↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三国夢  作者: 玄雨竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/76

第三十五章 三段撃ちの閃きと、氷水の猛威

敗北ではなかったとはいえ、蘇然(そぜん)の胸中は重く沈み込んでいた。七百名もの徐州精鋭兵——それはつい先刻まで息づいていた、七百の生きた命なのだ。

一刻(約二時間)にも満たない間に、それだけの人間が消え去った。

(……これが、本物の戦争なのか)


「夫君……」

秀(シュウ)がそっと歩み寄り、背後から優しく蘇然を抱きしめた。

「夫君、どうかお気を落とされませぬよう。今や将兵の心は一つになりました。いくらあの黄巾とて、徐州を落とすことなどできはしませんわ」


相手はあの張燕なのだぞ……と、蘇然は眉をひそめて考え込む。

「秀……お前は怖くないのか?」

不思議そうに尋ねる蘇然へ、秀は可憐に微笑み、柔らかな声で返した。

「なぜ怖がる必要がありましょう? 妾身(わたくし)は信じておりますもの。夫君なら秀を守り、徐州の民すべてを守り抜いてくださると……」


「秀……」

蘇然は小さく呟いた。これほどまでに無条件で信じてもらえる感覚は、なんとも心地よく、胸に染み入る。


秀はするりと蘇然の膝の上に腰を下ろすと、耳元へ顔を寄せ、吐息混じりに囁いた。

「妾身、祝言に必要なものはすべて買い揃えてお待ちしておりますのよ。あとは夫君が黄巾を退け、妾身を……娶ってくださるのを待つばかりですわ」


その一言に、蘇然の心拍数は一気に跳ね上がった。結婚! 現代にいた二十余年の人生で、結婚どころかまともな恋愛すら縁遠かったのだ。

「秀、待っていろ!」

蘇然の胸に熱い豪気が爆発した。

「敵を蹴散らしたその足で、堂々とお前を花嫁として迎え入れてやる!」


「もう!」秀は頬を染めてすねてみせた。「妾身は別に急かしてなどおりませんのに……どうせ……どうせ妾身は、遅かれ早かれ蘇家の嫁になる身ですもの……」


「へへっ、そのセリフ、最高に気に入ったぜ」

蘇然は嬉しさのあまり、秀を抱きしめた腕を絶対に離そうとしない。


「夫君、お手を離して……」秀は身をよじって小さく抵抗した。

「それより、どうやって黄巾軍を撃退するかをお考えくださいませ。妾身の幸福だけでなく、徐州の民の運命もかかっているのですから」


「そんな風に言われるとプレッシャーが半端ないんだが……まあいい、どんな重圧だろうと乗り越えてやるさ!」

(秀からの激励を受け、統率力が5上昇した! なんてな、ハハッ)


「ふふ、それなら安心いたしましたわ」

秀はくすりと笑って身を離した。「では、夫君のためにお食事の支度をしてまいりますね」


蘇然は頷き、去っていく秀の後ろ姿を笑顔で見送った。


だが、秀の姿が見えなくなった瞬間、その顔から一切の笑みが消え失せた。顎に手を当て、深い沈思へと沈み込む。

(この絶体絶命の戦況で、最も効率的な防衛策は何だ……?)


城壁の足元には堀があり、簡単には近づけない。……堀?

一瞬目を輝かせたが、すぐに光を曇らせた。

(いや、堀なんて一、二度足止めできる程度だ。対症療法に過ぎない)


古代の攻城戦で城壁に取り付く手段といえば、定番は「雲梯(うんてい)」か「井闌(せいらん)」だ。雲梯は歩兵の突撃用、井闌は弓弩による高所制圧用。だが井闌の建造には手間と時間がかかる。となれば、張燕が仕掛けてくるのは高確率で雲梯による歩兵強襲だ。


歩兵が雲梯で取り付くとなれば、後方からの猛烈な弓矢の援護射撃がセットになる。黄巾軍の弓兵の数は膨大で、豪雨のような矢幕を張られたら防ぐのは困難だ。徐州兵が総出で弓弩を構えたとしても、せいぜい二千人程度。三倍以上の敵を相手にするには、弓矢には致命的な弱点がある。

——連射速度が遅すぎるのだ!

矢をつがえ、引き絞り、狙いを定め、放つ。最速でも五秒はかかる。これでは城壁に群がる狂信的な黄巾兵を制圧しきれない。

もし制圧し損ねて城壁の上に乱入を許せば、白兵戦の泥沼に引きずり込まれ、一巻の終わりだ!


(くそっ! 今ここに重機関銃が数挺でもあれば、こんなに頭を抱えずに済むのに! 近づく敵から順番にハチの巣にしてやるものを……)


……重機関銃?

連射速度……?

蘇然の脳裏に、何かの糸口が引っかかった。


先ほどの戦闘を必死に思い返し、ふと目を輝かせた蘇然は、思わず手を打った!

「——『三段撃ち』だ!!」


「あら?」

台所からひょっこり顔を出した秀が、不思議そうに瞬きをした。「夫君、何か?」


「なんでもない、なんでもないよ!」蘇然は満面の笑みで手を振った。「続けててくれ!」


「はぁ……」秀は首をかしげながら炊事に戻っていった。


(そうだ! 二千の手勢で五、六千の敵を押し返すには、絶え間ない弾幕を浴びせ続ける三段撃ちしかない! 弓手は装填が早いから二段撃ち、装填に時間のかかる弩兵は三段撃ちに分担させれば、途切れることのない十字砲火で黄巾軍を完全に釘付けにできる!)

(五百を予備隊に残し、五百を着弾確認と補給の補助に回せば、千人の弓弩手で完璧な弾幕が完成する……よし、いけるぞ!)


蘇然は力強く頷いた。

次に問題となるのは、雲梯で登ってくる敵への対処だ。石を落とすのは威力抜群だが、城内の備蓄を激しく消耗する上、運搬に兵の体力を食われすぎる。何で代用すべきか?


熱湯や煮えたぎる油か!?

油なら火傷を負わせるだけでなく、後から火を放つこともできる。だが今は厳冬だ。油はすぐに冷えて固まってしまうのが難点だ。

(バネさえあれば、もう少しマシな連弩車や投石機を自作できるのに……あ、待てよ。三国時代にも弩車や投石機はあるじゃないか。あれは何を動力にしていた? ゴムなわけがない……動物の腱か! だが今から作っている時間はないな……)


浮かんでは消える策に、蘇然の熱気は急速に冷めていった。

(ああもう! 一体どうすれば効果的に黄巾を削れるんだよ! 大体、真冬に攻城戦なんて仕掛けてくるんじゃねえよ! 頭おかしいんじゃないのか!? 全員凍え死んじまえってんだ、クソが!)


……凍え、死ぬ?


蘇然はハッと目を瞬かせ、己の額を思い切り叩いた。

(バカか俺は! これはゲームじゃない、現実の世界なんだぞ!)

徐州城の堅牢な城壁があれば、数日は持ちこたえられる。なぜ最初から「即効性のある必殺技」ばかり追い求めていたのだ?

ジワジワと効く、だが確実に敵を殺す遅効性の罠だって立派な戦術じゃないか!


——「水」だ!!


蘇然は机を穴が開くほど凝視した。史実を思い出せ。黄巾軍の蜂起は唐突で、十分な物資の補給などない。大半の兵士は大刀一本、ひどい連中は木棒や鍬(くわ)を持って戦っているのだ。

そんな軍隊に、防寒着など行き渡っているはずがない!


城壁をよじ登ってくる敵の頭上から、冷水をタライ一杯ぶちまけてやったらどうなる?

この吹きすさぶ寒風に晒されれば、一瞬で体温を奪われて戦闘不能になる。たとえ生きて陣地へ逃げ帰ったとしても、待っているのは重度の肺炎と凍傷だ。古代の医療事情で抗生物質もない時代、軍医すらいない黄巾軍に生き残る術はない!


(……熱油は最初の一撃、奇襲として使おう)

蘇然の唇に冷酷な笑みが浮かんだ。ちょうど料理を運んできた秀が、その悪魔のような表情を見て「まあ……」と呆れたようにジト目を向けた。


(油を使い切ったら、次は城内の井戸水……いや、堀の氷を砕いて冷水を浴びせかけるんだ。巨大な氷塊なら、そのまま石の代わりに落としてもいい。敵に拾われて投げ返される心配もないしな)


(戦術は二段・三段の交互射撃で弾幕を維持する。だが弓弩手は身軽にするため鎧を着られないから、矢合わせで撃ち負ける危険がある。……よし、ここは張燕の手押し車を真似てやろう。城壁の縁に分厚い木板の防壁をズラリと並べ、半メートルおきに射撃用のスリットを空けておくんだ。これなら城壁の高さが擬似的に上がり、敵の矢を遮断できる!)

(万が一、木板に敵が取り付いたら、油を塗って火をつけて堀へ突き落とせば、そのまま敵の雲梯ごと焼き払える。完璧だ……)


(問題は水の量だな。冷水をかけ続けるには大量の水と人手が必要だ。城内の民衆を動員するか……? いや、駄目だ。避難民の中に黄巾の密偵が紛れ込んでいる可能性がある以上、城内で大規模な動員をかければ内応の火種になりかねない。……よし、人手についてはもう少し様子を見よう)


その頃、城外——。

塹壕を完全に埋め立てて陣地へ戻った張燕は、徐州軍の動揺に乗じて「夜襲」を仕掛けようと密かに東門へ接近していた。

だが、城壁を見上げた張燕は、ただ絶句して引き返すしかなかった。


陳登が蘇然の指示通り、城壁の上一面に二、三十メートル間隔で巨大な銅鏡を並べ、背後の大篝火の光を乱反射させていたのだ。

照らし出された城外の闇は白日の如く明るく、夜襲の部隊など一歩近づいただけで丸見えになってしまう。


陣営に戻った張燕は、立場こそ敵同士なれど、胸中に拭いがたい警戒と畏敬を抱いていた。

(あの陳元龍……卑怯で臆病な書生かと思いきや、次から次へと奇策を繰り出してきおる。心してかからねば足元をすくわれるな。……昨日は私の油断だった)


「夜襲は取りやめだ。明日の日の出を待て! 西門・南門・北門の友軍と呼応し、四門同時に徐州を叩き潰すぞ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。