5.錬金術師のヴェルカー
「ウハナさんのやりたいことが一つ見つかったことですし、これからパンスさんが焼いたパンを配りながら回りましょう」
「はい!」
ウハナはボダエーマにいる魂たちに興味を持ちはじめていた。積極的に人とかかわりを持たないようにしていた生前にはなかった感覚が芽生え始めたことで、魂の変容がはじまっていたのをウハナ自身はまだ気づいていなかった。
小高い丘の上にのどかな雰囲気と調和がとれていない無骨なレンガ造りの建物が見えてきた。
「次に紹介する方ですが、種族はエルダードワーフ、名は《ヴェルカー》。錬金術師です。彼の場合は生前の心残りなどは既に解消され、職人としても自分の納得する高みにまで到達しているのですが、何故かここを気に入ってしまい、彼のガイドが冥府に送ると言って何度迎えに来ても『行かない』の一点張りでして……嫌がるものを無理に冥府送りにしても仕方ないだろうと、魔女様が判断されまして……今は魔女様の依頼を受けて仕事をしています。もし、ウハナさんが必要な道具や欲しいものなどがありましたら彼がすべて錬成してくれますので頼んであげてください」
パンスの時とは違い、困った様子で歯切れが悪くヴェルカーの話しをするセバスに少しだけ人間味を感じた。
「私は錬金術を見たことがないので楽しみです」
小説やアニメでしか知らない世界に胸が躍り顔が綻ぶウハナは、『私ってこんなに感情が豊かだったかしら?』と我が事ながら自分の知らない自分に戸惑いを隠せないでいた。
セバスは建物のドアの前に立つと「これを持っていてください」とウハナにパンスから預かった大きなバスケットを手渡し、強めに黒褐色のドアノッカーを打ち付けた。
コトン・・・コトン・・・コトン・・・
ノックをしてしばらくの間、ドアの前で待っていたが中から応答がなかった。
「……不在でしょうか?」
ウハナはドアの前から動かないセバスに後ろから声を掛けたがセバスは首を横に振り、
「いつのもことです。待っていればドアは開きますので静かに待ちましょう。その間は話をしないようにお願いします」
振り返ってウハナと目線を合わせたセバスは、人差し指を口の前に立てたしぐさをしながら「シー」と……わずかに口角を上げ微笑んでいた。
ウハナはこれから何が起きるのか気持ちが高揚し、頷いてセバスに分かったと視線で合図を送った。
ドアの内側から僅かに足音が聞こえてきた。
セバスはウハナに視線を向けて頷いた。『獲物をじっと待つハンターのようだなぁ』とウハナは思いながら、その瞬間が来るのをドキドキしながら待った。
ドアがギーッと音を立ててゆっくりと開きはじめ、「やれやれ……ようやく帰ったか……」呑気な男性の声が聞こえた刹那、セバスは素早くドアの隙間に足を滑り込ませ、ドアノブに手を掛け一気に扉を開いた。
「こんにちは。ヴェルカーさん……居留守はよくないですよ」
セバスはククッと笑いながら、悪戯が成功した子供のように楽しそうだった。
ばつが悪そうにヴェルカーは頭を掻きながら、
「またガイドの奴らかと思ってさ……冥府に下れの、生まれ変わらないと駄目だとか、その職人技を後世に残せだのうるさくて……魔女様がここに居て良いって言ってくれてるのになぁ。セバスさんからも言ってくれると助かるんだけどな」
「私はヴェルカーさんがどこで生きようが関係ないので、私を頼らないでください」
「相変わらずセバスさんはクールだね~……って、後ろのお嬢ちゃんはアキバが話ししてた灯魄様の預かりか?」
ヴェルカーはセバスの後ろに控えていたウハナを見つけると、セバスを押しのけてウハナにずいっと近づいてウハナを下から見上げて瞳を輝かせた。
距離を詰められたウハナは後ずさりしてセバスに視線で助けを求めた。
「ヴェルカーさん、ウハナさんから離れてください」
ウハナをかばうように二人の間に体を割り込ませたセバスは、ヴェルカーの肩を掴み彼の身体を半回転させ、ヴェルカーの背を押してそのまま一緒に建物の中に入っていった。
セバスの後を追うようにウハナも慌てて扉をくぐり中に入った。
入ってすぐの部屋は工房になっていた。
中央に大きな作業台がありウハナの知識でも知っている道具や何に使うか予想もつかない初めて見る物が並べられ、奥には釜や高炉など錬金に必要な設備が整然と配置されていた。
「……すごい!」
生前の雑多な工場とは違う、整然とし洗練された工房を目にしたウハナは、頬に熱が集まり鼓動が速くなるのを感じていた。その様子を見ていたヴェルカーは、
「嬢ちゃんは物作りは好きか?」
突然のヴェルカーの問いかけに室内にある道具や設備に心を奪われていたウハナは、ふと我に返り『私は物作りが好きなのかしら?』今まで考えたことがない問いに少し戸惑ったが、ウハナの心に浮かんだ言葉は、
「物作りが好きかどうかはわかりません。しかし、道具は好きです。道具を見ていると『これはどういうふうに使うのかな?』とか、形状が美しい道具は飾っているだけで気持ちがわくわくします」
「そうか、そうか……道具が好きか! 気になる道具があったら聞いてくれ……なんでも答えてやるぞ!」
「では、この作業台にあるフラスコのような道具ですが……「ウハナさん落ち着いてください」……」
ウハナとヴェルカーの道具談議がすごい勢いで始まりそうになるのをセバスが割り込んで止めた。
「……はっ、セバスさんすいません」
慌てて謝るウハナにセバスは苦笑しながら、
「【好き】を見つけられたことは良いことだと思います。先にそのパンスから預かってきたバスケットを作業台の上に置いてこの椅子に座ってください……落ち着いたらヴェルカーの紹介をしましょう」
「……はい」
ウハナは恥ずかしそうにしながら大きなバスケットを作業台の上に置き、セバスに勧められた木製のスツールにちょこんと腰を下ろした。壁際に置いてあったスツールをウハナの横に置いてセバスも腰を掛け、
「ヴェルカーさんも座りましょう」と声を掛けると、ヴェルカーもウハナの対面に素直に腰を下ろした。
ヴェルカーが座ったのを皮切りに、セバスがヴェルカーの紹介をはじめた。
―― ヴェルカーの前世の名はビボ。種族はドワーフ。サンマイエで鍛冶職人を生業としていました。
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