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三国夢  作者: 玄雨竜


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第六十九章 暗転の皇宮と、破天荒なる賭け

袁紹と曹操が馬を飛ばして洛陽へ駆けつけるや、大将軍・何進(かしん)は直ちに二人を招き入れた。

軍議の席上、曹操が進み出て直言した。

「宦官の専横は冲帝・質帝の昔より根を張り、朝廷の隅々まで蔓延しております。いかで一朝にして根絶やしにできましょうや? 万が一にも機密が漏れれば、一族皆殺しの憂き目に遭いますぞ。どうか深慮熟考を」

何進はその言を聞き、苦々しく眉をひそめて押し黙った。


躊躇するその時、司馬・潘隠(はんいん)が息せき切って駆け込んできた。

「天子がついに崩御されました! 目下、蹇碩(けんせき)と十常侍が密謀し、喪を秘して発せず、偽りの詔をもって何進を宮中へ誘き寄せ、後顧の憂いを断って皇子協を帝に擁立せんと図っております!」

言い終えぬうちに宮中より使者が到着し、急ぎ入朝して後事を定めよとの命が下る。


曹操が言った。「今日の計は、まず正しき君位を定めたのちに、賊を討つべきです!」

何進が叫ぶ。「誰か我がために君位を正し、賊を討つ者はおらぬか!」

袁紹が雄々しく進み出た。

「願わくは精兵二千をお貸し願いたい! 門を破って宮中へ乱入し、新君を冊立の上、宦官どもを皆殺しにして朝廷を清め、天下を安んじてみせましょう!」


大いに喜んだ何進は、近衛の御林軍二千を授けた。袁紹は全身に甲冑を帯び、何進は荀攸(じゅんゆう)、何顒(かぎょう)、鄭泰(ていたい)ら重臣三十余名を率いて続々と宮中へ突入。霊帝の棺の前において、皇子弁を強引に皇帝の位へと即かせた。


百官の拝礼が終わるや、袁紹は兵を率いて蹇碩を捕縛せんと後宮へ乱入。追い詰められた蹇碩は御園の花陰へと逃げ込んだが、身の保身を図った同僚の中常侍・郭勝によってあえなく斬殺された。蹇碩の率いていた禁軍はことごとく降伏した。

袁紹は何進に迫った。

「宦官どもは結託して悪事を働いてまいりました。この勢いに乗り、残る十常侍も根こそぎ誅殺すべきです!」

何進も頷きかけたが、危機を察した張譲(ちょうじょう)らが何太后(何進の妹)に泣きついて命乞いをした。太后は直ちに何進を呼びつけ、こう叱責した。

「私とそなたは卑しい身分の出であったのを、張譲らのおかげで今日の富貴を得られたのではないか。今、蹇碩は悪逆ゆえに誅伐されたというのに、なぜ他人の言に惑わされて宦官を尽く誅殺しようとするのです!」

妹の言葉に毒気を抜かれた何進は、あっさりと刃を収めてしまった。袁紹は激しく諫言したが、優柔不断な何進は聞き入れず、袁紹は嘆息して引き下がるほかなかった。


「ねえ夫君……あの蔡家のお嬢様って、本当に噂通りの方でしたの……?」


蔡府への訪問から数日が過ぎたというのに、秀(シュウ)の胸中にはこの疑問がくすぶり続けていた。

蘇然(そぜん)は傍らで面白そうに聞き耳を立てている糜貞(ビテイ)をギロリと睨みつけ、秀の耳元へ口を寄せて弁明した。

「秀、あのじゃじゃ馬の言うことを真に受けちゃいけないよ。蔡昭姫殿はただ、蔡家の屋敷の庭を一通り案内してくれただけなんだからさ……」


「ふふっ」秀は小さく笑い声を漏らし、ほんのり頬を染めてすねてみせた。

「妾身が焼き餅を焼いているとでもお思いですの? ただ、少し気になっただけですわ」


「そうだなあ……」蘇然は腕を組み、正直に振り返った。「確かに学問も教養も飛び抜けていて、天下に二人といない才女だったよ」


「まあ……」秀はわざとらしく目を丸くした。


「あ、いや! 誤解するなよ、俺は別に他意があって言ったんじゃ……!」


「守義! 書斎へ参れッ!」

突然、廊下から王允の重々しい怒声が響き渡った。

蘇然と秀は顔を見合わせ、首を傾げた。


書斎に入るなり、王允は机をバンと叩き、眉を吊り上げて蘇然に詰め寄った。

「これがお前の申した『共倒れの局面』かッ!? 宦官は生き延び、何進も健在ではないか!」


「伯父上、そう慌てないでくださいよ」

大事件が起きたのかと身構えていた蘇然は、拍子抜けして苦笑した。

「どうせ張譲の奴らが何太后に泣きついて、命拾いしただけでしょう」


「な……なぜそれを知っておる!?」

王允は絶句した。自身が先ほど朝議から戻ってようやく掴んだ宮中の極秘の内情を、屋敷から一歩も出ていないこの若造がなぜ言い当てられるのか。

老臣は怪訝極まる眼差しで蘇然を凝視し、咳払いをして先を促した。

「……ならば言ってみよ。この先、時局はいかに動く?」


「何進は優柔不断ですが、その幕下にいる袁紹や曹操といった切れ者たちが黙っていませんよ。宦官どもには遠からず破滅が訪れます」


「老夫はすでに并州刺史の丁原へ密書を認めて放った。最悪の事態を想定して申してみよ!」


「最悪の事態ですか?」蘇然は事も無げに言った。

「追いつめられた宦官どもが生き残るために、幼い二人の皇帝を人質にとって洛陽から逃走することですね」


「なっ……奴らにそのような大逆無道の真似ができるはずがなかろうッ!!」王允が怒髪天を衝いて怒鳴る。


「死に損ないの追い詰められたネズミが、何を躊躇うって言うんです?」蘇然は冷笑した。


王允はしばし押し黙り、額に脂汗を浮かべて熟考した。

「……万が一にもその恐れがあるならば、疾く備えねばならん。老夫の手元には二百の私兵がおる。守義よ、お主の連れてきた二人の将軍(方悦と陶応)を老夫に貸せ! いざ少帝が難に遭われたその時、必ずや駆けつけて玉体を守護せねばならん!」


蘇然は苦笑しつつ、ふと疑問を口にした。

「ところで伯父上、方悦と陶応が徐州の将軍だって、どうして分かったんです?」


「フン!」王允は自慢げに顎を撫でた。「老夫が生涯で見定めてきた人物は万を数える。見抜けんはずがなかろう!」

(——目の前におる、この得体の知れぬ小僧を除いてな!)


蘇然は頭を掻いた。「……で、俺も現場へ行かなきゃダメなんですか?」


「当たり前だッ!」王允は目を剥いた。「老夫のような老骨が出陣するというのに、若いお主が屋敷で高みの見物を決め込めると思うてか!」


(はいはい、頑固親父には何を言っても無駄ですね……)と蘇然は観念して頷いた。


「時に守義」王允はふと思い出したように口元を緩めた。

「伯喈殿がお主をいたく気に入り、折を見てまた屋敷へ寄越すよう言伝を預かっておる。秀児の伯父としては些か複雑な心境ではあるが……お主の出世のためを思えば、当代の大儒と誼を通じることは千金に勝る益となろう。よく考えてみよ」


(また行くのかよ……蔡琰に会えるのは眼福だけど、新婚早々、美人の家に入り浸ってたら秀にどんな顔をされるか分かったもんじゃないな)

蘇然は肩をすくめた。「今は都がいつ火の海になるかも分からない多事多難の時です。平穏になってから伺いますよ」


「……聞けば、蔡家には引く手数多の名門の子弟から求婚の使者が殺到しておるそうだ。中でも衛氏の若造が、伯喈殿の覚えめでたいと聞くぞ」

王允は意味深に呟き、手を振った。

「老夫の言いたいことはそれだけだ。下がれ!」


(あのクソ爺め、わざわざ衛仲道の名前を出して俺を焚きつける気かよ!)

蘇然は心の中で舌を打ち、適当に拱手して部屋を出た。


「夫君、伯父様が血相を変えてお呼び出しになられましたが、何か大事でも……?」

部屋に戻るなり、秀が心配そうに駆け寄ってきた。


「いや、大したことじゃないよ」蘇然は事の経緯を掻い摘んで話して聞かせた。


秀は蘇然の顔をじっと見つめ、少し唇を尖らせてすねるように言った。

「……伯父様も意地悪ですわね。事もあろうに夫君へ蔡家のお話を持ち出すなんて……」


「わっ、秀、誤解しないでくれよ! 爺さんの冗談だから!」蘇然は引きつった顔で両手を振った。


秀はふっと愛らしいため息をつき、柔らかな身体を蘇然の胸元へ預けて囁いた。

「夫君は本当に誠実なお方……妾身の言葉こそ戯れ言ですのに、何をそんなに慌てておいでなのです? 仮に夫君が蔡昭姫様に心奪われることがあったとしても……秀を捨て去るようなお方ではないと、信じておりますもの」


「当たり前だろ!」蘇然は即座に抱きしめ直した。「……って、違う違う! 俺はあの子に心奪われてなんかいないってば!」


秀はクスクスと鈴を転がすように笑い、それ以上は何も言わなかった。


その夜の更け時。

夢心地の中にいた秀が、不意に耳をそばだてて蘇然を揺り起こした。

「夫君、起きてください……外を!」


泥酔したように眠りこけていた蘇然は、微かに夜風に乗って響いてくる怒号と刃の交錯する音を耳にして、一瞬で酔いも眠気も吹き飛んだ。

「秀、部屋で待ってろ! 伯父上に様子を聞いてくる!」


急ぎ王允の書斎へ駆け込むと、老臣は何事もなかったかのように机に向かい、悠然と筆を走らせていた。

顔を上げた王允は、青ざめる蘇然を見て微かに口元を緩めた。

「守義、外の騒ぎを聞きつけて参ったか?」


蘇然は無言で頷いた。


「案ずるな、我が屋敷を狙った手勢ではない」

王允は筆を置き、上座に腰を下ろして冷徹に語った。

「老夫の耳には疾く届いておる。本日、何進の妹たる何太后が董太后(霊帝の母)の宴席に招かれ、席上で激しく口論に及んで憤然と退席したと。今宵の動乱はその仕返しよ。怯えることはない」


蘇然は胸を撫で下ろし、呆れたように息を吐いた。

「てっきり、伯父上の頑固な物言いが誰かの逆鱗に触れて、討ち手の兵でも差し向けられたのかと思いましたよ」


「戯言を!」王允はギロリと睨みつけた。「老夫とて身の程は弁えておるわ! 明日にも病と称して朝廷を退き、時機を待つ算段だ。お主の心配など無用ぞ!」


蘇然は苦笑いを浮かべた。


「あの時、張譲らは何太后に取り入って命を拾ったが、その権勢の真の拠り所は董太后にあった。今宵、何進が董太后の一派を粛清したとなれば、宦官どもの命運もいよいよ尽きよう。……実に痛快なことだ! されど……」

王允は白髭を撫で、深く眉根を寄せた。

「何進は驃騎将軍・董重の軍勢まで呑み込み、今や都の兵権を独占してしまった。これでは何進を抑える術がなくなってしまう……」


「何を心配してるんですか」蘇然は鼻で笑った。「俺の見立てでは、何進は確実に死にますよ」


王允は目を丸くし、怪訝そうに若者を見つめた。

「お主は口を開けば『何進は死ぬ』と断言するが……確たる根拠はあるのか?」


「ありません!」

(歴史の教科書に太字で書いてある、なんて言えるわけがないだろ!)


「フン! 根拠もなしに大言壮語を吐くでないわ」王允は鼻を鳴らし、ふと悪戯小僧のように目を細めて蘇然を見据えた。

「守義よ……ならば、老夫と賭けをしてみぬか?」


「……賭け?」


「もしお主の予言が外れ、何進が生き延びて権勢を握り続けたなら……」

王允はニヤリと破顔し、逃げ道を塞ぐように言い放った。

「生涯、老夫の傍らに留まり、我が衣の後継者となって大漢朝廷に骨を埋めよ!」


(げええっ……!? 終身雇用で頑固親父の部下になれってか!?)

蘇然の頬が引きつった。だが、次の瞬間、現代人の悪知恵が閃いた。歴史の結末を百も承知している自分が負けるはずがないのだ!

「……じゃあ、俺の予言が当たったらどうしてくれるんです?」


「当たったなら、だと?」王允は鼻で笑った。「何進が洛陽を掌握した今、死ぬはずがなかろうが」


「当たったらどうするのか、聞いてるんですよ!」


王允は言いかけた言葉——『お前と秀児を徐州へ帰してやる』——を寸前で飲み込んだ。老獪な政治家の勘が警鐘を鳴らしたのだ。

(待て……この小僧のことだ、何かとんでもない確信があって挑んできておるに違いあるまい。徐州へ逃げられてたまるか!)


王允は蘇然をまじまじと見つめ直し、やがて手を打って豪快に笑い飛ばした。

「危うくお主の術中に嵌るところであったわ! 疾くに肚を決めておるな? よろしい! もしお主の言う通り何進が横死した暁には……老夫が直々に仲人となり、蔡伯喈殿の娘へお主の求婚を申し出て進ぜよう!!」


「——は……はぁぁぁッ!?」

蘇然の目玉が飛び出しそうになった。絶句して震える指を王允へと突きつける。

「な、何を言い出すんだアンタはッ!!」


「老夫は秀児の伯父なれば、本来ならかような真似は罷りならぬ。されど蔡家の娘の才気は天下に冠たるもの、伯喈殿は当代屈指の名士よ! お主の官途にとって、これ以上の後ろ盾はあるまい! 話は決まった、異論は一切受け付けんッ!!」

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