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もうひとつの魂日和  作者: 朱潮 一初


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12/14

12.願いを込める

 妖精に導かれて生い茂る木々の前までくると、

「ここからピストスの森よ」


 セバスと一緒にヴェルカーの工房から見た時は、雷鳴に浮かび上がる鬱蒼とした森林のシルエットしか見えなかったが、近づいてみると清涼な空気と草木の生命を抱くように穏やかな時間がそこには流れていた。


『森の入り口はどこかしら?』

 ウハナは森の中に続く道がないことに困惑しながら森林の様子を眺めていると、目の前の草木が音もなくゆっくりと左右に分かれてひと一人が優に通れるほどの道が現れた。


「…………!」

「ここからまっすぐ進むとピストスの研究所があるわよ。さあ、行きましょう・・・」

 驚きで息をのみ声を発せずにいるウハナの背に魔女様が手を優しく添えて、森の中へと誘った。


 しばらく歩いていくと見上げるほどの大きな樹木がウハナの目の前に姿を現した。大樹は天高くそびえ立ち太い幹に沿うように階段が設置され、階段を上がったその先にツリーハウスが設えられていた。


「…………!」

「ここへ来てから驚きすぎて声が出ないわね。さあ、ピストスが待っているから上にいきましょう」

 魔女様はウハナに目配せをして先に階段を上がっていった。


 ウハナは妖精に先導されて、階段を上がりながら大樹の幹に触れたり、ツリーハウスのウッドデッキからの眺めに胸が高鳴った。


 ウハナは開け放たれていたツリーハウスの扉の前で思わず立ち止まった。お世辞にも綺麗とは言えない、乱雑とした足の踏み場もない部屋の様子に中に入るのを躊躇した。


「適当に入ってきて……」

 部屋の中から雑然とした室内に似つかわしくない、透き通るような美声が聴こえてきた。


「……あっ、はい。失礼します」

 ウハナが床に散らばっている物を踏まないようにそろりと一歩足を踏み入れようとした瞬刻、床に置き去りにされていたと思ったモノたちが、すすっとウハナのつま先を避けるように横へと退いた。


「わっ、動いた……ふふふっ。お邪魔しますね」

 ウハナは足下にあるモノたちに声をかけながらゆっくりと部屋の中央まで入っていった。


 足下に気を取られていたウハナはテーブルの端に辿り着き目線を上げた。視線の先には光を纏っているようなホワイトブロンドの髪に、森の深緑に溶け込むようなフォレストグリーンの瞳をした女性が魔女様の隣に立っていた。


「…………」

 ハイエルフの特徴をもつ、幻想的な佇まいの女性の立ち姿に言葉を失ったウハナは、彼女から一時も目を離せないでいた。

『なんて綺麗な人……』


「ありがとう」

「……あっ、すいません」

 初めて会う人に対してしげしげと眺めるような不躾な態度を取ってしまったとウハナは慌てて頭を下げた。


「いや、謝罪はいらないよ。私と貴女は波長が合うようだから、貴女の心の声がほんの少しだけ聴こえたんだよ」

 彼女は俯いたままのウハナの手を取り、驚いて顔を上げたウハナの眼をじっと見つめて、

「はじめまして、ウハナさん。私が《ピストス》です」


「……はっ、はじめまして。ウハナです!」

 名乗りが済んだウハナは冷静さを取り戻し、改めて室内を見渡した。

『汚れているのではなく、物が多くて片付いていないのね……』


「そうなんだよね……」

 ピストスはウハナの心の声を聴き会話をはじめた。唐突に始まった話に驚きで目を丸くするウハナをよそにピストスは話し続けた。

「書付けやら資料やら何だかんだと溜まりに溜まって、収集がつかないんだよ。どれも大切な物だから無くしたり傷まないように、魔女様にお願いをして、物や書類が自ら適切な場所に移動するように魔法を掛けてもらったんだけど……最近魔法が効かない(言うことを聞かない)モノたちが増えてきて困っているんだ……魔女様、また魔法を掛け直してくれないかな?」


 はぁ、とため息をついた魔女様はやれやれと言いう感じで、

「ねぇ、モノの定位置を初めに決めないと、モノだってどこに収まったらいいか分からないって何度も説明したわよね。先ずは置き場所を決めてそこにモノを収めてみて。そうすればどこに置いても勝手にモノが戻るようになるから・・・」


「研究が忙しくて、定位置に収める時間が取れないんだよ。だから魔法で何とかできないか魔女様にお願いしたのに……」


「わかったわ。とりあえず用件が終わったら魔法を掛け直すから・・・」

 魔女様は持ってきた【苗】をピストスに手渡した。


「この前のとは別系統の魔力を感じるなぁ……」

 ピストスはしばらくの間、苗に手をかざして苗から感じる波動を読み解いていた。はぁ、と溜息を一つつき首を横に振ったピストスは、

「残念だがこの子に合う水が無い。前回の苗もそうだったけど、どうやら水に問題があるみたいなんだよ」


 それならと魔女様はウハナに「水晶のフラスコを出して両手で持っていて・・・」と言いながらテーブルの上を片付けて、ピストスにはいつも研究に使っている水を用意するように言いつけた。


 ピストスが奥の部屋から水瓶を持ってくると魔女様はそれを受け取り、

「今からフラスコに水を注ぐけど、ウハナは『この水で苗が元気に育つように』って願って欲しいの。しばらく心の中でイメージしてみて。私が良いと言うまで目は瞑っててね・・・」


 ウハナはこくりと頷き、静かに瞼を閉じた。


 魔女様はピストスに目配せをして、ウハナが持つフラスコに水を注ぎ始めた。


『水が注がれてきた……この水が苗の成長を助けますように……苗が元気に育ちますように……苗が元気に育ってみんなが幸せになりますように……』

 ウハナが心の中で水に【願い】を込めるように祈り続けると、水晶の粒子がそれに呼応しまばゆい光を放ち始めた。


「なにこれ……!」

 思わず驚きの声を上げたピストスに魔女様は視線を送り、口元に人差し指を当てピストスに静観するように促した。


 ピストスは両手で口元を押さえ声を殺して状況を見守った。




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