67 後宮一の抱かれたい男
「ずいぶんと幸せそうだね」
「幸せですよ。愛しいあなたが、私の甜菓を食べてくださるなんて、こんな幸福があってもいいのかと」
「たいそうだなあ」
「ふふ、私にとってはたいへんなことなんですよ」
「そうかな。後宮の妃妾たちは喜ぶとおもうけれどね」
後宮庁舎まで荷を取りにいったとき、妃妾たちが絳の噂をしていたが、声をかけたら微笑みかけてもらっただの、荷を持ってくれただの、きゃあきゃあと声をあげていた。妃妾たちの姦しさにくらべたら、蟬のほうがよほど物静かに想えるくらいだ。
「後宮一の抱かれたい男だとかいっていたよ」
茶をのんでいた絳が噎せた。
「まったく、良家の姑娘ばかりだというのに、品のない」
「男のいないところではそんなものさ」
「後宮では私の素姓は割れてませんからね。まあ、おかげで助かってはいますが。眉目好しに産まれついた特権ですね」
絳はにっこりと笑った。ずいぶんと驕った台詞だが、彼が言うといやみではない。
「僕は巷でいうところの美醜というものにはこだわらないが――そうだね、死化粧の施しがいがある顔だとはおもうよ」
「死化粧ですか」
縁起でもないと怒られてもしかたない無神経な発言だったが、絳は眼を見張り、続けて恍惚の息を洩らす。
「それはいい」
熱せられて、融けた鉄を想わせる睛眸が紫蓮を映す。
「いつか、私が死んだら――死ねるときがきたら、あなたが死化粧を施して棺におさめてくださいますか」
ああ、彼ならば、そういうだろうなとおもっていた。
紫蓮がこたえようと唇をほどいたその時だ。宦官が息をきらして飛びこんできた。靑靑だ。
「絳様っ、起きておられますか! って、えっ、えええっ、紫蓮様!? な、なんで」
「どうかしたんですか、朝から騒々しいですね」
絳がため息をついた。ふたりきりの時間を邪魔されたせいか、絳の視線は刺々しかった。だが、靑靑はすでにそれどころではなさそうだ。
「はっ、まさか……あわわっ、絳様はそれはいけません。だめですよ。紫蓮様は妃という御立場で、あっ、でも、愛があれば私は応援いたしますが、その、せめてそういうことは笄年をお迎えになられてから」
靑靑は目をぐるぐるとまわして、慌てている。
「いったい、なにを勘違いしているんですか」
「えっ、だって……その」
「違いますよ」
絳は呆れきっていた。紫蓮はというと、蜂の巣に棒でも突っこんだような靑靑の騒ぎように耳を押さえている。頭痛がしてきた。
「昨晩、綏 紫蓮が奇襲されたんです」
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三部完結後にふたつ、SSを御用意させていただきますので、今後ともご愛読いただければ嬉しいです!(投稿したやさきに減りました涙)





