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もうひとつの魂日和  作者: 朱潮 一初


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4.大切なもの

 大きなバスケットをパンスから受け取ったセバスは、店から続く屋敷とは反対の道を何処かに向かって歩いているようだった。ウハナはどこに行くのか知らされていなかったが不思議と不安を感じなかった。


「先ほどこの世界での買い物事情を説明できませんでしたので、歩きながら話しをしましょう。この世界には通貨はありません。対価もありません。綺麗事のように聞こえるかもしれませんが、お金では計れない価値をここでは大切にしています」


「……お金では計れない価値ですか?」

「はい。職人の矜持ですね。ここにいる魂たちは自分の仕事に誇りを持っていますので『感謝』や『誉れ』が何よりも喜ばれます。魔女様の管轄地に来る方たちは心に重きを置く人が多いようです。パンスさんのように、パンを上手く焼くことが職人として何よりも大切で、パンを食べた人から感謝され、美味しかったと褒められることで喜びを感じ心が豊かになりパンスさんの魂が癒されます。更に善や徳を積むことで、冥府の審判を受ける際の判断にも影響を与えます」


「……『感謝』と『誉れ』、何だかわかる気がします」

「私はここしか知らないので魔女様から聞いた話では、物欲や金銭欲が重要と考える方々は他の管理者の下に行くようですよ」


「それぞれの魂に合った空間に行くのですね……そうすると」

 ウハナはパンスの様子に少しだけ違和感を感じていたが、その理由までは分からないでいた。


 何か引っかかるものを感じて考え込んでいる様子のウハナに、セバスは質問をすることでウハナ自身に気づきを促そうと、

「先ほどパンスと会っていかがでしたか?」


 ウハナは自分なりに感じたことを話し始めた。

「先ず、パンスさんは初めて会う私に興味を示しませんでした。私が何者でも関係ないと言うか……私だけではなくパン以外に興味がないように感じました……すいません。上手に違和感を説明できなくて……」


「大丈夫です。ウハナさんは自分の違和感をきちんと把握できていますよ。ウハナさんの感じた通り、彼はパンのことにしか興味がありませんので、その他のことには全く関心を持ちません。何故なら、パンスさんの魂のやり残したことや後悔したことがパン職人としての生き様だったからです」

「パン職人としての生き様……ですか?」


「はい。このボダエーマが魂のやり残しや後悔をなくすための場と言うのはお伝えしましたが、後悔の念が深いと死後も執着や未練を残しやすくなり、冥府の門を潜るのを魂が拒否します。結果として不成仏霊になり悪さをしたり彷徨う魂は消滅の対象になります」

「……私のようにですね」


「ええ、少しでも彷徨う魂を救済する場としてあるのがこのボダエーマなります。パンスさんがここに連れて来られたときは魂の消耗が激しく、自分の世界に引きこもって出てきませんでした……自分の世界とはウハナさんの場合は最初に魔女様に会った、大きな切株があった広い草原ですね。今のパンスさんのように生前でやり残したことや後悔したことと向き合う魂は実は僅かなのです。大抵の魂は自分と向き合うことを拒否したり、引きこもったまま消滅となるか、後悔を引きずったまま冥府で審判を受け、新たな身体を与えられて生まれ変わり、同じような試練を与えられ、己と向き合うまでそれを永遠と繰り返します」

「…………永遠……繰り返す……」


「少しパンスさんの前世の話しをしましょう」

 セバスはウハナに歩調を合わせてゆっくりと歩きながらパンスの昔話を始めた。


 昔々とある国の公爵家の厨房にバッキルトという名のパン職人がいました。


 公爵家の厨房では調理師たちはそれぞれの役割、野菜の下処理、焼き物、煮物、スープなどを専任で行い、バッキルトはパン職人として働いていました。


 バッキルトの家系は祖祖父の代から公爵家の厨房でパン職人として働いていました。


 公爵家の嫡男は幼いころから食が細く病弱でした。


 嫡男が小麦粉アレルギーと診断され、本宅の厨房では嫡男の食事に小麦が混入する恐れがあったので、嫡男専用の厨房が離れにつくられることになりました。


 その離れの厨房のパン職人にバッキルトが任命されました。


 バッキルトは嫡男のために小麦の代用品として米粉を使ったパン作りを始めました。

 自国の米粉は高価で入手量が少なかったため、公爵は隣国から米粉を取り寄せました。


 バッキルトは来る日も来る日も嫡男のために精魂込めて米粉のパンを作り続けました。


 嫡男の食事は徹底管理されアレルギー反応も落ち着きをみせ肌に潤いが戻り、嫡男は日に日に健康になっていきました。


 ある日の朝食後、嫡男の体中の皮膚が赤くなり、呼吸困難で倒れました。


 医師の適切な処置により、嫡男は大事に至らずにすみました。医師の診断は小麦アレルギーによる皮膚疾患と呼吸器疾患でした。


 原因究明が急がれ、嫡男の体調悪化の原因がバッキルトが作ったパンだったと結論づけられました。


 バッキルトは厳しい取り調べを受けました。

 

 バッキルトは無実を主張しましたが、嫡男が口にしたパンを作ったのがバッキルトだったことから覆すことができませんでした。


 バッキルトは嫡男のパンに毒物(小麦)を混入させ、公爵家嫡男を暗殺しようとした罪で数日後には処刑台に登りました。


 バッキルトの処刑後、公爵家に勤める給仕の女がパンをすり替えたことを白状しました。その女はバッキルトに恋心を抱き『付き合ってほしい』と告白をしていました。

 

 バッキルトは、『嫡男のパンを作る重要な責務があるため、誰とも付き合うつもりはない』と女の告白を断っていました。


 給仕の女はバッキルトに振られた腹いせで、バッキルトを困らせようと思い立ち、嫡男の米粉パンを本宅の厨房でつくられた小麦パンにすり替えたのでした。その女はまさかここまで大ごとになり、バッキルトが処刑になるなど思いもしないで、軽い気持ちでパンをすり替えたのでした。


 すり替えたパンの形が同じだったことで、誰もパンがすり替えられたことに気付きませんでした。

 バッキルトは嫡男だけが違う形のパンでは気の毒だと思い、米粉パンを本宅の小麦パンと同じ形に形成していました。

 バッキルトは嫡男に家族と同じパンを食べている感覚を持ってもらいたかっただけでした。

 

 その優しさが裏目に出たのでした。


 死後のバッキルトの魂を迎えに行った死神(ガイド)は、無念な思いが強くこのままでは不成仏霊になりかねない、バッキルトの魂をこの深い絶望から解放するには、中間の世(ボダエーマ)でやり直しをさせることが賢明だと判断し魔女様の下に連れてきました。


 ここに連れてこられたバッキルトは名をパンスと与えられた後、しばらく自分の世界に引きこもっていましたが、魔女様やガイドと反省や人生の振り返りをしていくうちに、パン焼き職人としての矜持や、心残りがあることに気付いたのです。


「そして今に至ります。いかがですか?」


 セバスに主題がない問いを投げかけられたウハナは自分にできることを一生懸命に考えた。

「……私は、パンスさんが焼いたパンをたくさん食べます。そしてパンスさんに感謝を伝えます。生前、私は休みの日に美味しいパン屋巡りをするのが好きでした。それをここでもできると思ったら嬉しいです。その気持ちをパンスさんに伝えていきたいと思います……私がやりたいことの一つになりました」


 セバスは瞳を輝かせて一生懸命にパンスのことを考えて、その思いを言葉にするウハナの変化を嬉しく思った。

 魔女様にしか興味がなかったセバスが、ウハナに関心を持った瞬間だった。







次回 6/12 更新

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