反乱 八
銃声がした直後にエレベータの壁に叩きつけられたコレー大尉に悲鳴にも似た声を上げながらエレット伍長が近寄った。
「大尉!大丈夫ですか!?しっかりしてください!・・・出血は!?」
彼女はコレー大尉の負傷箇所を探したが、彼は出血すらしていなかった。
「痛えぇ・・。まさか立哨が二人いるとはね」
拳銃を発砲したのはコレー大尉だった。彼は一人目の決起隊の下士官を無力化した直後にエレベータの外に拳銃を抜こうとしているもう一人の下士官の姿を確認し、すかさずそこへ向けて一発の銃弾を発射していた。
無重力空間で足を固定せずに発砲した為に、発射時の強烈な反動によって彼は壁に叩きつけられたのだ。幸い他の宇宙服に比して強固な作りをしているパイロットスーツが衝突の衝撃から彼を守っていた。
コレー大尉は鈍い痛みが走る背中を手で押さえながらエレベータ周辺の状況を確認した。エレベータの中には気絶した下士官が一名。外には胸部に銃弾を受け絶命し、力無く浮遊する下士官が一名。
その周辺には球状となった下士官の血液が大量に浮遊していた。それを見たコレー大尉とエレット伍長はすぐにヘルメットのバイザーを下ろした。無重力では液状の物体が顔に一度付着すれば顔全体に広がって離れなくなり、窒息する危険性があるからだ。
この短い時間での出来事にエレット伍長は少なからずショックを受けていた。
彼女は今までモハーヴェイの衛生員として数多くの負傷者の救護を行ってきた。戦闘で大きな傷を負い、目を当てられない様な状態になっても必死に生きようとした兵隊達の最期を何度も見てきている彼女は人の死には完全に慣れていたつもりであった。
しかし今彼女は目前で人の手によって一瞬で人の命が奪われる瞬間を初めて目撃した。艦内衛生員としての従軍経験しか持たない彼女にとっては十分すぎるほどの刺激である。
怖気付くエレット伍長をよそ目にコレー大尉は下士官の死体の右大腿部に取り付けられたホルスターから拳銃を取り出し、それを彼女に差し出した。
「一応持っておけ。もしかしたら今みたいに使う時が来るかもしれないからな」
「無理です・・・私撃てません!」
エレット伍長が首を横に振りながら言った。その答えに対してコレー大尉は事情を察した様な顔で説明を始めた。
「大丈夫だ。小銃射撃は新兵教育でやっただろう?それとあまり変わらない。この安全装置を解除して後は、敵に向けて引き金を引くだけだ・・・」
「そう言うことじゃあないんです!私・・・人を撃つなんて出来ません!」
再び彼女が首を横に振る。それを見たコレー大尉は呆れながら話を始めた。
「馬鹿野郎!自分から軍に入っておいて何だ。どんな兵科にいようと軍人の一番の仕事は人殺しだぜ。そうじゃなきゃ銃の使い方なんて教わる訳が無いだろうが。またあいつらと鉢合わせしたらどうする?俺に守ってもらうつもりでいるのか?あんただって軍人のくせに。いいか、窮地の最後の最後で自分を守ってくれるのは自分だけだ!」
コレー大尉は硬く握り締められたエレット伍長の右手をこじ開け、拳銃を無理やり持たせた。彼女は今にも泣き出しそうな顔である。
「急いで制御室に向かおう。今の銃声で決起隊も異変に気付いいただろうな」
エレベータを出て通路を進み始めたコレー大尉の後ろににエレット伍長は無言でついていった。
空調制御室はエレベータ搭乗口からそう遠く無いところにあった。モハーヴェイ艦内の空調はほぼ全てが自動化されている為、制御室は基本的には無人である。しかし非常時には制御機を手動で操作し艦内の温度管理、区間毎の真空・非真空の切り替えが可能であった。
コレー大尉は銃を構えながらゆっくりと扉を開いた。制御室は電灯が切られていて真っ暗だった。彼は手探りで制御室電灯のスイッチを見つけ、スイッチを入れて制御室を明るくすると辺りを見回した。十メートル四方程の広さの制御室の中には大量の操作スイッチ、アナログ式やデジタル式の計量盤、幾つかのモニターが入り混じった空調制御装置が置かれており、さながら原子力発電所の中央制御室の様であった。
「使い方分かるんですか?」
巨大で複雑な機械を目の前にしてエレット伍長がコレー大尉に尋ねた。
「多分・・・な。こういう装置は装置自体にどのスイッチが何をするか丁寧に書かれているもんだ。コックピットのコンソールに比べればマシだよ」
そう言うとコレー大尉は装置の前の椅子に座り、装置全体を見渡した。
「ええと、多分こいつだな」
コレー大尉は空気圧調整を司る箇所を装置の中から発見し、『Auto』を指していたロータリスイッチを回し『Manual』に切り換えた。すると一番近くのモニターにも動きがあった。モニターには黒のバックグラウンドに緑色の文字で情報が表示されており、現在の気圧は『一〇一一ヘクトパスカル』と表示されていた。彼がマニュアルに切り換えるとモニターの右上に表示されていた『A』の文字が『M』に変わった。さらにコレー大尉は『気圧設定』と書かれた文字の近くにある上向きの下向きの二つの矢印のマークのスイッチの内、試しに下向きの矢印のマークのスイッチを何回か押した。するとモニターに表示された気圧を表す数値が少し減った。それを確認したコレー大尉は勝ち誇った様な笑顔でパチンと指を鳴らした。
「何だよ、楽勝じゃないか!これであいつらの決起の失敗は決まりだな!拘束されている連中には悪いが、早速決起隊の奴らには失神してもらうぜ」
「待ってください!」
装置を操作するコレー大尉を止めたのはエレット伍長の声だった。
「何だよ・・・」
コレー大尉が苛立ちを露わにする。
「やっぱりこのやり方は危険過ぎます!乗員の全員を気圧操作で失神させても、何人いるかわからない決起隊全員を私達二人だけでしかも短時間で拘束するなんでできないですよ!そんなことしてる間に確実に死者が出てしまいます!」
エレット伍長は泣き出していた。
「今更衛生員振るんじゃねえ!俺にはこの考えしか浮かばなかったよ!できるできないじゃなくやるしかない!俺はこのまま火星に連れてかれるなんて絶対ごめんだ!」
コレー大尉も疲労と苛立ちで冷静さを失い始めていた。軽いパニック状態に陥った二人にさらなる危機が訪れようとしていた。




