アゲオ村の奇跡
翌朝、再びアゲオ村のシゲの家に行ったが誰もいなかった。というよりも、村人が一人もいなかった。オレと師匠が浜辺に行くと、大きな烏賊の魔物、クラーケンがたくさんの船を持ち上げて粉々にしていた。船に乗っていた漁師達は、命からがら泳いで逃げてきている。
「おかあさ―――ん! おかあさ―――――ん!」
リリーが一生懸命海に向かって母親を呼んでいる。オレ達はリリーとシゲさんのところに駆け寄った。すると、リリーが師匠に泣きながら抱き着いてきた。
「お母さんが、お母さんが帰ってこないの!」
「シン!」
「はい。師匠!」
オレは背中に漆黒の翼を広げ、空間収納から刀を取り出しクラーケンのところまで転移した。クラーケンはオレの姿を見ると、足を延ばして捕まえようとして来る。オレはそれを避けながら刀で切りつけた。クラーケンの足は思った以上に固い。傷をつけることができるが、切断することはできない。
クラーケンがオレに向かって何本も足を延ばしてくる。オレがそれを避けようとし時、口から真っ黒な毒を吐き出した。オレは慌ててそれを避けるが、足と手に毒が付着した。オレの足と手が溶けはじめた。だが、解けたはずの手と足が自己再生をしていく。
“まずいな。意外と強いぞ。少し本気で行くしかないな。”
オレは魔力と闘気を開放した。すると、全身から眩しい光が放たれ、赤い髪は逆立ち、黄金色の目はきらきらと光輝き、背中に純白の翼が出た。全身を覆う光は、見るからに神々しい光を放つ。
そして、クラーケンの上まで転移し、刀を仕舞って魔法を放った。
「サンシャインカッター」
オレの手から無数の光の刃が放たれた。すると、刀で切断できなかったクラーケンの足が細切れ状態となっていく。
「ギャォ――――」
クラーケンが大きな悲鳴を上げた。オレは、さらに魔法を発動した。
「サンシャインボム」
オレの手から放たれた光の玉が、クラーケンに近づくにつれて巨大化していく。そしてクラーケンの目の前までくると、光の玉は眩しい光を放ちながら爆発した。光が収まると、そこには粉々になったクラーケンの死体があった。
オレは海上を見渡し、カトレアを探した。すると、少し離れた場所にひとりの女性が海に浮かんでいた。カトレアだ。オレはカトレアを抱き上げ浜辺まで連れ帰った。だが、すでにカトレアは息をしていなかった。
リリーが、カトレアに覆いかぶさるようにしがみついて泣いている。大粒の涙を流して泣き叫んでいる。だが、オレには何もできない。死んだ人間を生き返らすなど不可能だ。オレは自分自身が情けなくなった。
『わが使徒よ。リバイブを使うがよい。』
その言葉を聞いて、オレは、カトレアが生き返ることを願い、全身全霊の魔力で『リバイブ』を発動した。すると、カトレアの身体が神々しい光に包まれていく。しばらくしてカトレアの右手がかすかに動いた。オレはすかさずカトレアに『リカバリー』をかける。カトレアがゆっくりと目を開いていく。
「信じられん! 生き返ったぞ!」
「神の奇跡だ!」
「神よ! ありがとうございます!」
カトレアを心配そうに取り囲んでいた人達が、オレに平伏した。
師匠がオレに声をかけてきた。
「シン。お前、その力はなんだ?」
「えっ?!」
「蘇生など私にもできんぞ!」
「天の声が聞こえたんです。」
「そうか。エリーヌ様か。」
師匠と話をしていると、リリーに支えられるようにしてカトレアがオレのところにやって来た。
「ありがとうございます。何とお礼を言っていいか。」
「シンさん。あなたのその姿、一体何者なの?」
「後でゆっくり話しますから、家に戻って休んでください。ところで、シゲさんは?」
オレ達がシゲを探すと、シゲは大きく口を開けて座り込んでいた。
「お前さん達はいったい何者なんだ? 神なのか?」
「おじいちゃん。その話は後にして、お母さんを家に運ぶわよ。」
「おお、そうだったな。」
オレ達はシゲの家に行った。家の前は、見物人で溢れていた。
「シンさん。教えてくれるんでしょ? いったい何者なの?」
オレが師匠を見ると師匠が頷いている。
「実はオレと師匠はここから東に行ったところにある大陸から来たんだ。」
「ええ―――――――――!」
「信じてもらえないと思うけど、本当だよ。」
リリーもカトレアもシゲも目を白黒させている。少しして落ち着いたようで再び話始めた。
「さっきのあの姿を見れば信じるわ。」
「オレは向こうの大陸の魔王さ。」
「ええ―――――――――――!!」
「魔王なの? シンさんが?」
「ああ、オレはシン=カザリーヌ。師匠は四天王筆頭ナツ=カザリーヌだ。」
「どうやら本当のようね?」
ここで師匠が付け加えた。
「シンは魔王だが、精霊王でもあるぞ!」
「ええ――――――――――――――!!!」
外の見物人からも悲鳴のようなものが聞こえてきた。魔王は世界に何人もいるかもしれない。だが、精霊王は一人しかいないのだ。しかも、この大陸では伝説の存在となっている。
リリーを始めとして外の見物人達も、全員がオレに向かって平伏して拝み始めた。
「やめてください。みんな。オレはそんなに偉い存在じゃないし、たまたま精霊王になっただけだから。」
「シン様。精霊王様はたまたまなるものではありませんよ。」
なんかカトレアがオレの呼称を変えている。別に気にしないけど。
「オレは、すべての大陸に行ってすべての世界を平和にしたいんだ。」
ここでシゲが納得したように言った。
「なるほど、それでシン様はあの時、何もお答えにならなかったんだな。」
「嘘はつきたくないからね。ごめんなさい。」
「謝らないでくだされ。それよりも、今夜、クラーケン討伐を祝ってお祭りにしましょうぞ。」
シゲの言葉を聞いていた見物人達が、外で大声をあげて盛り上がっている。
オレはカトレアの体調を確認したあと、師匠と二人で砂浜のところにやってきた。
「師匠。オレが蘇生魔法の『リバイブ』を使えるようになったのには、恐らく理由があると思うんです。」
「そうだろうな。」
「恐らく『エリーヌ様の使徒』になったんだと思います。」
「どうしてだ?」
「カトレアさんが死んでしまったとき、頭にエリーヌ様の声が聞こえたんです。」
「エリーヌ様はなんとおっしゃったのだ!」
「“わが使徒よ”とおっしゃいました。」
「なるほどな。ならば間違いあるまい。だが、シンがどんどん遠い存在になっていくな。」
師匠は寂しそうに顔をオレの胸にうずめてきた。オレは、師匠を抱き寄せて言った。
「オレはどんなふうになろうと、絶対に師匠から離れませんから。オレは何よりも師匠が大切なんです。」
師匠がオレを見た。オレと師匠はしばらく見つめあった。そして、師匠はオレを強く抱きしめてきた。
そして、夜だ。いよいよお祭りだ。広場の中心には櫓が積み上げられ、大きな火がたかれた。浜辺に打ち上げられたクラーケンの串焼きも大量にある。リリーがオレと師匠に飲み物を持ってきてくれた。
「シン様はお酒飲めないんだよね。私と同じ果実水だよ。」
ここで師匠が余計な一言を言った。
「シンはまだ子どもだから仕方がないんだ。」
「そうか。精霊王様はお酒が飲めないのか。ハッハッハッ」
周りの人達が、おどけて見せていた。ここで、リリーが聞いてきた。
「シン様は精霊王なんだよね。なら、いろんな精霊達と会ったことがあるんだよね?」
師匠が答えた。
「当たり前だ。この前、世界樹に行ったときは7大精霊以外にもたくさんの精霊達がいたぞ!」
その話を聞いてリリーがオレと師匠をあこがれの目で見てきた。
「本当? 私も精霊さん達に会いたいなぁ~。」
オレが心の中でどうしようか悩んでいると、大きく炎が立ち上る櫓の周りに大小さまざまな光が現れた。そして、その光は人型に変化していった。
「精霊王様及びですか?」
「ウンディーネさん達、どうしたの?」
「いいえ、精霊王様がこの子に私達を合わせてあげたいと考えていたようでしたので、みんなでやってきました。」
村人達は、色とりどりに飛び回る子どもの姿をした精霊達を見て、腰を抜かしている。リリーは目を丸くして驚いていた。
「シン様。もしかして、精霊さん達ですか?」
「そうだよ。こっちにいるのが7大精霊の皆さんだよ。」
「7大精霊?」
リリーの言葉で全員が平伏して拝み始めてしまった。オレはみんなに声をかける。
「みんな。今日はお祭りを楽しむんだろう。精霊達にも楽しんでもらおうよ。」
「オオ――――――――!!!」
歌って踊っての賑やかさが戻った。精霊達も賑やかな雰囲気が大好きだ。それに、ここには“悪の気”はない。お互いがお互いを思いやる“善の気”が集まっている。精霊達も楽しそうだ。
しばらくして、お祭りもお開きとなった。オレは精霊達にお礼を言って帰ってもらい、オレ達も師匠の家に帰った。
オレはベッドで先に寝転んでいたが、珍しく師匠が遅い。どうしたのかと思ったら、師匠がやってきた。次の瞬間、オレの目は大きく見開かれた。なんと、師匠が『バニーガール』の姿で現れたのだ。
「シン。あまりじろじろ見るな。恥ずかしいではないか?」
「だって、すごくよく似合ってるんだもん。でも、オレ以外にはその姿を見せないでくださいね。」
「当たり前だ! こんな恥ずかしい姿を見せられるわけがないだろう。」
恐らく師匠は恥ずかしさを我慢して、悩んでいるオレのためにバニーガールを着てくれたんだ。そう思うと師匠が愛しくて愛しくてたまらなくなった。その日は言うまでもなく師匠に思いっきり甘えた。
翌朝、オレは眠気を我慢して師匠と一緒に、シゲの家まで来た。次の村に向かうのに、お別れの挨拶をするためだ。
「では、師匠。行きましょうか?」
リリーを始めとして村人全員が、オレと師匠が旅立つのを手を振って見送りしてくれた。
「シン様―――、ナツ様―――! また来てくださいね―――――――!」
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