7.水晶のフラスコ
王の怒りを鎮めるためにも、副団長の無念を晴らすためにも、全ての責任を負って師匠である自分の命で償うと決めたんだ。
うなだれるヴェルカーの姿を見たウハナは思わず声を発してしまった。
「なぜヴェルカーさんの責任になるのですか? ヴェルカーさんの知らないところで起きたことで、ましてや王子様には剣は作れないと伝えていましたよね。それなのに……」
ウハナの優しい気持ちに心が救われるような感覚になったヴェルカーは、顔を上げてこめかみを掻きながら、
「嬢ちゃん、ありがとな。俺の代わりに憤ってくれて……これは俺の慢心と弱さが招いた結果なんだよ」
ヴェルカーはウハナに優しく語るように話しを続けた。
嬢ちゃんも知っているあの魔女様から、俺はビボとして生きていた時代に仕事の依頼を何回か請け負ったことがあったんだよ。
魔女様からの依頼は錬金窯の作成だったり魔法具に使う道具がほとんどだった。
ある日、魔女様が『ビボは自分に厳しすぎるから、もし自分が納得する逸品ができたらこの魔法陣を使うと良い』と言って【祝福の魔法陣】をくれたんだ。
その【祝福の魔法陣】は完璧なモノに祝福を与えて、より完璧な一品になると教わった。
だが、その当時の俺は職人として高みを目指すのに『これが最高傑作だ』と思いたくなかったのが本音。もし認めたが最後、その先も職人として生き続ける自信がなかったんだ。
だから、魔女様からもらった魔法陣を引き出しに仕舞いこんで、その存在を忘れるようにそれまで以上に仕事に没頭したんだ。
弟子が所持していたと言う魔女様の魔法陣はそのときの魔法陣だ……おそらく魔女様と俺の話を聞いていて魔法陣を持ち出したんだろうな。
話の断片しか聞こえていなかった弟子は、魔女様の魔法陣に自ら手を加えて竜討伐の剣に刻んだのだろう。
祝福を表す文字を反転させた形跡を見つけ時は驚愕した。
弟子は単純に祝福を呪いに変換すれば呪いの魔法陣になると素人考えで改変してしまったのだろう。
俺がそのことに気付いたのは、魔女様から預かった魔法陣を完璧に覚えていたからだった。
ドワーフの俺は魔法の類は全く使えなかっが、知識欲と探究心だけは人一倍旺盛だった。
魔女様からの仕事を請け負うなら魔法や錬金術の知識だけでも完璧にしたくて必死に勉強した。ただ、必死な姿は恥ずかしくて誰にも見られたくなかったから、誰もいない時間を見計らって勉強していたんだ。
だから弟子は魔法陣を改変しても俺に気付かれないと思ったんだろうし、黒竜の討伐の功労者として名声を得る事しか考えていなかったんだろうな……まさか自分が死ぬなんて想像すらしてなかったと思うぞ。
俺は魔女様からもらった貴重で危険な魔法陣を、誰でも簡単に持ち出せる引き出しに仕舞った責任と、師匠として弟子がやらかしたことの責任をとることしか、あの当時の俺には思いつかなかったしできなかったんだ。
秘密裏に処刑されたあと、俺の魂がこのボダエーマに連れてこられて魔女様に《ヴェルカー》の名をもらった。
そのあとはひたすら反省の日々だった。
—— 自分はまだまだ未熟だった
—— 自分は弟子を取るには早すぎた
—— 職人として作り出したものに責任を持てとずっと言ってきたが弟子に教えられていなかった
—— 弟子は若気の至り、年長者である自分がもっと慎重に判断しなければならなかったんだ……と。
今は職人として一から己と向き合うためにここに居ると決めているんだ。
納得いくものが未だ作れていないのはまだまだ伸びしろがある証拠だと思うと、鍛錬の毎日で楽しいぞ!
にかッと白い歯を見せ少年のように笑うヴェルカーを見て、ウハナは少しだけ羨ましく思った。
「彼は魔女様に《ヴェルカー》と名を与えられエルダードワーフに進化しました。そして錬金術師としての才が開花しました。彼は日々精進を重ねて錬金術師としてこれ以上ない高みにまで上り詰めましたが、本人が全く納得していません。前世と同様で頑固な職人のままなのです」
セバスはやれやれという雰囲気を出しながらも優しい眼でヴェルカーとウハナの様子を見守った。
「俺の話しは大体こんなものだろう……分からないことがあったら何でも聞いてくれて構わないぞ。嬢ちゃんもしばらくここに居そうだし、若人を導くのも年長者のお役目だからな!」
「はい、よろしくお願いします!」
「おう……任せろ! そうだ今日の出逢いの記念にこれを嬢ちゃんにやろう。手を出してみな……」
ヴェルカーは戸棚からフラスコを一つ取り出してウハナの手のひらに乗せた。
「……きれい」
「早速嬢ちゃんに馴染んだみたいだな」
「それはどういう意味ですか?」
ウハナは手に乗せられた【栓付きのフラスコ】をまじまじと見た。
ガラスのようでそれとは違う柔らかな肌触りと、自分の熱がフラスコと同調しているのをなんとなく感じていた。
「それは水晶で作ったフラスコで、魔女様のお墨付きなんだ。その栓も水晶で作ってあるから気密性を高めてあるぞ。水晶は同調力が高い鉱石だから、手にした人や中に入れたものとすぐに波長が合うんだ。嬢ちゃんのエネルギーは純度が高いんだろう。純粋であればあるほど短時間で馴染むからな……魔女様曰く、俺の作った水晶のフラスコは安定した振動を発するから、ただの水を入れてしばらくすると水の粒子が均一に整って【浄化の水】になるらしい。その浄化の水をサンマイエでは【聖水】と呼び、丁重に扱われるんだとさ……ハハハッ」
「……ええっ、そんなに貴重なフラスコをいただいても良いんですか?」
「ああ、もらってくれると嬉しい。その聖水で淹れた茶はうまいぞ!」
「ありがとうございます。大切にします!」
ウハナは水晶のフラスコを胸にしっかりと抱き、深々とお辞儀をした。
ヴェルカーから貰ったフラスコを大切そうに抱えながら笑みを浮かべているウハナを見守っていたセバスとヴェルカーは、【水晶のフラスコ】の変化に気付き驚きの表情で顔を見合わせた。
「これはすごいですね。魔女様に報告する必要がありますね」
「おお、そうだな……自分が作ってってなんだが、ここまで同調するとは驚いた」
ウハナの気持ちに呼応して胸元で抱かれたフラスコから光が漏れ出て、光の珠がふよふよウハナの周りを漂っているのをウハナだけが気付いていなかった。
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