第24話 そういえば、女神っていましたね。
――救貧院。
炊き出しと言っても、やることはシンプルだ。大鍋でスープを煮込み、その上に蒸し器をセットしてジャガイモを蒸す。基本はそれだけ。
兵士たちは手際よく、火おこしや調理の準備を進めている。
大鍋に水を張り、ソーセージと乾燥レンズ豆を入れて火にかける。沸騰したら、上に蒸し器をセットして、大きめに切ったジャガイモを並べていく。
『栄養士』の本にあったとおり、ビタミンCの流出を抑えるための蒸し調理だ。蒸し上がるまで、三十分から四十分といったところだろう。
裏庭では、ミネットが子供たちと一緒に卵を集めに行っていた。
「尻尾を引っぱったらダメだにゃー!」と、楽しげな声が遠くから聞こえてくる。俺の目の前でなくても、あの猫耳キャラを徹底しているのか。もはやプロの領域だ。
「勇者様。本日は、本当にありがとうございます。最近は、鶏を潰してスープにすることもありましたので、こんなにたくさんの食材での炊き出しは、本当に助かります」
シスター・ルシアが、深々と頭を下げた。その頭の上には、小さな木の葉がのっている。子供たちと準備をしている間に、どこかで転んだのだろう。
「ルシア、礼なら、食材を用意してくれたアシュレイ家や、医療品を持ってきてくれたクリスに言ってくれ。俺は、言い出しっぺになっただけだよ」
――ルシアの好感度:82→89
(ずいぶん上がったな。それだけ、救貧院の経営が限界だったのか。いや、それ以上に、子供たちにお腹いっぱい食べてほしいという、彼女の切実な願いの表れなのかもしれないな)
そんな思考を遮るように、ルシアが声を潜めた。
「勇者様。本日は、あのデブ……いえ、院長が来ておりますが、お声はかけられないほうがよろしいかと存じます」
「ん? どうしてだ?」
ルシアが困ったように視線を向けた先には、仕立ての良い聖衣をまとった、恰幅のいい男がいた。顎の肉をたっぷり蓄え、周囲の子供たちを見下すように、ふんぞり返っている。
「院長は、その、何というか、平民に対して強い偏見をお持ちで、理不尽なことをおっしゃることが多いのです。お言葉を交わせば、勇者様がご不快な思いをされるかと」
なるほど、と俺は納得した。
確かに俺は「勇者」といっても、それはただの称号持ちで、本物の貴族ではない。王族に召喚されたから、一応は王の賓客として扱われているだけで、中身はただの現代人だ。
伝統を重んじるこの世界では、突然現れた若造が勇者面をしているのが、面白くない者もいるだろう。
「そういうことか。分かったよルシア、忠告ありがとう」
こちらも、わざわざ揉めるつもりはない。正教会とは良好な関係を築きたいし、ルシアとの仲は悪くない。あの脳筋聖女のクリスだって、協力的だ。無理をして院長と関わる必要はないだろう。
俺は大人しく子供たちと遊びながら、ジャガイモが蒸し上がったのを確認し、刻んだキャベツとキノコを鍋に入れた。あとは火が通ったら、ミネットたちが採ってきた卵を回し入れて、一煮立ちさせれば完成だ。
ソーセージとレンズ豆と卵のスープに、ソーセージの香りがついた蒸しジャガイモ。この組み合わせは、事前の兵士たちの試食会でも好評だった。美味くて食べ応えがあり、栄養も十分に摂れる。
もっとも、レシピは過去の勇者(栄養士)が残した本を参考にしているので、俺の手柄ではないのだが。
「勇者のお兄ちゃん。ありがとう!」
――ネリーの好感度:86→89
スープの完成を待ちきれない様子で、小さな女の子が、俺の服の裾を引っぱった。
ミネットが子供たちを引き連れて戻ってくる。そんな賑やかな光景の中で、なぜかこの救貧院の子供たちの中で一人だけ、好感度が表示されている少女。ネリー。
この国を救うために必要な『108人』にだけ表示されるという好感度のシステム。
本当に、こんな幼い子が、国の命運に関わっているのだろうか。そもそも、あの女神を自称する女の言葉が真実なのかすら、俺には確かめようがない。
『あら、勇者ちゃん? 私の言葉を疑っているの? 確かめる方法なら、知っているでしょ』
「は?」
脳内に、あの陽気な声が響いた。
『誰かの好感度が「ゼロ」になった瞬間、あなたは即死するわ。ね? 試してみて?』
「試してみて、じゃねーよ! 死んだら確かめようがないだろ!」
読んでくださり、ありがとうございました。




