11.ピストスの森へ
魔女様の後ろに付いてしばらく歩いていると、前方に小高い丘の上に建つ武骨なレンガ造りの建物が見えてきた。
セバスと初めて訪れた時はのどかな風景に似合わない建物だと思ったが、今日は不器用で真っ直ぐな性格のヴェルカーにぴったりの建物だなとウハナは感じていた。
ウハナが感じていたのはそれだけではなかった。
セバスと来た時はパンスのパン屋に立ち寄ったのもあるが、体感的にヴェルカーの工房はもう少し遠い感じがしていた。
ウハナは魔女様からの宿題【疑問に思ったことは必ず聞くこと】を実践しようと思い立ち、ウハナの少し前を歩く魔女様に声を掛けてみた。
「魔女様、質問を良いでしょうか」
「ええ、どうぞ・・・」
魔女様は微笑みを浮かべながら振り返り、ウハナの横に並んで歩を揃えた。
「前回、セバスさんと一緒にヴェルカーさんを訪ねた時はもう少し遠い感じがしたのですが、これは私の錯覚ですか?」
「それについては、ウハナの感覚がそのように感じた・・・が答えかしらね。時間も距離も空間もないに等しい世界だから、もし急いでいる時は時間を早めることもできるし、のんびりしたい時は時間を延ばせるし、『歩きたくないなぁ』って思えば距離はなくなるし、イメージ次第でどうにでもなるのがこの世界なのよ」
「イメージですか?……イメージ……経験しながら感覚を掴んでみます」
『少しは前向きに捉えられるようになったみたいね。もっともっと成長しなさい・・・ふふっ』
魔女様は隣で「イメージ、イメージ」と独り言を呟きながら表情を豊かに変えるウハナの変化を喜ばしく感じながら、ヴェルカーの工房まで少しの間、歩みを緩めた。
魔女様は扉の前に立ち黒褐色のドアノッカーをゆっくりと打ち付けた。
コトン・・・コトン・・・コトン・・・
中から扉が空き、ヴェルカーが顔を出した。
「魔女様いらっしゃい。おっ、嬢ちゃんも来たか! さぁ入れ入れ」
人懐こい顔をしたヴェルカーは作業台の上を片付けながら、
「魔女様、今日持ってきたのは鉱石……ん? その波長はアメジストか?」
「さすがヴェルカーね。純度の高いアメジストが手に入ったから持ってきたわ・・・」
ヴェルカーが空けた作業台のスペースに魔女様はことりとアメジストの結晶を置いた。
「ほほう、これはまた美しい……」
ヴェルカーはアメジストの結晶を手に取り、光に透かして角度を何度も変えて眺めていた。
「キラキラしてきれい……アメジストを通り抜けたすみれ色の光の粒子が私の所まで届いてくるわ」
ウハナは両手のひらを器にして光をすくい上げた。
「おや?……このアメジスト、もう嬢ちゃんと同調を始めてるぞ」
「本当ねぇ・・・それなら話しは早いわ。このアメジストで器を作ってちょうだい」
光の粒子を掬ってはふわっと上へと放ち、集めては指の間からはらはらと零して遊んでいるウハナを確認しながら、魔女様はヴェルカーへ仕事の依頼を出した。
「器?……形状はどうする?」
「ウハナ専用の器にするから、ウハナの手のひらに収まる形にしてみて、任せるわ」
「分かった」
ヴェルカーはすみれ色の光の粒子に囲まれているウハナに近づいて、
「嬢ちゃん、手のひらをお椀のようにしてみてくれ……」
「こうですか?」
ウハナはヴェルカーに言われるまま両手のひらを上に向けて器の形にした。
「おう……そのままで」
ヴェルカーはウハナの手のひらにアメジストの結晶をそっとのせた。
アメジストを凝視したまま微動だにしないヴェルカーにウハナは戸惑いを見せた。
「何をしてるのですか?」
「アメジストに聞いてる?」
「……えっ、聞いている?」
ヴェルカーの視線の先にあるアメジストの結晶にウハナも目線を落とした。
「どんなカタチになりたいか、嬢ちゃんとどうなりたいかを聞いているんだよ……ちょっと待ってくれ………よし! 分かった!」
ヴェルカーはニカッと白い歯を見せて、面白いおもちゃを見つけた無邪気な少年のように瞳を輝かせながら、
「魔女様、三日くれ……」
ウハナの手の内にあるアメジストを持ち上げて奥の部屋へと入って行ってしまった。
主がいない部屋でウハナが唖然としていると、
「 さあ、私たちはピストスの森へ行きましょう・・・ヴェルカー、あとはよろしくね~!」
部屋の奥に向かって声を掛けた魔女様はヴェルカーの返事を待たずに工房を後にした。
工房の扉を出ると目の前に緑色の珠が浮いていた。
ウハナは目の錯覚かと思い、瞬きをしてみたが緑色の珠は意思を持っているかのようにそこに留まり続けていた。
「あら、迎えが来ていたのね」
魔女様は緑色の珠にそっと手を差し伸べたが、緑色の珠は魔女様の手を流れるようにかわしてウハナの前に移動した。
「ふふっ・・・振られちゃったわ。ウハナを迎えに来たようね」
緑色の珠は魔女様の問いに返事をするように光を強弱させて、ウハナの目の前を右へ左へと浮遊した。
「迎えに来てくれたの?」
ウハナの差し出した手に降り立った緑色の珠は、妖精の姿にかたちを変えた。
「……妖精?」
「それはピストスの精霊よ。ピストスの森へは精霊の招待がないと入れないの。その子はウハナと話しをするために妖精の姿になったのね」
妖精はウハナの手のひらにちょこんと立ち、
「はじめまして。私は木の精霊よ。ピストスのところに案内するわ」
ふわっと飛び立った妖精は「私についてきて」とウハナの前を飛び、何度も振り返りながらウハナをピストスの森へと案内した。




