第十三章 買い物の意地と、見事な仕返し
「ちょっとあんた、ふざけないでよ!」
蘇然は腹を立てて言った。
「『先着順』って言葉を知らないのか? 横入りじゃないか!」
「何をバカなことを言っているの?」
その「公子」は鼻で笑うと、冷ややかに言い放った。
「私が知っているのは、お店は商売をするために開いているということだけよ。店が売り、客が買う。何の落ち度があるかしら?」
「なっ……!」
「夫君……」秀が蘇然の袖をそっと引っ張り、優しく宥めた。
「もうやめましょう。他のお品を見ましょうよ……」
「フン……」
蘇然は気まずそうにその「公子」を睨みつけた。
「男が女相手に躍起になれるかよ!」
「なにいっ!?」
公子は顔を真っ赤にし、蘇然を指さして何か言い返そうとした。
二人の客が今にも掴み合いの喧嘩を始めそうな気配を察し、店の主人が慌てて間に入ってきた。
「あ、あの! お客様がた、当店にちょうど真新しい銀の簪が入荷しましてね。見事な職人技なのですが、ご覧になりませんか?」
「出してみてくれ!」
蘇然は男装の麗人とバチバチと視線を交わしながら言った。
店主は急いで奥の部屋へ戻ると、すぐに木箱をひとつ抱えて戻ってきた。机の上に置かれた箱を開けると、そこにはまったく同じデザインの簪が二本、銀特有の美しい光沢を放っていた。
(ほう……?)
蘇然は興味を惹かれて一本手にとった。一目見て思わず感嘆する。
機械による大量生産などないこの古代において、完全に寸分違わぬ一対の簪を作り上げるというのは、尋常ではない職人技だ。
「店主、この簪はいくら——」
「店主! その二本の簪、この本公子が買い取るわ! 小昭、お金を!」
蘇然が最後まで言い終わらないうちに、あの苛立たしい声が再び割り込んできた。
「こ、公子様……これは女性用の装飾品でございますが……」
店主は相手が男装していると気づいていないのか、親切心で注意を促した。
「私が侍女に買ってやっちゃ悪いの!?」
公子は目を怒らせた。「小昭! ボサッと突っ立ってないで金を払いなさい! 現物を受け取るのよ!」
最後の言葉は、あからさまに蘇然を煽るように言い放たれた。
秀は不安そうに蘇然の横顔を見つめ、彼が怒りのあまり何か騒ぎを起こさないかと、袖をぎゅっと握りしめた。
しかし——蘇然は深く息を吐き出すと、かえって穏やかな表情を浮かべた。そしてフッと口角を上げて笑う。
「君さ、端から邪魔する気満々だろ?」
「邪魔? 滅相もない」公子は冷笑した。
「あなたが買えて、私には買えないなんて理屈が天下のどこにあるのよ?」
「へえ、いい度胸だ」
蘇然は指を指しながら心の中で呟いた。
(このワガママお嬢様が……お兄さんが痛〜いお仕置きを喰らわせてやる!)
蘇然は店内の棚を見渡した。すると突然目を輝かせ、まるで今初めて気づいたかのように声を張り上げた。
「店主! これはおいくらだい!?」
蘇然が指さしたのは、ひとつの「玉の腕輪」だった。
乳白色の半透明な美しい玉で、表面にはほのかな黄色の光沢が浮かんでいる。明らかにタダモノではない逸品だ。
「ああ! 公子様、そちらでございますか!」
店主は腕輪を見ると、誠実な調子で言った。
「実はそれ、当店に半年以上も置かれたままでしてね……もし公子様がお気に召したなら、二貫銭でお譲りいたしましょう」
「へえ……?」
蘇然は怪しげな笑みを浮かべ、ボソッと呟いた。
(こんな掘り出し物が放置されてたなんて好都合だ!)
そして秀に向き直る。
「秀、これなんてどうだ?」
「秀はとっても素敵だと思いますわ……」
秀はとにかく蘇然が怒るのを心配していたので、彼が何を手に取ろうと無条件で「良い」と答えるつもりだった。
「よし! 店主、これをいただくよ!」
「公子」が口挟む前に、蘇然が素早く先手を打った。
「かしこまりました!」
商売人としては和気あいあいと取引したいもの。店内で客同士に喧嘩をされたら溜まったものではない。正直者の店主は、まさか蘇然が「悪意に満ちた罠」を仕掛けているとは夢にも思っていなかった。
「お待ちなさい!」
(くくっ……!)
蘇然は心の中で冷笑した。魚がまんまと針に食いついたぞ。
「今度は何だよ!?」
蘇然はわざと悔しそうな表情を作り、声を荒らげた。
「今回は俺が先に言ったんだぞ!」
「ふん!」公子は冷酷に嘲笑った。
「あなたが先に言った? 古来より『高値をつけた者が競り勝つ』のが世の常よ。私は三貫銭出すわ!」
「な……なに……!?」
蘇然は信じられないと言わんばかりに相手を指さし、言葉を詰まらせた。
「さっき……お前……俺……」
「さっきの時だってあなたが買い値を競り上げればよかったのよ。しなかったのはあなたでしょ?」
「くっ……よくも……!」
蘇然は目をつり上げ、まるでギャンブルに狂った男のようにギラついた目を向けた。
「分かったよ! 四貫銭だ!」
「ふん、お話にならないわね」
公子は不敵に笑った。
「私は……十貫銭出すわ! 見れば見るほど気に入ったもの……」
(バカめ! もう一押し焚き付けてやる!)
蘇然は心の中で大爆笑しながらも、顔には絶望的な表情を浮かべた。
「俺は……俺は……じゅ……十一貫出す!」
秀は青ざめて蘇然の袖を必死に引っ張ったが、蘇然はそれを「荒々しく」振り払った。完全に頭に血が上った賭博打ちの振る舞いである。
「二十貫銭!」
公子は蘇然をチラリと見下ろした。その瞳は『これ以上争っても無駄よ、貧乏人に私とは競り合えないわ!』と高らかに主張していた。
「ハハハハハッ!」
突然、蘇然が大声をあげて笑い出した。
秀は顔を青くした。(夫君がショックのあまり頭がおかしくなってしまったのでは……!?)
いつも温厚で淑やかな秀が、初めてその「公子」に向けて怒りの視線を向けたほどだった。
「え……?」
公子も面食らった。腹を抱えて爆笑している蘇然を呆然と見つめる。
「ハハハ! 二十貫! 二十貫で買い取ってくれてありがとうよ!」
蘇然は最高に爽快な気分で、意地悪く言い放った。
「たった二貫銭の価値しかない腕輪を二十貫で買うなんて、物好きなやつもいたもんだな〜! ハハハ! 穴を掘ってやったら自分から飛び込んでくるんだもん、こんな面白いやつ生まれて初めて見たよ!」
「…………」
店内が静まり返った。全員が呆然と蘇然一人を見つめている。
真っ先に事態を理解したのは秀だった。
(夫君ったら……なんて悪い人なのかしら。こんな風に相手をハメるなんて……。でも……あの女の人、あまりにも酷かったですものね。今日は夫君が初めて一緒に買い物に来てくれた大切な日なのに……)
公子の表情は実にめまぐるしく変化した。
さっきまで負けが込んで赤目になっていた男が、一瞬で顔つきを変えて自分をバカにしている。
(ハメられたの……私!?)
公子の顔は赤くなったり青くなったりし、怒りのあまり言葉も出ない様子だった。
「ほらほら、君の二十貫銭の腕輪だよ。落として割らないように大切に持ち帰りなよ?」
蘇然は笑いを噛み殺しながら、強引に腕輪を公子の手に押し付け、追い打ちをかけた。
「吐いた唾は飲み込めないって言うだろ? 撤回はナシだぞ〜!」
(……ん、手の甲が案外すべすべして柔らかいな)
蘇然が秀の隣に戻った瞬間、腰の肉に激痛が走った。
振り返ると、秀が可愛らしく唇を尖らせて蘇然を睨んでいた。
(えっ、これでもヤキモチ焼くの……!?)
蘇然は苦笑し、もう男装女子を煽る気をなくして秀に向き直った。
「秀、何か欲しいものはあるか?」
そして木石のように固まっている公子をチラリと見やり、わざと大きな声で嘲笑した。
「あいにく俺にはそんなにお金がないからさ〜、二十貫銭もする高級品は買えないんだけどね〜!」
「二十貫銭くらい何よ!」
公子は冷笑し、蘇然に少し「手に触れられた」ことにも気づかぬまま、手の中の玉の腕輪を隣の侍女へ投げつけた。
「これ、あげるわ! 明日から毎日つけなさい!」
そして蘇然にドヤ顔を向ける。(二十貫の腕輪なんて、うちの侍女にやる程度の価値しかないのよ!)
「いや〜、金持ちは太っ腹だねえ!」
蘇然は感心したような、それでいて完全にバカにしたようなトーンで呟くと、秀の耳元で囁いた。
「秀、『見栄を張って身を滅ぼす』ってこういうこと言うんだぞ……」
(もう、夫君ったら……)
秀は呆れつつも笑いを噛み殺した。蘇然の性格を理解した秀は、棚に並んだとてもシンプルで地味な一対の腕輪を指さした。
「秀は、あの素朴なデザインのものが好きですわ……」
「店主! あれを降ろして見せてくれ!」
蘇然は放心状態で立っていた店主に声をかけた。
「あ……はい! かしこまりました!」
店主はようやく正気に戻った。ずっと売れ残っていた腕輪が、まさかの「超高額」で売れたのだ。まだ夢を見ているようだった。
「こちらは戦国時代の意匠を模したものでして……」
店主は腕輪を蘇然に差し出し、丁寧に説明した。
「青銅製でして、あしらわれている文様も戦国時代の神鳥・鳳凰を模しております。こちらの一対で、三貫……いや、二貫銭で結構でございます!」
本当は三貫と言いたかった店主だったが、(この公子様のおかげで棚ぼたの大儲けができたんだ、勉強させていただこう)と自ら値を下げてくれたのだ。
「よし、じゃあこれにしよう!」
秀の表情を見て、本当に気に入っている様子だと確認した蘇然は即決した。
すると——
「お待ちなさい!」




