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もうひとつの魂日和  作者: 朱潮 一初


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8.研究者のピストス

「ヴェルカーの顔合わせが無事に終わりましたので、次はピストスに逢いに行きましょう」


「今日はピストスのところはやめた方がいいと思うぞ……ほれっ」

 ヴェルカーが窓の外を指さして「機嫌が悪いぞ」と苦笑いした。


 窓に近づき外の様子を確認したセバスはウハナを手招きした。

「ウハナさん、あの遠くに見える森は分かりますか?」

「はい、黒い雲が覆っているあの森ですか?」

「そうです。あそこに住んでいるのが研究者の《ピストス》なのですが、彼女の機嫌があの雲の状態でわかるのです」

 ウハナがもう一度森を覆う雲に視線を合わせた瞬間、


 ドドーン・・・バリバリ・・・ドドッガーーーン


「今日は一段と荒れてるなぁ……ハハハッ! 嬢ちゃんとの初顔合わせならもっと穏やかな日が良いと思うぞ!」

 ヴェルカーはどこか楽し気に窓の外を眺めていた。

「そうですね。ヴェルカーさんにパンを渡して今日はこれで帰りましょう」

 セバスはヴェルカーに渡すパンを籠からとりわけて帰り支度を始めた。


「……はい」

 ウハナは遠くに見える黒雲から放たれる雷に視線を向けたまま小さく頷いた。



「また来いよ!」

 ヴェルカーに見送られて鍛冶工房を後にしたセバスとウハナは帰路についた。


 屋敷に向かう道すがら、セバスはピストスの話しをウハナに聞かせた。


 ――― 魔女様に与えられた名は《ピストス》


 《ピストス》とは忠実な、誠実な、信頼を表します。


 彼女はエルフ族でした。


 好奇心旺盛な彼女は他種族と交流を持つために、エルフの里を何度も抜け出していました。

 エルフ族は他種族と交わることを嫌っていました。独自の文化を持ち平穏に暮らすことを何よりも大切にしていました。

 彼女はそんなエルフの里では異端児でした。何度注意を受けても他種族との交流を止めなかった彼女は仲間のエルフたちから孤立していきました。

 ある日、彼女はエルフの里の秘密を他種族に漏らしていると嫌疑をかけられ、結果としてエルフの里から追放されました。


 もともと彼女は閉鎖的なエルフの里に収まる性格ではありませんでした。


 エルフの里を追放された彼女は、ヒト族の国に身を置き薬学の研究をしながら薬師として職に就き、今まで不治の病と思われていた病気の薬の開発や、疫病の蔓延を防ぐ薬などを完成させ、ヒト族に数々の恩恵をもたらし続け、その名を馳せました。


 エルフ族は自然との調和性が最も高い種族ですので、薬草に関してはヒト族では彼女に適うはずもなく……

 嫉妬に狂った同僚に嵌められて、彼女は研究を横取りされました。


 それでも彼女の好奇心と探究心は折れることはなく、次々と成果を上げるのでした。


 いつしかヒト族は、自分たちで試行錯誤するのをやめてしまいました。

『解決できない問題は彼女に任せればいい』とヒト族は難題ばかりを彼女にぶつけました。


 長命な彼女は同僚たちが他界する中、ひとり薬学の研究に没頭しました。

 新しい同僚が現れては妬まれ研究を横取りされ、また新しい同僚が現れては妬まれ研究を横取りされてを繰り返し、いつしか彼女はヒト族に心を許すことがなくなりました。


 『じぶんは何のために研究しているのだろうか?』

 ある日突然、彼女の中に湧き出した疑問は、彼女の好奇心や探究心を叩き折りました。



「それって、人間不信ですか?」

「さぁ、どうでしょうか……そもそも他者に興味を抱かないエルフ族ですから、()()がわからなくなったのだと思います」


「彼女はその後どうなったのですか?」

「彼女はエルフの里を追放された身ですので帰れる故郷もなく、研究を止めてしまった彼女は研究施設にもいられなくなり、当てもなく放浪していた時に魔女様に捕まりました」

「捕まった?……ですか?」

「ええ、サンマイエにある魔女様の屋敷に忍び込み、魔女様が魔法薬を作るために栽培していた薬草を盗み食いしていた所を魔女様が見つけて捕縛しました」

「……盗み食い?……それで魔女様はどうされたのですか?」


 セバスは遠い記憶をたどるように遥か彼方を視ながら、


 ――魔女様は彼女から事の顛末を聞き、自分の屋敷で薬師として働かないかと提案をしました。

 魔女様はサンマイエとボダエーマを生き来していましたので、自分がいない間のサンマイエの屋敷の管理と薬草園の管理を彼女に任せようと考えました。


 彼女はその提案を受け入れて魔女様の下で働いていました。


 魔女様の屋敷で最期の時を迎えた彼女の魂を、魔女様がボダエーマ(中間の世)に連れてきました。


 《ピストス》の名を与えられた彼女はハイエルフに進化して、ここにある魔女様の薬草園の管理と魔女様が請け負ってきた仕事の手伝いをしています。


 ウハナはセバスの話しを聞きながら、ヴェルカーの所で聞いた雷鳴がずっと耳に残り、心に引っ掛かりを覚えていた。ウハナはセバスに視線を向けて質問の機会をうかがった。


 ウハナの思いつめたような視線に気付いたセバスは、優しく目配せをして『どうぞ』と促した。

「ピストスさんのことで聞きたいことがあるのですが……今日の雷鳴が何だか悲しい音色に聞こえてしまって、ピストスさんの自己葛藤のような、外に向けた苛立ちではなくて自分に向けたものに思えたのですが、ピストスさんがどのような方なのか少し気になってしまって……」


「ウハナさんにはそのように聞こえたのですね。私には毛を逆立てたメス猫の唸り声にしか聞こえないので、聞く人によって捉え方が違うのは大変興味深いです。私からみたピストスの性格は一途と言いますか、一心不乱と言いますか、衝動で動く直情型ハイエルフ……です」

「……直情型ハイエルフ?……って、もしかしてセバスさんはピストスさんが苦手ですか?」

「苦手というか、嫉妬に近いでしょうね。魔女様が信頼しているのはピストスの名を与えたことからも疑いようがありませんが、魔女様の関心や興味を持っていかれるようで面白くない時があります」


「……ふふっ。あっ、すいません」

 ウハナは慌てて口を押さえたが笑いが漏れてしまった。

 セバスの可愛らしい一面を垣間見たようで少し嬉しくなった。


「いえ、お気になさらず。自分で言ってて恥ずかしくなりました。笑ってください」


 二人は顔を見合わせて、

「ははっ……」

「ふふっ……」

 屋敷に着くまで笑い声が絶えることはなかった。







次回 6/24 更新

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