第9話 社会人の基本は事前の資料読み込みです。
召喚から、一週間が経った。
午前中は練兵場で、体力づくりと基本技術の練習をしている。治癒魔法はあっても、治療を受ける側のレベルが低いと、反動で死ぬ。だから、まずは体力からだ。
レベルを上げる方法も、まだ分からない。ただ魔物を倒せばいい、という単純な話ではないらしい。
「ごきげんよう、勇者様」
「こんにちは、セレスティア。今日のドレスも似合っているよ」
――セレスティアの好感度:64
やはり、上がらない。
本当は関わりたくないが、数値の確認は必要なので、毎日顔を合わせている。挨拶程度ではもう動かないのかもしれない。だが、下がらない保証もない。ゼロになれば、俺は死ぬのだ。
午後の予定は、貴族の作法の講義だったな。
勇者は貴族ではない。だが、権力者と会う機会が多い以上、心証を良くするために覚えることは多い。立場上は国王の賓客ということで、本音はともかく、露骨に嫌味を言われないのは救いだ。
「そういえば、勇者様。宮廷公文書館への立ち入り許可が出ましたわ」
「本当ですか、セレスティア。助かるよ」
「早く、『私の勇者様』になってくださいね」
――セレスティアの好感度:64→65
(上がった。「勇者」という肩書きではなく、彼女の理想に近づくと上がるのか?)
作法のほうは、意外と何とかなっていた。礼儀、歩き方、食事のマナー。現代人の常識でも、失礼には当たらないらしい。
問題はダンスだ。習ったことがない。文化的な話題を優雅に、と言われても、何が文化なのかが分からない。
その点、公文書館なら、歴史や慣習を調べられる。周りには勤勉な勇者だと思われているようだが、社会人なら、事前に資料を読み込むのは普通のことだ。
――宮廷公文書館。
「お待ちしておりました、勇者様。司書補の燈です」
「山田太郎です。よろしくお願いします」
(和風な名前だな。過去の勇者と関係があるのか?)
「珍しいお名前ですね。この国では一般的なんですか?」
「一般的ではないですが、珍しいというほどでもありません。祖母が昔、勇者様と行動を共にしていたそうで、そのときに『燈は、暖かい光の意味だ』と教わったと聞いています」
(なるほど。昔から勇者召喚をしているなら、関わった人は多そうだ)
――燈の好感度:32
……見えた。
名前の由来を聞いたからだろうか。それにしても、思ったより低い。警戒されているのか、それとも単なる仕事相手なのか。
「勇者様。こちらが、百年前に召喚された勇者様が残したと言われている手記です」
「……手記?」
俺と同じ、名を持つ山田太郎。
百年前の会社員……ではなく、勇者は、いったい何を考えて生きていたのだろう。
そして、なぜ歴代勇者は、揃いも揃って山田太郎なのか。
俺は、手記の表紙を開いた。
読んでくださり、ありがとうございました。




