12 幼なじみの変化
王都の幼なじみだと三本の剣を紹介すると、エリカとディアーナにはニヤニヤされ、アリーにはズルいと拗ねられた。オッジは三人の洗練された雰囲気に気後れしていたが、セオドアは年齢が近いこともあって積極的に自分を売り込んでいる。
「攻撃魔術師を探しているのなら、卒業後になるけど俺はどうかな? 火の属性魔力が得意だよ」
「それなら私も! 魔力は土属性だから攻撃も補助もできる、イロイロ便利だよ」
卒業後はフリーの攻撃魔術師を考えていたアリーだが、三本の剣のような将来有望なパーティーに加われるならそっちの方が断然良い。拗ねている場合ではないと、アリーも手をあげた。
そんな二人にオリーが、パーティーに馴染めるか、討伐の方向性や相性などを確認したいと提案する。
「君たちが卒業までの間、空いてる日に俺たちの討伐に加わってもらって色々と試すのはどうかな?」
「はいっ」
「よろしくお願いします」
セオドアとアリーは三本の剣へのパーティー加入を最終目標にしたようだ。
二人だけでなくエリカとオッジも空いている日には三本の剣と行動をともにする。こちらは冒険者との連携を学ぶためだ。
闇の日以外は全て授業を詰め込んでいるマユは、幼なじみたちに同行する予定はない。それをレオンが寂しがった。「マユも一緒に」と粘ったが、冒険者としての活動の方向がまったく違うのを理由に断わると、目に見えてしょげた。
「三本の剣の休養日も闇の日にする。休みの俺がマユを手伝うのは問題ないよな?」
「まあ、それなら?」
どうしてもマユの護衛をしたいと主張したレオンは、その場でパーティーの休養日をマユの休みと合わせてしまった。話し合いもせずにいいのかとマユは焦ったが、オリーとジャスパーが笑っていたので、まあいいかと受け入れた。
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詰めに詰めた授業に出席し、つきまとうグリーズをエリカたちの協力で避け、ディアーナに護身術を教わり、闇の日にはレオンと採取に出かける。
そんな忙しくも充実した日々を過ごすうちに、前期の学力考査の予定が発表された。
試験期間は七月二十日からの五日間。うち前の三日は筆記試験、後ろの二日は実技試験だ。成績発表が二十九日、三十日で前期が終了となる。
「夏期休暇は九月末まであるんだね」
二ヶ月間の夏期休暇をどう過ごすのか、それも学校に届け出しなくてはならない。故郷に帰省する者はその旅程と休暇期間の学習計画を提出する。居残り組も同じだ。そして後期がはじまってすぐに、夏期休暇期間中の学習成果発表がある。
「この届け出って、寮に残る人も必須なんだね」
「要するに、遊んでばかりいるなってことだよね」
「授業のない二ヶ月間に自分で何を学ぶかを決めて、それをちゃんと達成しろってコトらしいよ」
マユたちは夕食をとりながら、教室で配られた提出用紙を眺めていた。他のテーブルでも一年生たちが頭を悩ませている。それらをほほ笑ましげに見ている二年生たちは、余裕の様子だ。
「学習計画って、何を書けば良いんだよ?」
「それよね。居残りのあたしたちは校内で訓練できるけど、帰省組は難しそう」
エリカとセオドアは居残り組だ。二人は攻撃魔術の練度を上げるのを目標に学習計画を組み立てる予定だ。そして帰省組のオッジは頭を抱えていた。彼は実家で畑の手伝いをせねばならず、魔術の自主学習をする余裕はない。それ以前に、何を自主学習できるのかすら分からなかった。
「発表できる成果ってことは、実技だよな? 攻撃魔術は学校外で使用禁止なんだぞ、どうやって訓練するんだよ!」
「座学の復習と予習をするしかないんじゃない?」
「どうやって発表するんだよ?」
オッジに問われたマユは、少し考えて答えた。
「例えば言語学なら、古代魔術語で教科書の朗読を完璧にできるようになっておくとか。魔力操作なら魔術じゃないから実技的な発表もできるんじゃない?」
「魔力操作か……やっぱソレしかないよな」
古代魔術言語の習得よりも攻撃魔術の基礎となる魔力操作にするとオッジは決めたようだ。
「マユは何にするの?」
「薬草の研究にするつもり」
ゼルマの新芽を買い取ってもらえなかったときに、無駄にするのがもったいないと思ったことと、薬魔術師や魔法使いギルドは何故代替薬草を使わないのか、一般的に代替薬草の認知度が低いのは何故か、そのあたりをまとめたいと考えている。
そう語る目と表情が爛々と輝くのを見てエリカは苦笑した。
「マユってほんとうに薬草が好きよねぇ」
「薬草が好きというより、錬金薬を作りたいだけだよ」
錬金薬の材料だから、詳しくなりたいし、詳しくならなければいけない。そして知ればしるほど奥が深いのが薬草なのだ。
夕食を終えて自室に戻ったマユは、夏期休暇中の行動届け出書に寮に残ることと、自主学習計画を書き込んだ。
翌日、授業を終えて寮に戻ってきたマユは、寮監室前で呼び止められた。
「マユに手紙がきているわよ」
自分に手紙を寄こす相手は限られている。こちらで知り合ったチェルシーは読み書きができただろうか? 文字が書けたとしても、駆け出し冒険者の彼女に手紙を出す余裕はないだろう。となると手紙の主はレオンか、オリーかジャスパーだ。誰かから手紙をもらうのははじめてのマユは、少しの不安と大きなドキドキを抱えて手紙を受け取った。
渡されたのは白くてツルツルとした紙の封筒だった。
「……これ、最高級の植物紙」
教科書に使われているものよりも、さらに高級な紙は見るのもはじめてだ。自然と手が震える。戸惑いと、大きくなった不安で動揺したまま、急いで部屋に戻った。
間違いではないかと検めたが、確かに宛名には自分の名前が書かれている。裏の宛名を確かめて、ほっと胸を撫で下ろした。薬草園のお屋敷のジェイムズだった。彼からならば高級紙も納得だし、内容にも不安はない。
高級紙を破るのがもったいなく感じて、そろりそろりと封を開ける。
真っ白くてツルツルの、そして四方の端に花が圧された優美な便箋には、夏期休暇中の予定を問い合わせるものだった。予定がないのであれば薬草園で働きながら学ばないか、という打診である。賃金は一日三百ダル、週に一日の休日が与えられ、住み込みでも通いでもどちらでも構わないこと、住み込みならば三食、通いならば昼食を提供するという好条件だ。
「週一のお休み以外にも、学校行事や校外学習に参加する場合にもお休みがもらえるなんて……」
素直に受け入れて良いのだろうかと、逆に不安になるくらいの好条件だ。だがジェイムズを疑うなんてありえないし、薬草研究、特に代替薬草についての研究をしようと考えていたマユにとって、この打診は願ってもない仕事だ。
まだ提出していなかった届出書に、薬草園での仕事を書き加える。ただ、ジェイムズへの返事には、住み込みか通いかで迷った。
「あたしなら通いかな」
エリカに相談すると、通いをすすめられた。賃金が同じなら、通いの方が自由度が高いのが理由だ。眠るだけとはいえ夜も拘束されるのを、エリカは好まないようだ。
「そりゃ三食のご飯は魅力的だし、仕事に集中できるかもしれないけど、せっかくの夏期休暇なんだよ? 授業がないぶん時間がいっぱいあるんだし、いろいろなコトしたいじゃない? 泊まり込みだとマユと夜のお茶会ができないよ?」
予習復習で夜も忙しい日々から解放される夏期休暇中に、マユとそういった遊びを計画していた。しかし泊まり込みで働きに出てしまえばそれもできない、とエリカが言う。
「あ、これはあたしの考えだから。マユはマユの思うとおりにしたらいいよ。泊まり込みでも休日はもらえるんでしょ? そのときに一緒に遊んでよ」
いつものように明るく笑っているのに、エリカは少し寂しそうに見えた。夏期休暇中はいつも賑やかな寮から七割ほどの学生がいなくなる。混み合う食堂も空席だらけになるし、廊下を歩いても誰ともすれ違わなくなる。そんな夜の寮はきっととても静かだろう。
悩んでいるマユにエリカが問う。
「校外学習はどうする? 申し込む?」
「この討伐学習は申し込みたいと思ってるけど、他のはどうしようかなぁ」
校外学習とは、アレ・テタルに在住のさまざまな魔術師のもとで学ぶ実習だ。マユは魔道具師や薬魔術師の店での研修、医薬師ギルドの治療院での見学研修、薬草冒険者との校外学習にも参加したいと考えている。
「多いかな?」
「あは、マユらしいよ。でもそれだけ校外学習に参加するなら、やっぱり住み込みよりは通いだよね」
一緒に寝泊まりする従業員が頻繁に外泊していれば、あらぬ誤解をされたり、サボっていると不満に思われかねない。
「そうだね。やっぱり通いにするよ。住み込みだと、夜のお茶会できないものね」
「美味しいお菓子買って、特別なお茶用意しようね」
マユが決めると、エリカは嬉しそうに笑った。
ジェイムズへの返事に、参加を希望している校外学習をすべてを記し、この合間に働くことになるがそれでも良いだろうかと送った。
さすがにわがままが過ぎてお断りされるに違いないと半分諦めていたマユだが、三日後に届いたツルツルでまっ白な植物紙の返事には、マユの条件でかまわないと書かれていた。夏期休暇中の予定が決まったら、勤務日の打ち合わせに屋敷を訪ねてくるようにと。
「マユの夏期休暇って、すごく忙しそうね」
「はは。でも楽しみだよ」
ありとあらゆる薬草の揃うお屋敷の仕事が、マユは純粋に楽しみだった。
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闇の日、レオンの護衛で採取に出かけるマユは、ついでとばかりにトラント草を食べ尽くす角ウサギや、森の奥から群れを追われた老銀狼を、レオンの手を借りて討伐する。屠った魔獣はそのままレオンへの護衛料にあてられた。
「休みの日の俺は仕事じゃないんだから、護衛料なんていらないよ」
「だめ。レオンのおかげで安心して採取できてるんだし、自分が討伐した獲物なんだからちゃんと収入にしなきゃ」
ギルドの査定窓口で毎回のように繰り返されるやり取りを、職員たちはあたたかな目で見守っている。
「マユはしっかりしてるなぁ」
「レオンは昔のほうがしっかりしてたよね?」
読み書き計算をマユに教えてくれたのはレオンだ。あの頃はとても頼りがいのあるお兄ちゃんだったのに、今の彼はなんだか頼りない。冒険者としての力はついているし、護衛という点ではとても安心していられるのだが、普段の言動が以前と違う印象なのは何故だろう。
今日のレオンも、冒険者としての働きは抜群なのに、その後の言動が妙に自信なさげだ。マユはショボンとするレオンの背中を励ますように叩いた。
「ほら、解体できたよ。角ウサギのお肉を焼くから、枯れ枝を集めてくれる?」
「マユの手料理、久しぶりだな」
「手料理なんてものじゃないんだけどなぁ」
塩をまぶして肉を焼くだけだ。手早く補給をするなら携帯食だが、狩ればタダで食料が手に入るのだから、マユもレオンも昔から補給食は現地調達していた。
角ウサギ肉を薄く削ぎ切りにし、レオンの鉄串に刺して塩を振り、炎で炙る。薄く切った肉はすぐに火が通って白くなった。焦げる前に急いで食べる。
「二人だと食べきれないね。みんなもくれば良かったのに」
「……ソウダネ」
朝食の席でいつものようにセオドアやエリカを採取に誘うのだが、ここ最近はいつも別の予定があると断わられている。レオンたちとの連携を模索しているセオドアなら喜んで同行すると思っていたのに、なぜかいつも含み笑いで断わられるのだ。オッジにも声をかけたのだが、鼻の下をムズムズさせるような笑みとともに「遠慮する」のひと言だった。
三本の剣を紹介して以降、エリカたちは別行動を取るようになっている。レオンと二人の採取も楽しいが、エリカたちとの魔術談議をしながらの採取が懐かしく、少し寂しく思い出される。
「やっぱり定期考査が近いから、勉強したいのかな」
「ん? 定期、考査って?」
「夏期休暇の前に試験があるの。上位の成績を取ると学費免除もあるから、みんな必死なんだよ」
とりあえずの学費を納め終わっているマユだが、成績によっては追納を求められることも考えられる。そろそろ試験に向けて勉強に集中しなければならないだろう。
「私も試験勉強に集中したいから、しばらくは採取もお休みかな」
来週の闇の日から試験が終わるまで護衛の必要は無いと言われたレオンは、目に見えてしょんぼりとした。
「休養日にまで私の採取や討伐に付き合わなくても、好きなことをすれば良いのに」
「俺は好きなことをしてるんだよ」
拗ねたように返された。王都にはなかった魔道具のお店や、他国の料理や服飾、めずらしい娯楽もたくさんある。そんな楽しい者よりも討伐や採取が良いだなんて、本当に冒険者が好きなんだなぁとマユは苦笑いだ。
「じゃあ試験が終わったら夏期休暇になって、マユと採取に行けるんだな?」
「ど、どうかな……」
休暇期間中の校外学習に申し込みしてしまったし、調合の自主学習もしたい。それに薬草園のお館から休暇中に働かないかと声もかけてもらっているので、どれだけ自由な時間があるかはわからない。ジェイムズやオリバーなら融通は利かせてもらえると思うが、マユは頼むつもりはなかった。薬草園の仕事でしか学べないものがあるのだ、二年間という限られた時間を無駄にするつもりはない。
それにレオンだっていつまでも妹分に構っている暇はないはずだ。
「学校が夏期休暇中だからこそ私に構ってないで、しっかりとセオドアたちとの相性を確かめたほうがいいんじゃない?」
授業の空き時間や空き日に短時間一緒に行動するよりも、夏期休暇中こそ、数日をかけて依頼をこなしたり遠征をして、パーティーとして一緒に活動できるかを確かめる絶好の機会ではないか。そうすすめたがレオンの反応は予想とは違っていた。
「俺はマユと一緒がいい」
「……レオンって人見知りだった?」
新しい環境になかなか馴染めないのも、見知らぬ人に警戒し続けるのも、レオンではなく自分だったはず。人懐っこくて明るいレオンしか知らないマユは、どうしてしまったのかと心配げに彼を見上げた。
レオンが冒険者になって、マユがカーラ師匠の下での修行が忙しくなってからは、一緒に同行する機会は減っていた。師匠の店での短い会話だったり、ギルドでばったり会って挨拶するくらいだ。しばらく合わなかった間に、レオンはずいぶんと変わってしまったようだ。
まっすぐに見上げられ、案じるように眉根を寄せて見つめられて、レオンは諦めたように目を逸らせた。
「うん、わかってたけど」
「何が?」
「なんでもない……そうだな、マユは薬魔術師になるために頑張ってるんだ、俺もしっかりしないとな」
少し焦げついた角ウサギ肉をかじって、レオンは笑顔を取り繕う。
「試験勉強、がんばれよ」
「ありがとう。レオンも頑張って」
「おう」
【マユのお財布】
前日の手持ち残高 4325ダル
本日の収支
薬草
回復薬一式(3セット) 120ダル
治療薬一式(5セット) 200ダル
レオンの護衛料 角ウサギ肉と皮を物納
※角はマユが素材として確保
現在の手持ち現金 4645ダル




