第二十五章 世家のアドバイスと、東門の鉄壁網
約1時間ほど後、陳登は激怒した面持ちで曹府から出てきた。屋敷の門を振り返ると、低く呪いの言葉を吐き捨てた。
「青二才め! ともに策を練るに足らんわ!」
曹豹の言いぐさは実に酷いものであった。
『あのような烏合の衆ごときに、元龍はそこまで怯えておられるのか? 西門の防衛は私めが勝手に処置いたしますゆえ、元龍どのにはご心配に及びませぬ。……お送りしろ!』
曹豹のあの見下すような蔑視の視線を思い出し、陳登の胸には抑えきれぬ怒りの火が燃え上がった。
(先生のお言葉によれば、黄巾の勢いは決してバカにできぬというのに……フン、まあいい! 後で城が破られようと、すべての責任はお前が一人で負うがいい!)
続いて訪ねた糜竺は、手渡された蘇然の図面をじっと見つめ、思案に暮れていた。だが糜竺とて、陳登ほどこの近代戦術の真価を見抜くことはできなかった。
彼の考えはこうだ——『敵が正々堂々と押し寄せてくるならば、こちらも堂々とこれを迎え撃つべきだ。王道の兵で敵の邪道を制し、万全の態勢で疲弊した敵を討つ。これで負ける道理があろうか?』
結局、糜竺は穏やかな笑みを浮かべ、いくつかの形式的な挨拶を交わしただけで陳登を送り出してしまった。
西門もダメ、南門もダメ——。
失望と諦めに打ちのめされた陳登は、もはや陶謙の屋敷に報告へ行く気力すら失い、そのまま我が家へと戻って父親にあの図面を手渡した。
図面を一目見た父・陳珪は、鼻で笑って吐き捨てた。
「あの曹豹の木偶の坊に、この陣地の高明さが理解できるはずもなかろう。糜竺の小僧も正義感ばかりが空回りして、賊を相手に『正々堂々の勝負』などと世迷言を言っておるのか? 糜竺も大したことはないな。……元龍よ、こうして見ると、ワシはあの蘇守義という男を少々見くびっていたのかもしれぬな」
「先生は普段こそ冗談ばかり仰いますが、その学問と洞察力は実に深遠でございます……」
「ふふふ」陳珪は白い長髭を撫でながら笑った。「まあ見ておれ。彼がどのようにして敵を退けるかをな。もしお前の言う通り無事に黄巾を撃退してみせたなら、ワシ自らが彼の元へ赴き、祝いを述べたところで何の問題もなかろう?」
「……噂によりますと、先生は近々挙式を挙げられるとか」陳登はチラリと父親の表情を窺った。
「この小僧め!」陳珪はガハハと大笑いした。「黄巾の賊どもを追い払った後に申せ! それからでも遅くはあるまい!」
「はい、父上!」陳登は満足そうに礼を言って退室した。
去っていく息子の背中を見送りながら、陳珪は髭を撫で、じっと深く思案した。
息子の変化は父親の目にも一目瞭然だった。親である自分が、実の息子の性格を知らぬはずがない。元龍は昔から気位が高く、自分と同等以上の才能を持つ者にしか心を開かず、礼を尽くさなかった。それが今や、屋敷の末端の使用人にまで穏やかに接しているのだから。
「あの蘇守義という男……なかなかの食えない奴よのう」
陳珪はフッと微笑んだ。古稀(70歳)を越えた老練な自分には、「人の心の裏表」などお見通しだ。ただ、息子は人の言うことを聞かぬ頑固者だったため、父親としても手を焼いていたのだ。それがこれほど変わるとは……あの蘇守義、大した手腕である。
それから三日のうちに、東門の外の景色は「激変」した。
作業の様子をあざ笑うように見ていた曹豹の蔑視に対し、陳登は心の中でせせら笑っていた。(あのバカめ、この陣地の真恐ろしさを何も知らんのだからな!)
蘇然の指示通り、陳登は三千あまりの兵士たちを三つのグループに分け、交代で実際に掘り進めた塹壕の中を歩かせ、その構造と効能を体験させた。
「ここに隠れれば、敵の矢に当たらない」ことを理解した瞬間、東門を守る兵士たちの士気は跳ね上がった。これがあれば、自分たちが生き残る確率は劇的に高まるのだ!
ゲームの中で何万、何十万の兵を動かしていた頃の蘇然とは違い、現実の人間が一人でも死ぬことに彼は痛みを覚えていた。だが、戦争において死者が出ないことなどあり得ない。
ならば、無駄な白兵戦を極力減らすしかない。白兵戦の選択肢を完全に脳裏から消し去り、蘇然は一人、徐州東門の地形図を食い入るように見つめていた。
秀はそっと溜息をつくと、羽織を取って蘇然の肩に優しくかけてやった。
「あ、秀?」
「夜が深まりましたわ、夫君……」
秀は蘇然の隣に腰を下ろし、温かいお茶を淹れて差し出した。
外を見やると、確かにあたりは暗黒に包まれていた。蘇然は申し訳なさそうに言った。
「秀、先に寝てていいよ。俺はもう少しこれを見ていくから」
「夫君、どうしてそんなことを仰るのです? 夫君が徐州の民のために夜を徹して尽力なさっているのに、妾身だけが先に休むなんてできませんわ。それに……」
秀は蘇然を盗み見ると、小さな顔をぽっと赤く染めた。
この一ヶ月というもの、毎晩のように夫君の腕の中に抱かれて眠ってきたのだ。あの温もりと安心感……どれほど幸せだったことか。
蘇然の心も揺らぎかけたが、ぐっと踏み止まって言った。
「……じゃあ、もう少しだけ待っててくれ。あと少し考えをまとめたいんだ」
「はい……」
蘇然は再び東門の地形図(陳登から取りよせたもの)に視線を落とした。
現代の軍事掲示板の猛者たちが言っていた——「作戦において、最も重要なのは『地形』である」と。天候は読めず、人心は移ろいやすいが、地形だけは絶対に裏切らないからだ。
東門の外の地形は、拍子抜けするほど単純だった。一面の平原、一箇所の小さな林、そして二条の小川。ただそれだけだ。
敵が宿営するには絶好の場所だが、そこは徐州城からわずか十里(約4〜5km)の距離しかない。
さらに徐州城寄り——東門から一里(約500m)の場所に、蘇然が作り上げた防衛陣地が広がっている。時間がなく人員も限られていたため、陣地の奥行きは五百メートルほどだが、最も奥の二百メートルは完全に徐州の城壁からの弓矢の射程圏内に入っていた。
拒馬や鹿角は地面深くに打ち込まれ、泥水をかけて氷漬けにされているため、敵が力任せに押しても動かない。
さらに蘇然は、城壁の上に「巨大な銅鏡」をいくつか設置させるつもりだった。夜間、篝火の光を銅鏡で反射させれば、城外の敵の動きが一目瞭然になるからだ。
城壁の上で警戒に当たる見張りには、すべて陳家の私兵を起用した。徐州の正規精鋭兵をバカにしているわけではない。むしろ彼らを信頼しているからこそ、攻城戦の本番で主力として温存しておきたかったのだ。
陳家の私兵は武勇の面では精鋭兵に劣るが、見張りの任務であれば、注意深くありさえすればトラブルは起きない。
(久しく守れば必ず失う——長引けば必ず隙ができる)
その軍理を知る蘇然は、別動隊を出して敵の兵糧補給路を断つ策も一瞬考えたが、敵の戦力が未知数である以上、リスクが高すぎると判断して見送った。
古来より、いかなる名将にとっても「城攻め」は最後の最後の手段である。城壁の利を活かせば、防衛側は「一対四」、あるいは「一対五」という圧倒的な損害比率で敵を殺傷できるからだ。
したがって、敵が徐州を落とすために使い得る手は極めて少ない。そして、敵にとって最も手っ取り早く、最も恐ろしい手段こそが——『裏切り者による城門開放』だ!
ここまで考えが至った瞬間、蘇然の脳裏に明確な防衛体制が組み上がった。
二千の徐州精鋭兵を二手に分け、一隊は城外の塹壕へ入り、もう一隊は城内で待機・休息させる(狭い塹壕に最初から全員を詰め込む必要はない)。これを一日か二日おきに交代させる。
千人の陳家私兵のうち、五百人は城壁の警戒、三百人は徐州城内の東地区を巡回警備させ、残りの二百人は予備隊として緊急時に備えさせる。
巡回警備の際には厳格な「合言葉」を定め、城門や城壁へ立ち入る際にも合言葉を義務付ける。……よし、陳登に頼んで、夜間は一般市民の外出を全面禁止にしてもらおう。
(ほかに何か見落としはないか……?)
蘇然が頭を抱えて唸っていると、小さな手がそっと伸びてきて、彼のこめかみを優しく揉みほぐし始めた。疲労を和らげようとしてくれる秀の手だ。
蘇然が感謝の眼差しを向けると、秀は可愛らしく「ぷいっ」とそっぽを向いて見せた。
(こんなの、妻として当たり前のことですわ。感謝なんてされたら、かえって余計な気を使われているみたいで寂しいじゃないですか……)
もし今が緊急時でなければ、秀は甘えて蘇然をからかっていたところだろう。
蘇然はおとなしく目を閉じ、秀の優しいマッサージを堪能した。
頭の中で何度も何度も防衛計画をシミュレーションし、これ以上の見落としがないと確信すると、ようやくホッと大きな溜息をついて立ち上がった。
「お湯が湧きましたわ。夫君、お身体を拭いて早くお休みになって……。数日のうちに黄巾軍がやって来たら、本当にお疲れになるでしょうから……」
「お前が俺の傍にいてくれるなら、何が来ようと怖くなんてないさ!」蘇然はへへっと笑った。
「はい……」
——兵は、国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり。
(兵とは国家の命運を握る死生の大事であり、熟考しなければならない)
蘇然自身すら気づかぬうちに、彼はすでに「将たる者」の最も根幹たる極意を、その身に具現化させつつあった。




