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18 化粧は愛し、愛されるためにするものだ

死化粧妃の本領発揮ということでメイクアップの話が登場します。

 ようやく落ちついた紫蓮シレンは、あらためて割いた腹から臓物を取りだす。洗浄してつぼにいれた。


「腐るのはこまるけれど、ひつぎに一緒にいれてあげないとね」


「ふむ、宦官かんがんたからのようなものですね」


 宦官は男の物を切除し、宮に入るが、男根を紛失してしまうと魂は死後、再びに男にはもどれないといわれている。


 紫蓮はからっぽになった腹に沈香じんこう乳香にゅうこうといった物と綿をつめ、縫いあげた。続けて、髪から肌までを浄めてから、服を着替えさせる。

 清拭せいしきと、着替えのときだけは、絳には退室してもらった。


「さあ、ここからもっと、きれいにしてあげないとね」


 紫蓮シレンは持ってきた箱をあける。


「それは……化粧、ですか?」


「そうだよ、なんだい、意外でもないだろう? 僕は死化粧妃なんだよ」


 寄木細工の箱には唇紅くちべにまゆずみ、頬紅と、女を華やかによそおうための物がつめこまれていた。


「眉は細いほうがいいね。はしは垂れさせて、うん、幸せそうに微笑んでいるときのかたちにしよう。花嫁さんなんだからね。紅は、これかな」


唇紅くちべにだけでもこんなにあるのですね。ひとつひとつ、違うのですか?」


 箱を覗きこみながら、絳がへえと息をついた。


「赤といっても、青みがかったものから、黄みがかったもの、紫を帯びたものまであるからね。唇のかたち、厚み、肌の色調をみれば、似あう唇紅、似あわない唇紅がわかる。黄妃の素肌は黄みがかっているから、珊瑚さんごや桃の花びらを想わせるうす紅が映えるだろうね」


 喋りながら水おしろいを施して、刷毛でこなをはたいていく。


「ああ、きれいだよ。頬はどれがいいかな」


 頬紅は頬だけではなく、額と顎のあたりにも施す。こうすると、花が綻んだように顔の印象が明るくなるからだ。


「なみだぼくろがあるんだね。可愛らしいな。隠さず、際だたせてあげようね」


 紫蓮は睦事むつごとでもかわすようにしたいに声をかけながら、緩やかに化粧を進めていく。絳は魅了されてしまったかのように終始息をつめ、彼女のことを眺めていた。


「……失礼ながら」


 絳がふつと沈黙を破る。


「これまで私は、妃たちがこぞって施す化粧というものによい心証をもっていませんでした。ですが、あなたが施すと、なんでしょうか……とても、きれいだと感じます。うまく言い表せないのですが」


「ああ、妃たちは鏡をもっていないらしいね」


 妃が鏡をもたないはずがない。

 かといって、言葉どおりの悪態でもなかった。


「ただ、飾ればいいわけじゃないのさ。ちゃんと、なにが似あうのか、なにが似あわないのかを理解して、施さなければね。ついでにこれは、もとの顔を隠すものでもないよ」


 紫蓮シレンオウ妃のなきぼくろに接吻を落とす。

 水だけではなく薬もつかって洗拭せいしきをしているので、したいに触れても腐敗による毒などに感染する危険はない。


「ひとはなぜ、化粧をするとおもう?」


 絳がなにかを言いかけて、唇を結んだ。おおよそ、男を誘うため、とでもいいかけてやめておいたのだろう。


「愛するためだよ」


 虚をつかれたように絳が眉根を寄せた。


「愛されるため、ではなく、ですか」


「そう、産まれもった顔を――強いていえば、みずからを愛するためさ。死んではじめて、それは愛されるためのものになる」


 愛することは受けいれることだ。


「葬ることは死者のためにあらず。遺され、哀惜するひとたちのため、屍は一度だけ、よみがえるべきだ」


 最後しあげにひとつ、花鈿かでんを施す。

 花鈿とは梅や星のかたちに細工された紅紙で、婚礼のときにはかならず、これを額につける。


 紫蓮シレンまつげをふせ、うっそりと微笑む。


「さあ、愛するひとにさよならをいっておいで」

お読みいただき、ありがとうございます。

メイクの基礎である「ブルベ」と「イエベ」の話でした。

続きは20日19時頃になります。

「おもしろい」「続きをもっと読みたい」と感じていただけたら、「ブクマ」「いいね」「お星様」「感想」にて応援いただければ作者が喜びの舞を踊ってさらに頑張りますので、なにとぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 紫蓮さんに化粧をしてほしい、アドバイスだけでも欲しい、と思ってしまいました。口紅とかあまりに微妙な違いの色がありすぎて、なにが自分に似合うかが、いつもさっぱりわからなくて。 「生きた人間の…
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