格を漂わせた彼女は珀《ハク》如珂《ジョカ》という。斉《サイ》の皇帝の母親にして、幼帝《ようてい》にかわって政《まつりごと》を統べる女だ。


 そうか、彼女が先帝の寵愛を享けていた妃妾《ひしょう》なのか。


 微かに胸がざわめいたが、紫蓮は敢えて微笑を絶やさず、珀《ハク》 如珂《ジョカ》にむかう。


「このたびは衷心《ちゅうしん》より哀悼の意を表します。……私《わたくし》のような廃姫《はいき》を、おぼえておいでだとは思いませんでした」


「わすれていては、そなたに依頼もできまい。ご苦労であった」


「身にあまるご言葉でございます」


 強かな紫蓮《シレン》の眼をみて、如珂《ジョカ》は微笑む。如珂は続けて唇をひらきかけたが、冕《かんむり》をつけた幼い御子《みこ》がかけ寄ってきた。


「どうかなさったのですか、母上様」


 彼が八歳の皇帝か。

 幼さを漂わせた愛らしい顔をしている。きらびやかな服を身につけているが、まだ背も低く錦のすそをひきずっていた。冕《かんむり》からさがった珠《たま》飾《かざ》りから微かに覗《のぞ》く眼は滅紫《めっし》。ほぼ黒といっても、過言ではない。紫の眼は皇族の証のはずだ。めずらしいこともあるものだと紫蓮は一瞬だけ、奇妙におもった。


「なんでもない、参ろう」


 如珂《ジョカ》は幼帝に微笑みかけ、振りかえらずに遠ざかっていった。

 紫蓮が緊張を解く。無意識に張りつめていた息をついて、踵をかえす。房室《へや》に帰ろうとしたところで、絳《コウ》とすれ違った。絳は会場の警備にかりだされて、朝から慌ただしくかけまわっていたが、紫蓮の姿をみて足をとめる。


「ちょうどよかったよ。ひとつ、頼まれてくれるかな。玄《ゲン》 戒韋《カイイ》のことなんだけれどね」


「ああ、彼ですか。昨晩から思いつめている、というよりは剣呑なものを漂わせていますね。後追いでもするのではないかと気掛かりではありますが」


「残念ながら、後追いだけでは終わらないだろうね」


 紫蓮が危惧する事態に察しがついたのか、絳がさっと青ざめた。


「まさか」


「彼は、復讐をするつもりだよ」


 死には死を。柴《サイ》 綜芳《スオウ》の暗殺を指示した疑いのある皇太妃、もしくはその要因となった幼い皇帝を殺そうと考えている。


「皇帝直々に親臨するとあって宮廷から衛官が派遣され、警護は完璧だ。戒韋《カイイ》が斬りかかったとして、皇帝や皇太妃を害することはほぼできないだろう。死ぬのは戒韋だよ」


 皇帝に剣をむけたとなれば、即死罪だ。族誅《ぞくちゅう》も考えられる。

 衛官に警戒をうながすこともできるが、可能ならば、紫蓮の予測が杞憂に終わるか、彼が思いとどまってくれることを願わずにはいられなかった。


「戒韋が剣を抜こうとしたら、きみが彼を取り押さえてくれるかな」


「構いませんが……説得はできないのですか」


「無理だね」


 紫蓮は諦めて、頭を振る。


「赤の他人から「綜芳《スオウ》は復讐を望まないはずだ」なんて訴えられて、納得できるとおもうかな。とめられるとしたら、綜芳だけだよ」


「ですが、彼はすでに」


 紫蓮は微かに唇を綻ばせる。


「いっただろう? 屍《しかばね》は愛するひとに「さよなら」をいうため、たった一度だけ、よみがえるのさ」


 あとは、綜芳《スオウ》の声なき声が、戒韋《カイイ》に聴こえるかどうかだ。

いよいよ幼帝と皇太妃が登場しました。

三部、まもなくクライマックスです。引き続き、お読みいただければ幸甚でございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 柴綜芳は女性の心を持っていたのですね。時代的に立場的に打ち明けることもできず、辛い思いをしたでしょうね。男だからと思うように生きられないのは悔しいですね。 玄戒韋は復習をするつもりなのです…
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