第25話 心の準備をする余裕なんてないよね。
――救貧院。
蒸し上がったジャガイモと、具だくさんで熱々の特製スープを、子供たちに配っていく。みんな満面の笑顔で、美味しそうに食べてくれている。
配膳にはクリスも手伝ってくれた。驚くほど手際がいい。どうやら炊き出しなどの慈善活動には、かなり慣れているようだ。
「クリス。医療品を提供してくれたのも、本当に助かったよ。俺、この世界の医療事情には詳しくないからさ」
「ふん、褒めても何も出ませんわよ! わたくし、他人から褒められることなんて、慣れっこですもの」
クリスティーナは巨大な十字架を肩に担ぎ、ふんぞり返って胸を張った。
――クリスティーナの好感度:55→57
(慣れてる割には、ちょっと上がったな)
「それはそうと、勇者。子供たちを診ましたけれど、みんな一様に手が荒れていますわね。でも、命に関わる病気や大きな怪我はありませんでしたわ。あとは、普段の食事に、妖精『タンパク』が祝福した食材が不足していますわ」
手荒れ、か。
おそらく、麻布の材料になる植物の茎を、洗ってほぐす作業のせいだろう。だが、その作業こそが救貧院の数少ない収入源だ。
それに、子供でも働かないのは「怠惰」の罪とされる。俺が勝手に「やめろ」とは言えない。
となると、肉類の不足か。
俺が自由に動かせる資金は、潤沢ではない。大貴族のアシュレイ家に「毎日炊き出しをしてくれ」と頼むのも、さすがに無理がある。結局、構造的な問題がある以上、一時的に食料や医薬品を渡しただけで、解決する話ではない。
腕を組んで子供たちを眺めていると、いつの間にか、メイドがそばに立っていた。城の事情に詳しい彼女なら、何か知恵があるかもしれない。
「ちょうどよかった、メイドさん。俺の裁量で、肉類を定期的にタダで手に入れる方法って、何かありますか?」
「それでしたら、勇者様は近いうちに、実戦訓練で山へ入る予定がございます。その際に、野生の鹿を狩るのがよろしいかと存じます。原則として、狩った動物や魔物は、討伐班の物になります」
「なるほど、鹿か」
今は基礎体力づくりと座学ばかりだが、近々、ハンターの案内で山に入る訓練があるとは聞いていた。訓練の成果として仕留めた鹿なら、救貧院に持ち帰って子供たちの肉にしても、制度上、問題はないということか。
そこへ、恰幅のいい男と、煤けた黒い革エプロンの男が、何やら話し込みながらこちらへ歩いてきた。
「お前が勇者だな。私が院長のバルタザール・グロだ。先ほど、山で鹿を狩ると言っていたな。ならば、仕留めた鹿の角は、すべて救貧院に寄付しろ」
「鹿の角、ですか? 肉ではなく?」
「鹿の角は、角細工師ギルドに売れるのだ。富を独り占めする『強欲』の罪すら知らないとは、所詮は平民だな」
――バルタザールの好感度:18
(……低い。角が売れるなら寄付はするけど、その金は救貧院じゃなくて、院長の懐に消える気がするな。もちろん印象だけで、実際は違うのかもしれないが)
バルタザールは、鹿の角を巻き上げたいだけだったらしく、それ以上、俺に用はない様子だった。
代わりに、革エプロンの男が話しかけてきた。
「あんたが勇者様かい。俺は、煙突清掃ギルドのバレットだ。よろしくな」
小柄な子供なら片手で吊り上げられそうな、太い腕をしている。首筋や腕には、古い火傷の痕がいくつも残っていた。煙突の奥に何度も潜った、若い頃の名残だろうか。
「勇者の山田太郎です。よろしくお願いします」
――バレットの好感度:43
(院長に比べればましだけど、初対面ならこんなものか。利害関係のない相手なら、このくらいが現実的な数字なのかもしれない)
簡単な挨拶を済ませると、二人は救貧院の奥へ入っていった。遠くから子供たちを指さし、何か話している。ただ、心配して見ているというより、何かを「品定め」しているような視線が気になった。
……まあ、今は考えても仕方がない。ハンターの案内があるとはいえ、山には魔物も出るらしい。訓練の日まで、しっかり心構えと準備をしておこう。
「メイドさん。実戦訓練があるって言ってましたけど、具体的にいつ頃ですか? 心の準備も必要なので」
「明日です」
「明日なの!?」
肉体的にも精神的にも、まったく準備ができていないのに、明日から実戦訓練かよ!
城に戻ったら、大急ぎで兵士たちに「護衛しやすい位置取り」を聞いておこう。
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