◆謎解きは優雅にティータイムに
私は王太子殿下のご好意という名の二人だけのお茶会。まぁ、実際には給仕やら近侍やらいるけど。優雅に二階のバルコニーでティータイムをすることになった。他の容疑者候補の方々は、庭に集められている。まぁ、面白い喜劇だと思えばここは特等席だろう。
何たって、張り切って登場した第二王子がとんでもない発言をしているのだから。
「お前たちの中に犯人がいるのはわかっている、さっさと名乗れば、情状酌量してやっても構わんぞ!」
そんなことを言われて、はいそうですかと名乗る犯人などいるわけがなく、男爵と伯爵が怒り心頭で叫んだ。
「何をふざけたことを! われわれは誰も殺しておりません!」
「いつまで我々はここにいればいいんだ!」
「侯爵! 貴方からも何か言ってください! こんな理不尽な思いをさせるために茶会を開かれたのですか!」
「いやはや、殿下、今日この場は、皆様のための茶会ですから、そのような発言は」
「なんだ! 侯爵よ。貴方の屋敷で殺人事件が起きたのだぞ! 怒りはないのか!」
まさかの飛び火に侯爵も困り顔だ。いつもの侯爵らしくない、彼は貴族らしく堂々と殿下とも話をする。それが第二王子の前では違うのかと思っていると、後ろに気配がした。
「君をここに招待して正解だったな」
「殿下。本日はお招きいただき、至極光栄でございます。本当にこちらに招待していただいて助かりましたわ」
少し遅刻して来られたフランチェスコ王太子殿下に挨拶をし、着席するとテーブルの上においしそうなスイーツが並べられ始めた。砂糖菓子で作られたピエロやチェスや、薔薇に宝石とかなり凝っている装飾がされていた。こちらへのアピールも余念がない。
「まぁ、すごい」
「当家自慢のパティシエの作品でございます」
給仕が胸を張って説明をしてくれたが、私は興味がないので右から左へと聞き流しながら、別のことを考えていた。侯爵は王太子も、第二王子にも顔色を伺っている様子。
一口兎の形の砂糖菓子を口に含んだところで、庭でまた大きな声が上がった。
「何をおかしなことを! 我々は関係ないと言っていますでしょう!」
「私は夫を殺されたのですよ!」
「あなたは浮気をしていた! 夫が邪魔だったのでは!? マンス男爵夫人!」
「な、何をおかしな事を! 夫を殺してなんの得が!? そもそも夫との間には子がおりませんのよ! 私はこれからどうすればいいのです!」
マンス男爵夫人はわっと泣き出してしまった。その夫人をバフジーク男爵夫人が慰めている。同じ男爵同士。
「お可哀そうに、マンス男爵夫人は平民に逆戻りですわよね?」
「そうだね、子が居なければ、夫人に遺産相続権がない、殺すメリットは何もないね」
「えぇ、本当に」
ケーキの上に乗せられたドレスの砂糖菓子を爪で弾けば、コロリと落ちて思わず笑みが浮かんだ。子がない貴族の妻に相続権がないという事を知っているということは、マンス夫人は一度考えたことがあるのだろう。
「君は誰が犯人だと思う?」
「そうですわね〜」
コインの形をしている菓子を口に含むと、チョコレート菓子だった。
「ならば、借金していたお前たち。キャンシーク伯爵だ!」
また第二王子の声が二階にまで響いた。推理もせずに、当てずっぽうすぎないか?
「私たちはちゃんと返金済みですよ。それなのにマンス男爵があとから利息を催促してきたのですよ! それを抗議したまで、それについては裁判を起こしますから殺す必要はなんてない」
反論する声を聞きながら、とりあえず伯爵夫妻について語ってみた。
「キャンシーク伯爵領は今年かなり豊作なので、この証言は正しいでしょう。何より珍しく実直な貴族ですから」
「確かに、時々人を信用しすぎて巻き込まれやすい貴族でもあるけどね」
「まぁ、そうでしたの?」
香り高い紅茶に、クリームたっぷりの小さいタルトを皿にサーブしてもらいながら、砂糖菓子をあいたお皿に並べて見た。ビショップ、ポーン、ナイト、ルークを二つ、キングを二つ、そしてドレスと並べて、真ん中に豚の砂糖菓子を置いた。
「チェスをするわけではなさそうだね?」
「チェスは苦手ですわ。戦略なんて学んだ事がありませんもの。可愛い砂糖菓子を並べてみたくなっただけですわ」
「そう? 面白いチョイスだね」
ふふふ、だってこれは例えですもの、ドレスとビショップをフォークで軽く突いて倒していく。
下では当てずっぽうなやりとりが続いて大騒ぎしているけど、こちらでは優雅に推理といきましょうか。
「ん〜侯爵家の紅茶は美味しいな、あとで茶葉を貰おう。そうだ、ドロテア嬢、アーキオ伯爵とバフジーク男爵夫妻は休憩室を使っていたようなんだけど、どう思う?」
「そうですわね。バフジーク男爵夫妻はちゃんと休憩室として使われていたと思いますわ。お二人でご一緒していましたから。アーキオ伯爵は……」
ナイトとルークをまた突いて倒す。アーキオ伯爵は、睡眠薬を飲まされて爆睡させられている。爵位をちらつかせてとある男爵夫人を寝取ろうとしていたらしいけど、一杯食わされちゃっているのよね、侍女に八つ当たりなんてするから、犯人扱いされるのよ。でも、そのまま伝えるわけにはいかない。
「侍女たちの噂話では、ご婦人に無体をしようとして、返り討ちにあったそうですわ」
「おや、そうだったのか。では、ディマンシェ子爵はどう思う?」
「彼は、さっぱり存じ上げませんわ。年もかなり離れておりますし、昔武功をたてたということしか知りませんし。接点がございませんもの」
そう、接点はないけど、優秀な侍女のおかげで、ひとつ分かったことがある。彼の領地は武器を作る職人を大量に抱えているらしい。王家にまで納品するほど。
「そうか、まぁ彼は今回の犯人ではないだろうね。今のところはマンス男爵と接点がない」
「そうですわね」
なるほど〝今のところは〟か。ルークを一つ横にずらすと、痺れを切らしたディマンシェ子爵の声が響いた。
「だいたい帰した人の中に犯人がいるのでは!? 我々が犯人だという証拠がどこにあると言うのです!」
その可能性もある。だいたい、犯行現場近くにいたというだけなら、ここの屋敷に勤めるもの全員が怪しい人物になってしまう。
「ん〜このタルト絶品だわ」
「どれ、私もそれを一つ」
殿下が私の席の隣に座ってきた。そして私と同じタルトを食し、ご満悦だ。
「殿下、私とではなく、弟君と一緒に庭で推理合戦をしなくてよろしいのですか?」
「自主性を重んじようかと思ってね、それに貴方の推理を聞く方が私にとっては有意義だ」
にっこりと微笑まれてしまったわ。にこやかなのにとても圧を感じる。
「それに、あれは、あれで犯人がボロを出す可能性があるかなと思ってね」
「なるほど、ですが私の勘ではあの中には殺人犯は、いないと思いますわ」
「へぇーそれはどうして?」
「昨日休憩室で拾いましたの。渡そうと思っていたのに色々あって忘れておりましたわ」
ポケットから昨日拾った紙の束を渡した。殿下はきっと気づく。
「これは……どこにあったんだい?」
「あの部屋の額縁から落ちてきましたの、最初はネズミかと思ってびっくりしましたわ」
「へー……」
中身を見て殿下はすぐになんだか分かったみたい。
「君はこの中身の意味は理解できたかい?」
「さぁ、よく分からない文字ばかりで、殿下はわかるのですか?」
「あぁ、実はこれが一番欲しかった情報だよ。ふふふ、もっと早く欲しかったなぁ」
艶のある微笑みを浮かべながら、肘をテーブルにつく姿は色っぽい。普通の令嬢なら頬を赤らめるだろう。でも、美しい薔薇には棘があるものだ。
「言ったではありませんか、不協和音がおきると。渡すタイミングを失い、すっかり忘れておりましたのよ」
「そういうことにしておくよ。それで、情報はこれ以外にもあれば是非教えて欲しいな」
そう言いながら、椅子をずらして私の肩に触れるほど近づき、耳元で囁いた。
「ドロテア、君は何を知っているのかな?」
「ふふふ、童話でお願い事をするには何が必要かご存知?」
「ん〜誠実さかな? もしくは、魔法使いの注意事項をちゃんと守ること」
「えぇ、そうですわね。私は今回の事件に何も関わることなく帰宅いたします。ただ、少し不安ですの。アルノーという騎士が、積極的に迫ってきて。彼は平民出で向上心がとても高い様子。実はアプローチをされてしまって。でも、私の家は裕福ではなく、彼が婿にこようものなら財産を食い潰されそうで。その証拠に、彼は絹の手袋に、とても高い香水をふりまいていましたの、それと……」
その後は、耳元でこう囁いた〝昨日はボタンが一つ取れていて、血の匂いがした〟と。
「ほう……」
「殿下は私を守ってくださるかしら?」
「もちろん」
「でも言葉ではどうとでも言えますわ。ねぇ」
ここまでは、自分の身を守るための情報提示だ。あと私が欲しいのは、安全にこの場を去ること。にっこりと微笑みながら、馬車の形に塗られたアイシングクッキーを殿下の口に差し込んだ。
「うん。クッキーもおいしいねぇ。それじゃ、私から一つプレゼントを。昨日、扇子を壊してしまっただろう?」
そう言って、殿下は手を挙げると近侍のジークが箱を一つ持ってきて、その手の上に乗せた。その箱を優雅に私の目の前に差し出して箱の蓋を開けると、中には綺麗なレースが施された扇子。
「これは……今流行のブティックの扇子! え、あのとても高い!」
「ふふ、喜んでもらえたかな? それと、帰りには私の近侍も一人つけておくよ。ジーク! 君がエスコートするように」
「はっ!」
近侍に向かって声を張り上げる姿はとても素敵ね。ちょっとぐらっときたわ〜。パラリと開いた扇子はとても良い香りがする。このレース、手刺繍の最高級品。この扇子の面積だけで馬車一台買えるほどのものをポンとだす!? こんな高級品だめよ! 何か裏があるかも、恐ろしいじゃない! いや、でも手が離せないわ! いやーん! 素敵すぎる〜! 無理無理くれるっていうのよ! もう私のよ〜!
「とても気に入ったみたいだね。君の嬉しそうな顔を見れてよかったよ。さて、お迎えが到着したようだ。では、お姫様。物語はここでおしまいのようだ」
「ふふふ、とても素敵な時間でしたわ」
さて、私はここで惜しくも退場よ。面白い喜劇は庭で続いているようだけど、私のような小物は出しゃばりすぎると消されると相場が決まっているの。こんな素敵な扇子も頂いたし! 大人しくジーク様にエスコートされながら、侍女と一緒に馬車に乗り込んだ。
*
「殿下、よろしかったのですか?」
「あぁ、彼女は最低限の情報をくれたからね」
フランチェスコは楽しげに、ドロテアが遊んでいた砂糖菓子の皿を見つめた。彼女は席を立つ前に、また砂糖菓子を弄ったのだ。彼女が倒したチェスのコマは全て白い。そしていまだに立っているのは、四つ。
黒いキングの前に移動された黒いポーン、その前にはヒビが入った豚が転がっている。少し離れた場所に黒いルーク。そして別の皿に移動した白いキング。
「女性であることが惜しいな。法律を変えられないだろうか」
「いきなりは無理でしょう。……信用に値する情報でしょうか?」
「彼女の顧客は、皆、彼女の情報を信用している。その代わり、彼女の地位と安全を保証している。それだけの実力があるのだよ」
「はぁ……地位と安全ですか?」
ケイエスは気づいているようだが、やはり他の者は気づいていない。そう彼女が周りに思いこませる魔法をかけているそうだが……俺もケイエスに指摘されるまで気づかなかった。普通、未婚の貴族令嬢が一人で夜会に参加などしない、両親のどちらかもしくは兄弟と来るものだ。無理な場合は親族もしくは、家庭教師がパートナーとしてくる。
「ふふ、だから私もこの数年見かけていないことはしばらく黙っていようと思うよ」
彼女はまさしく悪女だろう。若い令嬢と思って、侮ってはいけない。不思議そうに首を傾げる近侍に苦笑した。
まだ黒いキングもルークも狙えない。そして、ドロテアも本物の黒幕に気づいていた。
彼女の観察眼と情報網は、是非とも欲しい、だが同時に逃げ足も早い。何度か弟によって罪を着せられそうになってもするりと躱して逃げ、悲劇のヒロインとなってご婦人方の同情をかいつつ社交界に戻ってくる。周りもそれを楽しんでいる節があるが。
「いつか彼女もこの手に」
白いクイーンの砂糖菓子を口に含めば、中はジンジャークッキーだった。想像と違った味に思わず笑みが浮かぶ。
下ではまた口論が始まり、仲裁をするために公爵家の騎士団長が割って入り押さえ込んでいた。皿の上に残る黒いポーンを手にとってかざしてみる。
「歩兵ね……さて、この茶番劇をさっさと終わらせるか」
フランチェスコは席を立つと、近侍と私兵に指示を出した。証拠となる物を手に持って。




